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序章篇
9 皇帝の最期-5-
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「アシュレイ様!」
通りを挟んだ区画から呼びかける者がいた。
叛乱に加わっていた元軍人たちだ。
要所の警護隊だったらしく、いくつかの装備を持ち出している。
「皇帝は付近の防備を固めたようです。これ以上の進攻は困難でしょう」
「お前たち、もしものときの覚悟はできているか?」
グランが歯噛みしながら言った。
「お二人が旗揚げされた時から覚悟はできています。命の限り戦います!」
「よし! それなら叛乱軍に勢いがある今のうちに一気に攻める!」
新たな戦力を加えたことで、たちまち50名ほどの一団が出来上がる。
グランは天を仰いだ。
無数のビルの隙間から覗くのは激しい空中戦だ。
戦況は五分五分といったところで、友軍と合流したゲルバッドの艦隊が再び進攻を開始したことにより、叛乱軍優位に傾きつつある。
背後から数機のガンシップが迫っていた。
砲火の中にあって直線的な飛行を続ける編隊には既に搭乗者の姿はない。
彼らと同じように自動操縦によって突撃させ、ペルガモンたちの目を引きつけるための作戦で、これは事前にグランが命じていたことである。
「あの通りを越えれば防衛部隊の射程圏内です。周辺に潜んでいる仲間に連絡し、注意を逸らしてもらいましょう。その隙に――」
綿密に計画を練っている暇はない。
戦い慣れした彼らは素早く周囲の状況を読み取り、最善の手を尽くす。
「よし、行くぞっ!」
重鎮が飛び出した。
ビルの陰から突然現れたアシュレイたちに防衛隊は慌てたが、それは一瞬のことだ。
重装備で固めた彼らはただちに銃口を叛乱軍に向けた。
だが、その一瞬が命取りとなった。
銃口が火を噴くより先にグランの掌から撃ち出された無数の氷の刃が、彼らの肩を貫いていく。
その後ろからガードドールの大群が現れた。
その姿を認めたアシュレイが前に出、シールドを展開する。
彼が攻撃を防いでいる間に、フェルノーラたちが次々に発砲した。
だが上手く狙いをつけることができず殆どの攻撃は外れてしまう。
「やるねえ、お嬢ちゃん!」
そんな中でフェルノーラの射撃はかなりの精度で、瞬く間に4体のドールの頭部を吹き飛ばした。
「たまたまです!」
発射時の反動に彼女は緊張を抑えられなかった。
護身用の小さな銃では反動も軽微なものだが、それでもこれがドールを撃ち抜き、人を殺せるものだと思うと、指先から伝わる衝撃がとてつもなく大きく感じられる。
(練習の時のようにはいかないわね……でも――やるわ……やってやるわよ……!)
フェルノーラは銃を握る手に力を込めた。
「弾が不安な者は武器を奪え!」
何人かが倒した防衛隊やドールから銃を抜き取った。
「こっちだ!」
周辺の防衛部隊を撃退した一団はビルの陰に隠れながら移動した。
この辺りは激しい戦闘があったらしく道路が大きく陥没し、瓦礫が山積している。
銃声がした。
すぐに誰かが倒れる音がして一斉にそちらを見やる。
操縦士が脚を押さえてうずくまっていた。
「あそこだ! あの陰にいる奴だ!」
誰かが叫んだ。
シェイドはその方角に向きなおると同時に指先に力を込め、意識する前に火球を飛ばしていた。
直径5センチにも満たないような火の球が導かれるように滑空し、瓦礫に隠れていた兵士を吹き飛ばす。
「脚を撃たれています!」
フェルノーラの声にグランが素早く治癒の魔法を施す。
傷は浅く、数秒で血は止まった。
「痛みは?」
「大丈夫です。すみません……急ぎましょう」
遮蔽物が多ければ身を潜めるには有利だが、それは敵側も同じだ。
一団は同じ場所に留まらないようにしながら宮殿を目指す。
戦の音が大きくなった。
聴こえてくるのは爆音ばかりではない。
銃声、ガラスが割れる音、人が走り去る音が上空の唸り声を縫うように響いてくる。
「この先には隠れられるような場所はない。だが宮殿前の外壁に張りつけば当面はやり過ごせる。あなたたちはそこで敵の攻撃を防いでくれ」
近づくにつれ、アシュレイたちにはペルガモン側の陣容が見えてきた。
強いミストの波に紛れて、いくつかの小さな波が断続的に流れ込んでくる。
少なくとも60名を超える精鋭で固めていることが分かった。
グランは舌打ちした。
これは少々の犠牲は覚悟しなくてはならないようである。
「シェイド君、きみは自分の身を守ることを一番に考えるんだ。これまでの訓練を思い出すんだ。大丈夫、心配ないよ」
彼らが教えたのはたんなる魔法の使い方ではない。
その主旨は敵を倒す方法ではなく、戦いに於いて生き延びる手段を獲得することである。
たとえこの叛乱が失敗に終わっても、この少年さえ無事なら再起は図れる。
世界を覆うアメジストの光を絶やすワケにはいかない。
「よし、走れ!」
放射状に伸びた軍用道路が収束する先。そこに全ての根源がある。
有志が果敢に挑み、そして敗れ去った跡が堆くなっている。
撃ち落とされた攻撃機の残骸、原形の分からなくなったドールの破片、息絶えた兵士の体が。
まだほのかに立ち上っている黒煙の向こうに要塞と化した宮殿が聳え立つ。
アシュレイたちの影を察知してドールが向きなおる。
それにやや遅れて気付いた衛兵が一斉に銃を構えた。
「叛乱軍だ! 一人残らず始末し――」
この時の衛兵たちがどのような表情であったかは、黒いマスクのために見えなかった。
だが彼らが見ていたのは銃弾をかいくぐり、炎や氷に変換したミストの塊を叩きつけてくる重鎮たちの姿だった。
「なんとしても食い止めるのだ!」
叛乱軍は民間人を守るように展開している。
走り寄ってきたドールの数が多く、三方を囲まれた恰好となってしまう。
防衛部隊の攻撃は激しく、シェイドたちはその場に釘付けにされた。
彼らを守るのは小さな装飾品と、前方でシールドを展開している軍人だけだ。
アシュレイは拳に宿した巨大な炎を振りかざし、グランは薙ぎ払う手の先から氷柱を立て続けに放つ。
衛兵もドールもその攻撃に紙片のように吹き飛ばされていく。
ドールはその猛攻に怯むことなく二人を射殺せんと光弾の雨を浴びせる。
「うぐあぁッ!」
叛乱軍の防壁の一角が崩れ、衛兵たちが集中攻撃をしかける。
「危ないっ!」
シェイドが素早くその穴を塞ぎに走る。
フェルノーラが倒れている二人の仲間の元に駆け寄り手をとったが、彼らは既に息絶えていた。
「くそ! 効かないじゃないか!」
男が吠えた。
彼らの貧弱な武器ではドールは撃ち抜けても精鋭の装甲までは破れない。
防衛に徹するだけあって正規軍の装備は堅牢だった。
「連中は私たちが引き受ける!」
叫ぶやアシュレイは両手を掲げた。
頭上にいくつもの光環が出現し、そこから吐き出された炎が防衛部隊を瓦礫の向こうに叩きつけた。
その隙にグランが地を蹴り、敢えて攻撃を加えなかった兵士の首をつかんでビル壁に叩きつけた。
「あ、ああ……!」
マスクの奥で彼は死を覚悟した。
叛乱軍は鎮圧しつつある、というペルガモンの激励を真に受けて前線の防衛を引き受けたが、重鎮が来るとは聞いていない。
装備らしい装備もなく、生身で魔法の力だけで並み居る防衛隊を屠った二人の強さは異常だ。
「どうか、どうか許してください! これは命令だったんです! ここを守れと――誰も近づけるなと……そう命じられたのです!」
グランは憐れに思った。
軍人として皇帝に背くこともできず、抗う者を容赦なく殺しておきながら、いざ自分が同じ目に遭うと助命を乞う。
大義もなければ信念もない。
ただ威勢に靡くだけの臆病者だ。
「武器を捨てるんだ」
兵士は言われたとおりにした。
「どこへでも行け。だが皇帝の元へは戻るな。きっと殺される」
吐き捨てるグランの声は震えていた。
殺すのは極力控えてほしいというシェイドの意思により、重鎮は魔力を加減して誰ひとり殺さずにおいた。
しかし反対にこちら側には犠牲者を出してしまっている。
一同はこの攻防で戦死した二人に短く黙祷を捧げると、堆積した瓦礫の向こうに宮殿を見据えた。
「さっき言ったとおりに。いいね?」
アシュレイの言葉に全員が頷く。
フェルノーラがシェイドの肩を叩いた。
「しっかりしなさいよ。あなたがそんな顔してちゃ、みんな不安になるわよ」
「う、うん……がんばる」
彼は曖昧に頷いた。
通りを挟んだ区画から呼びかける者がいた。
叛乱に加わっていた元軍人たちだ。
要所の警護隊だったらしく、いくつかの装備を持ち出している。
「皇帝は付近の防備を固めたようです。これ以上の進攻は困難でしょう」
「お前たち、もしものときの覚悟はできているか?」
グランが歯噛みしながら言った。
「お二人が旗揚げされた時から覚悟はできています。命の限り戦います!」
「よし! それなら叛乱軍に勢いがある今のうちに一気に攻める!」
新たな戦力を加えたことで、たちまち50名ほどの一団が出来上がる。
グランは天を仰いだ。
無数のビルの隙間から覗くのは激しい空中戦だ。
戦況は五分五分といったところで、友軍と合流したゲルバッドの艦隊が再び進攻を開始したことにより、叛乱軍優位に傾きつつある。
背後から数機のガンシップが迫っていた。
砲火の中にあって直線的な飛行を続ける編隊には既に搭乗者の姿はない。
彼らと同じように自動操縦によって突撃させ、ペルガモンたちの目を引きつけるための作戦で、これは事前にグランが命じていたことである。
「あの通りを越えれば防衛部隊の射程圏内です。周辺に潜んでいる仲間に連絡し、注意を逸らしてもらいましょう。その隙に――」
綿密に計画を練っている暇はない。
戦い慣れした彼らは素早く周囲の状況を読み取り、最善の手を尽くす。
「よし、行くぞっ!」
重鎮が飛び出した。
ビルの陰から突然現れたアシュレイたちに防衛隊は慌てたが、それは一瞬のことだ。
重装備で固めた彼らはただちに銃口を叛乱軍に向けた。
だが、その一瞬が命取りとなった。
銃口が火を噴くより先にグランの掌から撃ち出された無数の氷の刃が、彼らの肩を貫いていく。
その後ろからガードドールの大群が現れた。
その姿を認めたアシュレイが前に出、シールドを展開する。
彼が攻撃を防いでいる間に、フェルノーラたちが次々に発砲した。
だが上手く狙いをつけることができず殆どの攻撃は外れてしまう。
「やるねえ、お嬢ちゃん!」
そんな中でフェルノーラの射撃はかなりの精度で、瞬く間に4体のドールの頭部を吹き飛ばした。
「たまたまです!」
発射時の反動に彼女は緊張を抑えられなかった。
護身用の小さな銃では反動も軽微なものだが、それでもこれがドールを撃ち抜き、人を殺せるものだと思うと、指先から伝わる衝撃がとてつもなく大きく感じられる。
(練習の時のようにはいかないわね……でも――やるわ……やってやるわよ……!)
フェルノーラは銃を握る手に力を込めた。
「弾が不安な者は武器を奪え!」
何人かが倒した防衛隊やドールから銃を抜き取った。
「こっちだ!」
周辺の防衛部隊を撃退した一団はビルの陰に隠れながら移動した。
この辺りは激しい戦闘があったらしく道路が大きく陥没し、瓦礫が山積している。
銃声がした。
すぐに誰かが倒れる音がして一斉にそちらを見やる。
操縦士が脚を押さえてうずくまっていた。
「あそこだ! あの陰にいる奴だ!」
誰かが叫んだ。
シェイドはその方角に向きなおると同時に指先に力を込め、意識する前に火球を飛ばしていた。
直径5センチにも満たないような火の球が導かれるように滑空し、瓦礫に隠れていた兵士を吹き飛ばす。
「脚を撃たれています!」
フェルノーラの声にグランが素早く治癒の魔法を施す。
傷は浅く、数秒で血は止まった。
「痛みは?」
「大丈夫です。すみません……急ぎましょう」
遮蔽物が多ければ身を潜めるには有利だが、それは敵側も同じだ。
一団は同じ場所に留まらないようにしながら宮殿を目指す。
戦の音が大きくなった。
聴こえてくるのは爆音ばかりではない。
銃声、ガラスが割れる音、人が走り去る音が上空の唸り声を縫うように響いてくる。
「この先には隠れられるような場所はない。だが宮殿前の外壁に張りつけば当面はやり過ごせる。あなたたちはそこで敵の攻撃を防いでくれ」
近づくにつれ、アシュレイたちにはペルガモン側の陣容が見えてきた。
強いミストの波に紛れて、いくつかの小さな波が断続的に流れ込んでくる。
少なくとも60名を超える精鋭で固めていることが分かった。
グランは舌打ちした。
これは少々の犠牲は覚悟しなくてはならないようである。
「シェイド君、きみは自分の身を守ることを一番に考えるんだ。これまでの訓練を思い出すんだ。大丈夫、心配ないよ」
彼らが教えたのはたんなる魔法の使い方ではない。
その主旨は敵を倒す方法ではなく、戦いに於いて生き延びる手段を獲得することである。
たとえこの叛乱が失敗に終わっても、この少年さえ無事なら再起は図れる。
世界を覆うアメジストの光を絶やすワケにはいかない。
「よし、走れ!」
放射状に伸びた軍用道路が収束する先。そこに全ての根源がある。
有志が果敢に挑み、そして敗れ去った跡が堆くなっている。
撃ち落とされた攻撃機の残骸、原形の分からなくなったドールの破片、息絶えた兵士の体が。
まだほのかに立ち上っている黒煙の向こうに要塞と化した宮殿が聳え立つ。
アシュレイたちの影を察知してドールが向きなおる。
それにやや遅れて気付いた衛兵が一斉に銃を構えた。
「叛乱軍だ! 一人残らず始末し――」
この時の衛兵たちがどのような表情であったかは、黒いマスクのために見えなかった。
だが彼らが見ていたのは銃弾をかいくぐり、炎や氷に変換したミストの塊を叩きつけてくる重鎮たちの姿だった。
「なんとしても食い止めるのだ!」
叛乱軍は民間人を守るように展開している。
走り寄ってきたドールの数が多く、三方を囲まれた恰好となってしまう。
防衛部隊の攻撃は激しく、シェイドたちはその場に釘付けにされた。
彼らを守るのは小さな装飾品と、前方でシールドを展開している軍人だけだ。
アシュレイは拳に宿した巨大な炎を振りかざし、グランは薙ぎ払う手の先から氷柱を立て続けに放つ。
衛兵もドールもその攻撃に紙片のように吹き飛ばされていく。
ドールはその猛攻に怯むことなく二人を射殺せんと光弾の雨を浴びせる。
「うぐあぁッ!」
叛乱軍の防壁の一角が崩れ、衛兵たちが集中攻撃をしかける。
「危ないっ!」
シェイドが素早くその穴を塞ぎに走る。
フェルノーラが倒れている二人の仲間の元に駆け寄り手をとったが、彼らは既に息絶えていた。
「くそ! 効かないじゃないか!」
男が吠えた。
彼らの貧弱な武器ではドールは撃ち抜けても精鋭の装甲までは破れない。
防衛に徹するだけあって正規軍の装備は堅牢だった。
「連中は私たちが引き受ける!」
叫ぶやアシュレイは両手を掲げた。
頭上にいくつもの光環が出現し、そこから吐き出された炎が防衛部隊を瓦礫の向こうに叩きつけた。
その隙にグランが地を蹴り、敢えて攻撃を加えなかった兵士の首をつかんでビル壁に叩きつけた。
「あ、ああ……!」
マスクの奥で彼は死を覚悟した。
叛乱軍は鎮圧しつつある、というペルガモンの激励を真に受けて前線の防衛を引き受けたが、重鎮が来るとは聞いていない。
装備らしい装備もなく、生身で魔法の力だけで並み居る防衛隊を屠った二人の強さは異常だ。
「どうか、どうか許してください! これは命令だったんです! ここを守れと――誰も近づけるなと……そう命じられたのです!」
グランは憐れに思った。
軍人として皇帝に背くこともできず、抗う者を容赦なく殺しておきながら、いざ自分が同じ目に遭うと助命を乞う。
大義もなければ信念もない。
ただ威勢に靡くだけの臆病者だ。
「武器を捨てるんだ」
兵士は言われたとおりにした。
「どこへでも行け。だが皇帝の元へは戻るな。きっと殺される」
吐き捨てるグランの声は震えていた。
殺すのは極力控えてほしいというシェイドの意思により、重鎮は魔力を加減して誰ひとり殺さずにおいた。
しかし反対にこちら側には犠牲者を出してしまっている。
一同はこの攻防で戦死した二人に短く黙祷を捧げると、堆積した瓦礫の向こうに宮殿を見据えた。
「さっき言ったとおりに。いいね?」
アシュレイの言葉に全員が頷く。
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