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怪獣襲来!
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信号が青に変わると、両岸から人の波が押し寄せた。
ちょうど真ん中でぶつかった彼らは道を譲ることはせず、かといって真正面からぶつかることもない。
たまたま肩が当たった者は不機嫌そうに相手の顔を見るが、抗議の声をあげることはなく、流れに従って対岸へと渡り歩く。
これがこの町における平和であった。
急ぐ者も、憩う者も。
それぞれの想いが渦巻きながら、町は騒がしい秩序を作り出す。
ふと、ひとりの女が何気なしに空を見上げた。
すぐ横を歩いていた男もつられて視線を上に向ける。
「なんだ、あれは!」
彼は中空の一点を指差した。
行き交う人々も何事かと男の視線をたどる。
開豁とした空に、奇妙な黒い点が浮かんでいた。
野球ボールほどの大きさのそれは徐々に大きくなり、それに合わせて輪郭がぐにゃりと波打ち始める。
「気味が悪いな」
「ブラックホールじゃないのか?」
やがて謎の黒い物体はビルほどの大きさにまで膨れ上がり、頭上に蓋をするようにその場に静止した。
すると耳障りな音が響き渡り、物体のちょうど真ん中あたりから光が迸った。
突然の閃光に数台の車両が衝突事故を起こした。
だが多くはそちらを一瞬見やるだけで、すぐに手をかざしながら物体に目を向ける。
光は次第に弱まっていき、黒い輪郭が歪む。
「ああっ!」
彼らは見た。
黒い穴から這い出るように、巨大な腕のような何かが伸びた。
それは交差点のほぼ中央に降り立った。
表面は緑色で元も先も同じように太い。
近くにいた者には、巨大な柱が杭打ちされたように見えた。
だがそれは柱などではない。
再び物体が光り、そこからもう1本の腕が生える。
「逃げろ! バケモノだ!」
人々は散り散りになった。
車に乗っていた者は車道を塞がれているため、車を乗り捨てて反対側へ走った。
「うう、宇宙人だ! 宇宙人が侵略してきたんだ!」
「早く逃げろ!」
「もう駄目だ! 俺たちは殺されるんだ!」
中空からゆっくりと姿を現したのは――。
怪物だった。
全長50メートルはあろうかという巨体は、爬虫類を思わせる緑色の皮膚に覆われている。
4本の脚には鋭い爪が生えている。
ぎょろりと動く眼球が逃げまどう人々を追う。
だが怪物はそこから動こうとはせず、ワニのような顔を左右に振って辺りの様子を窺っていた。
数分後、数機のヘリが飛んできた。
「ご覧ください! あれが突如として現れた謎の怪獣です! 今は動く様子を見せていません! しかしこれほどの巨体です! もし動き出せば町は潰滅的な被害を受けるでしょう!」
ヘリは怪物の背後から近づいた。
「まるで巨大なトカゲです! 皆さん、これは映画ではありません! 現実です! 怪獣は現実に私たちの目の前にいるのです!」
怪物はあくびのように大口を開けて咆哮した。
凄まじい衝撃波がビルのガラスを打ち砕いた。
わずかに俯いた後、怪物は幹線を南に向かってゆっくりと歩き始めた。
巨大な足が地面を踏むたびに大地が揺れる。
怪物の動きは緩慢だった。
長い尾を引きずりながら一歩、一歩と這うさまは、人々に恐怖と絶望を植え付けるには充分だった。
『怪異! 都市に巨大生物現る!』
『平和の危機か? 怪獣進撃す』
マスコミはセンセーショナルな見出しで大衆の不安を煽った。
現時点では怪物による死傷者は出ていない。
だが放置すれば甚大な被害を及ぼすであろうことは明らかだ。
政府は対応に追われた。
前代未聞の脅威だ。
ただちに軍が組織され、討伐に向かった。
「現在、正体不明の生物は12番区を南に移動中」
「この速度ですと2時間後には港の発電所群に到達してしまいます。そうなっては――」
取り返しのつかない事態になるだろう。
「その前に撃破する。航空隊は先行して奴の前に回り込め。ただしまだ攻撃はするな。ポイントAに来るまで待機だ」
