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㉗ アンダーソン老公の誤算
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ユーリィと二人、また王宮へ足を踏み入れた。
謁見の間には、元四大公爵の一人、アンダーソン老公と弁護士スエリル卿が待っている。
口ひげをたくわえ、杖をつく老公は、いかにも年を重ねた傲慢さを纏っていた。
挨拶のあと、彼は私たちを値踏みするように見て、吐き捨てた。
「孫のヒューイが婚約破棄したとたん、こんな得体の知れぬ小僧と婚約とは……いやはや」
ユーリィがすぐ返す。
「婚約破棄なんてするから、落ちぶれたんですよ」
「貴様……」
睨む老公。
家督を譲って次男夫妻と優雅に暮らしていた彼。だが公爵家は爵位を奪われ、領地も財産も没収され、孫のヒューイは幽閉。息子も口を閉ざし、王家との誓約に縛られている。
今日、老公が登城したのは、その同意書の開示を求めてだ。
だが、書をただ見るだけなら、私たちが呼ばれる理由はない。
「ふん、どこの馬の骨とも知れぬ小僧が……」
私の義弟をここまで侮辱したのは、後にも先にも、この老人だけ。
「彼への侮辱は、ガートナー侯爵家への侮辱とみなします」
「ナタリア……」
ユーリィが何か言いかけると、スエリル卿が咳払いした。
「コホン……ここで問題は起こさないようにお願いします」
それから「私は、お止めしたのですが……」と、こっちを見ながら、独り言のように呟いた。
――もっとしっかり止めるべきだったわ、スエリル卿。
老公がユーリィの出自を知れば、秘密を抱える側になる。重い負担だ。
やがて王太子殿下が宰相を伴って現れ、王座に座った。
前回と同じ顔ぶれの貴族や騎士たちが後に続く。
「待たせたな。挨拶はいい、忙しい身だ。早急に片付けよう」
「殿下、陛下は如何されておりますか。長く拝顔しておりませんが」
遠回しに「お前では役不足だ」と告げる老公に向かって、殿下は長い足を組んだ。
「次の貴族会議で、陛下は引退され、私が王位を継ぐことになるだろう」
そう告げて、傲慢な老人を黙らせる。
間もなく、若き王となる王太子殿下。
他国の王女との婚姻も控え、それを機に、ますますその座を固めることだろう。
殿下から合図を受けた宰相が、一枚の紙を掲げた。
「アンダーソン元公爵家と王家の同意書です。ご覧になりますか?」
「勿論だ。そのために来た」
同意書を受け取った老公は眼鏡をかけ、読み込み――震えた手で何度も読み返した。
その老公の前に宰相が、新たな同意書を差し出す。
「後ほど別室で署名し、提出してください」
「宰相、本当に……彼はアドニス殿下の落としだねなのか?」
「そこに書いてあるだろう。あの方は青い血、ヒューイは白だった」
「白……馬鹿な……そんな馬鹿な!」
「検査に不正はなかった。残念ながら、それが現実ですよ。老公」
「まさか……」と老公は目を泳がせた。
その呟きに、彼の妻の不貞に心当たりがあるのだと、容易に想像できた。
「そして誓約を、ヒューイは破った。ブリル子爵令嬢を巻き込んで」
王太子殿下が告げた瞬間、老公は紙を落とし、胸を押さえて崩れ落ちた。
スエリル卿が慌てて支える。
「ご老公には別室で休んで頂きましょう」
宰相に促され、ヨロヨロと老公は歩き出した。
その姿に、アンダーソン家は呪われているのでは──と思った。
行動のすべてが裏目に出る。
そこに私達が関わっていると思うと、やるせない気持ちになる。
老公が部屋を出ると、殿下はユーリィを見た。
「アンダーソン侯爵令嬢への求婚の相談が、王家に届いている。三大公爵家からだが、どうする?」
「却下して下さい。殿下が王位を継がれれば、出自を公表しても構いませんが……」
「いや、王家としては面倒は避けたい。ご令嬢はどうだ?」
「王家との同意書もございます。私も、面倒は避けたいと存じます」
王太子殿下は義弟の秘密は決して明かさないよう、釘を刺すために私達を呼んだようだ。
殿下が足を組み直し、淡々と言った。
「断るのは簡単だが、老人達はまだ権力を持っている」
「ならば呼び出して密約を交わせば、当面おとなしくなるでしょう。彼のように」
さっき退出したアンダーソン老公の、縮こまった背中が浮かぶ。
「老兵はただ去り行くのみ、か」
「はい、必要のない老害です」
「ユーリィ……」
私が、叱責を込めて小さくつぶやくと、殿下とユーリィは、同時に「ふっ」と笑った。
「ガートナー侯爵家の婚約に、王家は関与しないと答えておこう」
殿下がそう約束して、謁見は速やかに終わった。
特に問題もなく──そう思っていた。
廊下を歩くと、ざわざわとした騒ぎが耳に入る。
別室で同意書を出した直後、老公が倒れたという。
