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第三十話    天馬の向かった先

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向日葵が時間帯を変更した理由は、自分に見つかったからに他ならなかった。

 いや、それしか考えられない。

 おそらく向日葵の目的は世話をすることだけでなく、どこか別の場所にミントを移動させるために違いなかった。

 そして今度こそ安全な場所にミントを隠し、怪我が完治するまで面倒を見る。

 そのために昨日の今日で行動を起こしたに違いない。

 そこまで考えると、ふと肩に誰かの手が置かれた。

「天馬、俺たちも向日葵ちゃんを探しに行こうぜ」

 肩に手を置いてきた空也は、いつになく真剣な表情で言った。

「ああ……そうだな」

 と弱気に答えた天馬だったが、内心ではどうするか悩んでいた。

 間違いなく向日葵はミントの傍にいるだろう。

 渚や空也たちは学校内を隈なく探す気だろうが、施設外に出てしまっている向日葵が見つかるはずはない。

 ではどうする? 

 空也たちに正直に打ち明けるか。

 天馬は判断に迷ったが、やはり心中で首を振って否定した。

 言える訳がなかった。

 すべての事情を話せば、万が一の場合空也たちにも責任が問われる。

 それに人の口に戸は建てられない。

 事情を知っている人間が多くなれば、どこから秘密が漏れ出すか分からない。

 天馬は決意した。やはりここは自分一人だけで何とかするしかない、と。

 そのとき、開けっ放しだった非常口から智則が現われた。

 天馬と同じ白色のジャージを着ているが、所々に黒い染みが付着していた。

 油染みだろう。

 智則は天馬たちを見つけると、落ち着いた足取りで近づいてきた。

「ここにいたっスか」

 これで顔見知りの連中は揃った。

 ただ1人、向日葵だけを残して。

「ようやく智則も来たか。ちょうどいい、お前にも手伝ってもらうぞ」

「何がっスか?」

 小首を傾げた智則に空也は簡潔に説明した。

 すると智則は嫌な顔一つせずに首を縦に振って了解する。

「それは別にいいっスが? まさかこんなことになるとは思わなかったっスね。折角、今日は体験搭乗があるというからメカニックコースの人間は総出で機体を調整したんっスよ。そうっスよね? 留美」

「うん、残念」

 渚の後方に控えていた留美が低い声で同意する。

 空也はそんな智則と留美を一瞥してどっと肩をすくめた。

「しょうがねえだろ。機体を調整してくれたメカニックコースの奴らには悪いが、今は戦闘機に乗るよりも翼竜から身を守るほうが先決だ。それに仮飛行免許を取得すれば嫌ってほど実習で乗らされるしな」

 傍から聞いていて空也の意見は最もだと思った。

 戦闘機の体験搭乗は別に今日でなくてもいいし、半年間が経てばパイロットコースに所属している全員が機体に乗れる。

 だから今は体験搭乗のことなどどうでもいい。

 それよりも、施設外に出てしまっている向日葵をどう連れ戻すかが問題であった。

 おそらく正面ゲートは封鎖され、何人足りとも出入りは禁止になっているだろう。

 裏口もあるにはあるが、確か厳重に鍵がかかっていたはずだ。

 だとすると完全にお手上げだ。

 出入り口を封鎖されては、こちらから外に出ることができない。

 それにこんな厳戒態勢が敷かれた状態では、何を言ってもゲートは開けてくれないだろう。

 では、どうする。

 天馬はちらりと横目で空也たちを見た。

 互いに顔見知りだった四人は、手分けして探しても見つからなかったら松崎に報告しようと話し合っていた。

 どうやら悩んでいる時間はなさそうだ。

 もしも向日葵が失踪したことを松崎たちが知れば、このところ不審な行動が目立っていたことが取沙汰されるだろう。

 そうなれば向日葵が目撃されていた海岸付近を徹底的に捜索され、高確率で翼竜の幼体が発見されてしまう。

 そして人の手で世話をされていた痕跡が見つかれば、疑われるのは向日葵一人しかいない。

 天馬は苛立ちのあまり親指の爪を激しく噛んだ。

 現状において真っ先に解決しなくてはならないことは、向日葵の身柄を教官たちよりも先に押さえることだ。

 だがそのためには学校内から外に出なくてはならない。

 何かないか。

 正面ゲートや裏口を通らず、教官たちにも事情を話すことなく外に出られる方法が。

 天馬は考えて考えて考え抜いたそのとき、ふと脳裏にある記憶が蘇った。

 先ほど智則は一体何と言っていた。

 確か――。

『折角、今日はパイロットコースで体験搭乗があるというからメカニックコースの人間は頑張って機体を調整したんっスよ』

「――――ッ」

 その瞬間、天馬は智則に駆け寄り、両肩を押さえつけるように摑んだ。

「詳しく教えてくれ、智則!」

「な、何がスっか?」

 突如、鬼のような剣幕で声を張り上げた天馬に智則は狼狽した。それは周囲にいた3人も同じだったらしく、呆気に取られた様子で天馬を見つめる。

「今日の体験搭乗のために機体の調整をしたと言ったな。ということは、格納庫に収められている機体は全部飛べるのか?」

「いや、飛べるといえば飛べるっスが、完璧に調整がされている機体はあくまでも体験搭乗時に使用する複座型数機だけっス。壱番、弐番、参番と白線で区切られた駐機場内にあるからすぐに分かるはず……って違うっス! 何で天馬はそんなことを聞いてくるっスか?」

 天馬の精神状態がおかしいと悟ったのか、智則は両肩を摑まれていた払い除けた。

 それでも天馬は智則に食ってかかる。

「ともかく俺の質問に答えてくれ。その調整が済んでいる機体はすぐに飛べるんだな」

「当たり前っスよ。飛行前点検もすでに昨日の時点で終了してるっス。燃料も満タン。ただの体験搭乗でも生徒たちには本物の戦闘機を骨の髄まで体感して欲しいと武装もそのままの状態にしてあるっス。パイロットさえ操縦席に乗れば今すぐにでも大空の彼方にぶっ飛べるっスよ」

 両腕を組んだ智則は、胸を高々に張りながら自信満々な態度で答えた。

 一方、天馬は智則の答えに満足したのか、「サンキュ」と告げて踵を返した。

 そのまま非常口に向かって走り出す。

「おい、天馬! どこへ行くんだ!」

 後方から空也の叫びが聞こえていたが、天馬は振り返ることはなかった。

 非常口から外に出た天馬は、燦然と輝く朝日を全身に隈なく浴びた。

 それでも天馬の意識は朝日に向けられてはいない。

 天馬は百メートルを全力疾走する短距離走者のように、身体に風を纏ってある場所に向かって駆け出していく。

 時刻は午前6時18分。

 緊急警告用のサイレンは未だ延々と鳴り響いていた。
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