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お気軽魔道師
遺跡探査は続く
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ラグナ君が開けてくれた通路を通り抜た先は、あたしたちが2人横に並ぶのが精一杯という細い通路だった。
マリアが放った明かりの魔術により、あたしたちの周囲数メートルほどは視界が確保出来ていたがその先は完全な闇である。
いかにも遺跡という感じで、懐かしい感覚だ。
「さて、どっちに進む?」
すでに安全確認を済ませてある手近な壁に寄りかかりながら、マリアがそう問いかけてきた。
ここは、例の急造通路を抜けてすぐの場所である。
今さっき出てきたばかりのあの部屋を背にすると、この通路が伸びる先は正面と右の両方向。
つまり、元々はL字型に曲がっていた通路の、ちょうど角の部分に立っているというわけである。
さて、どっちに進みますかねぇ……。
しばし思案した後、あたしは自分の荷物袋の中から、財布として使っている小さな革袋を取りだした。
そして、その口を縛っておいた革ひもをほどき、袋の中からクローネ金貨を一枚取り出した。
「なに、くれるの?」
「まさか。飢え死に寸前でようやく稼いだお金をそうそう気易くプレゼント出来るわけないでしょ」
冗談めかして問いかけて来たマリアに軽口を返しつつ、あたしは財布を道具袋に戻した。
「いい。表が出たら正面。裏が出たら右。何があっても恨みっこ無しよ」
先ほど取り出したクローネ金貨を右手で弄びつつ、あたしはマリアにそう言った。
すると、彼女は小さく肩を竦め、苦笑いを浮かべながらもコクリとうなずいてくれた。
これは、要するに運を天に任せるというヤツである。
まあ、この上なく無責任ではあるが、なにしろお師匠とローザがいる場所の当てなど全く無いのだ。
どのみち、最悪の場合はこの遺跡を隈無く見て回ら無ければならないわけだし、ここでどっちに進もうと多少手間が増えるかどうかという程度の違いでしかない。
「それじゃ、よっと!」
そう言って、あたしは右手の親指で天井に向かって金貨を弾いた。
そして、激しく回転しながら落ちてきたコインを左手の甲で受け止め、同時に右手で上からパシッと押さえてやる。
……さて、あたしたちの運命はどんな選択をするのか?
少なくとも、感触からして金貨が『立っていた』などという微妙な答えは出ていないことは分かるので、正面か右か……。
そんな事を思いつつ、右手をそっとどけると、金色に輝く伝説の冒険者『ロナルド・D・クローネ』の肖像が現れた。
これは、クローネ金貨の表面だ。
つまり、あたしたちの進路は正面と決定したわけである。
「『我らが進む道は示された。いざ行かん。未知なる世界へ』……って所かしら?」
と、脇からのぞき込んでいたマリアが、ロナルド・D・クローネが遺した名言の一つを引用しつつ、そんな事を言ってきた。
「さてと、行くわよ。ここから先は、マジで『未知なる世界』だから何があっても取り乱さないでね」
マリアにそう言いながら、あたしはもう一度道具袋の口を開き、中からあの拳銃を取り出して腰のベルトの後ろに差す。
肝心の弾丸は入っていないので、まあ、なんだ、気分の問題だ。
「あっ、すっかり忘れてた。ちょっと待ってね」
まるで、あたしの胸中を見透かしたかのようなタイミングで、マリアが両手をポンと打ちながらそう言って、虚空に『穴』を開けた。
「えっと、あれは確か……」
などとブツブツつぶやきながら、『穴』に右手を突っ込んでゴソゴソやっていた彼女だったが小さな箱を取り出した。
よく見ると、その箱には『危険。許可無く開かないこと』と朱書きされている。
……なっ、危険って。
