【完結】空戦ドラゴン・バスターズ ~世界中に現れたドラゴンを倒すべく、のちに最強パイロットと呼ばれる少年は戦闘機に乗って空を駆ける~

ともボン

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プロローグ   ドラゴンとの遭遇

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 鹿取幹康かとり・みきやす二等空尉は、操縦席の中で鬱屈していた。

 狭くて薄暗い操縦席に収まり、酸素マスク付のヘルメットを被っていると首が自由に動かせない。

 それでも視線だけを動かせば外の風景を堪能できるのだが、今は景色を堪能する余裕も暇もなかった。

 風防の外に広がる光景は見渡す限り曇天に包まれていた。

 一定の高度を一定の速度で飛んでいれば、風防の外には地平線や水平線が見えることがある。

 しかしそれは天候が良く、視界を遮る雲の類がなかったならばの話だ。

 航空自衛隊第七航空団第二○四飛行隊所属のパイロットである鹿取幹康二等空尉はこの日、今現在搭乗している高等練習機T‐2を定期整備してもらうため、名古屋にある整備工場に直接飛行して持っていく最中であった。

 鹿取は風防の外に広がる悪天候の空を見て、暗澹たる思いに駆られた。

 午後9時11分。

 当然の如く日は落ちて、視界に映る光景は自分がまるで黒海を彷徨う木切れにでもなったかのような不安を感じる。

 それでも鹿取は機体を一定の高度に保ち、目的地に向かって順調に飛行していた。

 その日はすでに天気が崩れることが予想されていたので、気象データや天気図を元にスムーズな飛行ができるような飛行高度を選び、航法計算された飛行計画書を提出して一人だけで出発した。

 一昔前ならばいざ知らず、現在の機体には風防の外の様子を目で見なくても飛べる計器飛行法と呼ばれる飛び方がある。

 操縦席に設置された二十数個の計器だけを見渡して操縦するこの計器飛行法は、一定の基礎訓練を行えば視界が利かない夜間や悪天候の中でも順調に飛べる画期的な飛行法であった。

