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第16話 闇夜の仮装者たち
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赤松公園は閑静な住宅街の中に設けられた憩いの場だ。
全体的に楕円形な形をしており、中央には渡り鳥たちが羽を休める池もある。
生い茂る樹林の中には舗装された道も形成されていた。
そのため、休日などにはトレーニングウエアに身を包んだ老若男女がロードワークやウォーキングをしている姿が見受けられる。
さりとて今は平日の午後。
時刻も午後八時に差しかかろうとする時間帯だ。
さすがにトレーニングウエアを纏って走っている人間は羽美くらいだった。
だが不快感はない。
返って人目を気にしないで済むので心地よいくらいだ。
数十メートル間隔で設置されている誘蛾灯の光を道標に、羽美は一定のペースを保ちつつ舗装された道を軽快に走っていく。
30分ほど走っただろうか。
額のみならず、ウエアの下に着ているTシャツも薄っすらと汗ばんできた。
呼吸も乱れ、火照った身体に夜気の風が清々しい。
「ちょっと休憩しようかな」
羽美は舗装された道を外れると、公園の一角に設けられた広場にやってきた。
木製のベンチの他に鉄棒やアスレチックジムなどの遊具が置かれている。
広さも中々のものだ。
その気になれば子供たちがサッカー大会も開けるだろう。
ウエアのポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭き、羽美は広場の端に設置されていた自動販売機に向かった。
用意していた硬貨を入れ、ペットボトルのスポーツ飲料を購入する。
「ふうー、やっぱり走った後のスポーツドリンクは最高だわ」
ややオヤジ臭い発言を口にしつつ、羽美は一気にスポーツ飲料を半分まで飲み干した。
生き返るとはまさにこのことだ。
乾いた喉に冷たい飲料が流し込まれると、消費した体力が一時的に回復するような充実感を覚える。
ロードワークを終えた後、羽美は広場の自動販売機でスポーツ飲料を買う。
これは空手を習い覚える前から続けていた習慣である。
さすがに今は毎日走ることはできないが、放課後に開かれる生徒会の定例会議や週末の空手道場に通う日以外はなるべく時間を作って走るようにしていた。
夜に公園内を走ると不思議と心身がリラックスするのだ。
残り半分のスポーツ飲料をちびちびと飲みながら、羽美は人気のない広場の中をぐるっと見渡す。
自動販売機の周囲以外は暗闇に包まれ、たまに本当にここが憩いの場なのかと錯覚してしまう。
そしてそんな広場を見つめていると、嫌でも脳裏に一人の少女の姿が浮かんでくる。
加臥野都。
自分2つ年が離れた秋兵の妹であった。
(昔はよくここで遊んだな)
この赤松公園の広場は都の大のお気に入りだった。
季節ごとに色とりどりの花が花壇に咲き乱れ、何とも言えない情緒を醸し出すからだ。
またそれ以上に都は内気な性格だったため、学校では上手く友達ができず家に篭ることが多かった。
だからこそ、ここで自分や秋兵がよく都の遊び相手になっていたのである。
身体を動かすスポーツもしたが、とりわけ都は植物が大好きだった。
よく図鑑を片手に花壇で咲いている花や野の野草を観察していたものだ。
本当に都は可愛い妹のような存在だった。
肩口で切り揃えた黒髪に着飾らない笑みが魅力的であり、他人を恐れる内気な性格さえなければ友達も多くできたことだろう。
「都ちゃん……何であんなことに」
生前の都の顔を思い出し、羽美は目頭が熱くなった。
今から3年前、都は大型トラックに撥ねられて命を落とした。
享年13才。
中学に入ったばかりの出来事であった。
残念なことに都の司法解剖の結果は肉親のみに知らされていたので、他人である羽美にはどういう経緯でトラックに撥ねられたのかは分からない。