ショックが大きすぎたらしい。
そこへ、待機していたヒューイの姉二人が駆けつけていた。
謁見の間には、元四大公爵の一人、アンダーソン老公と弁護士スエリル卿が待っている。
口ひげをたくわえ、杖をつく老公は、いかにも年を重ねた傲慢さを纏っていた。
挨拶のあと、彼は私たちを値踏みするように見て、吐き捨てた。
「孫のヒューイが婚約破棄したとたん、こんな得体の知れぬ小僧と婚約とは……いやはや」
ユーリィがすぐ返す。
「婚約破棄なんてするから、落ちぶれたんですよ」
「貴様……」
睨む老公。
家督を譲って次男夫妻と優雅に暮らしていた彼。だが公爵家は爵位を奪われ、領地も財産も没収され、孫のヒューイは幽閉。息子も口を閉ざし、王家との誓約に縛られている。
今日、老公が登城したのは、その同意書の開示を求めてだ。
だが、書をただ見るだけなら、私たちが呼ばれる理由はない。
「ふん、どこの馬の骨とも知れぬ小僧が……」
私の義弟をここまで侮辱したのは、後にも先にも、この老人だけ。
「彼への侮辱は、ガートナー侯爵家への侮辱とみなします」
「ナタリア……」
ユーリィが何か言いかけると、スエリル卿が咳払いした。
「コホン……ここで問題は起こさないようにお願いします」
それから「私は、お止めしたのですが……」と、こっちを見ながら、独り言のように呟いた。
――もっとしっかり止めるべきだったわ、スエリル卿。
老公がユーリィの出自を知れば、秘密を抱える側になる。重い負担だ。
やがて王太子殿下が宰相を伴って現れ、王座に座った。
前回と同じ顔ぶれの貴族や騎士たちが後に続く。
「待たせたな。挨拶はいい、忙しい身だ。早急に片付けよう」
「殿下、陛下は如何されておりますか。長く拝顔しておりませんが」
遠回しに「お前では役不足だ」と告げる老公に向かって、殿下は長い足を組んだ。
「次の貴族会議で、陛下は引退され、私が王位を継ぐことになるだろう」
そう告げて、傲慢な老人を黙らせる。
間もなく、若き王となる王太子殿下。
他国の王女との婚姻も控え、それを機に、ますますその座を固めることだろう。
殿下から合図を受けた宰相が、一枚の紙を掲げた。
「アンダーソン元公爵家と王家の同意書です。ご覧になりますか?」
「勿論だ。そのために来た」
同意書を受け取った老公は眼鏡をかけ、読み込み――震えた手で何度も読み返した。
その老公の前に宰相が、新たな同意書を差し出す。
「後ほど別室で署名し、提出してください」
「宰相、本当に……彼はアドニス殿下の落としだねなのか?」
「そこに書いてあるだろう。あの方は青い血、ヒューイは白だった」
「白……馬鹿な……そんな馬鹿な!」
「検査に不正はなかった。残念ながら、それが現実ですよ。老公」
「まさか……」と老公は目を泳がせた。
その呟きに、彼の妻の不貞に心当たりがあるのだと、容易に想像できた。
「そして誓約を、ヒューイは破った。ブリル子爵令嬢を巻き込んで」
王太子殿下が告げた瞬間、老公は紙を落とし、胸を押さえて崩れ落ちた。
スエリル卿が慌てて支える。
「ご老公には別室で休んで頂きましょう」
宰相に促され、ヨロヨロと老公は歩き出した。
その姿に、アンダーソン家は呪われているのでは──と思った。
行動のすべてが裏目に出る。
そこに私達が関わっていると思うと、やるせない気持ちになる。
老公が部屋を出ると、殿下はユーリィを見た。
「アンダーソン侯爵令嬢への求婚の相談が、王家に届いている。三大公爵家からだが、どうする?」
「却下して下さい。殿下が王位を継がれれば、出自を公表しても構いませんが……」
「いや、王家としては面倒は避けたい。ご令嬢はどうだ?」
「王家との同意書もございます。私も、面倒は避けたいと存じます」
王太子殿下は義弟の秘密は決して明かさないよう、釘を刺すために私達を呼んだようだ。
殿下が足を組み直し、淡々と言った。
「断るのは簡単だが、老人達はまだ権力を持っている」
「ならば呼び出して密約を交わせば、当面おとなしくなるでしょう。彼のように」
さっき退出したアンダーソン老公の、縮こまった背中が浮かぶ。
「老兵はただ去り行くのみ、か」
「はい、必要のない老害です」
「ユーリィ……」
私が、叱責を込めて小さくつぶやくと、殿下とユーリィは、同時に「ふっ」と笑った。
「ガートナー侯爵家の婚約に、王家は関与しないと答えておこう」
殿下がそう約束して、謁見は速やかに終わった。
特に問題もなく──そう思っていた。
廊下を歩くと、ざわざわとした騒ぎが耳に入る。
別室で同意書を出した直後、老公が倒れたという。
ショックが大きすぎたらしい。
そこへ、待機していたヒューイの姉二人が駆けつけていた。
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