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第五章
33・必要なもの
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藍銅伯爵の言葉に、キイロは暫く考えた。
「必要なのは」
「必要なのは?」
藍銅伯爵がキイロを見つめた。
(一体、この娘はなにを必要だというだろうか)
気づいていない、もしくは知らないが故であったとしても、このお方になにが必要かをどう考えるのか。
藍銅伯爵には興味があった。
キイロは頷いて答えた。
「お布団。あったかいお布団、そして絵本、ですね。あとは可愛い服、はここにあるし」
普通だ。
普通の子供と同じものを、この娘はこのお方に与えようとしている。
(いや、逆にそのほうが良いのかもしれない)
新しい姿に生まれ変わったこの方を、この世界になじませる。
多分、この娘はその為に選ばれたのだろう。
たとえそれが成り行きでしかない結果であったとしても。
「成程、お布団に絵本」
「おいしいごはんと、服があるなら、必要なものはそのくらいでしょうか」
「よし判った!娘がそう言うのならその通りが一番正しいのだろう。すぐに用意させよう」
「伯爵がそこまでされなくても、我が家もできますよ」
「判っていないな朧。わたしが、娘にそうしたいのだ。他になにか我儘はないかね?」
「特に思いつきません」
キイロからしてみたら、確かにひどい目にあってはいるが、結局夫だという朧が全て片付けてくれている。
(今日のご飯と寝床がちゃんと確保されてて、しかも働き口の心配をしなくて良い、なんて最高)
いつ朧が気まぐれをおこしても、この雰囲気ならきっと働かせてぐらいくれそうだ。
キイロはまだそんなズレたことを考えていた。
「では、娘の顔も見たことだし、りん様の様子も判ったのでわたしはお暇しますよ。りん様、どうぞごゆっくりお過ごしください」
そう藍銅伯爵が言うと、りんは尋ねた。
「こんのりゅう、なは」
「白緑でございます。藍銅白緑」
「びゃくろくか。おぼえた」
すると藍銅伯爵の周りに、霧のようなものが一瞬、輪になって彼を包み、ふわっと浮かんで消えた。
「い、いまのは?」
驚くキイロに、藍銅伯爵は深々とりんに頭を下げた。
「光栄のいたりでございます」
「うん」
「では、こんどこそおいとましましょうぞ。娘、りん様をよろしく頼む」
「は、はい」
「では朧、ちょっとそこまで見送ってくれるかい?」
「ええ」
朧はそう言って部屋の外へ出た。
廊下の通りを歩く伯爵に朧は尋ねた。
「先ほど、名前をお伝えになりましたね」
「おかげで守護を頂戴できた。我が一族はますます繫栄する」
「そうでしょうね。あんなにもいとも簡単に」
龍神の守りを得ることになれば、元々藍銅家は力が強かったが一層その力を増すだろう。
「お前が嘘をつくとか、騙されているとかは思ってはいない。だが、真実あのお方があのお方であるかは疑っていた。勘は正しかった」
「ええ。わたしもそう思ったからこそ、お守りしようと」
「判っている。お前がちゃんと真剣だったこともな。だがまさか、あのお方に対し全くの素人を使って奪おうとするなど、大胆というか、馬鹿というか」
「ですが妻が守ってくれました」
「全く、不思議な娘だ。あのお方があれほどまでに大人しくお育ちになられている」
「元々、彼女はそういう方です。幼いころから変わりありません」
「そのわりに、まだ思い出してはいないようだが」
「何重にも名前で縛られていましたから。でもそう遠くない未来に、本来の姿を取り戻すでしょう」
本来なら、式の場を使って彼女の名前を取り戻すつもりだった。
だが、あの屋敷を全て燃やされてしまっては、準備が全て意味のないものになってしまった。
「再び『場』を作るより、こっちでやったほうが早い。のですが、そうなると結果が判らなくなる」
「―――――怖いかね」
「彼女になにかあれば、そう思います。わたしのことなどどうでも良いのですよ」
やれやれ、と藍銅伯爵は笑ってため息をついた。
「わたしの娘は、随分と愛情の重い男に嫁ぐらしい」
「お許しください。初恋の人なので」
「だったら仕方のない事だ」
ここで良い、と藍銅伯爵は朧を止めた。
「彼女の傍に居なさい。多分、近いうちにまた騒ぎに巻き込まれるだろうから」
