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第5章 ミルフィーヌの悪巧み

再び魔法使いの村へ

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 商店街でのケンカが収まり、俺たちはミルフィーヌの家に戻ってきた。
ちなみに、騒ぎを止めてくれたストマイド先生は『キミ達はもう大人なんだから』的な言葉を残して去ってしまった。
スーツ姿だったし、きっと仕事があるのだろう……。
 ぶっ壊してしまった屋台はマリエーヌ達が弁償した。
商品にならなくなってしまった野菜も買い取った。
マリエーヌとミルフィーヌが50%ずつ払うことになったようだ。
屋台の方はかなりの出費であり、マリエーヌは帰って来る途中でブツブツと文句を言っていたが……。
俺的にはマリエーヌ70%、ミルフィーヌ30%ぐらいだと思うぞ。
もちろん、そんなことは口に出せないけどね。
 ゴタゴタを片付けて、何だかんだでもう昼下がりである……。
一段落し、ご飯を食べていたテーブルに座ってお茶らしき飲料を頂いている。
ちなみに、俺とミルフィーヌは隣同士であり、正面にはマリエーヌが座っている。
ザッシとプロトンは壊れた部屋の壁を懸命に修復している。
うちのマリエーヌがやらかして申し訳ないです……。
俺も手伝った方が良いと思うのだが、お客さんであることを理由に止められた。

「……で、アンタは何でミルフィーヌにベッタリなわけ?」

 正面のマリエーヌが俺にニラみを効かせながら言い放った。
こ、怖いぞマリエーヌ……!
……だが仕方がない。
なぜなら俺は、ミルフィーヌのすぐ隣に寄り添っているからだ。
マリエーヌはこの状況が気に入らず、まだイライラしているようだ。

「い、いやぁ……何故でしょうね?」

 そう返答しながら、俺は右隣に座っているミルフィーヌの顔を横目で覗き込んだ。

「私のテンプテーションが深く深く効いてしまったようだ」

 まだ左頬が腫れ上がっているミルフィーヌが分析してくれた。
痛々しい……。
可愛そうだ。
あのまま戦っていたら、やはりマリエーヌが勝っていたんじゃないかと思わせるほどのダメージである。

「ちょっと……その魅了状態はいつ治んのよ? さっさと魔法使いの村に行きたいんだけど」

「いつ……と言われてもな。予測することは難しい。解除魔法はない。私の魅了は深いし、いつ解除されるのか……」

 やべぇ、マジか……。
もしかして俺、ブルー並みに深く魅了されちゃってんの?
現実の時間にしたら、俺がテンプテーションにかかっていた時間は一瞬だけだった。
コロシアムでミルフィーヌがブルーを誘惑したときは、一晩中かけていたはずだ。
……俺の魔力が弱過ぎて、めっちゃ深く効いちゃっているのだろうか?

「……もう! どうすんのよ? 私は早く魔法使いの村に行きたいのよ。サキュバスの情報をゲットしなきゃ! コイツの移動魔法がないと行けないのよね!」

 マリエーヌが頬杖ほおづえを突きながらイライラしている。

「そう言われてもな。ケンジは私にベッタリだ。私はケンジと一緒にサキュバスの研究をしたいのだが……」

「知らないわよ! アンタが勝手に誘惑したんでしょーが!」

 マリエーヌが立ち上がったぞ。
ちょっとちょっと……落ち着いて下さい!

「……ケンジは有能なんだ。奴隷にしておくのはもったいない。あと、マリエーヌがそんなに怒るとは思わなかった。そこは済まないと思っている」

 ミルフィーヌが目を細くしながらマリエーヌをジっと見つめて主張している。
謝罪しているように見えるが、なんとしても自分の意見を通したいようだ。
あと、有能と言ってくださり、ありがとうございます……!

