マザーツリー

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プロローグ

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『痛い、痛い…いだ…』

 たくさんの声が、次々にそう言う。
 そして次々に消えていく。

 先程殺した人間はただの偵察、先遣隊だったというわけだ。
 私としたことが、時間をかけすぎた。

 到着した頃には、何十という命がすでに失われた後だった。

「お前たち」

 その声を聞いて、目下に居る人間たちの視線が一同に上空へ集まる。
 その姿をみて、震えだすもの、泣き出すもの、祈りを捧げるもの、人間はいつもこうだ。
 しかし、1人の人間が前に一歩、また一歩と、怯える事なく出てきた。
 周りよりも逞しく、大きな人間だった。

「あなたは噂に聞く天使とやらだろうか。どうか我々にこの森の木々をわけてほしい。明日には撤退する」

 真剣な眼差しでそう言う人間、どうやら嘘は無いようだ。
 私は上空から静かに地上へ降り立ち、その男の顔を見た。

 純粋無垢な眼差し、強い心を持ち合わせている。
 緑色の瞳、東の生まれのようだ。
 齢30年ものといったところか。
 名は、そうか、ダンジェというのか。

 男の眼をみて、男の記憶を辿る、ひたすらに辿る。
 優秀だ、人間らしい真面目な生き様、立派と言える。
 しかし、ここではここのルールに従わなければならない。

「ダンジェよ」

 私が男の名前を言うと、さすがに動揺したようで、なぜ!?、と言いかけた口に、禁固魔法をかけた。

 口が開かなくなった男はモゴモゴとしながら、私のことを化け物を見る目で見つめる。

「お前は良い人間だが、無知であるから、この私が直々に教えてやろう」
「……っ」
「この森の木々は、森の外にある死んだ木々とは違う。命があるのだ。わかるか?」

 私の言葉に少しの衝撃を受け、信じられないような顔、後悔の顔色を見せるダンジェ。
 しかし、やってしまったことは変わらない。

「お前が切り倒したその木々たちは100年以上生き、この森の一部だった。お前たちは代償として同じ分だけの寿命を差し出せ」
「!?!?」

とんでもないことになったと思った様な顔だ。
私は至極真っ当な事を言ったつもりだがな。

「お前たちは何を勘違いしているのだ?」

後退りするダンジェに一歩、また一歩と近づく。
これは恐れだ。
死に対しての恐れ、私が天使から悪魔に変わった事に対しての恐れ、後悔。

「私はまだ優しい方だ、この森において人間のことを良く理解している。エルフやドワーフは違うぞ、ケンタウルスは話しさえ聞かぬ。さぁ、どうする。選べ」

そう言って私は禁固魔法を解いた。
この森に入ったが最後、どちみち人間は生きて出られない。
こうして木々を切り倒した人間のことを、森が逃がすわけがない。
今もすでに人間たちの血肉を吸おうとしている獣の匂いがする。

この匂いは、私の嫌いなエルフだ。
腰抜けのダンジェが口を開く前に、森の影から声がした。

「天使ベテルギウス、またあなたですか」
「………気高きエルフ様、お早い到着のようで…」
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