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第五十一話 剣士、三日会わざれば刮目して見よ
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冒険者たちのどよめきが引き、二十人はいる室内はしんと静まり返った。
当然と言えば当然である。
七尺(約二メートル)のソドムの巨体が、五尺(約百五十センチ)ほどの黒狼の一撃で後方に大きく吹き飛ばされたのだ。
それだけではない。
背中から勢いよく床へ落ちたソドムは、そのまま両手で自分の腹を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
肉体に相当な損傷(ダメージ)を負っている証拠であった。
普通では考えられないことだ。
いくら武術の神髄が肉体の大小を凌駕する技の妙にあるとはいえ、大人と童(子供)ほどの体格差を技のみで埋めるのは至難の業である。
しかも黒狼《ヘイラン》は無手であった。
これが互いに得物(武器)を持っていたのならば、技の練度と工夫次第で小柄な黒狼《ヘイラン》が勝つことは十分にあり得ただろう。
だが、互いに無手の状態であるのなら話は別だ。
肉体の差というのは簡単に埋められるものではない。
もしも埋められるとしたら、力や技を超えた〝何か〟も使うしかなかった。
そして、その〝何か〟とは天理や魔法などの異能の力しかない。
やがて武蔵はソドムから黒狼《ヘイラン》へと視線を移した。
(なるほど……こやつも赤猫と同じく黄姫殿の弟子というのならば、あのとき俺が食らったのはこれだったのだろうな)
武蔵は初めて黄姫と対峙したときのことを思い出した。
伊織に意識を向けた一瞬のうちに六間(約十メートル)の間合いを詰められ、腹の中で火薬が爆発したような衝撃の拳打を食らったときのことをである。
おそらく黒狼《ヘイラン》がソドムにしたような移動と攻撃を、あのときの自分は黄姫から受けたのだろう。
ただし、やはり黒狼《ヘイラン》と黄姫の差には圧倒的な開きがある。
六間(約十メートル)の距離を一気に縮めた歩法にしろ、黒狼《ヘイラン》は踏み込みの際に床を強く蹴った音が鳴っていた。
しかし、黄姫のときは床を蹴る音などまったくしていなかったのだ。
けれども、ソドムを吹き飛ばした拳打は中々なものである。
しかも拳打を打ち込む瞬間、黒狼《ヘイラン》は下丹田を中心に身体をねじって威力と重さを拳に乗せたのだろう。
などと武蔵が兵法者の観察眼でもって、黒狼《ヘイラン》の体術の要訣を見抜いたときだ。
武蔵は凄まじい怒気を感じ取った。
すかさず、その怒気を発している人物へ顔を向ける。
そこには苦悶の表情を浮かべていたソドムがいた。
すでに仰向けの状態から膝立ちの状態になっており、呼吸を荒げながら血走った目で黒狼《ヘイラン》を睨みつけている。
「く、くそが……」
ソドムは口内に溜まっていた吐瀉物の混じった唾を吐き捨てると、ゆっくりと立ち上がって背中に担いでいた棍棒を手に持った。
「よくもやりやがったな……てめえ、ぶっ殺してやる!」
苦悶の表情から憤怒の形相へと変貌したソドム。
そんなソドムの全身からは、鼻腔の奥を刺激する独特の臭いが漂ってくる。
獣臭であった。
今のソドムは完全に手負いの獣であり、油断して近づいてはならない凶悪な殺意を放っている。
それこそ実際には、この殺意を感じただけで常人は戦意を喪失するだろう。
事実、周りの冒険者たちは顔面を蒼白にさせて戦々恐々としていた。
ソドムの強烈な殺意に中てられているのだ。
「殺す? あなたが私を?」
だが、ソドムの殺意を受けても黒狼《ヘイラン》はどこ吹く風だった。
まったく動じる様子もなく、真っ向からソドムの殺意を受け止める。