「これは、マールとの再会記念のプレゼントみたいなものよ。みんなにバレないように取り寄せるのが大変だったのなんのって……」
と、マリアの手にある物は、まごう事なき拳銃の弾丸だった。
「な、なんでそんなもん持ってるの?」
ありがとう。とは言えなかった。
「あのねぇ。あなた、魔道院から飛び出す直前に『すっげぇ銃買っちゃった!!』なんて、あれだけ自慢しまくっていたでしょーが。
さっきの銃が入っていた木箱の宛先を見れば、開けなくても中身はなんとなくピンと来たわよ」
と、半ば呆れたような口調でそう言ってマリアは軽くため息をついた。
……そ、そういや、そんな記憶があるような無いような。
「あなたのことだから、どうせ銃弾までは気が回っていないだろうなぁと思っていたら、やっぱりね」
「……お見それしました」
続けざまにさも当然とばかりの口調でマリアに言われてしまい、あたしはただそう返すしかなかった。
……むぅ、恐るべしマリア。
しっかし『無理無茶無謀が服着て歩いてる』って、思い切り心外なんですけど、あたし。
「フフフ、『姉』の偉大さを思い知ったか。……って、それはさておき、ほら、さっさと用意を済ませて先に進むわよ」
マリアにそう促され、あたしは彼女から銃弾の箱を受けとると、さっそく弾丸を拳銃に装填した。
これで、最悪魔術が使えない状況に陥っても、それなりの攻撃力は確保出来た。
何が起きるか分からない遺跡探索では非常に心強い。
いちおうナイフやショート・ソードもあるが、用意しすぎて困る事はない。
「ふーん、銃を持った魔道士っていうのも結構様になるものね。私も買おうかしら?」
マリアの上げた感嘆の声に気をよくして、あたしはその場でクルリと一回転して見せた。
……確かに、これほど堂々と拳銃を下げている魔道士なんていないわね。
アストリア王国では銃の所持は原則禁止だし(一応、表向きは許可制だけど、まずコネがないと却下される)、こんな格好でどこかの街をうろつこうものなら即座に警備隊にとっ捕まる事請け合いである。
「さてと、これで準備完了よ。あたしが先を歩くから、マリアはバック・アップをよろしく」
「あいよ。また変なモン見つけても、いきなり突っついたりするんじゃないわよ」
と、なかなかイタイ所を突いてくれたマリアに苦笑で答えてから、あたしは全神経を前方に集中させ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
この通路の両脇と天井は、先ほどの部屋と同じように石を積み上げたものである。
そして、やはり時間の流れというものを全く感じさせない程、不自然に綺麗だという事も同様……いや、床には埃が落ちてさえいないので、こちらの方がより奇妙なものに映る。
……ってことは、やっぱり、こっちも状態維持用に強力な防御魔術が仕掛けてあるってことか。
などと、何となく胸中でつぶやいた時である。
突然、前方からヒリ付くような気配を感じたその瞬間、がぁぁぁん!という、頭痛を誘うような大音響が遺跡の闇に響き渡った。
それが、あたしが無意識に銃を抜きそのトリガーを引き絞った瞬間に発せられた銃声であるとようやく脳が認識した時には、辺りには火薬の燃えた臭いと鉄が錆びたような臭いが入り交じった、何とも吐き気を催す悪臭が漂っていた。
「あ~、びっくりした。でも、まあお見事。意外と上手いわね」
などと、苦笑混じりにつぶやきながら、マリアが頭上の『明かり』を少し前方に動かした。
すると、その明かりの輪の中に、どす黒い血だまりの中に溺れるようにして、床に倒れた『ソレ』の姿があった。
一言で言えば、それはオオカミに似た獣である。
真っ黒な体毛が全身を覆い、大きさはよく育った大型犬ぐらいといった所か。