何度も秋兵に尋ねようとしたのだが、結局は聞けず仕舞いで終ってしまった。
それからあっという間に月日が経ち、結局は都の死因は事故死とだけ聞かされた。
しかし、死因など本当はどうでもよかった。
妹のように可愛がっていた都はもうこの世にいないのだから。
「都ちゃんの命日が近いからかな。この時期になるとどうもね」
羽美は残っていたスポーツ飲料をすべて飲み干し、自動販売機の横に置かれていたペットボトル専用のゴミ箱に投げ入れた。
そろそろ帰ろうかな。
そう思った羽美は自動販売機の前から数メートル離れ、屈伸などの柔軟体操を始めた。
このまま数分ほど身体を解した後、ゆっくりとペース配分を考えながら帰路に着こうと考えたのだ。
だが――。
「あっ、いたいた。ここにいたよ」
走り始めようとした直後、一人の少女が羽美の前に颯爽と現れた。
暗がりでよく分からないが、口調から推測するに年齢は若い。
おそらく羽美と同年代か少し下、もしかすると中学生ほどかもしれない。
「あー、よかった。もしもいなかったら私の分け前がなくなるところだったよ」
と、少女が羽実から後方の暗闇に向かって声を上げた。
直後、羽美の背筋に悪寒が走った。
いや、もしかすると戦慄だったのかもしれない。
「さて、どっちから行くかな?」
「どっちでもいいじゃん。どっちが行こうが目的は変わらないんだし」
羽美は声が聞こえてきた方向を瞬時に見やった。
闇に支配されたアスレチックジムの裏から、2人の男が落ち着いた足取りで近づいてくる。
やがて自動販売機から漏れる光で、2人の男の素顔がはっきと見て取れた。
思わず羽美は息を呑んだ。
歩調を合わせて現れた2人は、全身から異様な雰囲気を放つジェイソンとスクリームの仮面を被っていた。
花柄の開襟シャツや無地の黒Tシャツ。
深緑色のカーゴパンツやジーンズという普通の格好だったから、なおさらに仮面を被っている姿が浮きだって見える。
そんな2人組みに対して、羽美は仮装大賞の出場者ではないかと疑った。
でなければ単に人を驚かせたい変質者の類だろうか。
どちらにせよ夜の公園に出掛ける格好ではなかった。
ホラーの代名詞とも呼べるジェイソンとスクリームの仮面を被るなど悪趣味なこと極まりない。
「どっちから行く? まさか女1人に2人掛りはねえだろ?」
呆気に取られている羽美に構わず、スクリーム男はジェイソン男に尋ねた。
「ジャンケンしようぜ。負けた方がやるってことで」
ジェイソン男が答えると、スクリーム男は頷いた。
そしてジェイソン男とスクリーム男は本当にジャンケンを開始した。
最初はグーの掛け声が広場に響き渡る。
「俺の勝ちだな……つうことでお前が先方な」
わずか数秒の出来事である。
ジャンケンに勝ったジェイソン男は、腹の底から快活に笑いながらスクリーム男の背中を叩いた。
「だが、お前1人でカタをつけても報酬は半々だからな? それはきっちり守れよ」
スクリーム男は仮面の奥で舌打ちすると、傍観を決めたジェイソン男に言い放つ。
「分かったから少し黙れ。こんな場所でも誰に見られるか分からねえんだ。てめえは見張りに専念しとけ」
「うるせえ。偉そうに指図すんな」
などの会話を黙って聞いていた羽美は、ますますこの異様な2人組みの真意が計り知れなかった。
ただのナンパではないことは十分に分かる。
しかし、それだけだ。
なぜ自分がこんな連中に狙われるのかはさっぱり不明だった。
そこまで思案したとき、羽美ははっと我に返った。
いつの間にかスクリーム男が姿勢を低くしたまま突進してきた。
早い動きだ。
どう見ても素人の動きではない。
「くっ」
羽美は地面を蹴って後方に跳躍した。
ある程度自分の間合いを保ったところで自流の構えを取る。
身体を左半身に開き、緩く握った両拳で顔面を庇う。
羽美が師事していたフルコンタクト(直接打撃制)系の空手道場――有聖塾のオーソドックスな組手の構えだった。
一方、スクリーム男も羽美の実力を構えから察したのだろう。
