1 / 62
001_隔離矯正クラス
001_1
しおりを挟む
教壇の女生徒「諸君は未来、重大かつ大規模な犯罪を引き起こすと予知された」
入学式の後、18人の生徒が集められたのは、古くてボロボロの木造校舎だった。
教壇の女生徒「ただの犯罪者ではない。重大かつ広範囲に被害をもたらす凶悪犯だ。
諸君は未来囚という極めて特殊な立場となった。
よってここ……隔離矯正クラスで特別カリキュラムを受けてもらう」
久遠ユウ(くおんゆう)は突然の宣告を受け止めきれず、呆然と宙を見上げた。
ユウ「えーと……」
どういう感情をいだくべきか、わからない。
わからないが、期待に膨らみ舞い上がっていた気持ちが、しぼんでいったことは確かだ。
ノクス(ケケケケケ……どうせそんなこったろうと思ってたぜ)
ユウ(……ノクス。ちょっと静かにしてて)
教壇に立った女生徒は、自分以外の17人を見渡した。
呆然と宙を見上げる者、不満の表情を浮かべる者、顔を隠してうつむく者……
これが本当に凶悪な犯罪者の素養を持った者達なのだろうか?普通の少年少女に見える。
教壇の女生徒「詳細な説明を始める前に、全員に自己紹介をしてもらう。
曲がりなりにも、諸君は新入生でクラスメイトなのだからな。
私は天宮エレナ(あまみやえれな)。学年は2年だが、ゆえあって諸君の矯正プログラムを管理監督することになった。
異能力は---」
エレナはおもむろに教壇のペン立てをつかむと、頭上に放り投げた。
十数本のペンがバラバラに舞い上がって……一瞬の後、全てのペンがエレナの右手、指の間に挟まれていた。
エレナ「異能力は加速。自分の速度を上げることが出来る」
異能力。
超常の理によって通常の物理法則をねじ曲げる力。
ここ、アカシア異能学院は、優秀な異能力を持つ生徒を全国から集める特別訓練校だ。
つまり、ここにいる18人は全員何かしらの能力を持っていることになる。
エレナの曲芸じみた自己紹介に、教室が少しざわついた。
ユウ(さらっと言ってるけど、すごい能力じゃ……?)
ノクス(ああ。”当り”の能力だ)
異能力の種類は自分で選ぶことは出来ない。
どういった訳か、個人それぞれに異なった特別な力が発現する。
だから優秀で人生を好転させる”当り”の能力もあれば……
エレナ「次。そこのお前、起立して自己紹介しろ」
一番前の隅に座った、内気そうな少女が身体をビクッと震わせた。
先ほどから両手で顔を隠し、うつむいていた少女だ。
おそらく、泣いていた。
内気そうな少女「あ…あ……」
エレナ「起立だ」
エレナの有無を言わせぬ物言いに、少女はおずおずと立ち上がった。
内気そうな少女「あ……」
少女は声が出せず、怯えた表情で周囲を見回した。
そして、自分に集中する視線にさらに困惑しておどおどと立ちすくんだ。
優しげな青年「まあまあ!……彼女の順番は落ち着くまで待ちましょう」
少女のとなりの席に座っていた、青年が声を上げて立ち上がった。
穏和な顔をした青年だ。好青年を絵に描いたような爽やかさ。
そっと少女の背中に触れて、席に座らせる。
優しげな青年「僕は芹沢トーマ(せりざわとーま)と言います。
トーマと呼んでください。
憧れのアカシア異能学院に入学したと思ったら、こんなことになって、かなり困惑しています。
あはは」
トーマは爽やかに笑った。
ユウ(優しそうな人だ。良かった)
ノクス(簡単に気を許すなよ。全員、犯罪者予備軍らしいからな。
……ククッ。お前も含めて、な)
ノクスは面白くてたまらないといった様子で、笑った。
エレナ「能力についても、説明したまえ」
トーマは一瞬、エレナの顔をじっと見た。
能力を隠そうとするのか、と、エレナは警戒したが、杞憂だった。
逆だった。
トーマ「よくぞ聞いてくれた……。フッ」
トーマは突然、手で顔を半分隠し、背骨よ折れよと言わんばかりにのけぞったポーズを取った。
トーマ「クリムゾン・コード!それは己の血液を分子構造レベルで再構築して操る能力ッ!
ヘモグロビンを硬質化させての刃はもちろん、血漿タンパクを分子間架橋しての凝固性防御壁!自己抗体を変質化した毒・煙などあらゆる形態が可能!
遠隔操作によって血液の弾丸を飛ばすことも!
しかし、リスクも存在する!」
エレナ「う、うむ……分かった。もういい」
突然スイッチが入ったように、ポーズをつけてまくし立てるトーマに、エレナは戸惑いの表情を浮かべた。
トーマ「新しい血液が作れる訳ではない!そのため、使いすぎによる貧血、失血死のリスク!
しかぁし!芹沢トーマはそれでこそ美しき自己犠牲の芸術と考える!
命を代価に己に神を宿し……」
エレナ「もういい!」
どこまでも続きそうな口上を、エレナは遮った。
トーマ「あ……すいません……
異能力のことになると、その、我を忘れてしまい……」
好青年の顔に戻り、トーマは恥ずかしそうに頭を掻いた。
ノクス(血が騒ぐってわけだ)
ノクスの言葉に、ユウは不覚にも吹き出した。
エレナ「つまり、血液操作か」
トーマ「クリムゾン・コード!」
エレナ「次の者からは簡潔に述べるように。次!」
トーマの自己紹介によってほぐれたのか、先ほどよりは教室内の空気が和やかになったように、ユウには感じられた。
そのまま席順に自己紹介が続く。
さすが、異能エリート校のアカシア異能学院というべきか、だれの異能力も優秀で強力で、魅力的だった。
いわく、雷を発生させる、いわく、空気を操る、いわく、視線の先を爆発させる……
ユウは自分の順番が近づくにつれ、だんだん胃が痛くなってきた。
エレナ「次」
ユウの番だ。
ユウは観念して立ち上がった。
ユウ「えと……久遠ユウです……」
こいつが、久遠ユウか。
エレナは、気弱そうに背を丸めて立つ、ユウを注視した。
********
エレナ「おばあさま……これが、隔離矯正クラスの名簿、ですか?」
エレナは手渡された紙の束をめくった。
それは、17人の少年少女の名前と簡単なプロフィールが書かれている。
エレナにおばあさまと呼ばれた、気品を感じさせる老婆は、ティーカップを手にうなづいた。
老婆「エレナさんには苦労かけるわ。その子たちを導いてあげて」
エレナ「問題ありません」
固い声で返答したエレナに、老婆は少しだけ悲しそうな笑みを返した。
エレナは真面目な顔で名簿を読み込んでいる。
エレナ「おばあさま。質問があります」
老婆「はい、どうぞ」
エレナ「それぞれのプロフィールに、手書きで加えられているこの数字は、何の数字でしょうか?」
老婆「それは私が予知した、未来の被害者数です。その子が将来、奪ってしまうかもしれない命の数」
エレナは驚いた表情を見せて、もう一度資料を見返した。
そこには、2桁後半から3桁の数字が書かれている。暑いわけでもないのに、エレナの額に汗が浮かんだ。
これから私が相手にするのは、とんでもない凶悪犯候補、というわけだ。
資料をめくるエレナの手が止まった。
エレナ「1人、とんでもない者がいますね……」
久遠ユウ。取り立てて特徴があるようには思えない彼の資料には、書き殴ったような乱れた字で、80億と書かれている。
それはおおまかに世界の人口と等しい数だ。
老婆「もし、予知どおりになってしまったら、その子が人類を滅亡させる、ということになるわ」
エレナ「そんな……どうやって……?」
老婆は悲しげに眉を寄せた表情を作って、首を振った。
老婆「分かりません。
予知は断片的で不確実……でも根拠は必ず存在するわ。
ごめんなさい。もうちょっと詳しいことが分かれば、苦労させることもないのだけれど……」
彼のプロフィールの異能力の欄には、不明、とだけ書かれている。
どんな異能力なら、人類を壊滅させるような事が可能だろう?