作戦が開始された。
正体不明の怪物の能力は未知数だ。
あらゆる状況を想定して軍は爆撃機に戦闘ヘリ、戦車、ロケット砲と惜しみなく戦力を投入した。
都市部と港の間には平原が広がっていて、人家の類も殆どない。
進路を予測した軍からの勧告で住民は避難を終えている。
怪獣を迎撃するには打ってつけの地形だ。
「謎の生物は依然、南下中」
「射撃部隊、配置につきました」
「その場で待機せよ。合図とともに一斉攻撃だ」
「怪物がポイントAに到達しました!」
「よし、攻撃開始!」
爆撃機が怪獣の背中に爆弾を投下した。
戦車が火を噴き、ロケットが乱れ飛ぶ。
突然の攻撃に怪獣は唸り声をあげた。
苦しそうに全身を震わせ、前足の爪を地面に食い込ませている。
「効いているようだ。攻撃の手を止めるな」
攻撃機からのミサイルが雨のように降り注ぎ、怪獣の背を焼いた。
間断ない戦車隊の砲弾は巨大な足に食い込んだ。
地上、空中からの容赦ない攻撃は十数分に及んだ。
着弾し、炎に包まれるたびに怪獣は咆哮する。
「あれだけの攻撃を受けてもなお動きを止めないとは……」
砲火に怯むことなく歩みを続ける巨体に軍部は震撼した。
出血はおろか、怪獣の皮膚には傷ひとつついていなかった。
「あれは何なんだ……? ミサイルの直撃を受けてなぜ平気なんだ?」
指揮官は青ざめた。
進攻を止めることができなければ発電所が踏みつぶされてしまう。
それだけではない。
あの怪物が都市に向かえば被害はさらに拡大する。
少なくとも有効な打撃を与えなければ最悪、国が滅ぼされるかもしれない。
「傷を負っている様子は……ない。宇宙から来た生命体なのか……? それとも――)
人間の手でどうにかできる相手とは思えなかった。
だが、まだ手はある。
「全機撤退せよ。これよりKL-ONを使う」
「司令、本気ですか!? あれは戦争の抑止力として保有する大型ミサイルですよ? もし使用したら……」
KL-ONは現在、多くの国家が保有する大量破壊兵器だ。
着弾すれば周囲に多大な破壊をもたらす。
物理的な被害だけでなく大気汚染をも引き起こす絶大な威力は、たった1発で世界の均衡を容易く崩してしまう。
ゆえに国家間は互いにこれを用いないという前提の元で保有している。
「通常兵器では効果がないんだ。それにこれは我が国の安全のためであり、他国への攻撃に用いるものではない」
「ですが――」
「あれを止めなければ我々は深刻な打撃を追うだろう。他に方法はない」
このまま見過ごせば怪獣は発電所群や都市部に移動してしまう。
そうなっては高威力の兵器の使用は難しくなる。
実行するのは今しかない、と指揮官は力説した。
未曾有の危機にあって、これこそが被害を最小限に抑える方法なのだと。
世界連合はこの判断を後押しした。
通常兵器が効かない巨大生物を野放しにしておくワケにはいかない。
他国を攻撃する目的ではないとしてKL-ONの使用が国際的に認められたことになる。
かくしてボタンは押された。
怪獣めがけて高高度から落下したミサイルは着弾とともに凄まじいエネルギーを放出した。
迸散する光と熱。
一瞬、周囲から音が消え、時間が止まったと思わせる静寂に包まれる。
直後に起こった大爆破は恐ろしい速度で大地をめくりあげ、山を削り、建造物を跡形もなく吹き飛ばした。
その威力は発電所群や市街地にまで及び、半径数十キロメートルの範囲には塵ひとつ残さなかった。
「………………」
熱が広がり、煤煙が風に巻き上げられたあと――。
「巨大生物、消滅しました!」
その報せに人々は快哉を叫んだ。
脅威は去った。
正体不明の怪物が消失したことで平和が戻ったのだ。
「あれはいったい何だったのでしょうか?」
「分からんな。死体の一部でも残っていれば分析くらいはできただろうがな……」
「目撃者によれば空から急に現れたそうですよ。普通の生物ではないと思います」
「まさか宇宙から来たとでも? まあ、広い宇宙にはあんな奴もいるのかもしれないな。恐ろしい話だが」
