その魔道師危険につき……

NEO

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お気軽魔道師

来訪者はかく語りき 前編

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 時間感覚は無くとも、人間というのは生理的な現象はあるしお腹が減れば眠くもなる。
 そんなわけで、適当な頃合いを見計らいあたしは大休止の指示を出した。
 マリアの手による携帯食料が材料とはおおよそ思えないような、凄まじく豪勢な食事の後、交代で見張りを立てながらの仮眠タイムに突入した。
 そんなわけで、栄えある見張り担当一番手は他ならぬこのあたし。
 他のみんなは、あたしのすぐ脇で、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
「……そういや、思わず3時間交替なんて言っちゃったけど、誰も時計なんて持っていないのよね」
 不意にも当たり前の事実に気が付いてしまい、あたしは思わずそんな事をつぶやいてしまったがすぐに大したことではないと思い直した。
 なにしろ、時間が分からない事は皆同じ。
 ってことは、適当な頃合いを見計らって、次の担当者であるマリアをたたき起こせば済む話である。
 まあ、寝ているマリアからすれば迷惑な話だろうが、とにもかくにも一方的に決めつけて満足したあたしは、腰の後ろから拳銃を引き抜きシリンダーの中の残弾を確認すると、足を投げ出すようにしてその場に座り背中を壁に預けた。
 辺りは3人から漏れてくる寝息以外の音はなく、今のところは平穏そのものである。
 しかし、基本的に移動しない罠はともかく、あの『オオカミ』のような魔法生物は当然のようにあちこちを俳諧しているはずである。
 いくらこちらが休息中とはいえ、もちろんそういった輩がなにかしら配慮してくれるわけもなく、いざという時はあたしが真っ先に矢面に立たねばならない。
 そう思うと、ちょっと前のあの一件が脳裏をよぎり思わず身震いなどしてしまう。
 マリアの魔術によって、もはや傷の痛みは感じないがあの時の記憶はそう簡単に消えてくれるものではない。
 ……ふぅ。少なくともマリアと交代するまでは、なんか面倒なヤツが出てきませんように。
 などと、とりあえず小さな頃にお師匠から散々聞かされた、『魔道院の中庭の端っこに転がっている岩に張り付いたヒカリゴケの神』とかいうとてつもなくクソ怪しいシロモノに祈りを捧げるあたし。
 しかし、あたしの祈りは『魔道院の(以下略)』とやらの御心には届かなかったのか、それとも端からそんなもんは存在しなかったのか、その直後にあたしの耳は微かな音を捉えた。
 ……ん。もしかして、靴音か?
 反射的に気配を消し、その音が聞こえてくる方向……これから向かおうとしていた進行方向……に銃口を向けながら、あたしはその音を分析した。
 あたしの経験上では、魔法生物の類が靴なんぞ履いているというケースは非常に希なことである。
 となれば、この靴音は盗掘者かなにか人間に属する者である可能性が高い。
 そして、これもあたしの経験上での話なのだが、魔道院から派遣された調査隊と盗掘者が遺跡の中でばったり出会ってしまった場合、まずはお互いに友好的な挨拶を交わす……などという生温い展開はまずない。
 これは、彼我の装備や人数の差によって異なるのだが、最良でも小競り合い程度は発生するし、最悪の場合はどちらかが全滅するまでの死闘になる事もある。
 ……ある意味、これは魔法生物よりも厄介かもね。
 銃を構え、乾いた唇を嘗めながらあたしは胸中でそうぼやいた。
 本来なら、この期に及んでまだ寝転けているみんなを起こすべきなのだろうが、最初は微かに聞こえてきた靴音と思しき音は、もうかなり大きな音量になっている。
 それどころか、闇の向こうからランプと思しきオレンジ色の光まで見えるような状況なのだ。
 残念ながら、今さらみんなをたたき起こして現状を説明している時間はない。
 ……こうなったら、いきなり不意打ちをぶちかまして、いち早く主導権を握るのみ!
 ちょっとした衝撃で破損しやすく、しかも灯り油だのなんだのといった消耗品が必要なランプを使っているところから、相手が魔道師ではないと察したあたしはこっそりと脳裏に『構成』を浮かべた。
 といっても、これは攻撃魔術ではなく、『明かり』の魔術である。
 もちろん、この魔術には直接的な殺傷力はないが、こちらに近づいてくる靴音の主が確実に盗掘者であるという確証はない。
 例えば、あたしたちより先に派遣されたという、あの調査隊の生き残りという事もありうるわけだし、あまり無茶な事をするわけにもいかないだろう。
 と、そうこうしているうちに、足音とランプの光が徐々に大きくなっていく。
 ……遺跡探索の鉄則、その2。
 歩く時は無闇に音を立てるべからず。
 どこの誰だかしらないが、少なくとも熟練の『遺跡探索者』というわけではないらしい。
 さてと、相手に対する洞察はここまでにして、そろそろぶちかましますか。
「動かないで!!」
 そう叫びながら、あたしは『明かり』の魔術を解きはなった。
 瞬間、闇に包まれていた通路に真夏の昼間並の光が溢れる。
 ……うぎゃあ、目が眩んだ!
 って、あたしが自爆してどうする!!
「……あら、誰かと思ったら、クレスタの娘じゃないの。こんな所で一体なにをやってるのよ?」
 と、我ながら間抜けな事に思いっきり狼狽えまくるあたしとは裏腹に、非常に落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「むっ、その声は。……もしかして、エリナ!?」
 反射的にそんな声を上げながら、ようやく明るさに慣れてきた目を擦りつつあたしは相手の姿を確認した。
 ……肩までで綺麗に切りそろえられた黒髪に、少し端がつり上がった気が強そうな相貌。
 そして、その髪の毛の色とお揃いにしたかのような、やっぱり黒のゆったりとしたローブにこれまた黒のマントという、この上なく魔道士っぽい出で立ちをした見覚えのあるその女性。
 見た目こそは、せいぜい10代後半といったところだが、なんとお師匠の『師匠』だったこともあるという、実はこっそり歳を食っている彼女の名はエリナ・グランフォートという。
 ちなみに、あたしと彼女は友人と言ってもいい程の仲である。
 ……思い出した。そういや、最初にローザが見せてくれた資料の中に、調査隊の副隊長という役回りで彼女の名前があったっけ。
 前言撤回。彼女は素人どころか、遺跡探索ではお師匠と肩を並べる程のベテラン中のベテランである。
「あらあら、別に驚く事じゃないでしょう。どこかに記録が残っていると思うけど魔道院からの命令で、調査隊の正式な一員として派遣されたんだから。
 ……あたしにしてみれば、むしろ、マールがここに居る方が驚きなんだけど」
 と、ごく淡々とした口調でエリナはそう言ってきた。
「あっ、それね。実はあなたたちを探しに来たのよ。もちろん、魔道院からの要請でね」
 と、あたしがそう言うと、エリナはピクンと眉を跳ね上げたがすぐに弱々しく首を横に振った。
「なるほど。つまり、あたしらは失踪扱いって事ね。
 まっ、ちょっと癪だけど、この有様じゃ文句も言えないか……」
 そう言って、エリナは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「あ、あのさ、本当はこんな事聞きたくないんだけど、こっちも正式に報告書に残さなきゃならないから……。ごめんね」
 そんな彼女の様子を見るとあたしとしてもかなり気が引けるが、しかし、やるべきことはやらねばならない。
 無理矢理気持ちを切り替えあたしはまずそう前置きしてから、意を決して酷く意地悪な質問を投げた。
「緊急調査隊の隊長として、あなたの隊の現状報告を求めます」
 と、あえて事務的な言い方でそう言うと、エリナは軽いため息を付いてから、こちらを睨み付けるようにして、じっとこちらを見つめた。
 ……もちろん、いちいち聞くまでもなく、エリナの調査隊がどうなったかは見当が付く。
 はっきり言って、あたしだってこんな事は聞きたくない。
 しかし、ローザが受けた任務はこの遺跡の調査に加え、エリナの隊の消息確認も含まれていたはずである。
 となれば、あとで提出する報告書には、エリナと出会った事と彼女の口から自分の隊がどうなったかという話を聞き出し、それを記さねばならない。
 もっとも、この場に魔道院院長代理であるマリアもいるが、それでも提出書類の内容は別問題というなんだかお役所臭い悪しき習慣があるだ。
「はいはい、分かってるわよ。……ご覧の通り、あたしたちの隊は壊滅よ。
 詳しい事はこっちの報告書に書くけど、手始めに地上の調査をしていたらいきなり『監獄』に放り込まれた挙げ句、そこで『レッド・ドラゴン』さんとご対面するハメになってね。
 ……死ぬほど苦労して、何とかこのバケモノを細切れにしてやった時には、その場で呼吸していたのは、あたしだけになっていたわ」
 と、非常にサバサバした口調でそう言って、エリナは小さく肩を竦めた。
 ……正式名称レッド・ドラゴン。別名『炎竜』
 全身を赤い鱗で覆ったこの怪物はこの世界のあらゆる物を一瞬で蒸発させるほどの熱量を誇るという、強烈無比な『ファイア・ブレス』を最大の武器に持つ竜族の一員である。
 他の竜族と同様、今ではその姿をほとんど見る事が出来ず半ば伝説上の生き物扱いされているが、それでも滅多な事では誰も踏み入らないような険しい山などに行くと、ごく希に遭遇することもあるし、こういった遺跡の中には一種の『番犬』として放たれている事もある。
 あたし自身、前に一度だけ遺跡を探索している最中にこのレッド・ドラゴンと相対した事があるのだが……。
 はっきり言って、あれはシャレにならない。もう、なんとか逃げるだけで精一杯だった。
 あんなヤツがこの遺跡にいるというだけでもう十分過ぎるほど衝撃的な情報なのだが、その上、多大な犠牲を払いながらもあれをブチ倒したとなると……。
 もはや、感覚が麻痺して、なにも思い付かない……。
「なにいきなりボケた顔してるのよ。言っておくけど、これは適当にでっち上げた嘘じゃないわよ。マジで死ぬかと思ったんだから!」
 と、あたしがぼんやりしてしまっていると、何か勘違いしたらしくエリナは猛然と抗議してきた。
「い、いや、嘘にしては出来が悪すぎ……別に疑ってるわけじゃないわよ。単に、驚きすぎてなにも言えなかっただけ」
 あたしがそう言うと、エリナはきょとんとした表情を浮かべた。
「へぇ、あんたでもそんなに驚く事があったんだ。
 あたしはまた、てっきりどっかの世界から送り込まれてきたター○ネーターだとばかり思っていたんだけど……」
「また、わけの分からない事を……。ったく、その様子じゃあ、もう大丈夫みたいね」
 本気で得体の知れないセリフを発するエリナに、思わずため息など交えてしまいつつあたしはそう言った。
 まあ、なにはともあれ、エリナがすでに遺跡を探索出来るだけの落ち着きを取り戻している事だけは分かった。
 遺跡に潜る以上、それ相応のリスクがある事は覚悟の上だろうが、これは皮肉などではなくなかなか大した精神力である。
「もちろん。反省会は後でも十分出来る事だしね」
 そう言って、エリナはニッと笑みを浮かべた。
 もっとも、これが本心からの言葉ではないと思うが、妙にあっけらかんとしている。
 まあ、それはさておき……
 これで、いよいよ遺跡探査を続けるより地上に戻る事に専念するべき状況になった。
 レッド・ドラゴンまでいるような遺跡と分かれば、本腰をいれてかからねばならない。
 そのためには、装備も人員も不足している。
「って、それはまあいいとして、あんたやクレスタはともかくなんでマリアがここにいるのよ。それに、もう一人のその女の子って確か『薬草園』のお手伝いさんじゃなかったっけ?」
 と、いきなり口調を変え、エリナが呆れたようにそう言ってきた。
 ……や、薬草園のお手伝いって。
 ローザ、あんたの首にぶら下がっている、その上級魔道士証が泣いてるぞ。
「ま、まあ、これには色々と事情があるのよ。ちなみに、その『薬草園のお手伝いさん』はローザ・デミオって言う名前でこれでも上級魔道士よ」
 人事ながらちょっぴり切ない思いを味わいつつ、あたしはエリナにそう返した。
 すると、彼女は驚いたように目を大きく見開いた。
「へぇ、最近じゃあ薬草園のお手伝いなんていう本気でどーでもいいような仕事にも、高給取りの上級魔道士を充てるのね。なんつーか、豪儀なことで」
 ……うーむ。どうやら、嫌みでも何でもなく彼女は本気で驚いているようである。
 しかし、寝ているとはいえ本人を前にしているにも関わらず、そのあからさまにイジメているとしか思えない発言は、いかがなものかと思うんですけど。
「まあ、お手伝いの上級魔道士だろうとなんだろうと、しょせんは遺跡探索の素人に変わりはないって事ね。
 なんていうか、あたしらを助けに来てくれたみたいだから、文句を言う筋合いじゃないってのは分かってるけど……。もしかして、あんた。遺跡ってモンをナメて掛かってるでしょ?」
 そう言って、キッとこちらを睨むエリナ。
 まあ、無理もない。
 もし、お互いの立場が逆なら、きっとあたしも同じ事を言っただろう。
 しかし、これはあたしの人選ではない。
 そもそも、こんな仕事をローザに押しつけたマリアが悪いのだ。
 そんな、なんとも言えないやり切れなさのような気持ちを心に抱きつつ、あたしは静かに首を横に振った。
「あなたも知ってるとは思うけど、あたしはもう魔道院とは関係ない人間よ。
 それにも関わらず、あたしがこんな場所に居るのは、そこで寝転けてる『お手伝いさん』の手伝いをしてくれってマリアから依頼されたから。……あたしが何を言いたいのか、エリナも分かってくれるわよね?」
 なんか、もうどうでも良いような気持ちでそう言うと、エリナはハッとしたような表情を浮かべた。
「そーいう事か。……いてもいなくてもどーでもいいような『給料泥棒』に特1級レベルの遺跡探索なんて無茶な任務を押しつければ、どれだけ有能なサポートが付いていてもその結果は明らか。
 つまり、あたしらの救出というのは建前で、本音は、勝手に魔道院を飛び出した厄介者を体良く始末したかったってことね」
「ほえっ?」
 全く予測していなかった発言がエリナの口から飛び出し、あたしは思わず変な声を上げてしまった。
「はぁっ。もしかして、気が付いて居なかったの!?
 あのねぇ、よく考えてもみなさいよ。自分で言うのもなんだけど、それなりに遺跡探索の実績を残しているあたしらが遭難したっていうのに、その救助隊になんで『薬草園のお手伝いさん』が起用されるのよ?」
「そ、そう言われてみれば、確かに……」
 今まで考えもしなかった所を突かれ、あたしは思わずモゴモゴとそう返してしまった。
 ……なんで今まで気づかなかったんだろう。
 ローザが持っていた調査隊の名簿に記された名前は、エリナもその他の人たちも、それ相応の実績も経験もある猛者ばかりである。
 いくら人手が無かったとはいえ、そんな連中が遭難するような遺跡に超ド素人のローザなんぞを派遣した日には、その結果は火を見るより明らかである。
 まして、未調査の遺跡を調査する場合はベテランのみを集めた基本編成を2組、合計8名以上で調査隊を編成するのがセオリーなのに、よりにもよって魔道院が直に送り出したのはよりによって彼女のみ。
 いくらあたしがサポートに付く事が織り込み済みだったとはいえ、いくらなんでもあたし1人でベテラン8人分の仕事など出来るわけがない。
 素人が1人に、お師匠1人分の実績もない小娘1人。そんなパーティが遺跡に踏み込もうものなら、特1級どころかベテラン達の間で『探検ゴッコ』とさえ言われる4級レベルの遺跡ですら、たちまち遭難すること請け合いである。
 はっきり言って、これはもう確信犯と言ってもいいだろう。
 ったく、もっと早く気づけよ。あたし。
「もう、『確かに』じゃないわよ。大体、院長という身にありながらいきなり魔道院を飛び出すなんていう前代未聞の珍事をやらかしておきながら、あんたは警戒心がなさすぎるわよ。
 まあ、今でこそ表だっては騒いでいないみたいだけど、魔道院ってもんがそんなに素直じゃないことぐらい、あんただって分かっているでしょうが」
「はぁ、ごもっともで。返す言葉もありません……」
 さらにたたみかけるように飛んできたマリアの言葉に、あたしはただただうなずくしかなかった。
「……あれっ、ずいぶん聞き分けが良くなったわね。いい心がけだとは思うけど、あたしとしてはなんか張り合いがなくてつまらないわ」
 ……こ、こいつは。
 そ、そりゃあ、魔道院時代のあたしはどう考えても素直だとは言いがたい、ひたすらムカつく糞ガキだったという自覚はあるけど、いちおうこれでも少しは物を考えるようになったというか、なんというか……。
 まあ、別にいいけどね。
「……ふぅ。まあ、それはともかく、そういう企みにまんまとはめられたって分かった以上、あたしとしても……」
 気を取り直し、今後の行動を思案しながらつぶやきかけたその時、背後に微かな気配を感じた。
「あら、欠席裁判というのは、あまり褒められた事ではありませんね。この場合『被告人』の弁明を聞いてから、判決を下すのが筋というものでは?」
 と、背後から聞こえてきたこの声は、紛れもなくマリアのものだった。
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