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第一話 緊迫
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薄暗い通路の中を、一人の少年が息を切らせながら走っていた。
年の頃は七、八歳ぐらい。
綺麗に整髪された黒髪に瞳の色も同じく黒。
上半身には灰色の長袖シャツにショルダーホルスターが装着され、下半身には軍隊訓練用の長ズボンを穿いている。
そして手にはそれぞれ日本刀とオートマチック拳銃が握られていた。
もうどれぐらい走り、どれぐらい少年は戦ってきたのだろうか。
額に浮き出ていた汗の他に、顔や上半身に着ていた衣服は真っ赤な血で染まっていた。
それは少年自身の血ではない。
すべて返り血である。
「はあ……はあ……」
なるべく息を荒げないように走っていた少年の目の前に、下層に通じる階段が見えてきた。
少年は五感を鋭敏に働かせて周囲の気配を探る。
「……よし」
周囲に悪意を放つ気配がないと判断した少年は、疾風の如き速さで階段を駆け下りる。
そして下層に着いたと同時に、少年はすかさず近くの壁にピタリと張り付いた。
じっと息を殺し、通路の奥の気配を探る。
その行為はとても十歳にも満たない少年の行動ではなかった。
表情にもあどけない印象は微塵もなく、鋭い視線は常に戦場を渡り歩く戦士の顔つきである。
そんな少年の顔つきが不意に険しくなった。
聞こえる。
通路の奥を彷徨っている哀れな人間たちの足音が――。
少年は顔だけを通路に晒した。
距離にして十二、三メートルほどだろうか。
白衣を着た二人の人間が、手にそれぞれ拳銃を握って歩いていた。
だがその歩き方はどう見ても普通の人間の歩き方ではない。
頭を振り子のように左右に振りながら、通路の中を行ったり来たりを繰り返している。
少年は悔しそうに歯噛みした。
間違いない。もう動く死体となっている。
さっと顔を戻した少年は、手持ちの武器を確認した。
右手には残弾数十一発のオートマチック拳銃が一丁。
左手には教官の部屋から持ち出した特殊合金製の日本刀が一振り。
あとは十五発入りの弾倉が一つ。
やれる。
そう判断した瞬間、すでに少年の身体は行動を開始していた。
身を隠していた壁から一気に通路に身体を晒した少年は、白衣を着ていた二人の人間目掛けて拳銃のトリガーを連続して四回引いた。
通路の中に響く四発の銃声。
その悉くは白衣を着た人間の身体に命中し、傷口からは勢いよく鮮血が噴出した。
普通ならばこれでもう終わりである。
どんな屈強な人間であっても、生身の身体に二発の弾丸を食らっては死か重傷を免れない。
そう、普通の人間ならばである。
しかし、白衣を着た人間たちは普通の人間ではなかった。
背中からバタリと床に倒れた人間たちは、ものの十秒も経たないうちにむくりと起き上がってきたのである。
しかも、その手に持っていた拳銃で反撃までしてきた。
通路の中に立て続けに乾いた銃声が鳴り響く。
だが、白衣を着た人間たちが撃った弾丸は少年に掠りもしなかった。
それもそのはず。
少年は超人的な身体能力と動体視力を駆使し、音速で飛んできた弾丸をかわしていたのである。
そしてこのとき少年は、相手を人間だと思うことを止めていた。
相手はもう人間じゃない。
倒さなくてはならない敵だと思い込み、左手に握っていた日本刀に意識と力を込める。
ちかちかと頼りなく点滅していた蛍光灯の光を頭上に受け、少年は信じられない速度で疾駆していく。
「はあああああ――――ッ!」
一気に間合いを詰めた少年は腹の底から獣のような咆哮を上げ、白衣を着た二人の人間に向かって連続突きを繰り出した。
大人の手に合うサイズの長刀にも関わらず、少年が片手で繰り出した連続突きは引き手も見せぬ速度で走り、白衣を着た二人の人間の心臓を正確に貫いていった。