砂埃を起こすほどの勢いで立ち止まると、身体を上下に揺らして独特のリズムを取り始めた羽美と対峙する。
そして羽美vsスクリーム男という意外なマッチメイクが公園の広場で勃発した。
全体的に楕円形な形をしており、中央には渡り鳥たちが羽を休める池もある。
生い茂る樹林の中には舗装された道も形成されていた。
そのため、休日などにはトレーニングウエアに身を包んだ老若男女がロードワークやウォーキングをしている姿が見受けられる。
さりとて今は平日の午後。
時刻も午後八時に差しかかろうとする時間帯だ。
さすがにトレーニングウエアを纏って走っている人間は羽美くらいだった。
だが不快感はない。
返って人目を気にしないで済むので心地よいくらいだ。
数十メートル間隔で設置されている誘蛾灯の光を道標に、羽美は一定のペースを保ちつつ舗装された道を軽快に走っていく。
30分ほど走っただろうか。
額のみならず、ウエアの下に着ているTシャツも薄っすらと汗ばんできた。
呼吸も乱れ、火照った身体に夜気の風が清々しい。
「ちょっと休憩しようかな」
羽美は舗装された道を外れると、公園の一角に設けられた広場にやってきた。
木製のベンチの他に鉄棒やアスレチックジムなどの遊具が置かれている。
広さも中々のものだ。
その気になれば子供たちがサッカー大会も開けるだろう。
ウエアのポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭き、羽美は広場の端に設置されていた自動販売機に向かった。
用意していた硬貨を入れ、ペットボトルのスポーツ飲料を購入する。
「ふうー、やっぱり走った後のスポーツドリンクは最高だわ」
ややオヤジ臭い発言を口にしつつ、羽美は一気にスポーツ飲料を半分まで飲み干した。
生き返るとはまさにこのことだ。
乾いた喉に冷たい飲料が流し込まれると、消費した体力が一時的に回復するような充実感を覚える。
ロードワークを終えた後、羽美は広場の自動販売機でスポーツ飲料を買う。
これは空手を習い覚える前から続けていた習慣である。
さすがに今は毎日走ることはできないが、放課後に開かれる生徒会の定例会議や週末の空手道場に通う日以外はなるべく時間を作って走るようにしていた。
夜に公園内を走ると不思議と心身がリラックスするのだ。
残り半分のスポーツ飲料をちびちびと飲みながら、羽美は人気のない広場の中をぐるっと見渡す。
自動販売機の周囲以外は暗闇に包まれ、たまに本当にここが憩いの場なのかと錯覚してしまう。
そしてそんな広場を見つめていると、嫌でも脳裏に一人の少女の姿が浮かんでくる。
加臥野都。
自分2つ年が離れた秋兵の妹であった。
(昔はよくここで遊んだな)
この赤松公園の広場は都の大のお気に入りだった。
季節ごとに色とりどりの花が花壇に咲き乱れ、何とも言えない情緒を醸し出すからだ。
またそれ以上に都は内気な性格だったため、学校では上手く友達ができず家に篭ることが多かった。
だからこそ、ここで自分や秋兵がよく都の遊び相手になっていたのである。
身体を動かすスポーツもしたが、とりわけ都は植物が大好きだった。
よく図鑑を片手に花壇で咲いている花や野の野草を観察していたものだ。
本当に都は可愛い妹のような存在だった。
肩口で切り揃えた黒髪に着飾らない笑みが魅力的であり、他人を恐れる内気な性格さえなければ友達も多くできたことだろう。
「都ちゃん……何であんなことに」
生前の都の顔を思い出し、羽美は目頭が熱くなった。
今から3年前、都は大型トラックに撥ねられて命を落とした。
享年13才。
中学に入ったばかりの出来事であった。
残念なことに都の司法解剖の結果は肉親のみに知らされていたので、他人である羽美にはどういう経緯でトラックに撥ねられたのかは分からない。
何度も秋兵に尋ねようとしたのだが、結局は聞けず仕舞いで終ってしまった。
それからあっという間に月日が経ち、結局は都の死因は事故死とだけ聞かされた。
しかし、死因など本当はどうでもよかった。
