「愛してくれないなら死ぬから!」私には、そんな未来が待っていた。

ミカン♬

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「愛してくれないなら死ぬから!」私には、そんな未来が待っていた。

 ボーン、ボーン……。
 頭の中で、大時計の音が響いていました。

 ――ここは……どこ?

 気が付くと、私はカーメイド公爵家のサロンに立っていました。
 確かに私の家です。けれど、どこか違う。
 壁に掛けられた鏡に映る私は……見慣れない表情をしていたのです。

 息が苦しく、胸が締めつけられました。
 そして――私の口が、勝手に叫びました。

「愛してくれないなら死ぬから!!!」

 何が起きているの? 誰が叫んでいるの?
 でも、それは紛れもなく“私の声”でした。

 ナイフを握った手が震え、
 目の前には、私の婚約者――ハリーがいました。

「ぼ、僕は、君なんか初めから愛してなかった! 君は僕を金で買ったんだ。僕が愛してるのはベスだけだ!」

「ハリー……?」

「わがままなお前なんか、死んでしまえ!」

 怒鳴り声が響き、ハリーは駆け出しました。
 しかし次の瞬間、足をもつれさせて転んだのです。

 あなたを愛していたのに……本当に愛していたのに!
 ──胸の奥に響く声、込み上げる殺意。

 気づけば、私はハリーの背に馬乗りになり、ナイフを振り上げていました。

(違う、やめて。こんなこと、したくない――!)
 心の叫びが、私の体を一瞬だけ止めました。
 ──すると刃はハリーの耳をかすめ、
 カーペットへと深く突き刺さったのです。

 次の瞬間、メイドたちが駆け寄って私は押さえつけられ、
 その隙に、ハリーは逃げていきました。
 
 ああ……何て惨めな結末。

 鳴り響く大時計の音に耳を塞ぎ、私は思い出していました。
 過去に二度、あの大時計に救われていたことを。

 ──そして、ゆっくりと意識は遠ざかって行きました。


 * * *

 一度目は、祖母が亡くなった時。
 夜中に持病の発作を起こして──あまりに突然のことでした。

 十月の冷たい夜。私は七歳でした。
 甘い両親とは反対に、厳しい躾ばかりする祖母が苦手でした。

 けれど、独りで逝ったと聞いて、胸が痛みました。
 嫌っていたはずなのに、どうしようもなく可哀そうで。

 ──数日が過ぎた夜、私はふと目を覚ましました。
 ボーン、ボーン……古時計の音が響いていたのです。

 <おいで、シルビア。こっちにおいで>
 誰かがそう囁いた気がしました。

 雨音の中、私はベッドを抜け出し、音のするサロンへ向かいました。
 そこには、大きな古時計があるのです。

 私の背よりずっと高いその時計が、壊れたように鳴り続けていました。
 ボーン、ボーン、ボーン……。

 (どうして誰も起きてこないの?)
 (止めなきゃ……)

 両親を呼ぼうと廊下を歩くと、祖母の部屋の前で足が止まりました。
 ──声が聞こえたのです。
 扉を開けると、祖母が苦しそうにベッドに横たわっていました。
 「おばあさま!」
 
 夢だと思いました。

 でも、急いで私は両親の部屋へ走りました。

「おばあさまがたいへん!」
 そう叫んだ直後、強い眠気が押し寄せてきて──記憶はそこで途切れました。

 朝、目を覚ますと祖母は生きていました。
 ──数日前、私の知らせのお陰で、祖母は助かったのだそうです。

 そして昨夜、私は寝ぼけてサロンの隅で寝ていたそうです。

 不思議でした。

 幼い私は、祖母が亡くなった──そんな悪い夢を見たのだと、思い込みました。

 そして四年後に祖母は亡くなりました。
 ──私を厳しく躾けてくれたおばあ様。
 今度は、家族に見守られながら静かに。


 次にあの古時計が鳴ったのは、私が十歳の冬です。
 雪の降る二月。両親が離婚した夜でした。

 原因は、家庭教師のレイチェル先生と父の関係です。
 公爵である父は金髪碧眼の美しい人で、社交界では常に注目を浴びる存在。

 ──だから狙う女性が多かったのです。
 そして父は、先生と……少し距離が近すぎたのです。

 それをメイドたちが母に告げて、家の中は冷え切っていきました。
 寝室を別にし、食卓でも口をきかない日々。

 そしてある夜、先生が父の部屋で夜を明かした。
 その事実が決定打となり、母は怒りのままに実家へ戻りました。
 父は『誤解だ』と説得しましたが、母は許しませんでした。

 レイチェル先生と数人のメイドを解雇しても、
 母は戻って来ませんでした。

 『妻は私を信じてくれなかった。互いに信頼できなければ、夫婦ではいられない!』
 父のその言葉を、私は今でも忘れません。

 大雪の降る二月、離婚届が出されました。
 泣きながら夜を過ごしていたとき──
 ボーン、ボーン……と、またあの音が鳴ったのです。
 大時計が、私を呼んでいました。

 気づけば私は廊下に出ていました。
 灯りを持った影が、ゆっくりと父の部屋に向かっていく。
 レイチェル先生でした。

 後を追うと、先生は父の部屋に入って行きます。
 『お父様!』
 駆け込んだ私の声に、先生は振り返り、
 『邪魔しないで!』と私の口を押さえつけました。
 私はその手を振り払い、廊下で叫びました。