すると白衣を着た二人の人間は壊れた玩具のように床に崩れ落ち、二度と起き上がってはこなかった。
少年は二人の人間を見下ろしながら嘆息した。
やはり弱点は心臓一点。
たとえ頭や内臓を吹き飛ばしても、心臓に損傷がなかったら何度でも蘇ってくる。
「化け物め……」
やや大人びいた口調で呟いた少年は、顔に付着した血を手の甲で拭い取った。
そのときである。
「う……あ……」
少年の耳が掠れるほどの小さな声を拾った。
慌てて少年は声の発生源を特定する。
声はどうやらこの先の通路を曲がった場所から聞こえてくる。
距離にして三十メートルほど。
聞こえてきた声の様子からして、負傷した人間が発する呻き声のようだった。
(正常な意識を持った人間か……それとも)
考え抜いた末、少年は声の持ち主を特定することにした。
正常な人間ならば詳しい話を聞けるかもしれない。
そしてもし今まで遭遇した人間たちのように動く死体となっているのならば、そのときは悪いが容赦なく殺す。
少年は周囲を警戒しながら走った。
通路の突き当たりはT字路になっており、声は右手のほうから聞こえてくる。
少年は壁に背中をつけると、顔だけをそっと出して確認した。
「白川さん!」
少年は呻き声を発していた人間の顔を見るなり、大きく目を見開いて声を上げた。
呻き声を発していたのは五十代前後と思われる初老の男だった。
白髪が混ざった髪に上半身には白衣を着ている。
だが、その白衣も今では所々が血で赤く染まっていた。
少年は慌てて初老の男――白川の元へ駆け寄った。
白川は上半身だけを壁にもたれるように座っており、右手で腹部を押さえていた。
「白川さん! 白川さん!」
オートマチック拳銃を床に置くと、少年は片膝をつきながら白川の肩を揺すった。
やがて白川は少年の存在に気がついたのか、虚ろだった双眸を向けてきた。
「そ、その声は……やはり……お前は無事だったのか……」
事切れる寸前だったのか、白川の目の焦点が合っていない。
おそらく顔を向けたのも、ただ声が聞こえた方向に振り向いただけだったのだろう。
「一体何が起こったんですか? 教えてください!」
少年が事の真相を聞きだそうと白川に尋ねると、白川は白衣のポケットから一個の鍵を取り出した。
その鍵を少年に手渡す。
「いいか……これから言うことを……よく聞くんだ」
白川は血が混じった咳をしながら少年に事の真相を簡潔に話した。
話を聞かされた少年の顔は徐々に蒼白になっていく。
「そんな、そんな馬鹿なことって」
「いいや……これはすべて……現実に起こってしまったことだ……まさか、あいつらがあのような力を隠し持っていようとは……誰にも予想できなかった……こうなっては……すべては悪い未来に……ごほっごほっ……ごほっ! ごほっ!」
白川の口内からはどんどん血が溢れてくる。
少年は思った。
この血色からして酷く内蔵を損傷している。
もってあと数分ほどだろう。
「白川さん。これから俺はどうすれば」
手渡された小さな鍵を握りながら、少年は白川に問いかけた。
「B6格納庫に行け……あそこにはアレがある……今渡した鍵は……アレを再起動させるためのマスターキーだ」
B6格納庫。
その言葉を聞いた瞬間、少年の脳裏にその場所までの最短ルートが浮かび上がってきた。
全速力で走れば五分ほどで到着するだろう。
無論、途中で動く死体に遭遇しなかった場合であるが。
少年が思案していると、白川が強く手を握ってきた。
まるで死人のようにひんやりとした冷たい体温であった。
「頼んだぞ……こうなっては……頼めるのはお前だけだ……あいつらの好き勝手にさせてはならん……いいな? ナンバ……」
そこで白川の言葉は切れ、握っていた手がダラリと落ちる。
少年は耳を白川の心臓に当てて心拍を確認した。ダメだ、停止している。
少年は手渡された鍵をポケットに仕舞うと、床に置いていたオートマチック拳銃を拾って立ち上がった。
「白川さん……どうか安らかにお眠りください」
事切れた白川にしばし黙祷を捧げた少年は、そのまま一度も振り返ることなく目的の場所へと走り出した。
年の頃は七、八歳ぐらい。
綺麗に整髪された黒髪に瞳の色も同じく黒。
上半身には灰色の長袖シャツにショルダーホルスターが装着され、下半身には軍隊訓練用の長ズボンを穿いている。
そして手にはそれぞれ日本刀とオートマチック拳銃が握られていた。
もうどれぐらい走り、どれぐらい少年は戦ってきたのだろうか。
額に浮き出ていた汗の他に、顔や上半身に着ていた衣服は真っ赤な血で染まっていた。
それは少年自身の血ではない。
すべて返り血である。
「はあ……はあ……」
なるべく息を荒げないように走っていた少年の目の前に、下層に通じる階段が見えてきた。
少年は五感を鋭敏に働かせて周囲の気配を探る。
「……よし」
周囲に悪意を放つ気配がないと判断した少年は、疾風の如き速さで階段を駆け下りる。
そして下層に着いたと同時に、少年はすかさず近くの壁にピタリと張り付いた。
じっと息を殺し、通路の奥の気配を探る。
その行為はとても十歳にも満たない少年の行動ではなかった。
表情にもあどけない印象は微塵もなく、鋭い視線は常に戦場を渡り歩く戦士の顔つきである。
そんな少年の顔つきが不意に険しくなった。
聞こえる。
通路の奥を彷徨っている哀れな人間たちの足音が――。
少年は顔だけを通路に晒した。
距離にして十二、三メートルほどだろうか。
白衣を着た二人の人間が、手にそれぞれ拳銃を握って歩いていた。
だがその歩き方はどう見ても普通の人間の歩き方ではない。
頭を振り子のように左右に振りながら、通路の中を行ったり来たりを繰り返している。
少年は悔しそうに歯噛みした。
間違いない。もう動く死体となっている。
さっと顔を戻した少年は、手持ちの武器を確認した。
右手には残弾数十一発のオートマチック拳銃が一丁。
左手には教官の部屋から持ち出した特殊合金製の日本刀が一振り。
あとは十五発入りの弾倉が一つ。
やれる。
そう判断した瞬間、すでに少年の身体は行動を開始していた。
身を隠していた壁から一気に通路に身体を晒した少年は、白衣を着ていた二人の人間目掛けて拳銃のトリガーを連続して四回引いた。
通路の中に響く四発の銃声。
その悉くは白衣を着た人間の身体に命中し、傷口からは勢いよく鮮血が噴出した。
普通ならばこれでもう終わりである。
どんな屈強な人間であっても、生身の身体に二発の弾丸を食らっては死か重傷を免れない。
そう、普通の人間ならばである。
しかし、白衣を着た人間たちは普通の人間ではなかった。
背中からバタリと床に倒れた人間たちは、ものの十秒も経たないうちにむくりと起き上がってきたのである。
しかも、その手に持っていた拳銃で反撃までしてきた。
通路の中に立て続けに乾いた銃声が鳴り響く。
だが、白衣を着た人間たちが撃った弾丸は少年に掠りもしなかった。
それもそのはず。
少年は超人的な身体能力と動体視力を駆使し、音速で飛んできた弾丸をかわしていたのである。
そしてこのとき少年は、相手を人間だと思うことを止めていた。
相手はもう人間じゃない。
倒さなくてはならない敵だと思い込み、左手に握っていた日本刀に意識と力を込める。
ちかちかと頼りなく点滅していた蛍光灯の光を頭上に受け、少年は信じられない速度で疾駆していく。
「はあああああ――――ッ!」
一気に間合いを詰めた少年は腹の底から獣のような咆哮を上げ、白衣を着た二人の人間に向かって連続突きを繰り出した。
大人の手に合うサイズの長刀にも関わらず、少年が片手で繰り出した連続突きは引き手も見せぬ速度で走り、白衣を着た二人の人間の心臓を正確に貫いていった。
すると白衣を着た二人の人間は壊れた玩具のように床に崩れ落ち、二度と起き上がってはこなかった。
少年は二人の人間を見下ろしながら嘆息した。