エレナには思いつかなかった。
エレナ「いえ、充分です。要注意人物として対処します」
老婆「……忘れないでね。
この子たちはまだ罪を犯した訳ではないの。
無限に分布する未来の中で、極端に大きな被害をもたらす可能性のある子どもを選別しただけ……」
老婆は悲しげな表情を濃くした。
老婆「予知を根拠に、逮捕することも、もちろん処罰することも出来ません。
私に出来るのは、自分が理事長を務めるこの学園に、無理矢理、特別教室を開講して更生の機会を作ることくらい……」
エレナ「おばあさま……」
老婆「そして、信頼できる孫娘を送り込むこと……ね」
老婆はエレナの肩に手を置いた。
エレナは頼られたことが嬉しくてたまらない、というような表情を浮かべたが、すぐに固い無表情に押し込めた。
老婆「頼むわね、エレナ」
エレナ「おまかふぇ……ください!」
隠しきれないニヤけた口元から嬉しさがこぼれ出た。
老婆は孫娘のかわいらしい一面に、笑みをこぼした。
秘書「理事長、そろそろお時間が……」
じっと老婆の後ろに控えていた、黒スーツの秘書が老婆に声をかけた。
エレナと老婆は目を見合わせ、老婆がしっかりとうなづく。
エレナ「失礼します」
エレナは理事長室から退室しようと立ち上がった。
心なしか、足取りが軽い。
秘書が扉を開けた。エレナは廊下に出たところで振り返り、深々と頭を下げた。
扉を閉める際、秘書が一言つぶやいた。老婆には決して届かない、しかしエレナには確実に届く小さな声。
秘書「一族の面汚しが」
扉が閉まる。
少しの時間、エレナはその姿勢のままじっとしていた。
次に顔を上げた時、その顔は再び固く、口元は強く結ばれていた。
********
ユウ「えと……久遠ユウです……」
エレナはしっかりとユウを見据えた。
気弱そうで、やや小柄な少年だ。
尊敬する祖母の予知がなければ、この少年が犯罪者になるなんて、エレナにはとても信じられなかっただろう。
ましてや、人類を滅亡させるなどと。
ユウ「……田舎の村に住んでいました。
全校生徒3人の学校だったので、こんなにたくさんの、その、友達が出来そうで、嬉しいです」
気恥ずかしそうに視線を宙にさまよわせている。
エレナ「能力は?」
ユウ「その……能力……能力、は……」
そう、それが聞きたい。
人類滅亡の手段を。
エレナはわずかに身を乗り出した。
ユウ「えっと……その……」
注意して聞いていなければ、いや、注意していたとしても聞き逃しそうな、小声だった。
ユウ「……幻聴……です……」
エレナ「……は?」
ユウ「頭の中に、変な声が聞こえる……能力、です」
ノクス(ひひっ、ひぃーっひゃっひゃっひゃっ……)
頭の中の変な声、ノクスは笑い転げた。
エレナ「……それだけ……?」
ユウは羞恥で顔を赤くしながら、うつむいた。
ユウ「……だけ、です……」
幻聴で人類をどう滅ぼすというのか。
エレナは思わず吹き出しそうになった。
エレナ「……それは、また……能力と言うより……ぷふっ……病気の症状だな……」
エレナの言葉を皮切りに、どっと教室内に笑いが広がった。
トーマ「……」
ただ一人、トーマだけが、けげんそうな表情を浮かべていた。
入学式の後、18人の生徒が集められたのは、古くてボロボロの木造校舎だった。
教壇の女生徒「ただの犯罪者ではない。重大かつ広範囲に被害をもたらす凶悪犯だ。
諸君は未来囚という極めて特殊な立場となった。
よってここ……隔離矯正クラスで特別カリキュラムを受けてもらう」
久遠ユウ(くおんゆう)は突然の宣告を受け止めきれず、呆然と宙を見上げた。
ユウ「えーと……」
どういう感情をいだくべきか、わからない。
わからないが、期待に膨らみ舞い上がっていた気持ちが、しぼんでいったことは確かだ。
