婚約破棄から始まる私と義弟との戦い

ミカン♬

文字の大きさ
27 / 33

㉗ アンダーソン老公の誤算

しおりを挟む
 ユーリィと二人、また王宮へ足を踏み入れた。

 謁見の間には、元四大公爵の一人、アンダーソン老公と弁護士スエリル卿が待っている。
 口ひげをたくわえ、杖をつく老公は、いかにも年を重ねた傲慢さを纏っていた。

 挨拶のあと、彼は私たちを値踏みするように見て、吐き捨てた。

「孫のヒューイが婚約破棄したとたん、こんな得体の知れぬ小僧と婚約とは……いやはや」

 ユーリィがすぐ返す。

「婚約破棄なんてするから、落ちぶれたんですよ」

「貴様……」

 睨む老公。
 家督を譲って次男夫妻と優雅に暮らしていた彼。だが公爵家は爵位を奪われ、領地も財産も没収され、孫のヒューイは幽閉。息子も口を閉ざし、王家との誓約に縛られている。

 今日、老公が登城したのは、その同意書の開示を求めてだ。
 だが、書をただ見るだけなら、私たちが呼ばれる理由はない。

「ふん、どこの馬の骨とも知れぬ小僧が……」

 私の義弟をここまで侮辱したのは、後にも先にも、この老人だけ。

「彼への侮辱は、ガートナー侯爵家への侮辱とみなします」

「ナタリア……」
 
 ユーリィが何か言いかけると、スエリル卿が咳払いした。

「コホン……ここで問題は起こさないようにお願いします」

 それから「私は、お止めしたのですが……」と、こっちを見ながら、独り言のように呟いた。

 ――もっとしっかり止めるべきだったわ、スエリル卿。
 老公がユーリィの出自を知れば、秘密を抱える側になる。重い負担だ。

 やがて王太子殿下が宰相を伴って現れ、王座に座った。
 前回と同じ顔ぶれの貴族や騎士たちが後に続く。

「待たせたな。挨拶はいい、忙しい身だ。早急に片付けよう」

「殿下、陛下は如何されておりますか。長く拝顔しておりませんが」

 遠回しに「お前では役不足だ」と告げる老公に向かって、殿下は長い足を組んだ。

「次の貴族会議で、陛下は引退され、私が王位を継ぐことになるだろう」

 そう告げて、傲慢な老人を黙らせる。
 間もなく、若き王となる王太子殿下。
 他国の王女との婚姻も控え、それを機に、ますますその座を固めることだろう。

 殿下から合図を受けた宰相が、一枚の紙を掲げた。

「アンダーソン元公爵家と王家の同意書です。ご覧になりますか?」

「勿論だ。そのために来た」

 同意書を受け取った老公は眼鏡をかけ、読み込み――震えた手で何度も読み返した。

 その老公の前に宰相が、新たな同意書を差し出す。

「後ほど別室で署名し、提出してください」

「宰相、本当に……彼はアドニス殿下の落としだねなのか?」

「そこに書いてあるだろう。あの方は青い血、ヒューイは白だった」

「白……馬鹿な……そんな馬鹿な!」

「検査に不正はなかった。残念ながら、それが現実ですよ。老公」

「まさか……」と老公は目を泳がせた。
 その呟きに、彼の妻の不貞に心当たりがあるのだと、容易に想像できた。


「そして誓約を、ヒューイは破った。ブリル子爵令嬢を巻き込んで」

 王太子殿下が告げた瞬間、老公は紙を落とし、胸を押さえて崩れ落ちた。
 スエリル卿が慌てて支える。

「ご老公には別室で休んで頂きましょう」
 宰相に促され、ヨロヨロと老公は歩き出した。

 その姿に、アンダーソン家は呪われているのでは──と思った。
 行動のすべてが裏目に出る。
 そこに私達が関わっていると思うと、やるせない気持ちになる。


 老公が部屋を出ると、殿下はユーリィを見た。

「アンダーソン侯爵令嬢への求婚の相談が、王家に届いている。三大公爵家からだが、どうする?」

「却下して下さい。殿下が王位を継がれれば、出自を公表しても構いませんが……」

「いや、王家としては面倒は避けたい。ご令嬢はどうだ?」

「王家との同意書もございます。私も、面倒は避けたいと存じます」

 王太子殿下は義弟の秘密は決して明かさないよう、釘を刺すために私達を呼んだようだ。


 殿下が足を組み直し、淡々と言った。

「断るのは簡単だが、老人達はまだ権力を持っている」

「ならば呼び出して密約を交わせば、当面おとなしくなるでしょう。彼のように」

 さっき退出したアンダーソン老公の、縮こまった背中が浮かぶ。

「老兵はただ去り行くのみ、か」
「はい、必要のない老害です」

「ユーリィ……」
 私が、叱責を込めて小さくつぶやくと、殿下とユーリィは、同時に「ふっ」と笑った。

「ガートナー侯爵家の婚約に、王家は関与しないと答えておこう」
 殿下がそう約束して、謁見は速やかに終わった。

 特に問題もなく──そう思っていた。


 廊下を歩くと、ざわざわとした騒ぎが耳に入る。

 別室で同意書を出した直後、老公が倒れたという。
 ショックが大きすぎたらしい。

 そこへ、待機していたヒューイの姉二人が駆けつけていた。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染を寵愛する婚約者に見放されたけれど、監視役の手から離れられません

きまま
恋愛
婚約破棄を告げられた令嬢エレリーナ。 婚約破棄の裁定までの間、彼女の「監視役」に任じられたのは、冷静で忠実な側近であり、良き友人のテオエルだった。 同じ日々を重ねるほど、二人の距離は静かに近づいていき—— ※拙い文章です。読みにくい文章があるかもしれません。 ※自分都合の解釈や設定などがあります。ご容赦ください。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

私のための戦いから戻ってきた騎士様なら、愛人を持ってもいいとでも?

睡蓮
恋愛
全7話完結になります!

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

ぱんだ
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

ぱんだ
恋愛
公爵令嬢アイラは、婚約者であるオリバー王子との穏やかな日々を送っていた。 ある日、突然オリバーが泣き崩れ、彼の幼馴染である男爵令嬢ローズが余命一年であることを告げる。 オリバーは涙ながらに、ローズに最後まで寄り添いたいと懇願し、婚約破棄とアイラが公爵家当主の父に譲り受けた別荘を譲ってくれないかと頼まれた。公爵家の父の想いを引き継いだ大切なものなのに。 「アイラは幸せだからいいだろ? ローズが可哀想だから譲ってほしい」 別荘はローズが気に入ったのが理由で、二人で住むつもりらしい。 身勝手な要求にアイラは呆れる。 ※物語が進むにつれて、少しだけ不思議な力や魔法ファンタジーが顔をのぞかせるかもしれません。

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

貴方の知る私はもういない

藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」 ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。 表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。 ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

処理中です...