「あっそ。ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ! さっさと行くわよ!」

 強い口調で呼びかけられた。
マリエーヌが本気で催促している。
よし……サキュバスの情報を得るためとは言え、ついに再び魔法使いの村に行くときが来たんだ!
イドウスルーを使わなくては!
ミルフィーヌから離れるぞ!
そう強く決心して席を立とうとした。

「はい! 参りましょう!」

 ……ん?
あ、あれ……?

「……って、なんでミルフィーヌにベッタリなままなのよ!」

 やっぱり……体が動かない!
俺はミルフィーヌから離れたくないぞ!

「な、何故でしょう?」

「参ったな……予想以上に深く効いてしまったな……」

 ミルフィーヌが俺を見つめながら、ぼやいた。

「どうにかなりませんか、これ?」

「魅了が深過ぎるな。どれだけ魔力が低いんだ、キミは」

 ……なんか自分の無力さが恥ずかしい。
う~ん……このままだと話が進まないぞ!
こうなったら、俺が何らかのアイデアを提案するしかない。
……わりと簡単に解決できるんじゃないかな?
俺がミルフィーヌから離れられないのであれば、もう3人で魔法使いの村に行っちゃえばいいよね。

「あの~、ブルーの複製は少なくとも1週間はもつんですよね? では、みんなで先に魔法使いの村に行っちゃいませんか? で、情報を得た後、研究を開始しましょう。まぁ……僕が研究に役に立つとは思いませんが……」

 俺は理科の先生だが、研究は何もできないぞ。
大学4年生のときに卒業研究を行ったが、1年間の研究経験なんてたかが知れている。
大学院に進学しないと、戦力にはならないんだよね。
そもそも、サキュバスの研究って何なんだ……!?
具体的に何をするのかが想像もつかない……。
魔法の研究だとしたら、完全にお手上げだぞ。

「いや、ケンジよ……キミは役に立つだろう。研究者にとって議論する相手は必要なのだ。話し相手が専門の研究者でなくとも、自分の考えを話していれば考えがまとまったり新しいアイデアが出たりする」

 ミルフィーヌが持論を述べている。
へぇ、そんな目的があったのか。
彼女もサンビュルーリカで1年間しか研究していないはずだよね?
それなのにそんな考えに至るなんて、さすがミルフィーヌと言ったところだな。

「ちょっとちょっと! 相談相手なら他にもいるでしょ! そこの二人とか」

 マリエーヌがすかさず発言した。
そこの二人とはザッシとプロトンのことだろう。
彼らは今なお壁を修復中である。

「いや、相談相手はケンジが良いんだ。戦闘力は論外極まりないが、話すスピードが私と同程度だし、頭の回転の速さも同等だ。マリエーヌ、お前もサキュバスの情報が必要なのだろう? 私の計画に協力的になってもいいと思うのだが」

 ミルフィーヌがメリットを示し、交渉タイムに入ったぞ。
なんか知らんが、俺への評価がめちゃめちゃ高い!
でも、戦闘力は論外だってさ!
それを差し引いても嬉しいぜ……!
素直に喜んでおこう。

「何で私が待たなきゃいけないのよ! 移動魔法がないと行けないんだから! ……って、なにアンタはデレデレしてんのよ!」

 やべぇ、マリエーヌが俺の顔を見てイライラし始めた。
デレデレしてしまっていたか……。

「いやぁ、ミルフィーヌ様からお褒め頂いたので……」

「はぁっ!? 何がミルフィーヌよ!」

 あぁ、もうそれはムリなんだって!
俺は魔法のせいで彼女をうやまってしまう……!

「マリエーヌ……そんなに怒るな。ケンジは魔力が低く、深い魅了状態に陥っているから仕方がないのだ。そうだ、どれだけキミの魔力が低いか感じ取ってみたい。……ケンジ、私の顔の回復を全力で手伝ってくれ」

 え……ミルフィーヌに回復魔法を放てってこと?
い、今……!? なんで!?
俺の手を彼女の頬に触れて回復させるので、それはマリエーヌへの明らかなあおりになってしまうと思うんだが……。
空気を読めないミルフィーヌが出てきているようだけど、大丈夫?
まぁ、彼女に命令されたら従っちゃうんだけどね。

「はいっ! 了解しました! ヒールレイン!」

 俺はミルフィーヌの腫れ上がっている頬に優しく手を当てた。
触れた部分を中心に淡い光が輝く。

「こ、これは……全然効かないな! そうか……ここまで魔力が低いとは」

 ミルフィーヌが落胆している。
分かっていたことだけどね。
優秀な魔女の皆さんを回復させることができるレベルにないんだよ、俺の回復魔法は……!