「そのほうがマシですよ。私にはあれは悪魔に見えましたよ。人類にとっての――」
・
・
・
・
・
謎の巨大生物が消滅したことで人々は表向き、安全と平和を取り戻したように見えた。
しかしKL-ONの威力が実証されたことで、各国はこれを保有することへの正当性や有用性を主張。
未知の脅威に備えるという口実の元、軍拡競争は激しさを増した。
そして、やがて起こるのは――。
けたたましいビープ音が鳴り響き、実験の終了が告げられる。
密閉されたカプセルから白煙が漏れると、様子を見ていた数名の研究班が集まった。
「予定より30分以上も早いが……数値に異常はないようだ」
「座標の設定に間違いはない。彼が手動で帰還したんだ」
しばらくしてビープ音が鳴り止み、カプセルがゆっくりと開く。
「散々な目に遭ったぞ……」
気怠そうに身を起こして大きく背伸びをする。
「いったい何があった? 装置のトラブルか?」
「いや、正常に作動していた。ちょっと面倒ごとがあってな」
彼は落魄した様子で経緯を説明した。
「時間移動……これは間違いなく果たせたよ。タイムマシンは完成したと言っていい」
「問題は現地に及ぼす影響か。到着地点の設定は改善の余地ありだな」
「時代にもよるが、あのミニチュアみたいな町は迂闊に動くと踏みつぶしそうになるからな。壊さないように歩くのは大変だった」
「その様子だと現地の生物は大騒ぎになったんじゃないのか?」
「それだよ。連中、おもちゃの車だか飛行機だかを持ち出してきてさ。一丁前に弾が出るんだぜ。むず痒くてしかたなかったよ」
彼は大袈裟に腕を振ってから緑色の皮膚を見つめた。
「町を壊しちゃまずいと思ってさ。そっと平地に向かって移動したんだ。そうしたらデカいミサイルみたいなのを持ち出してきたんだ。
あれには驚いたな。さすがにケガをするかもしれないと思って慌ててボタンを押した」
「そりゃ残念だったな。観光もろくにできなかったんじゃないのか?」
「座標がまずかったな。今度は山のてっぺんか海底にしたほうがいい。それにしても――」
彼は憮然として言った。
「あんな野蛮なのがオレたちの祖先だとはね」
ちょうど真ん中でぶつかった彼らは道を譲ることはせず、かといって真正面からぶつかることもない。
たまたま肩が当たった者は不機嫌そうに相手の顔を見るが、抗議の声をあげることはなく、流れに従って対岸へと渡り歩く。
これがこの町における平和であった。
急ぐ者も、憩う者も。
それぞれの想いが渦巻きながら、町は騒がしい秩序を作り出す。
ふと、ひとりの女が何気なしに空を見上げた。
すぐ横を歩いていた男もつられて視線を上に向ける。
「なんだ、あれは!」
彼は中空の一点を指差した。
行き交う人々も何事かと男の視線をたどる。
開豁とした空に、奇妙な黒い点が浮かんでいた。
野球ボールほどの大きさのそれは徐々に大きくなり、それに合わせて輪郭がぐにゃりと波打ち始める。
「気味が悪いな」
「ブラックホールじゃないのか?」
やがて謎の黒い物体はビルほどの大きさにまで膨れ上がり、頭上に蓋をするようにその場に静止した。
すると耳障りな音が響き渡り、物体のちょうど真ん中あたりから光が迸った。
突然の閃光に数台の車両が衝突事故を起こした。
だが多くはそちらを一瞬見やるだけで、すぐに手をかざしながら物体に目を向ける。
光は次第に弱まっていき、黒い輪郭が歪む。
「ああっ!」
彼らは見た。
黒い穴から這い出るように、巨大な腕のような何かが伸びた。
それは交差点のほぼ中央に降り立った。
表面は緑色で元も先も同じように太い。
近くにいた者には、巨大な柱が杭打ちされたように見えた。
だがそれは柱などではない。
再び物体が光り、そこからもう1本の腕が生える。
「逃げろ! バケモノだ!」
人々は散り散りになった。
車に乗っていた者は車道を塞がれているため、車を乗り捨てて反対側へ走った。
「うう、宇宙人だ! 宇宙人が侵略してきたんだ!」
「早く逃げろ!」
「もう駄目だ! 俺たちは殺されるんだ!」