一見すると、どこにでもいそうな獣ではあるが、すでに濁り始めているもののその真っ赤な光を帯びた両目が、自然界に存在しない生物である事を物語っている。
これは、こういった遺跡で度々遭遇する魔法の技術によって造り出された『魔法生物』である。
恐らく、巧妙に闇の中に身を潜めながら、こちらが近づいてくるのをじっと待ちかまえていたのだろう。
実際、つい先ほどまで、あたしもマリアもその存在に気が付いていなかったのだが、しかし、飛びかかろうとした瞬間の鋭い『殺気』までは隠せなかったようである。
「ふぅ、あたしも驚いたわよ。まさか、こんな『動き』が出来るとは思わなかったわ」
いまだに、銃口から硝煙が立ち上っている銃を腰の後ろに戻しながら、あたしはため息混じりにそう言った。
実のところ、あたしは戦闘訓練を専門に受けたわけではないし、武器を使った実戦経験といっても、せいぜい、そこらの街の裏路地にたむろしている小悪党を適当にからかってやったぐらいのものである。
それゆえに、遠くから攻撃魔術で一網打尽にぶっ飛ばすというならともかく、こういう接近戦となると甘めに評価しても二流程度の腕だと自覚している。
銃をまともに使うのはこれが初めてだというのに、体が勝手に動いたのだから、自分でびっくりだ。
……もしかして、銃と相性が良いのだろうか。あたし。
攻撃魔術を使わない魔道士目指そうかなって、これは冗談だが……。
「へぇ、生意気に謙遜なんかしちゃって。一丁前に銃を使ったあんたがそれを言っても、嫌みというよりは間抜けにしか聞こえないわよ」
と、なにを勘違いしたのか、マリアがニヤニヤ笑いながらそう言ってきた。
……なんか、さりげにバカにされてるわね。あたし。
「あのねぇ……。って、まあ、いいわ。先に進むわよ」
思わず抗議しかけたあたしだったが、急にアホらしくなってしまい、さっさと話題を変える事にした。
もちろん、言いたい事は多々あるが、なにもこんな空気の悪い場所で長々と立ち話する程の事ではない。
「なによ、連れないわねぇ……。って、しっかし、無差別大規模破壊魔術に加えて、銃の早撃ちまでこなすなんて、さすがは私の『妹』だわ。ちょっと見ないうちに、ますます凶悪になっちゃって……」
「ええい、気が散る。黙ってなさい!」
「うだぁ、また出たぁ!」
「ほら、頭抱えている暇あったら戦う!」
心底嫌そうに叫ぶマリアに、あたしは銃を構えながらツッコミを入れた。
あたしたちのすぐ目の前には今までにもう何度見たか数え切れない、あのオオカミに似た獣が2頭。
くぐもったうなり声を上げながら、赤く光る目でこちらを睨み付けている。
……しっかしまあ、マリアじゃないけど、本当に嫌になるわね。これは。
胸中でつぶやきながら、あたしは銃の照準を『オオカミ』の一頭の額に合わせ、同時にトリガーを引き絞った。
瞬間、鼓膜が破れそうな大音量の銃声が周囲のどことなくカビくさい空気を振るわせ、銃口から吹きだした炎が、パッと辺りをオレンジ色に染める。
しかし、あたしの放った弾丸は思いっきり標的を外れ、狙ったオオカミの目の前の床に鋭い火花を散らしたのみ。
しかも、さらに悪い事にこの銃声で驚いたかはたまた何かの踏ん切りがついたのか、目の前に立ちはだかった『オオカミ』たちが一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。
「!?」
咄嗟に大きく後ろに飛び下がったあたしだったが、着地するのとほぼ同時にすぐ目の前を黒い影がよぎり、左頬の辺りに鋭い痛みが走った。
「……ちっ!!」
思わず舌打ちしつつ、先ほど後ろに飛んだ勢いを利用して、さらに大きく後退してから前方を確認すると、こちらからほんの2、3歩分ほど先に、鋭い牙を剥き出しにしてうなり声を上げる『オオカミ』の姿があった。
……げっ、近すぎる!?