妹のように可愛がっていた都はもうこの世にいないのだから。
「都ちゃんの命日が近いからかな。この時期になるとどうもね」
羽美は残っていたスポーツ飲料をすべて飲み干し、自動販売機の横に置かれていたペットボトル専用のゴミ箱に投げ入れた。
そろそろ帰ろうかな。
そう思った羽美は自動販売機の前から数メートル離れ、屈伸などの柔軟体操を始めた。
このまま数分ほど身体を解した後、ゆっくりとペース配分を考えながら帰路に着こうと考えたのだ。
だが――。
「あっ、いたいた。ここにいたよ」
走り始めようとした直後、一人の少女が羽美の前に颯爽と現れた。
暗がりでよく分からないが、口調から推測するに年齢は若い。
おそらく羽美と同年代か少し下、もしかすると中学生ほどかもしれない。
「あー、よかった。もしもいなかったら私の分け前がなくなるところだったよ」
と、少女が羽実から後方の暗闇に向かって声を上げた。
直後、羽美の背筋に悪寒が走った。
いや、もしかすると戦慄だったのかもしれない。
「さて、どっちから行くかな?」
「どっちでもいいじゃん。どっちが行こうが目的は変わらないんだし」
羽美は声が聞こえてきた方向を瞬時に見やった。
闇に支配されたアスレチックジムの裏から、2人の男が落ち着いた足取りで近づいてくる。
やがて自動販売機から漏れる光で、2人の男の素顔がはっきと見て取れた。
思わず羽美は息を呑んだ。
歩調を合わせて現れた2人は、全身から異様な雰囲気を放つジェイソンとスクリームの仮面を被っていた。
花柄の開襟シャツや無地の黒Tシャツ。
深緑色のカーゴパンツやジーンズという普通の格好だったから、なおさらに仮面を被っている姿が浮きだって見える。
そんな2人組みに対して、羽美は仮装大賞の出場者ではないかと疑った。
でなければ単に人を驚かせたい変質者の類だろうか。
どちらにせよ夜の公園に出掛ける格好ではなかった。
ホラーの代名詞とも呼べるジェイソンとスクリームの仮面を被るなど悪趣味なこと極まりない。
「どっちから行く? まさか女1人に2人掛りはねえだろ?」
呆気に取られている羽美に構わず、スクリーム男はジェイソン男に尋ねた。
「ジャンケンしようぜ。負けた方がやるってことで」
ジェイソン男が答えると、スクリーム男は頷いた。
そしてジェイソン男とスクリーム男は本当にジャンケンを開始した。
最初はグーの掛け声が広場に響き渡る。
「俺の勝ちだな……つうことでお前が先方な」
わずか数秒の出来事である。
ジャンケンに勝ったジェイソン男は、腹の底から快活に笑いながらスクリーム男の背中を叩いた。
「だが、お前1人でカタをつけても報酬は半々だからな? それはきっちり守れよ」
スクリーム男は仮面の奥で舌打ちすると、傍観を決めたジェイソン男に言い放つ。
「分かったから少し黙れ。こんな場所でも誰に見られるか分からねえんだ。てめえは見張りに専念しとけ」
「うるせえ。偉そうに指図すんな」
などの会話を黙って聞いていた羽美は、ますますこの異様な2人組みの真意が計り知れなかった。
ただのナンパではないことは十分に分かる。
しかし、それだけだ。
なぜ自分がこんな連中に狙われるのかはさっぱり不明だった。
そこまで思案したとき、羽美ははっと我に返った。
いつの間にかスクリーム男が姿勢を低くしたまま突進してきた。
早い動きだ。
どう見ても素人の動きではない。
「くっ」
羽美は地面を蹴って後方に跳躍した。
ある程度自分の間合いを保ったところで自流の構えを取る。
身体を左半身に開き、緩く握った両拳で顔面を庇う。
羽美が師事していたフルコンタクト(直接打撃制)系の空手道場――有聖塾のオーソドックスな組手の構えだった。
一方、スクリーム男も羽美の実力を構えから察したのだろう。
砂埃を起こすほどの勢いで立ち止まると、身体を上下に揺らして独特のリズムを取り始めた羽美と対峙する。
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