「ちょっ! なに遊んでのよ! そんな事をしなくても、アンタならコイツの魔力を感知すれば分かるでしょ!」

 マリエーヌが正論をぶつけた。

「ふっ。そんなに怒るな、マリエーヌ。直にケンジの魔力を感じてみたかったのだ。ふむ……今の魔法で確信したぞ。この魔力差ではケンジは当分、私から離れられないだろう」

「は……? もうっ! 仕方がないわね……! じゃあ、さっきコイツが言った通り、みんなで魔法使いの村に行くわよ!」

 お! マリエーヌが俺の案を採用してくれた。
……ん? ミルフィーヌは不服そうだぞ。

「みんなで……だと? そんなに急ぐこともないと思うんだが。研究優先で良いだろう?」

「はぁっ!?」

 やべぇ、またマリエーヌがキレそうだ。
二人とも全く譲らないな!
……まぁ、また暴行マリエーヌに変身しそうなので、俺はマリエーヌの味方をしておこう。
そもそもミルフィーヌが誘惑魔法をかけたのがケンカのキッカケだしな。
ミルフィーヌは俺に優しいけども。
マリエーヌ怖いし。
またケンカになるし。

「ミルフィーヌ様……ちゃちゃっと魔法使いの村で仕事を済ませてしまいませんか? お二人が揃えば敵なしですから、余裕で村の人達から情報を聞き出せると思いますよ」

「……そうか? その僅かな時間が大事だと思っているのだが……」

「村でサキュバスの情報を手に入れてからブルーの研究を開始すれば、余計な実験をしなくて済むかもしれませんよ? 研究は最初に定めるテーマ、仮説、そして計画が大事ですからね」

 ミルフィーヌが俺の目をジッと見ながら思考に老けっている。

「……それもそうだな。良い事を言う。ケンジがそう言うのであれば、先に魔法使いの村に行くか」

 お、やったぜ……!
大学の卒業研究で俺の担当だった先生の受け売りだけどね。
とにかく、ミルフィーヌを説得できたぞ。

「……」

 マリエーヌが文句を言いたそうな表情をして、こちらを見ている……!
『アンタが説得に成功してんじゃないわよ』って思っていそうだ。

「よし、一緒に行くぞ。マリエーヌ」

「……分かったわよ。けど、条件があるわ。アンタには魔封じの腕輪を装備してもらうわよ」

 マリエーヌはミルフィーヌに魔封じの腕輪を差し出した。
……え、マジで? ミルフィーヌの魔法を封じちゃうの?
大丈夫だろうか? 戦略が半減してしまうぞ。
そもそも、ミルフィーヌが応じないだろう。

「……なんだと? 何故そんなことをする必要が……なにっ!?」

 マリエーヌがいつの間にやら席を立ち、ミルフィーヌの腕にムリヤリ腕輪を装備させた。

「ミルフィーヌ……またアンタが妙な真似をしないためよ! どうせ隙を見つけてコイツに誘惑魔法の重ねがけをする気でしょ!」

「くっ! 先読みができるようになったじゃないか、マリエーヌ!」

 え……?
誘惑魔法の重ねがけ……!?

「ほら、行くわよ。サキュバスの情報が欲しいんでしょ?」

 マリエーヌが優位に立っている。

「チッ……! マリエーヌ……悪知恵をつけたな!」

 ミルフィーヌが舌打ちをした。
イラついているな。
え……本当にまた俺にテンプテーションをかけようとしていたの?
精神世界で良い思いができるのは嬉しいんだが……これ以上魅了されたら、魅了状態が一生続きそうだぞ!

