30 / 35
第30話 ギャングの道祖神
しおりを挟む
「はあ~、これは思ったよりナンギ(難儀)なことになりそうさぁ」
武琉は件の場所にくるなり、強烈な負の雰囲気を醸し出している建物を見上げた。
以前にも足を運んだことがある旧校舎である。
時刻は午後7時30分を過ぎているだろう。
雲の切れ目から降り注ぐ淡い燐光が、黒ずんでいるはずの外観を青白く染め上げていた。
一通り旧校舎の外観を見つめると、次に武琉はもう一度だけ視線を下に向けた。
旧校舎の入り口前には、数人の男たちが仲よく眠っている姿があった。
鷺乃宮学園指定の学生服を着ていた男たち。
当然だが一般生徒ではない。
脱色した髪や煌びやかな装飾品を身につけており、校則違反も甚だしかった。
間違いなく〈ギャング〉の人間たちだ。
こんな時間に旧校舎にいること自体、そうであることを明確に示唆している。
しかし、それでも不可解な点は多数見受けられた。
〈ギャング〉に属する男たちは身体の様々な箇所を骨折していたのだ。
腕や足はもちろんのこと、中には肩を脱臼させられている男もいた。
武琉は目線を細めて昏倒している男たちを睥睨する。
〈ギャング〉たちは相当な技量を持つ相手にやられたのだろう。
地面に残っている摺り足気味の足跡や、男たちの怪我の具合からそれは十分に見て取れた。
相手はたった1人。
それもおそらくは……
「ナンギ(難儀)やっさぁ」
子供に悪戯された人形のようになっていた合計3人の〈ギャング〉たちを一望すると、武琉は作物を枯らす南風よりも恐ろしい腥風を纏いつつ旧校舎の中へと入っていく。
昇降口を通り抜けて頼りない音を奏でる廊下へと躍り出る。
周囲はやはり薄暗く埃臭い匂いが充満していた。
それでも咳き込むほどではない。
浅く呼吸を続けていれば特に気にならないほどだ。
「取り敢えず上かな」
旧校舎はとっくの昔に電気の供給がストップした場所だ。
それに時刻も時刻だったから10メートル前方はまったく見えない。
だが、運よく曇り空が晴れてくれたお陰で窓ガラスを通して月光が降り注いでくる。
その光を電灯の代わりにして武琉は歩を進めていくと、やがて武琉の目の前に上の階へと続く階段が見えてきた。
そこで武琉は一旦立ち止まり、周囲をざっと見渡す。
「ふむ」
やはり羽美は上の階にいるのだろう。
武琉は周囲の様子を視認して得心した。
ここにも〈ギャング〉たちの姿があった。
学生服をだらしなく着込んだ4人の男たちが、階段の中で白目を剥いて昏倒している。
正面玄関前に倒れていた〈ギャング〉たちもそうだったが、階段の中で気絶していた男たちも同様の痕跡が見られた。
曰く、万が一目覚めても身動きが取れないよう四肢を折られているのだ。
まるで道祖神である。
〈ギャング〉たちの身体が道標となり、後からきた人間をある場所まで誘導しているかのように思えた。
だとすれば〈ギャング〉たちを倒した相手は自分がくることを知っていたのだろうか。
知った上でこうして誘導しているのだとしたら。
「まあ、ホロホロソーン(うろうろ歩く)しなくてもいいな」
常人ならば場の雰囲気に中てられて一目散に逃げ出したくなる状況だっただろう。
にもかかわらず、武琉は返って都合がよいと判断した。
本校舎の3分の1にも満たない敷地面積を有する旧校舎だったが、それでも1つ1つ部屋を見て回るのは骨が折れる。
だが、こうして気絶した〈ギャング〉が道標となっているのならば話は別だ。
武琉はただ〈ギャング〉たちの姿を見つければいい。
気絶している〈ギャング〉たちを避け、武琉は静かな足取りで二階へと進んだ。
1メートル進むごとに目線を教室の扉へ合わせ、不意の襲撃に用心する。
また曲がり角を見つければ大きく間隔を取って待ち伏せを警戒した。