やはり弱点は心臓一点。
たとえ頭や内臓を吹き飛ばしても、心臓に損傷がなかったら何度でも蘇ってくる。
「化け物め……」
やや大人びいた口調で呟いた少年は、顔に付着した血を手の甲で拭い取った。
そのときである。
「う……あ……」
少年の耳が掠れるほどの小さな声を拾った。
慌てて少年は声の発生源を特定する。
声はどうやらこの先の通路を曲がった場所から聞こえてくる。
距離にして三十メートルほど。
聞こえてきた声の様子からして、負傷した人間が発する呻き声のようだった。
(正常な意識を持った人間か……それとも)
考え抜いた末、少年は声の持ち主を特定することにした。
正常な人間ならば詳しい話を聞けるかもしれない。
そしてもし今まで遭遇した人間たちのように動く死体となっているのならば、そのときは悪いが容赦なく殺す。
少年は周囲を警戒しながら走った。
通路の突き当たりはT字路になっており、声は右手のほうから聞こえてくる。
少年は壁に背中をつけると、顔だけをそっと出して確認した。
「白川さん!」
少年は呻き声を発していた人間の顔を見るなり、大きく目を見開いて声を上げた。
呻き声を発していたのは五十代前後と思われる初老の男だった。
白髪が混ざった髪に上半身には白衣を着ている。
だが、その白衣も今では所々が血で赤く染まっていた。
少年は慌てて初老の男――白川の元へ駆け寄った。
白川は上半身だけを壁にもたれるように座っており、右手で腹部を押さえていた。
「白川さん! 白川さん!」
オートマチック拳銃を床に置くと、少年は片膝をつきながら白川の肩を揺すった。
やがて白川は少年の存在に気がついたのか、虚ろだった双眸を向けてきた。
「そ、その声は……やはり……お前は無事だったのか……」
事切れる寸前だったのか、白川の目の焦点が合っていない。
おそらく顔を向けたのも、ただ声が聞こえた方向に振り向いただけだったのだろう。
「一体何が起こったんですか? 教えてください!」
少年が事の真相を聞きだそうと白川に尋ねると、白川は白衣のポケットから一個の鍵を取り出した。
その鍵を少年に手渡す。
「いいか……これから言うことを……よく聞くんだ」
白川は血が混じった咳をしながら少年に事の真相を簡潔に話した。
話を聞かされた少年の顔は徐々に蒼白になっていく。
「そんな、そんな馬鹿なことって」
「いいや……これはすべて……現実に起こってしまったことだ……まさか、あいつらがあのような力を隠し持っていようとは……誰にも予想できなかった……こうなっては……すべては悪い未来に……ごほっごほっ……ごほっ! ごほっ!」
白川の口内からはどんどん血が溢れてくる。
少年は思った。
この血色からして酷く内蔵を損傷している。
もってあと数分ほどだろう。
「白川さん。これから俺はどうすれば」
手渡された小さな鍵を握りながら、少年は白川に問いかけた。
「B6格納庫に行け……あそこにはアレがある……今渡した鍵は……アレを再起動させるためのマスターキーだ」
B6格納庫。
その言葉を聞いた瞬間、少年の脳裏にその場所までの最短ルートが浮かび上がってきた。
全速力で走れば五分ほどで到着するだろう。
無論、途中で動く死体に遭遇しなかった場合であるが。
少年が思案していると、白川が強く手を握ってきた。
まるで死人のようにひんやりとした冷たい体温であった。
「頼んだぞ……こうなっては……頼めるのはお前だけだ……あいつらの好き勝手にさせてはならん……いいな? ナンバ……」
そこで白川の言葉は切れ、握っていた手がダラリと落ちる。
少年は耳を白川の心臓に当てて心拍を確認した。ダメだ、停止している。
少年は手渡された鍵をポケットに仕舞うと、床に置いていたオートマチック拳銃を拾って立ち上がった。
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