と、思わずひるんでしまったその瞬間、ドンという強烈な衝撃と共に今度は右足に激痛が走った。
「……くっ!」
左足で踏ん張り、衝撃で押し倒される事だけはなんとか防いだあたしだったが、あまりの激痛に悲鳴すら上げる事が出来ない。
一瞬、意識が飛びそうになったが、それでも何とか気力を振り絞って右足の方を見やると、なんと、あの『オオカミ』があたしの右足の太ももにバックリと噛みついていた。
……こ、こんのぉ!!
この光景と激痛が、あたしの中のどこかにあるマジ戦闘スイッチに火を付けた。
空いている左手で、腰のベルトに下げてあるナイフを鞘から抜き放ち、渾身の力を込めて、その切っ先を『オオカミ』の赤い目めがけて振り下ろした。
ギャァァァァ!
さすがに、これは効いたらしい。
そのいかにもオオカミ然とした姿とは似使わない、身の毛もよだつような悲鳴を上げつつ、パッとあたしから離れたそれはどす黒い血しぶきをまき散らしながら、床をのたうち回った。
しかし、それで許してやるあたしではない。
右手の銃をスッと構えると、その照準を床でのたくっている『オオカミ』に向け、自分でも驚くほど冷徹に引き金を引いた。
1発、2発、3発、4発……。
立て続けに引き金を引くうちに、あたしの意識は徐々に遠くなっていく。
「マール、大丈夫?」
そして、そんな慌てたマリアの声が聞こえた時、あたしはハッと我に返った。
気が付けば、右手に構えた銃は、引き金を引くたびに、ハンマーが空打ちする空しい金属音を立てていた。
もちろん、あたしの目の前の床に倒れている『オオカミ』は、ピクリとも動く事はない。
「ええ、大丈夫よ。……って、いいたいけどそうでもないみたい」
唐突に蘇ってきた激痛に耐えかね、あたしは思わずその場に倒れ込むようにして横になってしまった。
左頬と右足が、まるで脈を打つようにして激痛を発し、まるで熱でも出ているかのように意識がぼんやりしている。
どうやら、あたしが負ってしまった傷は放っておいても勝手に治るという程度ではないようだ。
「ゴメン。もう一匹に手間取っちゃってフォロー出来なかったわ。……うわっ、これはヤバイわね」
あたしの元に駆け寄ってきたマリアが、顔をしかめながらそう言った。
「や、ヤバイのは分かってるわよ。わ、悪いけど、回復を……」
おおよそ傷口を見る勇気も気力もないが、この痛みだけでも自分の体がどうなっているのかは容易に察しが付く。
「言われるまでもないわよ。でも、私の回復魔術じゃこれだけの傷を完治出来るかどうか……」
などとブツブツ言いながらも、マリアはあたしの胸の辺りに両手をかざし、スッと目を閉じた。
「……命の源たる水の精よ。傷つき倒れた我が友を癒し賜え」
そして、低く押し殺したような声で彼女がそうつぶやいた瞬間、心地よいお湯に浸かっているような感覚があたしの体全体を包み込んだ。
今は全く精神集中できない状態なので、彼女が使った魔術の『構成』は読み取れないが、『呪文』まで唱えているところを見るとかなり強力な回復魔術なのだろう。
さすがにその効果はてきめんで、あれほど激しかった痛みが急速に治まっていった。
「……ふぅ、やっぱり傷跡が残るわね。マール、調子の方はどう?」
痛みの代わりに、全身を支配しはじめた猛烈な脱力感に苛まれる中、マリアがそう言って小さく笑みを浮かべた。
「ええ、さすがはマリアね。痛みはほとんど感じなくなったわ。……ただ、ちょっとすぐには動けそうにないけど」
もはや、口を開くことすらおっくうだったが、それでもなんとか気力を振り絞り、あたしはマリアにそう答えた。
「まあ、ちょっと荒療治だったからね。まあ、私としてもちょうど良いタイミングだし少し休みなさい」