中空からゆっくりと姿を現したのは――。
怪物だった。
全長50メートルはあろうかという巨体は、爬虫類を思わせる緑色の皮膚に覆われている。
4本の脚には鋭い爪が生えている。
ぎょろりと動く眼球が逃げまどう人々を追う。
だが怪物はそこから動こうとはせず、ワニのような顔を左右に振って辺りの様子を窺っていた。
数分後、数機のヘリが飛んできた。
「ご覧ください! あれが突如として現れた謎の怪獣です! 今は動く様子を見せていません! しかしこれほどの巨体です! もし動き出せば町は潰滅的な被害を受けるでしょう!」
ヘリは怪物の背後から近づいた。
「まるで巨大なトカゲです! 皆さん、これは映画ではありません! 現実です! 怪獣は現実に私たちの目の前にいるのです!」
怪物はあくびのように大口を開けて咆哮した。
凄まじい衝撃波がビルのガラスを打ち砕いた。
わずかに俯いた後、怪物は幹線を南に向かってゆっくりと歩き始めた。
巨大な足が地面を踏むたびに大地が揺れる。
怪物の動きは緩慢だった。
長い尾を引きずりながら一歩、一歩と這うさまは、人々に恐怖と絶望を植え付けるには充分だった。
『怪異! 都市に巨大生物現る!』
『平和の危機か? 怪獣進撃す』
マスコミはセンセーショナルな見出しで大衆の不安を煽った。
現時点では怪物による死傷者は出ていない。
だが放置すれば甚大な被害を及ぼすであろうことは明らかだ。
政府は対応に追われた。
前代未聞の脅威だ。
ただちに軍が組織され、討伐に向かった。
「現在、正体不明の生物は12番区を南に移動中」
「この速度ですと2時間後には港の発電所群に到達してしまいます。そうなっては――」
取り返しのつかない事態になるだろう。
「その前に撃破する。航空隊は先行して奴の前に回り込め。ただしまだ攻撃はするな。ポイントAに来るまで待機だ」
作戦が開始された。
正体不明の怪物の能力は未知数だ。
あらゆる状況を想定して軍は爆撃機に戦闘ヘリ、戦車、ロケット砲と惜しみなく戦力を投入した。
都市部と港の間には平原が広がっていて、人家の類も殆どない。
進路を予測した軍からの勧告で住民は避難を終えている。
怪獣を迎撃するには打ってつけの地形だ。
「謎の生物は依然、南下中」
「射撃部隊、配置につきました」
「その場で待機せよ。合図とともに一斉攻撃だ」
「怪物がポイントAに到達しました!」
「よし、攻撃開始!」
爆撃機が怪獣の背中に爆弾を投下した。
戦車が火を噴き、ロケットが乱れ飛ぶ。
突然の攻撃に怪獣は唸り声をあげた。
苦しそうに全身を震わせ、前足の爪を地面に食い込ませている。
「効いているようだ。攻撃の手を止めるな」
攻撃機からのミサイルが雨のように降り注ぎ、怪獣の背を焼いた。
間断ない戦車隊の砲弾は巨大な足に食い込んだ。
地上、空中からの容赦ない攻撃は十数分に及んだ。
着弾し、炎に包まれるたびに怪獣は咆哮する。
「あれだけの攻撃を受けてもなお動きを止めないとは……」
砲火に怯むことなく歩みを続ける巨体に軍部は震撼した。
出血はおろか、怪獣の皮膚には傷ひとつついていなかった。
「あれは何なんだ……? ミサイルの直撃を受けてなぜ平気なんだ?」
指揮官は青ざめた。
進攻を止めることができなければ発電所が踏みつぶされてしまう。
それだけではない。
あの怪物が都市に向かえば被害はさらに拡大する。
少なくとも有効な打撃を与えなければ最悪、国が滅ぼされるかもしれない。
「傷を負っている様子は……ない。宇宙から来た生命体なのか……? それとも――)
人間の手でどうにかできる相手とは思えなかった。
だが、まだ手はある。
「全機撤退せよ。これよりKL-ONを使う」
「司令、本気ですか!? あれは戦争の抑止力として保有する大型ミサイルですよ? もし使用したら……」
KL-ONは現在、多くの国家が保有する大量破壊兵器だ。
着弾すれば周囲に多大な破壊をもたらす。
物理的な被害だけでなく大気汚染をも引き起こす絶大な威力は、たった1発で世界の均衡を容易く崩してしまう。
ゆえに国家間は互いにこれを用いないという前提の元で保有している。
「通常兵器では効果がないんだ。それにこれは我が国の安全のためであり、他国への攻撃に用いるものではない」
「ですが――」
「あれを止めなければ我々は深刻な打撃を追うだろう。他に方法はない」
このまま見過ごせば怪獣は発電所群や都市部に移動してしまう。
そうなっては高威力の兵器の使用は難しくなる。
実行するのは今しかない、と指揮官は力説した。
未曾有の危機にあって、これこそが被害を最小限に抑える方法なのだと。
世界連合はこの判断を後押しした。
通常兵器が効かない巨大生物を野放しにしておくワケにはいかない。
他国を攻撃する目的ではないとしてKL-ONの使用が国際的に認められたことになる。
かくしてボタンは押された。
怪獣めがけて高高度から落下したミサイルは着弾とともに凄まじいエネルギーを放出した。
迸散する光と熱。
一瞬、周囲から音が消え、時間が止まったと思わせる静寂に包まれる。
直後に起こった大爆破は恐ろしい速度で大地をめくりあげ、山を削り、建造物を跡形もなく吹き飛ばした。
その威力は発電所群や市街地にまで及び、半径数十キロメートルの範囲には塵ひとつ残さなかった。
「………………」
熱が広がり、煤煙が風に巻き上げられたあと――。
「巨大生物、消滅しました!」
その報せに人々は快哉を叫んだ。
脅威は去った。
正体不明の怪物が消失したことで平和が戻ったのだ。
「あれはいったい何だったのでしょうか?」
「分からんな。死体の一部でも残っていれば分析くらいはできただろうがな……」
「目撃者によれば空から急に現れたそうですよ。普通の生物ではないと思います」
「まさか宇宙から来たとでも? まあ、広い宇宙にはあんな奴もいるのかもしれないな。恐ろしい話だが」
「そのほうがマシですよ。私にはあれは悪魔に見えましたよ。人類にとっての――」
・
・
・
・
・
謎の巨大生物が消滅したことで人々は表向き、安全と平和を取り戻したように見えた。
しかしKL-ONの威力が実証されたことで、各国はこれを保有することへの正当性や有用性を主張。
未知の脅威に備えるという口実の元、軍拡競争は激しさを増した。
そして、やがて起こるのは――。
けたたましいビープ音が鳴り響き、実験の終了が告げられる。
密閉されたカプセルから白煙が漏れると、様子を見ていた数名の研究班が集まった。
「予定より30分以上も早いが……数値に異常はないようだ」
「座標の設定に間違いはない。彼が手動で帰還したんだ」
しばらくしてビープ音が鳴り止み、カプセルがゆっくりと開く。
「散々な目に遭ったぞ……」
気怠そうに身を起こして大きく背伸びをする。
「いったい何があった? 装置のトラブルか?」
「いや、正常に作動していた。ちょっと面倒ごとがあってな」
彼は落魄した様子で経緯を説明した。
「時間移動……これは間違いなく果たせたよ。タイムマシンは完成したと言っていい」
「問題は現地に及ぼす影響か。到着地点の設定は改善の余地ありだな」
「時代にもよるが、あのミニチュアみたいな町は迂闊に動くと踏みつぶしそうになるからな。壊さないように歩くのは大変だった」
「その様子だと現地の生物は大騒ぎになったんじゃないのか?」
「それだよ。連中、おもちゃの車だか飛行機だかを持ち出してきてさ。一丁前に弾が出るんだぜ。むず痒くてしかたなかったよ」
彼は大袈裟に腕を振ってから緑色の皮膚を見つめた。
「町を壊しちゃまずいと思ってさ。そっと平地に向かって移動したんだ。そうしたらデカいミサイルみたいなのを持ち出してきたんだ。
あれには驚いたな。さすがにケガをするかもしれないと思って慌ててボタンを押した」
「そりゃ残念だったな。観光もろくにできなかったんじゃないのか?」
「座標がまずかったな。今度は山のてっぺんか海底にしたほうがいい。それにしても――」
彼は憮然として言った。
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