ノクス(ケケケケケ……どうせそんなこったろうと思ってたぜ)
ユウ(……ノクス。ちょっと静かにしてて)
教壇に立った女生徒は、自分以外の17人を見渡した。
呆然と宙を見上げる者、不満の表情を浮かべる者、顔を隠してうつむく者……
これが本当に凶悪な犯罪者の素養を持った者達なのだろうか?普通の少年少女に見える。
教壇の女生徒「詳細な説明を始める前に、全員に自己紹介をしてもらう。
曲がりなりにも、諸君は新入生でクラスメイトなのだからな。
私は天宮エレナ(あまみやえれな)。学年は2年だが、ゆえあって諸君の矯正プログラムを管理監督することになった。
異能力は---」
エレナはおもむろに教壇のペン立てをつかむと、頭上に放り投げた。
十数本のペンがバラバラに舞い上がって……一瞬の後、全てのペンがエレナの右手、指の間に挟まれていた。
エレナ「異能力は加速。自分の速度を上げることが出来る」
異能力。
超常の理によって通常の物理法則をねじ曲げる力。
ここ、アカシア異能学院は、優秀な異能力を持つ生徒を全国から集める特別訓練校だ。
つまり、ここにいる18人は全員何かしらの能力を持っていることになる。
エレナの曲芸じみた自己紹介に、教室が少しざわついた。
ユウ(さらっと言ってるけど、すごい能力じゃ……?)
ノクス(ああ。”当り”の能力だ)
異能力の種類は自分で選ぶことは出来ない。
どういった訳か、個人それぞれに異なった特別な力が発現する。
だから優秀で人生を好転させる”当り”の能力もあれば……
エレナ「次。そこのお前、起立して自己紹介しろ」
一番前の隅に座った、内気そうな少女が身体をビクッと震わせた。
先ほどから両手で顔を隠し、うつむいていた少女だ。
おそらく、泣いていた。
内気そうな少女「あ…あ……」
エレナ「起立だ」
エレナの有無を言わせぬ物言いに、少女はおずおずと立ち上がった。
内気そうな少女「あ……」
少女は声が出せず、怯えた表情で周囲を見回した。
そして、自分に集中する視線にさらに困惑しておどおどと立ちすくんだ。
優しげな青年「まあまあ!……彼女の順番は落ち着くまで待ちましょう」
少女のとなりの席に座っていた、青年が声を上げて立ち上がった。
穏和な顔をした青年だ。好青年を絵に描いたような爽やかさ。
そっと少女の背中に触れて、席に座らせる。
優しげな青年「僕は芹沢トーマ(せりざわとーま)と言います。
トーマと呼んでください。
憧れのアカシア異能学院に入学したと思ったら、こんなことになって、かなり困惑しています。
あはは」
トーマは爽やかに笑った。
ユウ(優しそうな人だ。良かった)
ノクス(簡単に気を許すなよ。全員、犯罪者予備軍らしいからな。
……ククッ。お前も含めて、な)
ノクスは面白くてたまらないといった様子で、笑った。
エレナ「能力についても、説明したまえ」
トーマは一瞬、エレナの顔をじっと見た。
能力を隠そうとするのか、と、エレナは警戒したが、杞憂だった。
逆だった。
トーマ「よくぞ聞いてくれた……。フッ」
トーマは突然、手で顔を半分隠し、背骨よ折れよと言わんばかりにのけぞったポーズを取った。
トーマ「クリムゾン・コード!それは己の血液を分子構造レベルで再構築して操る能力ッ!
ヘモグロビンを硬質化させての刃はもちろん、血漿タンパクを分子間架橋しての凝固性防御壁!自己抗体を変質化した毒・煙などあらゆる形態が可能!
遠隔操作によって血液の弾丸を飛ばすことも!
しかし、リスクも存在する!」
エレナ「う、うむ……分かった。もういい」
突然スイッチが入ったように、ポーズをつけてまくし立てるトーマに、エレナは戸惑いの表情を浮かべた。
トーマ「新しい血液が作れる訳ではない!そのため、使いすぎによる貧血、失血死のリスク!