そう言って、マリアが目の前に手をかざしてきた瞬間、あたしの意識は急速に暗転していった。
……『睡眠』の魔術か。
マリアが放った明かりの魔術により、あたしたちの周囲数メートルほどは視界が確保出来ていたがその先は完全な闇である。
いかにも遺跡という感じで、懐かしい感覚だ。
「さて、どっちに進む?」
すでに安全確認を済ませてある手近な壁に寄りかかりながら、マリアがそう問いかけてきた。
ここは、例の急造通路を抜けてすぐの場所である。
今さっき出てきたばかりのあの部屋を背にすると、この通路が伸びる先は正面と右の両方向。
つまり、元々はL字型に曲がっていた通路の、ちょうど角の部分に立っているというわけである。
さて、どっちに進みますかねぇ……。
しばし思案した後、あたしは自分の荷物袋の中から、財布として使っている小さな革袋を取りだした。
そして、その口を縛っておいた革ひもをほどき、袋の中からクローネ金貨を一枚取り出した。
「なに、くれるの?」
「まさか。飢え死に寸前でようやく稼いだお金をそうそう気易くプレゼント出来るわけないでしょ」
冗談めかして問いかけて来たマリアに軽口を返しつつ、あたしは財布を道具袋に戻した。
「いい。表が出たら正面。裏が出たら右。何があっても恨みっこ無しよ」
先ほど取り出したクローネ金貨を右手で弄びつつ、あたしはマリアにそう言った。
すると、彼女は小さく肩を竦め、苦笑いを浮かべながらもコクリとうなずいてくれた。
これは、要するに運を天に任せるというヤツである。
まあ、この上なく無責任ではあるが、なにしろお師匠とローザがいる場所の当てなど全く無いのだ。
どのみち、最悪の場合はこの遺跡を隈無く見て回ら無ければならないわけだし、ここでどっちに進もうと多少手間が増えるかどうかという程度の違いでしかない。
「それじゃ、よっと!」
そう言って、あたしは右手の親指で天井に向かって金貨を弾いた。
そして、激しく回転しながら落ちてきたコインを左手の甲で受け止め、同時に右手で上からパシッと押さえてやる。
……さて、あたしたちの運命はどんな選択をするのか?
少なくとも、感触からして金貨が『立っていた』などという微妙な答えは出ていないことは分かるので、正面か右か……。
そんな事を思いつつ、右手をそっとどけると、金色に輝く伝説の冒険者『ロナルド・D・クローネ』の肖像が現れた。
これは、クローネ金貨の表面だ。
つまり、あたしたちの進路は正面と決定したわけである。
「『我らが進む道は示された。いざ行かん。未知なる世界へ』……って所かしら?」
と、脇からのぞき込んでいたマリアが、ロナルド・D・クローネが遺した名言の一つを引用しつつ、そんな事を言ってきた。
「さてと、行くわよ。ここから先は、マジで『未知なる世界』だから何があっても取り乱さないでね」
マリアにそう言いながら、あたしはもう一度道具袋の口を開き、中からあの拳銃を取り出して腰のベルトの後ろに差す。
肝心の弾丸は入っていないので、まあ、なんだ、気分の問題だ。
「あっ、すっかり忘れてた。ちょっと待ってね」
まるで、あたしの胸中を見透かしたかのようなタイミングで、マリアが両手をポンと打ちながらそう言って、虚空に『穴』を開けた。
「えっと、あれは確か……」
などとブツブツつぶやきながら、『穴』に右手を突っ込んでゴソゴソやっていた彼女だったが小さな箱を取り出した。
よく見ると、その箱には『危険。許可無く開かないこと』と朱書きされている。
……なっ、危険って。
「これは、マールとの再会記念のプレゼントみたいなものよ。みんなにバレないように取り寄せるのが大変だったのなんのって……」
と、マリアの手にある物は、まごう事なき拳銃の弾丸だった。