そうこうしている間に武琉は三階へと到着した。
ここにくるまでに目撃した〈ギャング〉たちは合計9人。
もちろん正面玄関口に倒れていた〈ギャング〉たちも合わせてだ。
おそらく、残りの〈ギャング〉たちは五人もいない。
事前の調査で〈ギャング〉は15、6人で構成されているということも判明している。
武琉はギシギシと悲鳴を上げる板張りの床を進み始めた。
そして未だ遭遇していない〈ギャング〉たちのことを考えていると、横切ろうとした教室の様子がふと目に入った。
武琉はぴたりと足を止め、目に止まった教室の中へ踏み入る。
勉強机や椅子を根こそぎ廃された教室内は以外に広く感じられた。
また内と外とを隔てていた窓ガラス越しに、青白い月光が室内を鮮明に照らしている。
だからこそ武琉の目に止まったのだろう。
もしも室内が暗がりに支配されていたら気づかずに通り過ぎた可能性が高かった。
教室内には残りの〈ギャング〉たちがすべて揃っていた。
〈ギャング〉のリーダーである松山剛樹を筆頭に、強面の男たちが一箇所に文字通り山のように積み上げられていた。
不思議な光景であった。
今まで遭遇した〈ギャング〉たちとは違って人間ピラミッドが形成されていたのだ。
だが、武琉が惹かれたのはそんなことではない。
「これは別の人間の仕業だな」
そうである。
一箇所に積み上げられていた剛樹たちは1人として四肢を折られた者はいなかった。
ただ四肢を折られる代わりに全員が顎や鼻骨を粉砕されていたのだ。
やがて武琉はおもむろに天井を見上げた。
無数の穴が穿たれていた天井には剥き出しの配線が蔦のように垂れ下がっている。
そんな天井を見上げつつ武琉はぼそりと呟いた。
「もしもこの階にいないとしたら後は……」
今にも剥がれ落ちてきそうな天井の先に武琉は意識を集中させた。
事実的な最上階である三階のさらに上にある屋上に向けて。
武琉は件の場所にくるなり、強烈な負の雰囲気を醸し出している建物を見上げた。
以前にも足を運んだことがある旧校舎である。
時刻は午後7時30分を過ぎているだろう。
雲の切れ目から降り注ぐ淡い燐光が、黒ずんでいるはずの外観を青白く染め上げていた。
一通り旧校舎の外観を見つめると、次に武琉はもう一度だけ視線を下に向けた。
旧校舎の入り口前には、数人の男たちが仲よく眠っている姿があった。
鷺乃宮学園指定の学生服を着ていた男たち。
当然だが一般生徒ではない。
脱色した髪や煌びやかな装飾品を身につけており、校則違反も甚だしかった。
間違いなく〈ギャング〉の人間たちだ。
こんな時間に旧校舎にいること自体、そうであることを明確に示唆している。
しかし、それでも不可解な点は多数見受けられた。
〈ギャング〉に属する男たちは身体の様々な箇所を骨折していたのだ。
腕や足はもちろんのこと、中には肩を脱臼させられている男もいた。
武琉は目線を細めて昏倒している男たちを睥睨する。
〈ギャング〉たちは相当な技量を持つ相手にやられたのだろう。
地面に残っている摺り足気味の足跡や、男たちの怪我の具合からそれは十分に見て取れた。
相手はたった1人。
それもおそらくは……
「ナンギ(難儀)やっさぁ」
子供に悪戯された人形のようになっていた合計3人の〈ギャング〉たちを一望すると、武琉は作物を枯らす南風よりも恐ろしい腥風を纏いつつ旧校舎の中へと入っていく。
昇降口を通り抜けて頼りない音を奏でる廊下へと躍り出る。
周囲はやはり薄暗く埃臭い匂いが充満していた。
それでも咳き込むほどではない。
浅く呼吸を続けていれば特に気にならないほどだ。
「取り敢えず上かな」
旧校舎はとっくの昔に電気の供給がストップした場所だ。
それに時刻も時刻だったから10メートル前方はまったく見えない。
だが、運よく曇り空が晴れてくれたお陰で窓ガラスを通して月光が降り注いでくる。
その光を電灯の代わりにして武琉は歩を進めていくと、やがて武琉の目の前に上の階へと続く階段が見えてきた。
そこで武琉は一旦立ち止まり、周囲をざっと見渡す。
「ふむ」
やはり羽美は上の階にいるのだろう。
武琉は周囲の様子を視認して得心した。
ここにも〈ギャング〉たちの姿があった。
学生服をだらしなく着込んだ4人の男たちが、階段の中で白目を剥いて昏倒している。
正面玄関前に倒れていた〈ギャング〉たちもそうだったが、階段の中で気絶していた男たちも同様の痕跡が見られた。
曰く、万が一目覚めても身動きが取れないよう四肢を折られているのだ。
まるで道祖神である。
〈ギャング〉たちの身体が道標となり、後からきた人間をある場所まで誘導しているかのように思えた。
だとすれば〈ギャング〉たちを倒した相手は自分がくることを知っていたのだろうか。
知った上でこうして誘導しているのだとしたら。
「まあ、ホロホロソーン(うろうろ歩く)しなくてもいいな」
常人ならば場の雰囲気に中てられて一目散に逃げ出したくなる状況だっただろう。
にもかかわらず、武琉は返って都合がよいと判断した。
本校舎の3分の1にも満たない敷地面積を有する旧校舎だったが、それでも1つ1つ部屋を見て回るのは骨が折れる。
だが、こうして気絶した〈ギャング〉が道標となっているのならば話は別だ。
武琉はただ〈ギャング〉たちの姿を見つければいい。
気絶している〈ギャング〉たちを避け、武琉は静かな足取りで二階へと進んだ。
1メートル進むごとに目線を教室の扉へ合わせ、不意の襲撃に用心する。
また曲がり角を見つければ大きく間隔を取って待ち伏せを警戒した。
そうこうしている間に武琉は三階へと到着した。
ここにくるまでに目撃した〈ギャング〉たちは合計9人。
もちろん正面玄関口に倒れていた〈ギャング〉たちも合わせてだ。
おそらく、残りの〈ギャング〉たちは五人もいない。
事前の調査で〈ギャング〉は15、6人で構成されているということも判明している。
武琉はギシギシと悲鳴を上げる板張りの床を進み始めた。
そして未だ遭遇していない〈ギャング〉たちのことを考えていると、横切ろうとした教室の様子がふと目に入った。
武琉はぴたりと足を止め、目に止まった教室の中へ踏み入る。
勉強机や椅子を根こそぎ廃された教室内は以外に広く感じられた。
また内と外とを隔てていた窓ガラス越しに、青白い月光が室内を鮮明に照らしている。
だからこそ武琉の目に止まったのだろう。
もしも室内が暗がりに支配されていたら気づかずに通り過ぎた可能性が高かった。
教室内には残りの〈ギャング〉たちがすべて揃っていた。
〈ギャング〉のリーダーである松山剛樹を筆頭に、強面の男たちが一箇所に文字通り山のように積み上げられていた。
不思議な光景であった。
今まで遭遇した〈ギャング〉たちとは違って人間ピラミッドが形成されていたのだ。
だが、武琉が惹かれたのはそんなことではない。
「これは別の人間の仕業だな」
そうである。
一箇所に積み上げられていた剛樹たちは1人として四肢を折られた者はいなかった。
ただ四肢を折られる代わりに全員が顎や鼻骨を粉砕されていたのだ。
やがて武琉はおもむろに天井を見上げた。
無数の穴が穿たれていた天井には剥き出しの配線が蔦のように垂れ下がっている。
そんな天井を見上げつつ武琉はぼそりと呟いた。
「もしもこの階にいないとしたら後は……」
今にも剥がれ落ちてきそうな天井の先に武琉は意識を集中させた。
事実的な最上階である三階のさらに上にある屋上に向けて。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる