【完結】婚約者はカクレブサー ~ただの居候だと思っていた少年は、実は最強の〇〇使いの婚約者でした。そして学園内で波乱を巻き起こす模様~

岡崎 剛柔

文字の大きさ
23 / 35

第23話   名護武琉の本性

しおりを挟む
放火ブザーのベル音が高らかに鳴り響いていたのは、武琉の読み通り左棟だった。

 特別教室と三年生の教室がある2階である。

 現場にいち早く辿り着いた生徒会役員は武琉だった。

本当は花蓮と対峙していて身動きが取れない状況だったのだが、防火ブザーのベル音が鳴り響いた直後になぜか花蓮はその場から遁走したのだ。

しかも意味深な言葉を投げかけてきたせいで、武琉は嫌な予感を覚えつつ現場目掛けて駆けて行った。

 そして現場に辿り着いた武琉は、左棟・2階の廊下で驚愕の光景を目にした。

「馬鹿にしやがって……どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」

 真壁六郎である。

  昼食時ということもあって、人気が少なかった廊下に六郎が佇んでいたのだ。

 だが様子がおかしすぎる。

遠目からでも分かるほど目が血走り、100メートルを走り切った直後のように息が荒い。

しかもぶつぶつと小声で呟いており、神経が過敏になっているのか仕切りに周囲を睨め回していた。

 もちろん、それだけではない。

六郎の左手にはカッターナイフが握られていた。

市販製の中では特に大きなカッターナイフだ。

製図作業用に使うやつだろうか。

 甲高い防火ブザーのベル音が鳴り響く中、武琉は幽鬼のように佇む六郎に話しかけた。

「真壁会長、そこで何をしている?」

 武琉は現場を一目見てすぐに理解した。

防火ブザーのベル音が鳴るスイッチ部分が粉々に砕かれている。

おそらく六郎がカッターナイフの柄の部分で殴ったのだろう。

「馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって」

 けれども六郎は武琉の言葉に反応しない。

挙動不審者のように顔を左右に動かして小言を呟くのみ。

 そんな六郎の姿を一定の距離から見ているのは三年生の生徒たちだ。

全員が生徒会長の奇行振りに慌てふためいている。

「とにかく落ち着くさぁ」

 武琉はできるだけ相手を刺激しないよう作り笑いを浮かべた。

一歩ずつリノリウムの床を噛み締めるように六郎に近づいていく。

 やがて六郎との距離が3メートルまで縮まったときだ。

「会長、一体そこで何をしているのですか!」

 突如、廊下に響く声に武琉は足を止めた。声の方向を見ると、反対側の廊下からクラスメイトであり生徒会役員の1人である秋兵が慌てて駆け寄ってくる。

 防火ブザーの異変に気づいて現場に駆けつけてきたのだろう。

そこは武琉と同じ考えだったのだろうが、秋兵は他の要因に気づいている節がなかった。

そうでなければ今の六郎に躊躇なく近づいていけるはずがない。

「サンケー(止めろ)! うかつに近づくな!」

 全力で警戒している自分とは違って、何の不審も感じず六郎に近づいていく秋兵に武琉はあらん限りの声を振り絞って忠告する。

 だが今一歩遅かった。

ずかずかと近づいてきた秋兵に六郎は左手を振り回したのだ。

「ぐうッ!」

 秋兵は顔を歪めて大仰な呻き声を上げる。

  六郎の左手に握られていたカッターナイフで攻撃されたのだ。

しかし当たった場所が刃ではなく柄の部分だったことは幸いだった。

こめかみの部分を殴打された秋兵は、防火装置が設置されていた壁際まで吹き飛ばされる。

  傍観していた生徒たちから悲鳴が発せられ、左棟全体に響き渡っていた防火ブザーのベル音がぴたりと鳴り止む。

吹き飛ばされた秋兵が防火装置に直撃したことで、中の配線が切れたのかもしれない。

どちらにせよ耳ざわりなベル音が止んだことは僥倖である。

  ただ、秋兵は床にうつ伏せになったまま動かない。

固い鉄箱に身体を叩きつけられた衝撃で気絶してしまったのだろう。

「へへへへ……僕に意見するから悪いんだ……この生徒会長の僕に意見するから」

 気絶した秋兵を睥睨しながら六郎は酷薄な笑みを浮かべた。

普段の内気な六郎からは想像できない背筋が凍る笑みだ。

(間違いない。真壁会長はマリファナを吸ったな)

 当たらずとも遠からずだっただろう。

今の六郎はどう見てもおかしい。

普段から過度なストレスに晒されていたとしても、こう〝キレた〟状態が持続するだろうか。

 突発的な行動ならば持続時間は短いはずだ。

だが、秋兵を気絶させた六郎はまったく感情を落ち着かせる素振りがない。

それどころかより感情が負の方向に偏っている気がする。

「お前も僕に意見するつもりか? この生徒会長の僕に対して!」

 ぐるりと首を曲げ、六郎は猛禽類のように拡大した瞳を武琉に向けてくる。

「真壁会長……」

 武琉は六郎の雰囲気に中てられたのか咄嗟に身構えた。

うなじから背中にかけて生温い汗が滴る。

とても素人とは思えないほど強烈な殺意だ。

 一方、ようやく事態の収拾に努めようと傍観を決め込んでいた生徒たちが動いた。

「先生を早く呼んでこい!」などと叫び、幾人かの触発された生徒が職員室に向かう。

 そんな生徒たちの言葉に神経を逆撫でされたのだろう。

六郎はかっと目を見開き、喉が張り裂けんばかりに高らかに叫んだ。

草食動物の咆哮にもかかわらず、窓ガラスがビリビリと鳴動する。

「どいつもこいつもふざけるなぁぁぁッ! 僕を誰だと思っているんだ! この学園で一番偉い生徒会長だぞ!」

 直後、六郎は涎を垂れ流しながらカッターナイフを無造作に振り回した。

  それでもカッターの刃は無害な虚空を切りつけるのみ。

だがこんな状態が長く続けばいつ人間に被害が出るか分からない。

 それゆえに武琉は、人目が多いにもかかわらず覚悟を決めた。

 乱心している真壁六郎を人畜無害な元の状態に戻そう、と。

「ふう……ふう……ふう……ふう」

 六郎は左腕を振り回して疲れたのだろう。

左腕をだらりと下げ、肩で呼吸を繰り返す。

 今が千載一遇のチャンス! 

武琉は六郎の無防備な背中を見据えつつ、相手に気取られないよう足音を立てずに間合いを詰めた。

 3メートル、2メートル、1メートルと距離が詰まり、六郎の間合いに武琉は無断で侵入した。

あとは六郎に気づかれない意識を奪うだけである。

 そう思っていた武琉だったが、たった1つだけ失念していたことがあった。

 気配を殺して近づいたはずなのに六郎は顔だけを振り向かせた。

呼び動作などまったくの皆無である。バネ仕掛けの首が急に回ったような人形のように。

 次の瞬間、六郎は信じられない行動を取ってきた。

 筋肉を酷使した左手から右手にカッターナイフを素早く移行させ、間髪を入れずに攻撃を放ってきたのだ。

  武琉はギョッとしたものの、上体を後方に逸らすことで六郎の攻撃を間一髪でよけた。

鼻先をカッターナイフの刃が信じられない速度で通過する。

「僕の攻撃を避けるとは何様のつもりだ!」

 六郎は身体を独楽のように回転させて追撃。

今度は真横ではなく真上からカッターナイフを振り下ろしてくる。

 周囲から悲鳴と嬌声が沸き起こった。

傍観していた生徒たちは、武琉が無残に身体を切られる光景をまざまざと予想したことだろう。

 しかし――。

 傍観していた生徒たちの予想を裏切り、武琉は瞬きせずに立ち向かって行った。

 近距離の間合いから超至近距離の間合いへと瞬時に移動する。

 そして武琉は台風の目である懐へ侵入すると、真上から振り下ろされてきた六郎の右手を左手で食い止めた。

掌の部分で相手の右手首を押し留めたのだ。

 だが、武琉が起こした行動はそれだけではなかった。

  間髪を入れずに武琉は腹の底から咆哮を上げた。

同時に、超至近距離に侵入した武琉の右拳が六郎の身体にピタリと添えられる。

 刹那、六郎の身体が強力な電流を流されたように激しく振動した。

右手に握られていたカッターナイフが床に落ちる。

 それだけではない。

カッターナイフに続いて六郎自身も床に崩れ落ちた。

 悲鳴と嬌声はいつの間にか漣のようにゆるりと止み、六郎に注がれていた畏怖の目が今度は武琉に向けられる。

 ほどしばらくして、現場に数人の教職員たちが駆けつけてきた。

「何があったんだ!」

 黒のジャージを着込んでいた屈強な教師が生徒たちに声高々に尋ねる。

  他の教職員たちも周囲にいた生徒たちに事情を訊いていくが、誰一人として説明できる人間はいなかった。

 教職員たちは一様に首を傾げたことだろう。

生徒会長である真壁六郎がカッターナイフを片手に暴れていると聞いて駆けつけたのに、件の現場には暴れ回っている生徒など1人もいなかったのだ。

しかも騒ぎの張本人である真壁六郎は、大口を開けて床に仰向けに倒れている。

「おい、そこのお前! 一体、何が起こったのか説明しろ!」

 するとジャージの教職員は廊下の中央に佇む武琉に目をつけた。

六郎を見下ろしている武琉に大股で近寄っていく。

「なぜ答えない! きちんと説明し――」

 背中を向けていた武琉の肩を摑み、強引に振り向かせたときだった。

 ジャージの教職員は思わず言葉を飲み込んだ。

強引に振り向かせた武琉と直に目線を合わせてしまったからだ。

「あ……お手数かけます。もう収まりましたから」

 振り向かせたジャージの教職員にそう告げる武琉。

だが、依然としてジャージの教職員は口から言葉を出せない。

 今の武琉の目を見れば誰でもそうなったことだろう。

 淡々と言葉を紡いだ武琉の目には憤怒や悲哀といった人間の感情がなく、屠殺場の動物を殺すような無情の光だけが煌々と灯っていた。

 講道館柔道四段の腕前を持ち、柔道部の顧問をしているジャージの教職員を心胆寒からしめるほどに――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...