「な、なんでそんなもん持ってるの?」
ありがとう。とは言えなかった。
「あのねぇ。あなた、魔道院から飛び出す直前に『すっげぇ銃買っちゃった!!』なんて、あれだけ自慢しまくっていたでしょーが。
さっきの銃が入っていた木箱の宛先を見れば、開けなくても中身はなんとなくピンと来たわよ」
と、半ば呆れたような口調でそう言ってマリアは軽くため息をついた。
……そ、そういや、そんな記憶があるような無いような。
「あなたのことだから、どうせ銃弾までは気が回っていないだろうなぁと思っていたら、やっぱりね」
「……お見それしました」
続けざまにさも当然とばかりの口調でマリアに言われてしまい、あたしはただそう返すしかなかった。
……むぅ、恐るべしマリア。
しっかし『無理無茶無謀が服着て歩いてる』って、思い切り心外なんですけど、あたし。
「フフフ、『姉』の偉大さを思い知ったか。……って、それはさておき、ほら、さっさと用意を済ませて先に進むわよ」
マリアにそう促され、あたしは彼女から銃弾の箱を受けとると、さっそく弾丸を拳銃に装填した。
これで、最悪魔術が使えない状況に陥っても、それなりの攻撃力は確保出来た。
何が起きるか分からない遺跡探索では非常に心強い。
いちおうナイフやショート・ソードもあるが、用意しすぎて困る事はない。
「ふーん、銃を持った魔道士っていうのも結構様になるものね。私も買おうかしら?」
マリアの上げた感嘆の声に気をよくして、あたしはその場でクルリと一回転して見せた。
……確かに、これほど堂々と拳銃を下げている魔道士なんていないわね。
アストリア王国では銃の所持は原則禁止だし(一応、表向きは許可制だけど、まずコネがないと却下される)、こんな格好でどこかの街をうろつこうものなら即座に警備隊にとっ捕まる事請け合いである。
「さてと、これで準備完了よ。あたしが先を歩くから、マリアはバック・アップをよろしく」
「あいよ。また変なモン見つけても、いきなり突っついたりするんじゃないわよ」
と、なかなかイタイ所を突いてくれたマリアに苦笑で答えてから、あたしは全神経を前方に集中させ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
この通路の両脇と天井は、先ほどの部屋と同じように石を積み上げたものである。
そして、やはり時間の流れというものを全く感じさせない程、不自然に綺麗だという事も同様……いや、床には埃が落ちてさえいないので、こちらの方がより奇妙なものに映る。
……ってことは、やっぱり、こっちも状態維持用に強力な防御魔術が仕掛けてあるってことか。
などと、何となく胸中でつぶやいた時である。
突然、前方からヒリ付くような気配を感じたその瞬間、がぁぁぁん!という、頭痛を誘うような大音響が遺跡の闇に響き渡った。
それが、あたしが無意識に銃を抜きそのトリガーを引き絞った瞬間に発せられた銃声であるとようやく脳が認識した時には、辺りには火薬の燃えた臭いと鉄が錆びたような臭いが入り交じった、何とも吐き気を催す悪臭が漂っていた。
「あ~、びっくりした。でも、まあお見事。意外と上手いわね」
などと、苦笑混じりにつぶやきながら、マリアが頭上の『明かり』を少し前方に動かした。
すると、その明かりの輪の中に、どす黒い血だまりの中に溺れるようにして、床に倒れた『ソレ』の姿があった。
一言で言えば、それはオオカミに似た獣である。
真っ黒な体毛が全身を覆い、大きさはよく育った大型犬ぐらいといった所か。
一見すると、どこにでもいそうな獣ではあるが、すでに濁り始めているもののその真っ赤な光を帯びた両目が、自然界に存在しない生物である事を物語っている。
