神の手は祈りの形をしていない 〜「将来、異能力で犯罪を犯す」と予知されて隔離されたボクら。最弱能力で未来を塗り替える〜

陽々陽

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012_歪む世界

012_8

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 ユウはタブレットPCの連絡のやりとりを見て、混乱していた。

ユウ(ええと、補給を受けるときに……
 なんか、いろいろ変更になったってことだよね?)

 時刻は早朝3時。
 浮き島を地上に降ろして食料等の補給を行う、その時間が迫ってきている。
 もう、浮き島の高度はかなり下がっているはずだ。

ノクス(そうだ。
 お前が寝てる間に、ソウガが代理でやりとりしてたんだからな、ありがたく思えよ)

ユウ(ほえ~……ソウガもこういうの、出来るのか……)

 ユウは感心した。
 実際は全てノクスがやりとりした結果だ。

ユウ(ええと、変わったところは……)

ノクス(簡単にまとめると3つだな。

 トーマを引き渡して、地上の病院に移すことになった。
 医者が浮き島に来る予定だったが、トーマに付き添ってからに変わった。
 あと、教官が一人、来ることになった)

ユウ(教官?)

ノクス(ああ。いつまでも生徒だけっていうのは、無理があるからな)

 ノクスの声は、心なしか弾んでいる。

ユウ(先生かあ……
 ……みっちゃん……みたいな人だと良いな……)

 ノクスはため息をついた。

ノクス(あんまり、簡単にそういうこと言うんじゃねえよ)

ユウ(? なんのこと?)

