49 / 115
新たなる脅威篇
1 勃興-4-
しおりを挟む
朝のうちに“公務”を終えたシェイドはアシュレイの執務室を訪ねた。
権力を集中させたがっていたペルガモンらしく、重鎮の執務室は宮殿のほぼ中央にあった。
「いかがなさいましたか?」
彼は慌てて応対した。
同じ宮殿内とはいえ、一国の王に足労をかけてしまったという負い目からだ。
「ああ、えっと……大したことじゃないんですけど――」
こうして慇懃に振る舞われるものだから出端を挫かれたようになってしまう。
これまでは言いにくいときはソーマが代わってくれたが、ここには先回りしてくれる人はない。
「外に出たいんです」
彼は勇気を出して言った。
「……外、ですか? 外ならいつも――」
アシュレイは怪訝な顔をした。
誰もシェイドを宮殿に監禁してなどいない。
さすがに深夜の外出は治安の問題もあって遠慮させているが、それすら強制されたものではない。
今や皇帝となったシェイドにお願いすることはできても、行動を制限する権利などなんぴとたりとも持ち合わせていないのだ。
「みんなが大変な時ですから僕もお手伝いがしたいんです」
「日々のご公務も意義あるものですよ」
「そうじゃなくて、その、復興というか国造りをもっと身近に……肌で感じられるようなことがしたくて」
最近、勉強を頑張っているおかげでちょっと高度な表現ができた、と彼は思った。
懇願するような若き皇帝の目にアシュレイは得心した。
「皇帝のご意思を察することができず失礼いたしました」
そして恭しく頭を下げる。
(これ、やめてほしいんだけどなあ…………)
なにかにつけて畏まる周囲の人間に、もっと気軽に接してほしいと何度も頼んだことがある。
だがその度に尊厳がどうだの、君臣の弁えがどうだのと態度を変えることはなかった。
皇帝の名において今すぐその堅苦しい言動をやめろ、と命じればさすがに彼らも聞き入れざるを得ないのだが、それをする勇気はシェイドにはない。
「そうですね、今日明日すぐに、というワケにはいきませんが関係各所と調整してみます」
「ありがとうございます」
わずか表情が明るくなったのを見て、アシュレイは胸が熱くなるのを感じた。
かつてここまで民に寄り添おうとした王がいただろうか。
生まれた時からの権力を振りかざし、軍拡を押し進め、国を成り立たせる民を顧みない暴君ばかりだった。
そんな歴史の中にあってこの少年はあまりに異質だった。
が、この異質さこそ万民が求めたものだ。
エルディラント史に悪名を刻んできた暴君たちが無辜の民を犠牲にしてまで強硬に成そうとした国の発展を、彼なら容易く実現できるかもしれない。
そう予感させるだけの真摯さと誠実さをこの無垢な少年は持っている。
「決裁についても方法を考えましょう。シェイド様のご意思に沿えるように。さすがに1ヵ月も2ヵ月も……というのは難しいでしょうが」
彼の本心としてはシェイドにはできるだけ遠出をしてほしくなかった。
まだまだ魔法の扱いも未熟であり、せめてクライダードとして周囲に畏敬の念を抱かせる程度には鍛えておかなければならない。
しかも今は混乱の只中にある。
――ペルガモンが倒れた時、たまたま居合わせた叛乱軍の中にシェイドがいたから皇帝になった。
世間にはこのように見ている勢力も一定数存在する。
暴君がいなくなったことでこの混乱に乗じてエルディラントを支配しようとする一味もいる。
つまりシェイドが皇帝の座に就いたものの、その実はある意味恐怖によって盤石だった体制が崩壊し、それを新たに組み立て直している脆く不安定な状態なのである。
この隙を突いて今度はシェイドを標的に新たな叛乱軍が結成される恐れがある。
それら脅威から彼を守るためにも、当面は目の届くところに置いておきたかったのだ。
「わがままを言っているのは分かってます。判子を押すのが大事な仕事というのもなんとなく分かります。そこまで無理は言いません」
しかしこうまで民のために働こうとしている彼を無下にはできない。
アシュレイは速やかに関係各所と連絡をとることにした。