「〈箭疾歩〉の勢いを乗せていないとはいえ、私の〈発剄〉を受けて意識を保っているのはさすがです……けれどもゴモラ・ブラックマンならばいざしらず、あなたでは私は殺せませんよ」
試してみますか、と黒狼《ヘイラン》はソドムに問いかけつつ独特の構えを取る。
黒狼《ヘイラン》は左半身になりながら両足を前後に開いた。
重心の配分は前足が三、後ろ足が七ほどだろうか。
前に出している左足と同じほうの左手は緩く握り、反対の右手はみぞおちの前に持ってきてこちらも拳の形を作る。
自分から攻撃する構えというよりは、相手の出方に応じるような構えだ。
一方のソドムは黒狼《ヘイラン》に対して棍棒の先端を突きつける。
「うるせえ! その生意気な口ごと脳天を砕いてやる!」
まさに一触即発の状況が発生し、ビリビリと空気が震えるような〝気〟が室内に充満していく。
このとき、傍観していた冒険者たちは強く錯覚したことだろう。
自分たちは二匹の狂暴な獣がいる檻の中に閉じ込められた、と。
同時に多くの冒険者たちの目には見えていたに違いない。
黒狼《ヘイラン》とソドムの視線が空中で一本の糸のように結ばれており、その視線の糸の中間地点でバチバチと壮絶な〝気〟の火花が散っていた光景を。
この火花を相手に押し当てたほうが先手を取る。
などと冒険者たちが固唾を飲んで二人の様子を見守ったときだ。
「喝ッ!」
静寂に包まれていた室内に気合が轟いた。
その気合に冒険者たちはビクッと身体を震わせる。
冒険者たちだけではない。
黒狼《ヘイラン》とソドムも同じである。
しかも放たれた気合は、不可視の剣となって視線の糸を断ち切っていたのだ。
そのため、黒狼《ヘイラン》とソドムは完全に動き出す機(タイミング)を逃してしまった。
「何の真似ですか? 宮本武蔵さん」
「この薄汚ねえサムライ野郎が……てめえから殺されてえのか!」
黒狼《ヘイラン》とソドム、そして冒険者たちの意識が気合を発した男に集中した。
武蔵である。
「お主らの言い分は分かった。そこのそどむという男が捕えられるべき罪人だということもな」
そう言うと武蔵は落ち着いた足取りでソドムに近づいていき、一間(約二メートル)ほど前で立ち止まった。
武蔵とソドムの視線が交錯する。
「だが、あいにくと俺には関係ないことだ。お主が牢に繋がれようと繋がれまいとどっちでも構わん。ただな――」
武蔵は大刀の鯉口を切り、全身から強烈な〝気〟を放出する。
「お主がいると話が進まんのだ。ゆえにこの場から大人しく消えてくれ」
「て、てめえ……」
眼前に立ちはだかった武蔵を見て、ソドムは両手に持った棍棒を天高く大上段に構えた。
「等級なしの分際で何を上から物を言ってんだ!」
ソドムは怒声一閃。
武蔵の脳天に向かって棍棒を振り下ろした。
「是非もなし」
直後、武蔵はソドムの棍棒を横に移動することで回避した。
それだけではない。
武蔵は大刀を目にも留まらぬ速さで抜き放ったのだ。
ソドムの顔面に向かって、真下から真上へ切り裂くように大刀が跳ね上がる。
続いて空中に赤い線がパッと走り、ほどなくしてソドムは真後ろに倒れた。
やがて冒険者たちの口から矢継ぎ早に悲鳴と動揺の声が上がる。
「え? 今、確かに顔を斬っただろ?」
「ああ、確かにそう見えた……いや、そうとしか見えなかったぞ」
「じゃあ、何でソドムは無傷なのに倒れたんだ?」
冒険者たちが訝しむのも当然だった。
全員の目には武蔵の刀がソドムの顔面を真っ二つに割り、そのせいで空中に血の線が走った光景が見えていたからだ。
しかし、実際にはソドムの顔は斬れていない。
まったくの無傷である。
それでもソドムは床に大の字に倒れ、蟹のように泡を吹いて気絶していた。
誰もが理解できなかった状況の中、武蔵は血振りもせずに大刀を鞘に納める。
そして――。
「円明流――〈気断〉」