 「誰か! お父様が、先生に殺されてしまう!」
 叫んだ瞬間、視界が揺れて──気を失いました。

 目を開けると、母が泣きながら私の手を握っていました。
 『シルビア、大丈夫?』
 『お母様、先生は悪い人です!』

 『ああ、もう大丈夫。罰を与えたわ。レイチェル先生も、メイドたちも──もうここにはいないわ』

『離婚はしない?』
『しませんよ……だいじょうぶ』

『ああ、離婚なんかするものか』
 母の肩を抱いて、父も静かに頷きました。


 日付を確かめると、二月の両親が離婚した日でした。
 そして私はまた、サロンの隅で眠っていたのです。

 ──後で知った真実。
 父は睡眠薬を盛られていて、先生はその隙にベッドに潜り込もうとしていた。それを私が偶然発見して、先生の悪事がバレたこと。
 そして、その夜のうちに、レイチェル先生と数人のメイドが屋敷を追われていたのです。

 昨夜、私がサロンで倒れていたのを医師は『夢遊病』だと言いました。
 長く続いた両親の不和、そしてあの夜の出来事が、私の心を壊しかけていたのだと。

 でも私は、信じませんでした。

 あの時計の音が、私を導いたのです。
 ──あのときも、祖母のときも。

 きっとあれは、私を守ろうとしてくれている誰かの声。


 ──そうして三度目の時計の音が訪れました。

 十五歳になった私は、クレスト伯爵家のハリー様に一目で恋をしました。
 どうしても彼と婚約したいと、父に懇願したのです。

 けれど父は反対しました。「もっと良い縁談がある」と。

 それでも私はハリー様が欲しかった。
 恋に狂っていたのです。

 私が断食までして抵抗すると、ついに父は折れました。
 公爵家に逆らえず、クレスト伯爵家も婚約を承諾。
 私は嬉しくて、婚約の日を指折り数えて待っていました。

 ──その時です。

 あの大時計の音が聞こえたのです。
 ボーン! ボーン!
 屋敷全体を震わせるような大きな音でした。

 気づけば、私はサロンに立っていました。
 ナイフを手に……
 半狂乱になって。

「愛してくれないなら死ぬから!!!」

 婚約者のハリー様の前で、私は泣きながら叫んでいたのです。

 ──そう。
 あれは未来の光景でした。
 私は数年後の“自分の未来”を覗いていたのです。

 ハリー様が去ったサロンに、再び大時計の音が響き渡りました。

「止めて……誰か、時計を止めて……」

 そう呟いた瞬間、私は意識を失いました。


 次に目を開けると、そこには両親の顔がありました。

「シルビー、気が付いた?」
「お母さま……」

「また夢遊病が再発したのかもしれない。もうハリーとの婚約は反対しないから、安心しなさい」

「いいえ、お父さま。ごめんなさい、わがままばかり言って……。ハリーとの婚約は諦めます」

「どうしたんだ? もう反対はしないというのに」

「ハリーには、ベスという恋人がいます。私は愛してもらえません。だから婚約は望みません」

 そうして、ハリー様との婚約は白紙になりました。

 もし未来で、私が彼の命を奪っていたとしたら……

 あの大時計は、私の人生を狂わせる前に、時を止めてくれたのでしょう。

 ──あの古時計は、私を三度救ってくれました。

 後日、サロンへ行くと、不思議なことに大時計は消えていました。

「ここの大時計はどうしたの?」
「お嬢様、大時計など最初からございませんでしたよ?」

「うそ……処分したのでしょう?」
「いいえ、時計と言えば、あそこの置時計だけです」

 メイドが指差した棚には、小さな置時計が一つだけ。
 そう……あの大時計は、私だけに見えていたのです。

 ──不思議な大時計は消えてしまった。
 これは私の過去の終わり、そして未来の始まりでした。

 * * *

 ──そして三年後。

 私は王太子殿下と婚約しました。
 殿下は私を大切にして下さる優しいお人柄で、とても尊敬できる方です。

 初めて王妃様にお茶へ招かれた日、サロンに通されて――
「あっ……!」
 そこに、あの大時計があったのです。

 懐かしくなって駆け寄ると、木の感触も、小さな傷も、あの時のままでした。

「この時計は、王家に伝わる“奇跡の時計”です」
「奇跡……ですか?」

「ええ。王妃に迎えられる女性にだけ、奇跡が起こるのです。私は二度、経験しました」
 そう言って、王妃様は静かに微笑まれました。

 私は時計を見つめながら、そっと呟きました。
「三度も私を救ってくれて……ありがとうございました」

 私は大時計に、未来の王妃として見守られていたのです。

 大時計は、今も王室のサロンで、静かに時を刻み続けています。



 ──おわり。
 最後まで読んで下さってありがとうございました。
感想 1

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みんなの感想(1件)

fumi
2025.12.30 fumi
ネタバレ含む
2025.12.31 ミカン♬

ご感想ありがとうございます。とっても嬉しいです!

面白く読んで頂けて光栄です。
他の作品も目を通して頂けると幸いに存じます。

どうぞ良いお年をお迎えください。

解除

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