 戦闘機を操縦する航空自衛隊のパイロットならば訓練課程で当然のようにこの計器飛行法を習得している。

 そのため鹿取も灰一色に染まっていた外の様子など微塵も意識せず、ただ計器版に並んでいる計器をチェックしながら悪天候の空を飛行していた。

 大勢の人間は自由な空には何の制約もないと思っている人間たちが多い。

 だが実際の空には、航空機や旅客機などと空中で衝突する危険性を回避するため、航空無線標識などの電波が多種多様に飛び交っている。

 もちろん鹿取が操縦しているT‐2にも無線機は搭載されており、ある航空領域にまで近づけば名古屋の飛行場と輸送機の交信情報が入ってくる仕様になっていた。

 鹿取は計器と機体から伝わってくるかすかなズレを感じ取ると、握っている操縦桿の角度を調整して機体を水平に保つ。

 パイロットになって約5年。

 ようやくこの計器飛行という飛び方に慣れたものの、こうして連隊を組まずに飛行するのは若干の緊張感を伴う。

 子供の頃からパイロットに憧れていた鹿取は、戦闘機に乗って自由な大空を駆け回りたいとの思いから航空自衛隊に意気揚々と入隊した。

 映画や本で搭乗するベテランパイロットになり、武装された戦闘機に乗って派手なドッグファイトに明け暮れるためにである。

 無論、これは子供の頃の夢物語だった。

 一般幹部候補生過程から隊付教育を経て地上準備過程や初級操縦過程をこなし、その後は基本操縦の前期後期過程を経て戦闘操縦過程にまで至る。

 そして数年の歳月を経て無事にパイロットになったときには、さすがの鹿取も現実と夢のギャップの違いを心身に叩き込まれていた。

 現在の日本では戦闘機に武装する許可がアメリカから出ていない。

 これは第二次世界大戦後、GHQから日本政府に出された「航空禁止」の影響が強いためだった。

 そのため、航空自衛隊に配備されている戦闘機はアメリカからライセンス生産されたお古と相場が決まっている。

 しかも日本は戦争禁止を豪語しているため、実際に武装がされているのは航空支援戦闘機と呼ばれる一部の機体だけであった。

 それも仕方ない。

 機体を順調に飛行させながら鹿取はふと遠い目になった。

 こうして念願のパイロットになったものの、これまで一度も実戦を経験したことはなかった。

 戦闘機に搭乗することはできても、毎日が飛行訓練で終了する。

 第二次世界大戦が終結して半世紀、防空侵犯をした敵機を実力で排除するために設立された航空自衛隊はその意義を見失っていた。

 だが、これはある意味よいことではある。

 防空侵犯をしない敵機が存在しないということは、少なくとも日本は空からの平和を保っていることを表していた。

 ただし今の日本はアメリカにすべての面で守られ、だからこそ戦闘機には武装はいらないと言われている。

 これはアメリカ側が一方的に防衛庁に進言していることであり、実際のところは技術大国であった日本が純正の戦闘機を作って戦闘機の市場に介入してくることをアメリカ側が恐れているためだとも言われていた。

 だが、一介のパイロットに過ぎない鹿取には本当のところはわからない。

 さすがにどうでもいいとまでは思わないが、太平洋戦争時のような空戦が頻繁に行われても堪ったものではない。

 現在では航空自衛隊が有している戦闘機の数は予算の都合などにより徐々に減少の一途を辿っている。

 このまま行けば数十年後には日本の防空領域はすべてアメリカに任せっぱなしになるという最悪の事態をも招きかねない。

 そうなると日本は日本でありながらアメリカの属国として機能していくことになるだろう。

(それも時代の流れというやつなのかもな……)

 鹿取は計器から風防の外に向けて視線を移した。

 ヘルメットに取り付けられた濃色シールド越しに、水平にたなびく層雲系の雲と鉛直に立ち上がる積乱雲の雲が荒々しく入り混じっている光景が見えた。

 想像以上に天気は荒れていた。

 計器飛行で飛べば視界が利かなくても必ず目的地に着くと確信していても、こう暗い雲の中を飛んでいると進行方向が果てしなく狂ってくる。

 そしてこの雲を突き抜けた瞬間、自分の機体は水平ではなく地面に向かって急降下しているのではないか、などと不安に思うことは計器飛行の訓練中に何度あったことか。

 パイロットを長年していると、飛行中に平衡感覚を失う空間識失調と呼ばれる状態に陥ることがある。

 この状態に陥ると機体の姿勢や進行方向を把握できなくなって航空事故の原因にもなってしまう。

 ちょうど今現在の状態がその空間識失調と似たような状況であった。

 ただしこれは一時的な視界不良によるものなので、計器板の計器を完璧にチェックしていれば空間識失調に陥ることはない。

(頼むぞT‐2。もう少しだからな)

 戦闘操縦過程で半年間、朝から晩まで練習し尽くした機体である。

 高等練習機と呼ばれるT‐2は前期型と後期型の二種類に大別され、後期型には機銃砲や火器管制装置が備わっており、空中戦闘などの実践的な訓練に使用されていた。

 しかし前期型には戦闘操縦過程において使用されるため、後期型のような武装はされていない。

 そして鹿取が操縦している現在の機体は武装が装備されていない前期型の機体だった。

 どのくらい飛行しただろうか。

 やがて右も左も判別できない暗色の視界の中で、鹿取はそろそろ管制塔からの交信が聞こえてくる頃だろうと予想した。

 ほどしばらくすると、予想通りに無線機に交信が入ってきた。

 交信内容は天気の崩れ方が予想以上に酷いのだが、無事に機体を飛行場に着陸できるのかという心配の言葉だった。

 戦闘操縦過程を終了したばかりの新米パイロットと一緒にするな。

 相変わらず風防の外に広がる光景は灰一色。

 その中でも気流は穏やかだから機体から速度を感じず自分が異世界に迷い込んだような奇妙な感覚を覚える。

 だからこそ計器を信頼して飛ぶ勇気がいる。

 新米とそれ以外のパイロットの違いは、自分が今搭乗している機体を信用できるかどうかでしかない。

 鹿取は管制塔にすかさず交信を返す。

「心配は無用です。予定通り着陸するので、ひとまず……」

 と言いかけた途端、機体が上下に激しく揺れた。

 交信が強制的に遮断されたようにノイズが入り、操縦席の安全ベルトがより一層強く締め付けられる。

 鹿取は何が起こったかわからなかった。

 素早く視線を計器に這わせて確認。

 だが空気吸入口やピトー管与熱装置などの主要な計器類はすべて正常に作動している。

 ならば何が起こった?

 そのとき機首が大きく上を向き、続いて強烈なGに圧迫されて横滑りな状態になっていることを悟った。

 まずい、すぐに機体の態勢を整えなければ!

 鹿取は積乱雲と急激に激しくなった気流の中に突っ込み、必死に大自然の力に抗ってみせた。

 計器類を見て水平方向に機体を直そうと努力するが、乱気流の凄さとGの圧力がそれを中々許さない。

 それでも鹿取はパイロットとして培われた経験と、機体の性能を信用して何とか墜落だけは避けようと操縦桿を握っている手に全神経を集中させた。

 大型の洗濯機の中に放り込まれたように機体が右往左往している中、鹿取は機体を揺らした原因を気にも留めず、とにかく乱気流の中心部に引き込まれないように雲の外を目指して機体を操縦した。

 仲間内からはベテランパイロットと尊敬されている鹿取の努力が報われたのか、水平方向とは言わないが何とかT‐2は雲の外に出ることができた。

 雲の外に出ても天気は崩れたままだったが、まだ雲の中よりはマシである。

 それにもし今搭乗している機体が中古の戦闘機だったのならば、かかったGが機体の設計強度を越えて空中分解したかもしれない。

 鹿取は酸素マスクの中で大きく安堵の息を吐いた。

 額にはびっしりと汗が浮かび、後頭部がズキズキと痛む。

 乱気流にもみくちゃにされたときに後頭部をヘルメットごと座席にぶつけてしまったのだろう。

「くそっ……一体何が起こった!」

 意識が正常に戻ってくると、同時に奇妙な疑問が湧き上がってきた。

 計器類はすべて正常。

 いくら外の天気が崩れていたとしても、気流の激しい場所は避けて飛行していたはずである。

 それなのに機体は横転して死にそうな目に遭った。

 機体が揺れた一瞬、何かが高速で衝突してきたようにも感じたが高度5000メートルの上空で何と衝突するというのだろう。

 航空機や同じ戦闘機と衝突するはずはなかった。

 だとすれば野球の球ほどもある雹のせいかもしれない。

 雲中飛行はベテランパイロットでも危険を伴う飛行である。

 雲の中は気流が悪く、気温が氷点下ということもあり、機体に氷がついて飛行の妨げになることがあるからだ。

 だが、その可能性は低いと鹿取はすぐに思った。

 現在は戦闘機以外の旅客機などにも着氷を防ぐ様々な防氷装置や除氷装置が装備されている。

 そのお陰で機体を危険に晒させるほどの着氷はなくなった。

 ましてや戦闘機のパイロットがそんな単純なミスをするはずはない。

 そのとき鹿取は全身に戦慄とも呼べる悪寒を感じた。

 操縦桿を握る手が小刻みに震え、瞳孔が拡大していく。

「おい……こんな……嘘だろ」

 酸素マスクの下で鹿取は掠れるような声を上げた。

 本来ならば飛行中に私語をするパイロットなどいない。

 パイロットが声を出すのは管制塔からの着陸許可を得て返事を返すときだけだ。

 そしてこのときの鹿取は、そんな当たり前のことすらも忘れていた。

 再び機体が大きく上下に揺れた。

 安全ベルトを装着していたため身体が放り出される危険性はなかったが、これは言ってみればその場からは絶対に逃げられないということを意味していた。

『こちら名古屋飛行場管制官・池上だ! 鹿取さん、一体何があった!』

 無線機からは管制官の高らかな声が響く。

 しかし鹿取は無線機から聞こえてきた声に一言も応じなかった。

 無視したわけではない。

 返せなかったのである。

 鹿取は濃色シールドを通してはっきりと見ていた。

 ド……ドラゴン?

 高度5000メートル。

 時速300キロで飛行していた戦闘機の風防の近くに飛んできた巨大な翼を生やした生物は、鹿取をこの世のものとは思えない凶悪な眼球で見つめていた。

 そしてこのときの香取は自分の明確な死を悟ったと同時に、目の前の生物を空の上で倒せる人間などいないとも思った。

 しかし、この香取の予想は大きく外れることになる。



 15年後――1人の天才的なパイロットが日本で産声を上げた。

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