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第8章 魔王国編

第222話 4兄弟

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国王専用の応接室から出た4兄弟は長兄デセオ専用の応接室に移動していた。
「どうやら、認めざるを得んな」
「確かに。あれ程のオスクロ・アルマドゥラを見せられてはなぁ」
長兄デセオと次兄レスペトだ。
「まさか親父殿が負けを認めるとは信じられなかったぜ」

末弟のブスカドールも父王のモンドリアンに対する入れ込みように驚いていた。
あの完成された鎧を目の当たりにして弛まぬ努力を惜しまず研鑽し、どれほど過酷な修練を積んだのか想像を絶していた三兄弟だ。

それは自らが父王から出された試練で「我が後を継ぎたければ最低でも我と同じ鎧を纏う事が出来た段階で考えよう」と言う物だったからだ。

長兄デセオと次兄レスペトは必死に修練に励み、体得するまでになったが鎧とは呼べない程度の物だった。
末弟のブスカドールに至っては2人の兄が居るので王位には興味が無く”出来たら良いな”程度の考えで兄達の修練に付き合っていた。
当然ながら末の妹は全く興味が無かった。

とは言え、4兄弟は普通に仲が良かった。
基本的にノタルム国内の政略結婚で母親は全員違うが内乱を恐れ、長兄デセオ以降は生後100歳までは母方の一族と合う事を禁じたのだ。
全てジャンドール王の血縁者が育て、乳母や爺や、もしくは婆やが存在する。
その為かなり仲が良い。
母方と一切会えない事は無く月に一度の割合で合えるのだが、監視が居る状況での対面だった。

ノタルム国も過去の過ちを学習し獅子身中の虫を作らない様にした苦肉の策だが、母方の種族はそれでも一族の為、喜んで応じたと言う。
王の血縁種族と成れば、他種族に比べて優位な地位や立場になれるからだ。
したがって城の外では暗黙の序列が有る。

最上位は国王の血筋。
二番目は長兄デセオの血族。
三番目は次兄レスペトの血族。
四番目は末弟ブスカドールの血族。
五番目はシーラ嬢の血族だ。
また、過去の王の血族は全て区別せず均一化された貴族になっていて六番目になる。

その為、各種族や貴族からのお見合いは後を絶たない。
極秘だが、お断り係りまで存在する。
長兄デセオと次兄レスペトは既に妻を娶っているが、末弟のブスカドールは本人がまだ若い事を理由に断っていた。
当然ながらシーラ嬢も未婚だ。
ブスカドールは自らの不自由な立場を嫌い、自由な世界に憧れていた。
これは多分にシオンの影響が有った。
”将軍”から聞かされる英雄譚や戦果の話しに外の国の話しが幼い頃のブスカドールに影響を与えていたのだ。

一方のシーラ嬢は100歳を超えると母方から御付の世話係として10人の女性が送られて来た。
全員がシーラ嬢よりも年下で文武に家事全般をたしなみ、シーラ嬢の事を姫様と呼ぶ。
全員が未成年でシーラよりも年下だった事で許され入城し、シーラの全てを管理しているのだが、本人達は奉仕していると言う。
合言葉は”全てシーラ姫様の望むままに”だ。

その合言葉を兄達は知っている。
口には出さないが羨ましいと思っていた。
何故、自分の母はこのようにしてくれなかったのかとひがみ、ねたみ、嫉妬した事も有ったが、王家と言う枠の中で、”女”と言う立場が自分達とは違う事を”時の将軍”にさとされた事を覚えている兄弟達だ。
いつかは政略結婚の道具として”可愛い妹”が利用されると思っているからで、三兄弟はシーラに甘かった。
特に長兄デセオは自らの子と言ってもおかしく無い年の差なのだ。

昔はお兄様と言っていたのに、ブスカドールを真似て”兄者”と呼ぶようになった時は、何とも言えない喪失感があった。
可愛い妹が自分達と同じ様に稽古をするようになった頃には血は争えないなとデセオとレスペトが話していた。
当のレスペトもデセオと同様にシーラを思っていた。
ブスカドールと違い、何事も真面目で真剣に稽古をする姿は、自慢の妹だったからだ。
決してブスカドール不真面目なのでは無く、比較的に何でも簡単に出来てしまうから周りに合わせているのだ。
事実、オスクロ・アルマドゥラを使えるが出来ないと言っている。
レスペトと同様の鎧は纏えるが、今の関係性を保って居たかったのだ。

これも幼い頃に聞いた”シオン将軍”の昔話が影響している。
昔々、王族の兄弟が争って覇権を競い、血で血を洗う痛ましい時代が有った事だ。
2人の兄は尊敬しているし、可愛い妹も大事だ。
しかし、今はあの男。
突然父王が召喚して呼び寄せた男を、力では認めざるを得ず兄達も同意し、肝心の妹もアレだけの啖呵を切ったのに今では大人しくしていたからだ。

しばし全員が沈黙していた。そこに
「我はシーラとモンドリアンの婚姻を認める」
驚いたのはシーラ嬢だ。
事有る毎に”お前の婿と成る者は我が屍を跨ぐ物だ”と言っていた長兄デセオだったからだ。次の瞬間
「我もモンドリアンで有れば異存は無い」
と次兄レスペトが言いだした。すると
「2人の子はどれ程の力を持って生まれるのか楽しみだな」
未来を妄想するブスカドールに真っ赤になるシーラ嬢だ。

全員の視線がシーラに集まり兄達に問われる。
「「「シーラ。お前はどうなのだ」」」
「わっ、私は・・・別に・・・けっこんしてやっても・・・いいかなぁ」
真っ赤な顔でモジモジして段々声が小さくなりハッキリと言わなかったが兄弟が後押しするようだ。
「良し、決まりだ」
「我ら兄弟はお前達の婚儀を祝福しよう」
「おめでとうシーラ」
いつもは厳しい兄達に賛成と祝福され恥ずかしくてたまらないシーラは、赤い顔が更な赤くなった。

デセオが顎でブスカドールに指示を出す。
レスペトも頷いたので、仕方なくシーラに話すブスカドールだ。
「シーラ。良く聞いてくれ」
急に真剣な眼差しになった兄達に気づいたシーラ。
「モンドリアンは明日の朝には一度、国に帰ると言う。だがなシーラよ。アレは二つの国を統べる国王だ。一度戻れば、次回は何時戻るのか解らないだろう」
もっともな事だと頷いて同意するシーラ。
「そこでだ。今夜モンドリアンと夜伽を行なえ」
「ちょっと待て。私にも心の準備が」
「時間が無いのだぞ。ヤツが帰れば三人もお前の敵が居るのだ。既成事実を作るのならば今夜しか無いのだぞ」
「でも・・・」
恥ずかしがるシーラに重要な極秘命令が発せられた。
「何としても、モンドリアンをお前の”魅力”で虜にするのだ。これは親父殿の意向でも有る」
「そんな、この力を使っては嘘の愛になるから嫌よ」

「良いのか? 三人の嫁達に嫌がらせを受けても。どんな事が起こってもモンドリアンがお前を常に擁護ようごすれば良いのだから。なぁシーラ、お前の為にも軽く魅了した方が良いと思うぞ?」
ブスカドールの説得に次兄レスペトが追い打ちをかける。
「既に三人も敵が居る中に飛び込む訳だから、その位の防御策を取ってモンドリアンを独り占めにする位の気持ちが無いと負けるぞ」
2人の説得でシーラ嬢の思考は”三人の敵”と”独り占め”が脳内を支配していた。
「・・・解かったわ」
親兄弟の策略に同意した末娘だった。

シーラ嬢の母方の血族は真紅の瞳を持ち、様々な効果が表れる一族でシーラ嬢の場合、現在まで確認されているのは相手を魅了する力だった。
普段は耳に付けた魔導具で魅力を抑えているが城の兵士で試した所、完全にシーラの命令を聞く様になって、その力の使い道を親子で議論した事も有った。

その力をモンドリアンに使えと言う兄や父王が気に入らないシーラ嬢。
理由は偽りの愛が嫌だからだ。
燃えるような恋に焦がれていたシーラ嬢はモンドリアンの力と素性よりも、あの見事なまのでの黒光りした角に心を奪われていたのだった。

ジャンドール王が素直に負けを認め、娘であるシーラを嫁がせたいのは稀代の王となったモンドリアンを”魅力”で虜にして娘の言う事を何でも聞かせようとする事が狙いだったからだ。
そうすれば聖魔法王国アルモニアに獣王国バリエンテ、新たにダークエルフの国も自分の支配下に置けると考えたのだ。
そうなれば”世界の半分は手に入れたようなもの”と野望を膨らませる”魔王”だった。

そこにドアを叩く音がした。
「入れ」
デセオが入室の許可を出すと、シーラ付きの侍女シーラ親衛隊が入って来た。
シーラよりも年下だが文武家事に秀でた者が一生シーラと共に生きる事を前提に選ばれて来たのだ。

「お前達に伝えたい事が有る。これは我らが国王の決められた事だ。そして我ら兄弟も賛成して望んでいる事だ。お前達は真摯しんしに受け止めてこれからもシーラに付き従え」

「「「はっ」」」
10人の返事が返って来た。

「シーラの結婚相手が決まったぞ」
驚きの表情を見せる一同だが、次の瞬間には一斉に賛辞を述べる。
「「「おめでとうございます。シーラ姫様」」」
「宜しければ、どちらの一族の方か教えて頂けますでしょうか?」
代表して聞いて来た者にデセオが答えた。
「ダークエルフ族だ」
一瞬。
ほんのわずかだが空白があり「そうですか」と無表情に答えた。
ほとんどの侍女は苦悶の表情を見せた。
彼女達もアルコンの事を知っているからだ。
何故”角無し”へと心で思っていても口には出さない侍女達だった。

「お前達、今宵はシーラの”初めての日となる”から準備せよ」
まぶたつむり、低い声で侍女たちに告げるデセオ。
「・・・畏まりました」
心から納得していないが命令とあれば仕方なく行動する侍女達。
半分以上は涙ぐみ応接室を出て行く侍女を、何故泣くのだろうと不思議に思っていたシーラ嬢だった。







(侍女目線)
ああっ、御労おいたわしいやシーラ姫様。
ババァみたいな事を言う若い侍女達と、実は角フェチのシーラと”魔王”の罠。
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