権力を集中させたがっていたペルガモンらしく、重鎮の執務室は宮殿のほぼ中央にあった。
「いかがなさいましたか?」
彼は慌てて応対した。
同じ宮殿内とはいえ、一国の王に足労をかけてしまったという負い目からだ。
「ああ、えっと……大したことじゃないんですけど――」
こうして慇懃に振る舞われるものだから出端を挫かれたようになってしまう。
これまでは言いにくいときはソーマが代わってくれたが、ここには先回りしてくれる人はない。
「外に出たいんです」
彼は勇気を出して言った。
「……外、ですか? 外ならいつも――」
アシュレイは怪訝な顔をした。
誰もシェイドを宮殿に監禁してなどいない。
さすがに深夜の外出は治安の問題もあって遠慮させているが、それすら強制されたものではない。
今や皇帝となったシェイドにお願いすることはできても、行動を制限する権利などなんぴとたりとも持ち合わせていないのだ。
「みんなが大変な時ですから僕もお手伝いがしたいんです」
「日々のご公務も意義あるものですよ」
「そうじゃなくて、その、復興というか国造りをもっと身近に……肌で感じられるようなことがしたくて」
最近、勉強を頑張っているおかげでちょっと高度な表現ができた、と彼は思った。
懇願するような若き皇帝の目にアシュレイは得心した。
「皇帝のご意思を察することができず失礼いたしました」
そして恭しく頭を下げる。
(これ、やめてほしいんだけどなあ…………)
なにかにつけて畏まる周囲の人間に、もっと気軽に接してほしいと何度も頼んだことがある。
だがその度に尊厳がどうだの、君臣の弁えがどうだのと態度を変えることはなかった。
皇帝の名において今すぐその堅苦しい言動をやめろ、と命じればさすがに彼らも聞き入れざるを得ないのだが、それをする勇気はシェイドにはない。
「そうですね、今日明日すぐに、というワケにはいきませんが関係各所と調整してみます」
「ありがとうございます」
わずか表情が明るくなったのを見て、アシュレイは胸が熱くなるのを感じた。
かつてここまで民に寄り添おうとした王がいただろうか。
生まれた時からの権力を振りかざし、軍拡を押し進め、国を成り立たせる民を顧みない暴君ばかりだった。
そんな歴史の中にあってこの少年はあまりに異質だった。
が、この異質さこそ万民が求めたものだ。
エルディラント史に悪名を刻んできた暴君たちが無辜の民を犠牲にしてまで強硬に成そうとした国の発展を、彼なら容易く実現できるかもしれない。
そう予感させるだけの真摯さと誠実さをこの無垢な少年は持っている。
「決裁についても方法を考えましょう。シェイド様のご意思に沿えるように。さすがに1ヵ月も2ヵ月も……というのは難しいでしょうが」
彼の本心としてはシェイドにはできるだけ遠出をしてほしくなかった。
まだまだ魔法の扱いも未熟であり、せめてクライダードとして周囲に畏敬の念を抱かせる程度には鍛えておかなければならない。
しかも今は混乱の只中にある。
――ペルガモンが倒れた時、たまたま居合わせた叛乱軍の中にシェイドがいたから皇帝になった。
世間にはこのように見ている勢力も一定数存在する。
暴君がいなくなったことでこの混乱に乗じてエルディラントを支配しようとする一味もいる。
つまりシェイドが皇帝の座に就いたものの、その実はある意味恐怖によって盤石だった体制が崩壊し、それを新たに組み立て直している脆く不安定な状態なのである。
この隙を突いて今度はシェイドを標的に新たな叛乱軍が結成される恐れがある。
それら脅威から彼を守るためにも、当面は目の届くところに置いておきたかったのだ。
「わがままを言っているのは分かってます。判子を押すのが大事な仕事というのもなんとなく分かります。そこまで無理は言いません」
しかしこうまで民のために働こうとしている彼を無下にはできない。
アシュレイは速やかに関係各所と連絡をとることにした。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる