上 下
21 / 101

8 秘密基地-1-

しおりを挟む
 施術室に運ばれてきたのは若い男だった。

 事前に寄せられた情報によると、調達屋であるこの男は作業中に右手指を怪我したらしい。

 傷自体は浅かったが細菌感染を起こし、切断せざるを得なかったという。

 パーツの備蓄は充分だったため、すぐに施術が行なわれた。

 失われた神経を回復させる技術はまだ確立されていない。

 通常、身体の末端部分の欠損には日常生活をサポートする程度の義肢しか装着させることはできない。

 つまり手足の複雑な動きまでを再現することはできないのだが、彼の場合は幸いなことに付け根部分が残っており、

 筋肉の動きに連動する義指を取り付けることで、物を掴む程度の動作は可能となる。

 繊細な作業が必要だ。

 カイロウはまずパーツ調整にとりかかった。

 義指用の部品はひととおり揃っているが、所詮は規格品のようなものだ。

 実際には個人個人に合わせた微調整をしなければ機能しない。

「ドクター、関節部の隙間にわずかな傷があります」

 助手のひとりが目ざとく見つけて言う。

「あ、ああ、たしかに。これは取り換えよう」

 ほんの小さな傷でも腐食や錆の原因になる。

 初歩的なことであり、カイロウでなくともこれは見落としてはならないミスだった。

 彼はすぐに予備の部品を取り寄せ、再び調整を施す。

 今度は目立った瑕疵もなく、微細ながらも頑丈な義指が完成した。

 仕上げの作業を経て、検査にかける。

「検査結果出ました。問題ありません」

 助手の報告にカイロウは安堵する。

 数年の経験があるとはいえ、ただ金属の塊を加工するのと、人体に装着するパーツを製作するのとでは重みも難しさもちがう。

 多額の報酬を得られることも緊張感を煽るのに一役買っていた。

「今日はこの1件だけだったね。あとは私がいなくても大丈夫だろう」

 施術が終われば彼の出る幕はない。

 この後の事務手続等はそれを専門に受け持つスタッフがいる。

 助手たちを軽くねぎらうと、彼は施術室を出て廊下を足早に歩いた。

 突き当たりの薄暗い階段を降り、少し進んだ右手に鉄扉がある。

 カイロウは懐から奇妙な形状の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

 古く、やや錆びついた扉は耳障りな音を響かせながらゆっくりと開いた。

 地下に広がる大部屋。

 ここが彼のもうひとつの仕事場だった。

 自宅の作業場と異なり、ここには資材が大量に備蓄されてあった。

 彼が専門に用いる銅板や鉄板の他に、いくつかの合金やプラスチック、ガラス繊維やゴム等もある。

 奥はゆるやかな上り坂になっていて地上に続いているが、普段はシャッターで閉じられている。

 本来は車庫や物資の搬入口として用いられるスペースだが、現在は施設裏に同様の機能を備えたプラットフォームがあるためそちらが使われている。

「さて――」

 ここに来ると彼の顔つきは変わる。

 寂寥感に襲われたような物悲しげな表情を浮かべたかと思えば、たちまち烈はげしい怒りに眼光を鋭くする。

 しかし次の瞬間には長年の望みが叶う様を夢見て、うっとりと微笑む。

 彼自身にその自覚はない。

 ここでひそかにある物を作っている時、作業が進めば喜び、停滞すれば悲しんだ。

 とはいえ彼は技師である。

 感情の揺れが作業の正確性に影響を及ぼすことはなかった。

 たとえ少しずつでも――。

 これが完成に近づくのであれば、何の問題もなかったのだ。

「ここのバランスが重要だな」

 少し前に難所は越えたが、納得のいく出来にはまだしばらく時間がかかりそうである。

「熱や冷気に耐えるにはどうすればいい……?」

 カイロウは巨体を叩きながら唸った。

 設計図はかつて彼がかき集めた資料のつなぎ合わせだ。

 理論や構造の勉強はしたつもりだが、工程には不安が残る。

 誰かに相談したいところだがそうもいかない。

 これは秘密裡に行わなければならない一大プロジェクトなのだ。

「………………」

 彼は作業に没頭した。

 いくら頑張っても報酬はない。

 これは彼が個人的に取り組んでいることだから、材料も工具も全て自費だ。

 胴体部分は既に完成しており、今は脚にあたる部分の取り付けにかかっている。

 技師としてのセンスがそうさせるのか、かなり堅実な作りだ。

 実用に耐えられるかは不明だが、彼の頭の中ではこれが問題なく稼働している姿がイメージできていた。
しおりを挟む

処理中です...