これは、こういった遺跡で度々遭遇する魔法の技術によって造り出された『魔法生物』である。
恐らく、巧妙に闇の中に身を潜めながら、こちらが近づいてくるのをじっと待ちかまえていたのだろう。
実際、つい先ほどまで、あたしもマリアもその存在に気が付いていなかったのだが、しかし、飛びかかろうとした瞬間の鋭い『殺気』までは隠せなかったようである。
「ふぅ、あたしも驚いたわよ。まさか、こんな『動き』が出来るとは思わなかったわ」
いまだに、銃口から硝煙が立ち上っている銃を腰の後ろに戻しながら、あたしはため息混じりにそう言った。
実のところ、あたしは戦闘訓練を専門に受けたわけではないし、武器を使った実戦経験といっても、せいぜい、そこらの街の裏路地にたむろしている小悪党を適当にからかってやったぐらいのものである。
それゆえに、遠くから攻撃魔術で一網打尽にぶっ飛ばすというならともかく、こういう接近戦となると甘めに評価しても二流程度の腕だと自覚している。
銃をまともに使うのはこれが初めてだというのに、体が勝手に動いたのだから、自分でびっくりだ。
……もしかして、銃と相性が良いのだろうか。あたし。
攻撃魔術を使わない魔道士目指そうかなって、これは冗談だが……。
「へぇ、生意気に謙遜なんかしちゃって。一丁前に銃を使ったあんたがそれを言っても、嫌みというよりは間抜けにしか聞こえないわよ」
と、なにを勘違いしたのか、マリアがニヤニヤ笑いながらそう言ってきた。
……なんか、さりげにバカにされてるわね。あたし。
「あのねぇ……。って、まあ、いいわ。先に進むわよ」
思わず抗議しかけたあたしだったが、急にアホらしくなってしまい、さっさと話題を変える事にした。
もちろん、言いたい事は多々あるが、なにもこんな空気の悪い場所で長々と立ち話する程の事ではない。
「なによ、連れないわねぇ……。って、しっかし、無差別大規模破壊魔術に加えて、銃の早撃ちまでこなすなんて、さすがは私の『妹』だわ。ちょっと見ないうちに、ますます凶悪になっちゃって……」
「ええい、気が散る。黙ってなさい!」
「うだぁ、また出たぁ!」
「ほら、頭抱えている暇あったら戦う!」
心底嫌そうに叫ぶマリアに、あたしは銃を構えながらツッコミを入れた。
あたしたちのすぐ目の前には今までにもう何度見たか数え切れない、あのオオカミに似た獣が2頭。
くぐもったうなり声を上げながら、赤く光る目でこちらを睨み付けている。
……しっかしまあ、マリアじゃないけど、本当に嫌になるわね。これは。
胸中でつぶやきながら、あたしは銃の照準を『オオカミ』の一頭の額に合わせ、同時にトリガーを引き絞った。
瞬間、鼓膜が破れそうな大音量の銃声が周囲のどことなくカビくさい空気を振るわせ、銃口から吹きだした炎が、パッと辺りをオレンジ色に染める。
しかし、あたしの放った弾丸は思いっきり標的を外れ、狙ったオオカミの目の前の床に鋭い火花を散らしたのみ。
しかも、さらに悪い事にこの銃声で驚いたかはたまた何かの踏ん切りがついたのか、目の前に立ちはだかった『オオカミ』たちが一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。
「!?」
咄嗟に大きく後ろに飛び下がったあたしだったが、着地するのとほぼ同時にすぐ目の前を黒い影がよぎり、左頬の辺りに鋭い痛みが走った。
「……ちっ!!」
思わず舌打ちしつつ、先ほど後ろに飛んだ勢いを利用して、さらに大きく後退してから前方を確認すると、こちらからほんの2、3歩分ほど先に、鋭い牙を剥き出しにしてうなり声を上げる『オオカミ』の姿があった。
……げっ、近すぎる!?
