蒼いクジラとネジ巻き人間

JEDI_tkms1984

文字の大きさ
72 / 101

16 楽園-2-

しおりを挟む
 一歩外に出れば、お祭り騒ぎはここまで聞こえてくる。

 裏手にクジラ教の集会所があり、この地域の信者は今夜、そこに集まっているハズだ。

 周辺には幟やら旗やらが無数に立っていた。

 クジラを称えようという文言が風になぶられて揺れている。

 どうやらこの辺りの住民も入信したようである。

 坂を下りると小さな商店街ができていた。

 簡易のテントやテーブルを並べ、雑貨屋やフードショップが場所を奪い合うようにひしめいている。

「そこの兄さん、ちょっと見ていっておくれよ!」

 たまたま目が合った店主に呼び止められる。

 ショーケースには子どもが作った粘土細工のようなアクセサリーが展示されていた。

「クジラ教公認の開運グッズだよ。持っていればクジラ様の御利益があるよ」

 色も形も不揃いの、言われなければクジラと分からない出来損ないだ。

 こんなものが教団公認であるハズがない。

 ダージは無視してさらに坂を下った。

 普段は通行人もまばらな夜の通りは、人と音と光でごった返している。

 音楽をかけて踊りに興じる者もいれば、手当たり次第に声をかけて怪しいビジネスに誘う輩もいる。

 いったいこの中のどれだけがクジラのことを真剣に考えているのか。

 彼は悩んでいることが腹立たしく思えてきた。

「へえ、あんたもこういうのに参加するんだね」

 嫌味っぽく言う声に振り返るとネメアがいた。

「偶然通りかかっただけさ。オレはここいらの連中とはちがうんだ。そっちは?」

「あたしは周辺の警備さ。ヘンなことをしてる奴がいたら縛ってくれってね。クジラ教は報酬をはずんでくれるのよ」

「雇い主は教団か。オレも調達屋を辞めてそっちに移ろうかな」

「あんたにはこの仕事は務まらないよ。それに調達屋のほうが実入りは良いんじゃないのかい? 上得意がいるみたいだし」

「まあ、な」

 カイロウが連行された、と打ち明けるワケにもいかず言葉を濁す。

(もしネメアが知ったらどう思うだろうな……)

 ボディガードは守秘義務に関してはことのほか厳しい。

 彼女たち自身の信用もあるし、依頼主やその周囲の生命もかかっているからだ。

 もしかしたらたとえ家族を盾に取られても、秘密を守り通すかもしれない。

「――そうだな。やっぱりオレは調達屋のほうが向いてる」

 口の堅い彼女を見て、彼は思い出した。

(オレは身軽だが、口も軽いんだった――)

 改めてそう自覚すると、周囲のうるささはあまり気にならなくなった。

 どうせこの喧噪も今夜限り。

 明日になれば浮かれていたことも忘れて、これまでと変わらない毎日を送るだろう。

 彼は信者ではないからそう思うことができた。

 カイロウにあれこれ頼まれたおかげで、この2人は知っている。

 今夜、クジラがこの近くを泳がないことを。

 そして調達屋であれば。

 その業の者と行動を共にするボディガードであれば。

 クジラが雨以外の恩恵をもたらさないことも知っている。

 皆して大教祖に踊らされているのだ。

「あの3人組、ちょっと怪しいわね……」

 テントの陰を睨みながら彼女は呟いた。

 いかつい風貌の男だちがこそこそと何かをやっている。

「ドラッグの取引でもしてるのかも。ちょっと様子を見てくるわ」

「オレも手を貸そうか。いくら腕っ節に自信があるといっても向こうは3人だぞ」

「平気よ。無線で応援を呼ぶから」

 たくましい女だ、とダージは思った。

「じゃあ、オレは適当にぶらついてくるよ」

 彼女の仕事の邪魔をしては悪い。

 自然なふうを装ってその場を離れた彼だが、万が一を考えてネメアの様子を見ていた。

 どうやら本当に違法薬物の密売が行なわれていたようで、彼女と男たちの間で小競り合いが起こる。

 ついには殴り合いの暴行事件にまで発展したが、応援が駆けつけた時には男たちは既に伸びていた。

 通報を受けた警官によって3人は連行され、取引の場を提供していたと思しき露天商の店主も尋問を受けることとなった。

 これだけの騒動になったというのに見物人はほとんどいない。

 むしろ密売を咎めるのは野暮と言わんばかりに、彼らはそれぞれの方法で祭りに浮かれていた。

(この様子じゃクジラ様に不敬だとか理由をつけて全員捕まるんじゃないか?)

 政府の強権的なやり口を見ればあり得ないことではない。

 ネメアの奮闘ぶりに溜飲を下げたダージは、人混みに紛れて自宅に戻ることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...