アメジストの軌跡

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
106 / 115
雌伏する大毒

2 ウィンタナへ-2-

しおりを挟む
「降下地点到着。艦長、ご命令を」

 一行は市街地のはずれ、南西の丘に到着した。

「着陸準備!」

 戦地から充分に離れていることを確認し、シーラ艦長が指示を出す。

 周囲にはところどころ木々が生えている以外には何もない。

 敵勢力から丸見えだが、そのかわり待ち伏せされる恐れもない。

 AGSの出力を落とし、それにともなって艦体はゆっくりと中空を沈んでいく。

 地上が近づくのを窓から見ていたシェイドはほっと息を漏らした。

「輸送機の準備が整いました。ご命令があればいつでも」

 そばに立つ士官がシェイドを見た。

「あ、はい、えっと……」

 シェイドは横に立つライネを見た。

「いや……」

 ライネは隣に立つイエレドを見た。

「ご命令を」

 イエレドが視線を送り返す。

「だってさ」

 ライネがそれをシェイドに流す。

「じゃ、じゃあお願いします」

 彼が言うと士官は恭しく頭を下げた。

「では我々も」

 イエレドの一声に従者が集まってきた。

 そこに武装隊も加わる。

 グラムの姿もあった。

「さて、実戦ではどんなものか――」

 ライネの対抗心を煽るように言う。

「それなりに」

 とだけ彼女は返した。

 おごりもしない、卑屈にもならないところがこの娘のいいところだ、とグラムは思った。




「こちらへ」

 パイロットに促され、シェイドたちは輸送機に分乗した。

 ライネ、イエレドはもちろん彼と同じ機に乗り込む。

 護衛として有力視されているグラムは、先行する別の機に搭乗した。

「低空を飛行します。揺れに気をつけてください」

 わざわざ艦を着陸させ、そこから輸送機を飛ばすのは、主戦場の多くが市街地だからだ。

 ウィンタナは高低差のある平地が多くを占め、各平地ごとに二、三程度の都市が点在している。

 戦いは各都市での局地戦の様相を呈しており、彼らが向かうのは戦火の規模としては小さいミュラシティである。

 激戦区を避けたのはシェイドの安全のためであるが、そもそも戦場に立ってほしくないというのが周囲の共通見解だ。

「ちゃんとつかまってますから!」

 彼は言われる前に言った。

 戦地を前に、皇帝が搭乗しているからと揺れないように飛んではくれない。 

 旋回時の全身を引っ張られる感覚に、シェイドはあらためて戦の空気を味わわされた。

「市街地では多数の民間人が戦っているようです!」

 駆動音に混じって従者の声が響く。

 このたった一言の状況報告が、少年の心をざわつかせる。

 ああ、また罪のない民が犠牲になっているのか。

 ああ、まだ罪のない民が戦わなければならないのか。

「急いでください」

 今にも飛び降りそうな顔をしていたから、ライネは咄嗟に彼の袖をつかんだ。

 目と目が合う。

 シェイドはうなずいた。

 それを見て彼女も少しだけ安心する。

 やがて、低空を飛行する輸送機からも都市の一端が見えはじめる。

 中層程度のビルが林立する、灰色の町だ。

 都市と外との境界は荒れた砂土が堆積していた。

 戦の音は聞こえない。

 炎が巻き上がっている様子もない。

 しかし夜のように黒い煙がいくつも立ち上っていた。

「あのビルの裏側に降下します!」

 パイロットは黒煙の密度が薄い風上を選んだ。

 近づくにつれ、戦の音と光、そして熱が伝わってきた。

 規模が小さいとはいえ、ここはまぎれもなく戦場だった。

 風上だというのに熱風が吹きすさぶ。

 輸送機はさらに高度を下げた。

「交戦中の部隊より入電。援護を要請しています」

「急ぎましょう! 早く助けないと――」

 シェイドが勢い込んで言うと、イエレドは首を横に振った。

「今のはちがいます。要請しているのは民間人を相手に戦っている部隊です」

「え……?」

「つまり敵です。シェイド様に叛意を持つ部隊でしょう」

「どうして、そんな……」

「民間人をも相手にした叛乱です。当てつけのつもりかもしれません。しかし――」

 そこまで深刻に考えなくてもいい、とイエレドは言った。

「正規軍と民間人を相手取ったことで劣勢と見てよいでしょう。援護要請もそれが理由かと」

 この程度ならほどなく鎮圧できるだろう。

 同乗している者たちはそのように考えていた。

「そう……ですか……」

 だがシェイドにとっては戦いの優劣よりも、本来は民を守るべき軍人が敵対していることのほうが気がかりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...