クラヤミさんがいる!

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クラヤミさんがいる!

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相田あいだ! 聞いたか? またクラヤミさんが出たってよ!」
 教室に入るなり、木ノ内きのうちタカシが声をかけてきた。
「クラヤミさん?」
 突然のことで何のことだか分からなかったので、ぼくは隣にいた中原聡なかはらさとしに聞いた。
「先月あたりから出るとウワサされている怪異のことさ。クラヤミさんに取り憑かれると近いうちに死んでしまうんだ」
 勝手にひとり新聞部を立ち上げて、学校周辺のウワサ話をかき集めているだけあって、彼はこういう話に詳しい。
 ほら、と聡は手製の地図を広げた。
 近辺を手書きしたもので、通学路を中心にいくつか「×印」がつけられている。
「これが昨日、目撃された場所さ。時間は夕方5時過ぎ。他もだいたい同じ時間に目撃されているんだ」
「へえ……」
 ぼくはあいまいにうなずいた。
 それからも聡は熱心にあれこれと説明してくれたが、ほとんど頭に入ってこなかった。
 心霊とか七不思議とか都市伝説とかUMAとか、そういうのにあまり興味がなかったからだ。
 たとえば心霊写真でよく顔が映ってるなんて言うけれど、点が3つならんでいればどんなものでも人の顔に見える。
 うちの学校の七不思議も夜中に音楽室のピアノが鳴りだすとか、人体模型が動き出すというありきたりなものだ。
 都市伝説は説得力のあるこじつけでしかないし、UMAだってその気になって調査すればすぐに真偽が分かるのになぜかやらない。
 オカルトなんてそんなものだ。
 実はとっくに正体が判明しているものを、あえて気付かないフリをしてあいまいにして怖がっているだけ。
 どうせクラヤミさんとかいうのだって、ウワサ好きがでっちあげたか、何かの見間違いだろう。
「こわいね」
 だからぼくは皮肉っぽくそう言ってやった。
 小学6年生にもなってそんなものを信じるなんてバカバカしい。
 


 放課後。
「なあ、もしクラヤミさんが出てきたらどうする?」
 横を歩くタカシがはずんだ声で聞いた。
「まさか信じてるのかい?」
 意外だった。
 大のスポーツ好きで考えるよりまず行動するタイプのタカシが、出所もハッキリしないウワサを鵜呑みにするなんて。
「ちげーよ! でもマジでいたら面白いじゃん。中原が言うには目撃例もかなりあるっていうしさ」
「ああ……」
 ぼくはほっとした。
 やっぱり興味本位だったんだ。
「まあ、いたらね」
 ちょっとした暇つぶしくらいにはなるかもしれない。
 なんなら捕まえて、”ほら見ろ、これがウワサの正体だ”って聡に見せつけるのも面白いかもしれない。
「ちょうどこのくらいの時間帯なんだよな。出るのって」
「どうせ何かの見間違いだよ。枯れ木とか」
「つまんねえなあ、相田は。こういうのはとりあえず乗っかっておくんだよ」
 呆れるように言ったタカシは、聞いてもいないのにクラヤミさんの情報について語りだした。
 クラヤミさんは決まって後ろから近づいてくるらしい。
 言葉は発さず、音も立てずに近づいてくるので直前まで気付かないのだとか。
 そしてぴたりと密着されてしまうと取り憑かれてしまい、死の世界に引きずり込まれてしまうという。
 その正体は目も鼻もない真っ黒なかたまりで、だからクラヤミさんと呼ばれているらしい。
「――って感じで刈り取られたら終わりだとさ。な、面白いだろ?」
 タカシは腹をかかえて笑ったけど、ぼくとしてはつまらない以外の感想はなかった。
「矛盾だらけじゃないか。取り憑かれたら死ぬっていうけど、実際に死んだ人はいるのかい?」
「さあ? オレは聞いたことがないけど」
「それに目も鼻もない真っ黒なかたまりって、そこまで分かってるワケだろう? だったらしっかり見えてるじゃないか」
「知らねえよ、そんなこと……聡がそう言ってたんだから」
 なるほど、分かったぞ。
 これはきっと聡が作り上げたものだ。
 おおかた新聞のネタがないから、クラヤミさんなんて化け物をでっちあげたにちがいない。
 本当にそんなヤツがいたら、もっと大きな騒ぎになっているハズだから。
「ならさ。ぼくたちでクラヤミさんの正体を突き止めてやろうか?」
 ちょっとしたイジワルのつもりでそう言ってやる。
「お、急に乗り気になったな? どうした?」
 タカシがにやにやと笑って言った。

 聡の新聞は何度か読んだことがあるけど、たしかに面白かった。
 たとえば『校区内で見られる草花百選』とか、『景色が美しい穴場スポット』なんてのは読みごたえがあった。
 さすが新聞部を自称するだけあって、見落としてしまいそうなポイントを見つける目はすごいと思った。
 でもそれがいつの間にか先生の失敗談とか、クラスで流行っているものとか、そういう安いっぽい記事が中心になった。
 たぶんそのほうがウケるのだろう。
 草花百選や景色の美しいスポットなんて、一部の女子が喜んでいただけで大半は見向きもしなかった。
 みんなが飛びつくような記事を――と聡はいろんなジャンルの記事に手を出した。
 そうしていきついたのが今回のクラヤミさんなんだ。
 ぼくはそう思った。
 新聞っていうのは事実を書き記すものなんだ。
 読者に人気が出るからといってでっち上げたりしちゃいけない。
 ましてや存在しないウワサを広めて怖がらせるなんて言語道断だ。

「ちょっとこらしめてやろうと思ってさ」
「こらしめる?」
「ぼくは前の新聞のほうが好きだったんだ」
「…………?」
 タカシは分からないって顔をしている。
 さて、そう言った手前、どうやってクラヤミさんが根も葉もないウワサだと証明するか……。
 腕時計を見ると、17時25分。
 授業が終わったあと、グラウンドでサッカーをしていたからこんな時間になってしまった。
 聡によると目撃例が多発している時間帯か……。
 幽霊や妖怪なんてだいたい夕方や夜に出てくるものだから、ウワサとしては不自然な時間じゃない。
「ん…………?」
 頭の上に何かが乗ったような感触がしたので手を伸ばす。
 木の葉だった。
 街路樹の葉がはらはらと風に吹かれている。
「あ…………」
 それを目で追っていた僕はあることを思いついた。
「タカシ、ちょっとそこの木の近くに立ってくれ」
「急になんだよ? 何かあるのか?」
「いいからいいから」
 ぼくはスマホを取り出して写真を数枚撮った。
「なんなんだよ、いったい――」
 不満そうなタカシにぼくは笑いながら言った。
「これがクラヤミさんの正体だよ。ついでにぼくのほうも撮ってくれ」



 翌日。
 授業が終わってからぼくたちは資料室に向かった。
 教材が置かれている場所だけど中はかなり広くて、スペースにゆとりがある。
 聡は空いている場所に机を持ってきて無許可で編集室として使っていた。
「あれ、珍しいな。ボクに何か用?」
 机上に散らばったメモを並べながら聡が聞いた。
「クラヤミさんのことでお前に話があるんだ」
 タカシが得意そうに言った。
「な、なんの話……?」
 まだ何も言っていないのにうろたえてる聡。
 その顔は”ウソがばれたのか?”とあせっているように見えた。
「分かったんだよ、クラヤミさんの正体がな」
 妙に芝居がかった言い方をするタカシは、犯人を突き止めた探偵気取りだ。
「正体は……こいつだ!」
 時代劇の人みたいにスマホを見せつける。
 画面には昨日撮った写真。
 木のそばに立っているぼくが映っている。
「影だよ、影! 目撃証言にもあっただろ? 言葉は発さず、音も立てずに近づいてくる、目も口もない、真っ黒なかたまりってな」
「………………!!」
「日が沈んで辺りが暗くなる頃だから、自分の影を妖怪か何かと見間違えたのさ。ま、ウワサが本当なら――な」
 聡は驚いたように目をみはった。
 それから何か言おうとして口をぱくぱくさせた。
「クラヤミさんのウワサって聡が作ったんだろう?」
 ここからはぼくの出番だ。
「取り憑かれたら死ぬ、っていうなら実際に誰がか死んでなきゃおかしい。でもそんな話は聞いたことがない。そもそもクラヤミさんのウワサ自体、最近になって言われるようになったことだよね?」
 できるだけ刺激しないように、強い口調にならないように追及する。
「気付いたんだ。聡の新聞の刊行が止まって、しばらくしてからクラヤミさんが目撃されるようになったことに」
 つまりこういうことだ。
 いろんなテーマを扱っていた新聞だけど、だんだんとウケるものとウケないものとが明らかになってきた。
 聡はたくさん読まれるように、より多くの反響を得られるようにウケる記事ばかりを書くようになった。
 だからネタが尽きてしまい、クラヤミさんなんて化け物を作り上げて関心を集めようとしたんだ。
 ぼくはそう思っていた。
「……ウワサは本当だよ」
 だけど聡は首を横に振った。
「最初に誰かが”黒い何かを見た”って言ってたんだ。取材しているときに名前がないのは不便だから、ボクがクラヤミさんって仮に名前をつけただけなんだ」
 それがいつの間にか広がったらしい。
 つまり名付け親が聡というだけで、それ以外は本当なのだという。
「じゃあ”取り憑かれたら死ぬ”っていうのは? 実際に誰か死んだのかい?」
「それも見た人たちが勝手に言ってることさ。ボクとしてはそういうウワサが立っているのは事実だから、それも記事にするつもりだよ」
 聡はため息をついてから続けた。
「ただ……ただ、キミたちの推理は面白いよ。自分の影を見間違えた、っていう可能性はあるのかもしれないね。だから――」
 頼み込むように両手を合わせる。
「その推理、誰にも言わないでもらえるかい? 神出鬼没のクラヤミさんってことで紙面を作って、しばらくしてから正体判明! みたいにしたいから」
「調子のいいヤツだなあ」
 どうする、とタカシが聞く。
「本当に聡が作ったんじゃないんだね?」
 ぼくは念のためもう一度尋ねた。
「ちがうよ。ねつ造しないのがボクのポリシーなんだ。誇張はするけど……」
「分かった。さっきの推理は聡に預けるよ」
 でっち上げでないならそれでいい。
 もともとクラヤミさんなんて信じていなかったし。
 ぼくとしてはこんなつまらない話題はさっさと終わらせて、前みたいな記事を書いてほしいんだけど――。
 残念ながらそれはかなわなかった。



 4日後。
 タカシが亡くなった。
 原因は不明らしい。
 朝、いつまで経っても起きてこないので母親が様子を見に行ったら、部屋の中で亡くなっていたそうだ。
 担任の先生からタカシの死が伝えられると、クラスは大騒ぎになった。
 あのウワサはみんなが知っていたから、タカシはクラヤミさんに取り憑かれたんだとささやき合っている。
 そんなバカな話があるか。
 クラヤミさんなんているハズがないんだ。
 あれは夕暮れの、日が沈むころに伸びた自分の影を見間違ったものだ。


 放課後。
 授業が終わるなり、聡が教室を飛び出した。
 ぼくはあわてて追いかけた。
 向かった先は資料室だ。
「やっぱりクラヤミさんはいたんだ」
 模造紙を広げて聡はさっそく記事作成にとりかかった。
 その様子がなんだか無性に腹立たしくなる。
「クラスメートが亡くなったのに、そんなに新聞作りが大切なのかい?」
 聡の手が止まる。
「真実をいち早く伝えるのが新聞の役目だから。それとキミの推理は載せないことにするよ。クラヤミさんは――」
「まだそうと決まったワケじゃないだろう!」
 思わず机をたたいてしまった。
 でも怒りたくもなる。
 タカシが亡くなったことがクラヤミさんがいることの証明にはならないからだ。
「クラヤミさんはいるよ。ウワサは全部本当だった」
 そう言って聡はかばんから封筒を取り出した。
「これ、この前の校外学習の写真。右のほうにボクとタカシくんが映っているだろう?」
 1カ月前、隣の県にある遺跡を見に行ったときの写真だ。
 いろんな土器が展示されていたのをよく覚えている。
「これがどうしたっていうのさ?」
「タカシくんの足元を見てよ」
 言われてじっと見つめてみるけどおかしなところは――。
「あっ!」
 ぼくは思わず声をあげてしまった。
 タカシの影がない。
 一緒に写っている他の生徒や柱にはちゃんと影がある。
「クラヤミさんに影を刈り取られた者は死ぬ。ウワサどおりなんだよ」
 聡は再び記事を書き始めた。
 少し書いては消し、また書いては消し、を繰り返している。
 その手は震えているように見えた。
「影を刈り取られた者は死ぬ、だって!? 取り憑かれた死ぬんじゃないのかい!?」
「そういうウワサなんだ」
 そういえばタカシがあれこれ説明していたとき、ちゃんと聞いていなかった。
 聡は一心不乱にペンを走らせている。
「なにをそんなに急いでるんだよ? 今は新聞なんてどうだっていいじゃ――」
「時間がないんだ!」
「時間って……?」
「その写真、よく見てよ」
 言われてぼくはもう一度、写真をじっくり眺めてみた。
 そして気付く。
 聡の影もなくなっていることに。
「きっと……正体をあばいてしまったからなんだ。クラヤミさんの正体は影だって気付いてしまったから……!」
「そんな…………」
「もう時間がない! せめてこの新聞だけは書きあげたいんだ! 新聞部として真実を伝えたいんだよ!」
「ちょっと待ってくれよ。もし正体をあばいたから取り憑かれたっていうんなら、それを公表してしまったら――」
 クラスだけじゃない。
 学校中の生徒や先生がこの新聞を見る。
 つまりみんながクラヤミさんの正体にたどり着いてしまう。
 そうなったら――。
「そんなことは関係ない。ボクは新聞部としての信念を貫きたいだけなんだ」
 聡は真剣だった。
 こうして話している間も彼は書き続けている。
 なら何を言っても無駄かもしれない。
「――キミもさ」
 一瞬、手を止めて聡が言った。
「やり残したことがあるなら、今のうちにしておいたほうがいいよ」
「え…………?」
「キミたちが推理を披露したあの時、木ノ内くんがボクに見せたスマホの写真――」
 聡は深呼吸して続けた。
「あれに映っていたキミの影も――」





   終
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