しかぁし!芹沢トーマはそれでこそ美しき自己犠牲の芸術と考える!
命を代価に己に神を宿し……」
エレナ「もういい!」
どこまでも続きそうな口上を、エレナは遮った。
トーマ「あ……すいません……
異能力のことになると、その、我を忘れてしまい……」
好青年の顔に戻り、トーマは恥ずかしそうに頭を掻いた。
ノクス(血が騒ぐってわけだ)
ノクスの言葉に、ユウは不覚にも吹き出した。
エレナ「つまり、血液操作か」
トーマ「クリムゾン・コード!」
エレナ「次の者からは簡潔に述べるように。次!」
トーマの自己紹介によってほぐれたのか、先ほどよりは教室内の空気が和やかになったように、ユウには感じられた。
そのまま席順に自己紹介が続く。
さすが、異能エリート校のアカシア異能学院というべきか、だれの異能力も優秀で強力で、魅力的だった。
いわく、雷を発生させる、いわく、空気を操る、いわく、視線の先を爆発させる……
ユウは自分の順番が近づくにつれ、だんだん胃が痛くなってきた。
エレナ「次」
ユウの番だ。
ユウは観念して立ち上がった。
ユウ「えと……久遠ユウです……」
こいつが、久遠ユウか。
エレナは、気弱そうに背を丸めて立つ、ユウを注視した。
********
エレナ「おばあさま……これが、隔離矯正クラスの名簿、ですか?」
エレナは手渡された紙の束をめくった。
それは、17人の少年少女の名前と簡単なプロフィールが書かれている。
エレナにおばあさまと呼ばれた、気品を感じさせる老婆は、ティーカップを手にうなづいた。
老婆「エレナさんには苦労かけるわ。その子たちを導いてあげて」
エレナ「問題ありません」
固い声で返答したエレナに、老婆は少しだけ悲しそうな笑みを返した。
エレナは真面目な顔で名簿を読み込んでいる。
エレナ「おばあさま。質問があります」
老婆「はい、どうぞ」
エレナ「それぞれのプロフィールに、手書きで加えられているこの数字は、何の数字でしょうか?」
老婆「それは私が予知した、未来の被害者数です。その子が将来、奪ってしまうかもしれない命の数」
エレナは驚いた表情を見せて、もう一度資料を見返した。
そこには、2桁後半から3桁の数字が書かれている。暑いわけでもないのに、エレナの額に汗が浮かんだ。
これから私が相手にするのは、とんでもない凶悪犯候補、というわけだ。
資料をめくるエレナの手が止まった。
エレナ「1人、とんでもない者がいますね……」
久遠ユウ。取り立てて特徴があるようには思えない彼の資料には、書き殴ったような乱れた字で、80億と書かれている。
それはおおまかに世界の人口と等しい数だ。
老婆「もし、予知どおりになってしまったら、その子が人類を滅亡させる、ということになるわ」
エレナ「そんな……どうやって……?」
老婆は悲しげに眉を寄せた表情を作って、首を振った。
老婆「分かりません。
予知は断片的で不確実……でも根拠は必ず存在するわ。
ごめんなさい。もうちょっと詳しいことが分かれば、苦労させることもないのだけれど……」
彼のプロフィールの異能力の欄には、不明、とだけ書かれている。
どんな異能力なら、人類を壊滅させるような事が可能だろう?