 ノクスは、世界が軋む音が聞こえるような気がした。

********

トーマ「やっぱり、大げさだよ。恥ずかしいって」

 車椅子に乗せられたトーマが、背後のユウに向けて言った。

ユウ「ダメダメ。大怪我だったんだから」

 ユウは車椅子を押しながら答えた。

トーマ「たしかに、こっちの手は痛いような……」

 トーマはユウに切り裂かれた右手を掲げた。

ユウ「あれは、正当防衛だって、トーマも言ったじゃないか……」

 口を尖らせたユウに、トーマは笑って返した。

トーマ「わるい、わるい。気にしてないよ。
 その前のケガの方が、よっぽどひどかったし……

 あれ? だれをかばってケガしたんだっけ?」

ユウ「あー! もう!」

 ユウは言葉を返すことが出来ず、車椅子をガタガタと揺らした。
 トーマは声をあげて笑った。

こはく「……なんか……心配して損した感あるわ……」

 ユウとトーマが仲良くじゃれ合っているところを見て、こはくは呆れていた。
 異能力のことで二人が取っ組み合ってから、まだ1日も経っていない。

ソウガ「男同士なんて、こんなもんだ」

 悟ったようなことを言うソウガに、こはくは顔をしかめて見せた。

 4人は補給物資の引き取りに向かっていた。
 グラウンドを横切り、木々を迂回して進む。
 時刻は4時。空はまだ暗いが、どこか朝の気配が漂っている。

 木々を抜けて、視界が広がった。

こはく「なんか、空じゃない眺めって……超、久しぶりかも……」

 こはくがつぶやいた。
 浮き島は完全に地面に降りて、地面が続いている。学院の施設だろうか、いくつか大きな建物のシルエットが浮かぶ。

 こはくは、なぜか見下ろされているような気がした。

 引き渡し場所には、すでに数人が待っていた。
 それから、大きな鉄製の台車にうずたかく積まれた段ボール箱。おそらく、あれの中に食材が詰め込まれているのだろう。

こはく「あ!」

 数人の大人の中に、医者の姿を見つけ、こはくは手を振った。

こはく「おじさん! しおんの手、治った?」

 医者はため息を返した。

医者「だから、時間がかかると言ってるだろう」

 そして車椅子に乗ったトーマに目を向ける。

医者「またケガを増やしたようだな」

トーマ「すみません……」

 トーマは頭を下げた。

トーマ「異能力もなくしてしまいました」

医者「それは、別の者に看てもらえ。私が看るのは体だけだ」

トーマ「お世話になります」

 医者がさっとトーマの背後に回り、車椅子を押し始めた。

ユウ「あ……」

 心の準備も出来ないまま、トーマが離れていく。
 ユウは何を言えば良いのか分からなかった。

ユウ「あの、トーマ……! ええと……!」

 こんなことなら、さっき別れの言葉を交わしておけば良かった。
 トーマは手を上げて、小さく振った。

トーマ「またな! ユウ!
 クリムゾン・コード、毎日練習しろよ!」

ユウ「ええと、その……」

 ユウは上手く言葉が出なかった。だから、ずっと思っていたことを叫んだ。

ユウ「ありがとう! トーマ……

 友達になってくれて! ありがとう!」

********

 アリスは木の陰からトーマの様子をうかがっていた。
 医者に車椅子を押されて、建物の向こうに見えなくなるまで、じっと見守った。

アリス「……待っててね。すぐ、会いに行くから……」

 小さくつぶやいて、アリスはそろそろと歩き出した。恐る恐る、なるべく暗いところを選んで進む。

 懐中電灯の光が走り、アリスは身を強張らせた。
 足音が聞こえる。アリスは体を縮めた。

警備員「……お嬢ちゃん、どうしたの?」

 人の良さそうな、小太りの警備員に声をかけられる。
 アリスはじっと自分のつま先を見つめた。呼吸が乱れる。

警備員「ここは今、浮き島が降りてて、立ち入り禁止になってるはずだけど……
 キミ、まさか……」

 警備員がアリスの顔をのぞきこもうとした。
 アリスは目をギュッとつぶる。一体、どうすれば……何を言えば……

警備員「……浮き島から脱走……?」

 ああ、ダメだ。もう、見つかってしまった……
 トーマくんのために、トーマくんと一緒にいるために……アイツの命令を聞かなきゃいけないのに……
 私はどうして、いつも……

アリス「う……」

 カッ! どん!

 アリスが涙ぐんだ瞬間、閃光と衝撃が走った。

アリス「あ……」

 倒れた警備員を見下ろして、アリスは気がついた。
 もう、恐れるものはないのだ。

 トーマの近くにいるため、クラスメイトでいるため、なるべくこの力を使わないようにしてきた。
 思い通りにならないこの力に怯えながら、小さくうずくまっていた。
 しかし、もう。

 浮き島のみんなの記憶も消して来た。
 この警備員が目を覚ましても、自分のことを覚えていないはずだ。

アリス「ふ……ふふ……」

 アリスは自分の口から笑みがこぼれていることに気がついた。
 縮こまっていた自分が滑稽に思えた。

 これからは、出会う全ての人の記憶を消せば良い。

アリス「くふ、ふふふふふ……」

 笑いが止まらない。雨空が一気に晴れ渡ったみたいだ。
 だれの記憶にも残らず、いない存在として生きる。
 それがトーマと一緒に生きる、最良の道だ。

 アリスは何者にも阻まれず、目的のアカシア学院学食調理場に到着した。
 その道中で、アリスはさらに5人の記憶を奪った。
 パトロール中の警備員、守衛、それから調理員が3人。

 だが、そんな小さなことはどうでも良い。
 アイツに渡された小瓶を取り出す。

アリス「味の濃いもの……」

 アリスは調理場を見渡した。
 アイツの指示は、この小瓶の中の粉を学食に混入させることだった。
 味の濃いものを中心に、数日にわたって混入させる……
 どういう意味があるのか、分からない。毒かもしれない。どうでも良い。
 大切なのは、こうすればトーマくんの側にいられる、ということだけだった。

アリス「これ……」

 アリスは格好の料理を見つけた。
 大きな寸胴の中にたっぷりと入った、カレールー。
 混入にこれほど適した料理があるだろうか。

 アリスは小瓶の蓋を開けて、傾けた。
 病院の場所を教えてもらい、学院の自分の記録を消してもらい、もうこれで……
 これで、トーマくんに会いに行ける……

 アリスは待ちきれなくなって、小瓶の中身を全てカレールーの中にぶち込んだ。

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