「……ザッシ、プロトン、少々留守にする。その間、壁の修理をよろしく頼むぞ」

 ミルフィーヌが壁を修理しているザッシ達に挨拶をした。

「分かりました!」
「いってらっしゃいませ」

 ふぅ……ようやく話がまとまったぞ。
ザッシとプロトンは連れて行かないのか……。
まぁ、壁に穴が空いたままだと物騒だもんね。

「ミルフィーヌ……アンタね、あの龍族とアヒラメ族もどうせ誘惑したんでしょ?」

 え……!?
マリエーヌが唐突にザッシとプロトンのことを気にし始めた。
誘惑状態を解いた方が良い……と言いたいのかな?
せっせと壁を修理する彼らを見て罪悪感をもったのかもしれない。
壁を壊したのはマリエーヌですから!

「あの二人を将来どうするのか知らないけど……そんな方法でパートナーを手に入れても悲しいじゃない」

 なっ……!?
あのマリエーヌがまともなことを言い出したぞ!

「……魔女の里の繁栄が優先事項だろう。いかに多く、そして手早く強い男を手に入れて子孫を残すのかが大事だ」

 おぉ……ミルフィーヌらしい合理的な意見ではあるが……。
その一方で、マリエーヌは男女関係において意外と感情を大事にする子なのかもしれない。

「……本当にアンタとは意見が合わないわね」

「ああ、男の趣味もな」

 ……え?
そうなってくると、二人に気に入られている俺はどうなの?
いや……この二人は俺に好意をもっているわけではないか。
なんか二人の会話を聞いていたら、俺は利用されているだけ気がしてきたぞ。
マリエーヌは意外と純情にもかかわらず、俺を依然として奴隷にしているということは、俺に恋愛感情なんて微塵みじんもないんだろうな。
そして、やはりミルフィーヌはメリット重視なのだ。
俺に好意があるとみせかけて、実際は研究の話し相手を求めているだけなのではなかろうか。
……まぁ、俺は最終的に地球に帰るしな。
なんか悲しいけど受け入れよう。

「じゃあ、出発するわよ!」

「さっさと終わらせて帰ってこよう」

 何はともあれ、こうして3人で魔法使いの村に行くことになった。
支度を済ませて、家の外に出た。
イドウスルーは屋外じゃないと使えないからね。
おっと、もう日が傾いているぞ……。
もっと早く出発する予定だったのに!
 マリエーヌはピンクのTシャツから黒色のトップスに着替えていた。
下は変わらず黒いミニスカートで、黒いヒールを履いている。
羽織っているのは赤と白、そして黒のタータンチェック柄の大きなショールだ。
ミルフィーヌは変わらず赤色の着物を着こなしている。
美女2人に同行するのはドキドキものなのだが、目的地は魔法使いの村であり、俺的には油断できない場所である。
食料を買っておいた方が良いと思うんだけど……すぐに出発か。
さっさと終わらせるつもりなんだろうな。
相変わらず俺はミルフィーヌに密着している。
イドウスルーで一緒に連れて行くために、マリエーヌにも触れないとな。
あ、またショールからマリエーヌの二の腕が出ている。
俺はマリエーヌの二の腕に触れ、移動するために村の風景を思い出した。
おぉ、プニプニしているな……。

「ちょっと……なんでそこを触るかな?」

 あ、しまった……。
そうか、ミルフィーヌに魅了されたからと言って、マリエーヌに魅力を感じなくなったわけではないんだ。
ブルーがミルフィーヌに魅了されてもエリィに忠誠を誓っていることと似たようなものだな。

「あんた……ミルフィーヌに魅了されてるんじゃないの? 欲情してバカみたい。とんだスケコマシね!」

 ス、スケコマシ……!
どこでそんな言葉を……!?
いきなりボロクソ言われてしまったが、俺も悪いので致し方ない。
そんなこんなで、イドウスルーを唱えた。
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