そう告げて、藍銅伯爵は背を向けて去ったのだった。
「必要なのは」
「必要なのは?」
藍銅伯爵がキイロを見つめた。
(一体、この娘はなにを必要だというだろうか)
気づいていない、もしくは知らないが故であったとしても、このお方になにが必要かをどう考えるのか。
藍銅伯爵には興味があった。
キイロは頷いて答えた。
「お布団。あったかいお布団、そして絵本、ですね。あとは可愛い服、はここにあるし」
普通だ。
普通の子供と同じものを、この娘はこのお方に与えようとしている。
(いや、逆にそのほうが良いのかもしれない)
新しい姿に生まれ変わったこの方を、この世界になじませる。
多分、この娘はその為に選ばれたのだろう。
たとえそれが成り行きでしかない結果であったとしても。
「成程、お布団に絵本」
「おいしいごはんと、服があるなら、必要なものはそのくらいでしょうか」
「よし判った!娘がそう言うのならその通りが一番正しいのだろう。すぐに用意させよう」
「伯爵がそこまでされなくても、我が家もできますよ」
「判っていないな朧。わたしが、娘にそうしたいのだ。他になにか我儘はないかね?」
「特に思いつきません」
キイロからしてみたら、確かにひどい目にあってはいるが、結局夫だという朧が全て片付けてくれている。
(今日のご飯と寝床がちゃんと確保されてて、しかも働き口の心配をしなくて良い、なんて最高)
いつ朧が気まぐれをおこしても、この雰囲気ならきっと働かせてぐらいくれそうだ。
キイロはまだそんなズレたことを考えていた。
「では、娘の顔も見たことだし、りん様の様子も判ったのでわたしはお暇しますよ。りん様、どうぞごゆっくりお過ごしください」
そう藍銅伯爵が言うと、りんは尋ねた。
「こんのりゅう、なは」
「白緑でございます。藍銅白緑」
「びゃくろくか。おぼえた」
すると藍銅伯爵の周りに、霧のようなものが一瞬、輪になって彼を包み、ふわっと浮かんで消えた。
「い、いまのは?」
驚くキイロに、藍銅伯爵は深々とりんに頭を下げた。
「光栄のいたりでございます」
「うん」
「では、こんどこそおいとましましょうぞ。娘、りん様をよろしく頼む」
「は、はい」
「では朧、ちょっとそこまで見送ってくれるかい?」
「ええ」
朧はそう言って部屋の外へ出た。
廊下の通りを歩く伯爵に朧は尋ねた。
「先ほど、名前をお伝えになりましたね」
「おかげで守護を頂戴できた。我が一族はますます繫栄する」
「そうでしょうね。あんなにもいとも簡単に」
龍神の守りを得ることになれば、元々藍銅家は力が強かったが一層その力を増すだろう。
「お前が嘘をつくとか、騙されているとかは思ってはいない。だが、真実あのお方があのお方であるかは疑っていた。勘は正しかった」
「ええ。わたしもそう思ったからこそ、お守りしようと」
「判っている。お前がちゃんと真剣だったこともな。だがまさか、あのお方に対し全くの素人を使って奪おうとするなど、大胆というか、馬鹿というか」
「ですが妻が守ってくれました」
「全く、不思議な娘だ。あのお方があれほどまでに大人しくお育ちになられている」
「元々、彼女はそういう方です。幼いころから変わりありません」
「そのわりに、まだ思い出してはいないようだが」
「何重にも名前で縛られていましたから。でもそう遠くない未来に、本来の姿を取り戻すでしょう」
本来なら、式の場を使って彼女の名前を取り戻すつもりだった。
だが、あの屋敷を全て燃やされてしまっては、準備が全て意味のないものになってしまった。
「再び『場』を作るより、こっちでやったほうが早い。のですが、そうなると結果が判らなくなる」
「―――――怖いかね」
「彼女になにかあれば、そう思います。わたしのことなどどうでも良いのですよ」
やれやれ、と藍銅伯爵は笑ってため息をついた。
「わたしの娘は、随分と愛情の重い男に嫁ぐらしい」
「お許しください。初恋の人なので」
「だったら仕方のない事だ」
ここで良い、と藍銅伯爵は朧を止めた。
「彼女の傍に居なさい。多分、近いうちにまた騒ぎに巻き込まれるだろうから」
そう告げて、藍銅伯爵は背を向けて去ったのだった。
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