武蔵は誰に言うでもなく呟いた。
〈気断〉とは円明流の技の中の一つである、〈喝咄〉の変化技だ。
相手の攻撃に対して瞬間的に返し技を打ち込むのが〈喝咄〉だったが、この技を繰り出せば相手を殺してしまうことになる。
いくらソドムの態度が癪に障ろうと、この場でソドムを殺めてしまうほど武蔵は馬鹿でも気狂でもない。
ただ、うるさかったソドムの意識が消えてくれればそれだけでよかった。
だからこそ武蔵は相手の肉(身体)を斬る〈喝咄〉ではなく、相手の気(意識)だけを斬る〈気断〉を使ったのだ。
すなわち、相手を本気で斬るという気迫と殺気を込めた空振りである。
だが、ソドムは本当に自分が斬られたと錯覚したことだろう。
擦ってもいないのに気を失って倒れたことが何よりの証拠である。
「男子、三日会わざれば刮目して見よ」
武蔵は失神したソドムを見下ろしていると、背後からそんな言葉をかけられた。
振り返り、目を丸くさせていた黒狼《ヘイラン》と視線を合わせる。
「中西国に伝わる言葉です。人は三日もあれば成長と変化を起こすものだから再び会うときは注意して見よ、という意味なのですが……あなたの場合は剣士、三日会わざれば刮目して見よ、という言葉のほうが合いますね」
黒狼《ヘイラン》は信じられないとばかりに首を左右に振った。
「本当に以前に会ったときとは別人ですよ。さすが街災級と呼ばれていたギガントエイプを倒して、〈街守の剣士〉と言われるようになっただけのことはあります。これならば今後の冒険者としての活躍も――」
期待できますね、と黒狼《ヘイラン》が言葉を続けようとしたときだ。
「あいにくだが、俺がお主に望むのは余計な話ではない」
武蔵は開いた右手を突き出して黒狼《ヘイラン》の言葉を遮った。
「俺がお主に望むのは二つ。一つはだんじょんとやらに行くための冒険者という資格が欲しいこと。もう一つは――」
武蔵は開いていた右手を拳の形に変えると、一本だけ突き立てた人差し指で黒狼《ヘイラン》を指した。
「俺はお主が欲しいということだ」
当然と言えば当然である。
七尺(約二メートル)のソドムの巨体が、五尺(約百五十センチ)ほどの黒狼の一撃で後方に大きく吹き飛ばされたのだ。
それだけではない。
背中から勢いよく床へ落ちたソドムは、そのまま両手で自分の腹を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
肉体に相当な損傷(ダメージ)を負っている証拠であった。
普通では考えられないことだ。
いくら武術の神髄が肉体の大小を凌駕する技の妙にあるとはいえ、大人と童(子供)ほどの体格差を技のみで埋めるのは至難の業である。
しかも黒狼《ヘイラン》は無手であった。
これが互いに得物(武器)を持っていたのならば、技の練度と工夫次第で小柄な黒狼《ヘイラン》が勝つことは十分にあり得ただろう。
だが、互いに無手の状態であるのなら話は別だ。
肉体の差というのは簡単に埋められるものではない。
もしも埋められるとしたら、力や技を超えた〝何か〟も使うしかなかった。
そして、その〝何か〟とは天理や魔法などの異能の力しかない。
やがて武蔵はソドムから黒狼《ヘイラン》へと視線を移した。
(なるほど……こやつも赤猫と同じく黄姫殿の弟子というのならば、あのとき俺が食らったのはこれだったのだろうな)
武蔵は初めて黄姫と対峙したときのことを思い出した。
伊織に意識を向けた一瞬のうちに六間(約十メートル)の間合いを詰められ、腹の中で火薬が爆発したような衝撃の拳打を食らったときのことをである。
おそらく黒狼《ヘイラン》がソドムにしたような移動と攻撃を、あのときの自分は黄姫から受けたのだろう。
ただし、やはり黒狼《ヘイラン》と黄姫の差には圧倒的な開きがある。
六間(約十メートル)の距離を一気に縮めた歩法にしろ、黒狼《ヘイラン》は踏み込みの際に床を強く蹴った音が鳴っていた。
しかし、黄姫のときは床を蹴る音などまったくしていなかったのだ。
けれども、ソドムを吹き飛ばした拳打は中々なものである。
しかも拳打を打ち込む瞬間、黒狼《ヘイラン》は下丹田を中心に身体をねじって威力と重さを拳に乗せたのだろう。
などと武蔵が兵法者の観察眼でもって、黒狼《ヘイラン》の体術の要訣を見抜いたときだ。
武蔵は凄まじい怒気を感じ取った。
すかさず、その怒気を発している人物へ顔を向ける。
そこには苦悶の表情を浮かべていたソドムがいた。
すでに仰向けの状態から膝立ちの状態になっており、呼吸を荒げながら血走った目で黒狼《ヘイラン》を睨みつけている。
「く、くそが……」
ソドムは口内に溜まっていた吐瀉物の混じった唾を吐き捨てると、ゆっくりと立ち上がって背中に担いでいた棍棒を手に持った。
「よくもやりやがったな……てめえ、ぶっ殺してやる!」
苦悶の表情から憤怒の形相へと変貌したソドム。
そんなソドムの全身からは、鼻腔の奥を刺激する独特の臭いが漂ってくる。
獣臭であった。
今のソドムは完全に手負いの獣であり、油断して近づいてはならない凶悪な殺意を放っている。
それこそ実際には、この殺意を感じただけで常人は戦意を喪失するだろう。
事実、周りの冒険者たちは顔面を蒼白にさせて戦々恐々としていた。
ソドムの強烈な殺意に中てられているのだ。
「殺す? あなたが私を?」
だが、ソドムの殺意を受けても黒狼《ヘイラン》はどこ吹く風だった。
まったく動じる様子もなく、真っ向からソドムの殺意を受け止める。
「〈箭疾歩〉の勢いを乗せていないとはいえ、私の〈発剄〉を受けて意識を保っているのはさすがです……けれどもゴモラ・ブラックマンならばいざしらず、あなたでは私は殺せませんよ」
試してみますか、と黒狼《ヘイラン》はソドムに問いかけつつ独特の構えを取る。
黒狼《ヘイラン》は左半身になりながら両足を前後に開いた。
重心の配分は前足が三、後ろ足が七ほどだろうか。
前に出している左足と同じほうの左手は緩く握り、反対の右手はみぞおちの前に持ってきてこちらも拳の形を作る。
自分から攻撃する構えというよりは、相手の出方に応じるような構えだ。
一方のソドムは黒狼《ヘイラン》に対して棍棒の先端を突きつける。
「うるせえ! その生意気な口ごと脳天を砕いてやる!」
まさに一触即発の状況が発生し、ビリビリと空気が震えるような〝気〟が室内に充満していく。
このとき、傍観していた冒険者たちは強く錯覚したことだろう。
自分たちは二匹の狂暴な獣がいる檻の中に閉じ込められた、と。
同時に多くの冒険者たちの目には見えていたに違いない。
黒狼《ヘイラン》とソドムの視線が空中で一本の糸のように結ばれており、その視線の糸の中間地点でバチバチと壮絶な〝気〟の火花が散っていた光景を。
この火花を相手に押し当てたほうが先手を取る。
などと冒険者たちが固唾を飲んで二人の様子を見守ったときだ。
「喝ッ!」
静寂に包まれていた室内に気合が轟いた。
その気合に冒険者たちはビクッと身体を震わせる。
冒険者たちだけではない。
黒狼《ヘイラン》とソドムも同じである。
しかも放たれた気合は、不可視の剣となって視線の糸を断ち切っていたのだ。
そのため、黒狼《ヘイラン》とソドムは完全に動き出す機(タイミング)を逃してしまった。
「何の真似ですか? 宮本武蔵さん」
「この薄汚ねえサムライ野郎が……てめえから殺されてえのか!」
黒狼《ヘイラン》とソドム、そして冒険者たちの意識が気合を発した男に集中した。
武蔵である。
「お主らの言い分は分かった。そこのそどむという男が捕えられるべき罪人だということもな」
そう言うと武蔵は落ち着いた足取りでソドムに近づいていき、一間(約二メートル)ほど前で立ち止まった。
武蔵とソドムの視線が交錯する。
「だが、あいにくと俺には関係ないことだ。お主が牢に繋がれようと繋がれまいとどっちでも構わん。ただな――」
武蔵は大刀の鯉口を切り、全身から強烈な〝気〟を放出する。
「お主がいると話が進まんのだ。ゆえにこの場から大人しく消えてくれ」
「て、てめえ……」
眼前に立ちはだかった武蔵を見て、ソドムは両手に持った棍棒を天高く大上段に構えた。
「等級なしの分際で何を上から物を言ってんだ!」
ソドムは怒声一閃。
武蔵の脳天に向かって棍棒を振り下ろした。
「是非もなし」
直後、武蔵はソドムの棍棒を横に移動することで回避した。
それだけではない。
武蔵は大刀を目にも留まらぬ速さで抜き放ったのだ。
ソドムの顔面に向かって、真下から真上へ切り裂くように大刀が跳ね上がる。
続いて空中に赤い線がパッと走り、ほどなくしてソドムは真後ろに倒れた。
やがて冒険者たちの口から矢継ぎ早に悲鳴と動揺の声が上がる。
「え? 今、確かに顔を斬っただろ?」
「ああ、確かにそう見えた……いや、そうとしか見えなかったぞ」
「じゃあ、何でソドムは無傷なのに倒れたんだ?」
冒険者たちが訝しむのも当然だった。
全員の目には武蔵の刀がソドムの顔面を真っ二つに割り、そのせいで空中に血の線が走った光景が見えていたからだ。
しかし、実際にはソドムの顔は斬れていない。
まったくの無傷である。
それでもソドムは床に大の字に倒れ、蟹のように泡を吹いて気絶していた。
誰もが理解できなかった状況の中、武蔵は血振りもせずに大刀を鞘に納める。
そして――。
「円明流――〈気断〉」
武蔵は誰に言うでもなく呟いた。
〈気断〉とは円明流の技の中の一つである、〈喝咄〉の変化技だ。
相手の攻撃に対して瞬間的に返し技を打ち込むのが〈喝咄〉だったが、この技を繰り出せば相手を殺してしまうことになる。
いくらソドムの態度が癪に障ろうと、この場でソドムを殺めてしまうほど武蔵は馬鹿でも気狂でもない。
ただ、うるさかったソドムの意識が消えてくれればそれだけでよかった。
だからこそ武蔵は相手の肉(身体)を斬る〈喝咄〉ではなく、相手の気(意識)だけを斬る〈気断〉を使ったのだ。
すなわち、相手を本気で斬るという気迫と殺気を込めた空振りである。
だが、ソドムは本当に自分が斬られたと錯覚したことだろう。
擦ってもいないのに気を失って倒れたことが何よりの証拠である。
「男子、三日会わざれば刮目して見よ」
武蔵は失神したソドムを見下ろしていると、背後からそんな言葉をかけられた。
振り返り、目を丸くさせていた黒狼《ヘイラン》と視線を合わせる。
「中西国に伝わる言葉です。人は三日もあれば成長と変化を起こすものだから再び会うときは注意して見よ、という意味なのですが……あなたの場合は剣士、三日会わざれば刮目して見よ、という言葉のほうが合いますね」
黒狼《ヘイラン》は信じられないとばかりに首を左右に振った。
「本当に以前に会ったときとは別人ですよ。さすが街災級と呼ばれていたギガントエイプを倒して、〈街守の剣士〉と言われるようになっただけのことはあります。これならば今後の冒険者としての活躍も――」
期待できますね、と黒狼《ヘイラン》が言葉を続けようとしたときだ。
「あいにくだが、俺がお主に望むのは余計な話ではない」
武蔵は開いた右手を突き出して黒狼《ヘイラン》の言葉を遮った。
「俺がお主に望むのは二つ。一つはだんじょんとやらに行くための冒険者という資格が欲しいこと。もう一つは――」
武蔵は開いていた右手を拳の形に変えると、一本だけ突き立てた人差し指で黒狼《ヘイラン》を指した。
「俺はお主が欲しいということだ」
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