と、思わずひるんでしまったその瞬間、ドンという強烈な衝撃と共に今度は右足に激痛が走った。
「……くっ!」
左足で踏ん張り、衝撃で押し倒される事だけはなんとか防いだあたしだったが、あまりの激痛に悲鳴すら上げる事が出来ない。
一瞬、意識が飛びそうになったが、それでも何とか気力を振り絞って右足の方を見やると、なんと、あの『オオカミ』があたしの右足の太ももにバックリと噛みついていた。
……こ、こんのぉ!!
この光景と激痛が、あたしの中のどこかにあるマジ戦闘スイッチに火を付けた。
空いている左手で、腰のベルトに下げてあるナイフを鞘から抜き放ち、渾身の力を込めて、その切っ先を『オオカミ』の赤い目めがけて振り下ろした。
ギャァァァァ!
さすがに、これは効いたらしい。
そのいかにもオオカミ然とした姿とは似使わない、身の毛もよだつような悲鳴を上げつつ、パッとあたしから離れたそれはどす黒い血しぶきをまき散らしながら、床をのたうち回った。
しかし、それで許してやるあたしではない。
右手の銃をスッと構えると、その照準を床でのたくっている『オオカミ』に向け、自分でも驚くほど冷徹に引き金を引いた。
1発、2発、3発、4発……。
立て続けに引き金を引くうちに、あたしの意識は徐々に遠くなっていく。
「マール、大丈夫?」
そして、そんな慌てたマリアの声が聞こえた時、あたしはハッと我に返った。
気が付けば、右手に構えた銃は、引き金を引くたびに、ハンマーが空打ちする空しい金属音を立てていた。
もちろん、あたしの目の前の床に倒れている『オオカミ』は、ピクリとも動く事はない。
「ええ、大丈夫よ。……って、いいたいけどそうでもないみたい」
唐突に蘇ってきた激痛に耐えかね、あたしは思わずその場に倒れ込むようにして横になってしまった。
左頬と右足が、まるで脈を打つようにして激痛を発し、まるで熱でも出ているかのように意識がぼんやりしている。
どうやら、あたしが負ってしまった傷は放っておいても勝手に治るという程度ではないようだ。
「ゴメン。もう一匹に手間取っちゃってフォロー出来なかったわ。……うわっ、これはヤバイわね」
あたしの元に駆け寄ってきたマリアが、顔をしかめながらそう言った。
「や、ヤバイのは分かってるわよ。わ、悪いけど、回復を……」
おおよそ傷口を見る勇気も気力もないが、この痛みだけでも自分の体がどうなっているのかは容易に察しが付く。
「言われるまでもないわよ。でも、私の回復魔術じゃこれだけの傷を完治出来るかどうか……」
などとブツブツ言いながらも、マリアはあたしの胸の辺りに両手をかざし、スッと目を閉じた。
「……命の源たる水の精よ。傷つき倒れた我が友を癒し賜え」
そして、低く押し殺したような声で彼女がそうつぶやいた瞬間、心地よいお湯に浸かっているような感覚があたしの体全体を包み込んだ。
今は全く精神集中できない状態なので、彼女が使った魔術の『構成』は読み取れないが、『呪文』まで唱えているところを見るとかなり強力な回復魔術なのだろう。
さすがにその効果はてきめんで、あれほど激しかった痛みが急速に治まっていった。
「……ふぅ、やっぱり傷跡が残るわね。マール、調子の方はどう?」
痛みの代わりに、全身を支配しはじめた猛烈な脱力感に苛まれる中、マリアがそう言って小さく笑みを浮かべた。
「ええ、さすがはマリアね。痛みはほとんど感じなくなったわ。……ただ、ちょっとすぐには動けそうにないけど」
もはや、口を開くことすらおっくうだったが、それでもなんとか気力を振り絞り、あたしはマリアにそう答えた。
「まあ、ちょっと荒療治だったからね。まあ、私としてもちょうど良いタイミングだし少し休みなさい」
そう言って、マリアが目の前に手をかざしてきた瞬間、あたしの意識は急速に暗転していった。
……『睡眠』の魔術か。
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息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
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