エレナには思いつかなかった。
エレナ「いえ、充分です。要注意人物として対処します」
老婆「……忘れないでね。
この子たちはまだ罪を犯した訳ではないの。
無限に分布する未来の中で、極端に大きな被害をもたらす可能性のある子どもを選別しただけ……」
老婆は悲しげな表情を濃くした。
老婆「予知を根拠に、逮捕することも、もちろん処罰することも出来ません。
私に出来るのは、自分が理事長を務めるこの学園に、無理矢理、特別教室を開講して更生の機会を作ることくらい……」
エレナ「おばあさま……」
老婆「そして、信頼できる孫娘を送り込むこと……ね」
老婆はエレナの肩に手を置いた。
エレナは頼られたことが嬉しくてたまらない、というような表情を浮かべたが、すぐに固い無表情に押し込めた。
老婆「頼むわね、エレナ」
エレナ「おまかふぇ……ください!」
隠しきれないニヤけた口元から嬉しさがこぼれ出た。
老婆は孫娘のかわいらしい一面に、笑みをこぼした。
秘書「理事長、そろそろお時間が……」
じっと老婆の後ろに控えていた、黒スーツの秘書が老婆に声をかけた。
エレナと老婆は目を見合わせ、老婆がしっかりとうなづく。
エレナ「失礼します」
エレナは理事長室から退室しようと立ち上がった。
心なしか、足取りが軽い。
秘書が扉を開けた。エレナは廊下に出たところで振り返り、深々と頭を下げた。
扉を閉める際、秘書が一言つぶやいた。老婆には決して届かない、しかしエレナには確実に届く小さな声。
秘書「一族の面汚しが」
扉が閉まる。
少しの時間、エレナはその姿勢のままじっとしていた。
次に顔を上げた時、その顔は再び固く、口元は強く結ばれていた。
********
ユウ「えと……久遠ユウです……」
エレナはしっかりとユウを見据えた。
気弱そうで、やや小柄な少年だ。
尊敬する祖母の予知がなければ、この少年が犯罪者になるなんて、エレナにはとても信じられなかっただろう。
ましてや、人類を滅亡させるなどと。
ユウ「……田舎の村に住んでいました。
全校生徒3人の学校だったので、こんなにたくさんの、その、友達が出来そうで、嬉しいです」
気恥ずかしそうに視線を宙にさまよわせている。
エレナ「能力は?」
ユウ「その……能力……能力、は……」
そう、それが聞きたい。
人類滅亡の手段を。
エレナはわずかに身を乗り出した。
ユウ「えっと……その……」
注意して聞いていなければ、いや、注意していたとしても聞き逃しそうな、小声だった。
ユウ「……幻聴……です……」
エレナ「……は?」
ユウ「頭の中に、変な声が聞こえる……能力、です」
ノクス(ひひっ、ひぃーっひゃっひゃっひゃっ……)
頭の中の変な声、ノクスは笑い転げた。
エレナ「……それだけ……?」
ユウは羞恥で顔を赤くしながら、うつむいた。
ユウ「……だけ、です……」
幻聴で人類をどう滅ぼすというのか。
エレナは思わず吹き出しそうになった。
エレナ「……それは、また……能力と言うより……ぷふっ……病気の症状だな……」
エレナの言葉を皮切りに、どっと教室内に笑いが広がった。
トーマ「……」
ただ一人、トーマだけが、けげんそうな表情を浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る
丸三(まるぞう)
ファンタジー
戦国時代に転生した先は、豊臣秀吉の弟にして名宰相――豊臣秀長の息子だった。
現代では中世近世史を研究する大学講師。
史実では、秀長は早逝し、豊臣政権は崩壊、徳川の時代と鎖国が訪れる。
ならば変える。
剣でも戦でもない。
政治と制度、国家設計によって。
秀長を生かし、秀吉を支え、徳川の台頭を防ぎ、
戦国の終わりを「戦勝」ではなく「国家の完成」にする。
これは、武将ではなく制度設計者として天下を取る男の物語。
戦国転生×内政改革×豊臣政権完成譚。
(2月15日記)
連載をより良い形で続けるため、更新頻度を週5回とさせていただきます。
一話ごとの完成度を高めてお届けしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
(当面、月、水、金、土、日の更新)
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
俺は、こんな力を望んでいなかった‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
俺の名は、グレン。
転移前の名は、紅 蓮(くれない 蓮)という。
年齢は26歳……だった筈なのだが、異世界に来たら若返っていた。
魔物を倒せばレベルが上がるという話だったのだが、どうみてもこれは…オーバーキルの様な気がする。
もう…チートとか、そういうレベルでは無い。
そもそも俺は、こんな力を望んではいなかった。
何処かの田舎で、ひっそりとスローライフを送りたかった。
だけど、俺の考えとは対照的に戦いの日々に駆り出される事に。
………で、俺はこの世界で何をすれば良いんだ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる