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23-リピートラーニング
しおりを挟む時間は今日のお昼どきに遡っている。
俺は腹がグウグウ鳴るのも無視し、図書館で理化学系図書の棚をひたすら漁っていた。
あった―――量子力学入門。
俺は量子力学に関する書籍を適当に集め、机にドサリと置く。
そして一冊ずつ中に目を通していった。
『―――波動と考えられてきた光は光電効果やコンプトン効果の実験により、粒子のような性質を持つことが確認された。一方粒子と考えられてきた電子は回折の実験より波の性質を持つことが明らかになった。
光や電子などミクロな対象は量子と呼ばれ、波と粒子の二重性という特性を持つ。これは古典物理学では説明できない事象であり、ミクロな世界の新たな理論として量子論が確立した。
主な量子論としてはシュレディンガーの波動力学やハイゼンベルグの行列力学等が挙げられ―――』
うむ。全然分からん。
光の二重性についての性質は、高校の物理でかじってはいるものの、難しい理論への知識は全くない。
用語を聞いても、ああなんか聞いたことある程度の感想だ。
だがそんなことは今どうでもいい。
とにかく全部目を通して、読みまくるんだ。
俺は理解の及ばないまま、とにかく書籍を読み漁った。
そして一冊読むごとにアプリを開き、時間をコピーする。
ある程度読んで疲れたら、しばらく休んで再び時間をコピーする。
それをひたすら繰り返す。
そうすると徐々に内容への理解が進み、大体のことを把握できた。
そして次は新しい論文の熟読に取りかかる。
まずは量子力学の基礎的な知識を身に付け、次に新しい研究を学ぶ。
そうすることで高根と話をできる水準まで、自分の知識を高めた。
「ふう―――こんなものかな」
時計を見ると、既に高根との待ち合わせ時間をとっくに過ぎていた。
しかも午後からの講義をすべてサボってしまった。
だが問題ない。
俺はアプリを開き、先程カフェでゴミ箱に捨てたファイルをタップする。
すると画面には「復元」と「完全に消去する」のボタンが表示された。
ここで俺は復元のボタンを押した。すると―――
突如光景が切り替わり、目の前には高根が座っていた。
ゴミ箱に捨てた時間が復元したのだ。
ゴミ箱の説明文には、捨てた時間を復元すると、現実世界の事象は復元した時間の方が優先されると書いてあった。
つまり俺は講義をサボって高根との約束をすっぽかした―――いや、出会った事実すらなかったことになっていたのが、こうしてカフェに来た時間軸に戻ってきたわけだ。
しかも俺の脳内には、さっき図書館でたっぷり勉強した経験が残っている。
これなら―――イケる!
「―――そうだね。量子力学には初期の段階から、確率への解釈や観測の問題を孕んでいるけど、それについてこの前面白い論文を読んだんだ。
通常量子は観測によって状態が確定するけど、ある実験では瞑想に秀でた人間が、遠くからあたかも観測するかのように、量子に対して意識を働かせた。
その実験の結果量子は、量子論的現象を無効化されたんだ。
つまりこれは観測という動作に意識の要素も含んでいて、人間の意識が何らかの形で物質世界に関与している可能性が示され、ひいては超常といった類いの現象の科学的解明に繋がるかもしれない。
まあこれ自体は正直眉唾の論文なんだけど、別の論文では―――」
こうして俺は短時間に詰めまくった知識を、ありったけ語り尽くした。すると―――
「それ、中々面白い論文ね。今度紹介して」
高根は満足そうに頷き、俺の話に関心を示した。
やったぞ! ルイザが納得するレベルの話ができた!
俺は高根を満足させられたことに喜んでいると―――
「それじゃあ長年予測されたまま、未だ観測に至っていない量子スピン液体についてだけど―――」
「ち、ちょっと待って。
物理の話も面白いけどさ、勉強以外の趣味とかも、ルイザの話を聞いてみたいな」
なおも難しい話を続けられては、たまったもんじゃない。
ある程度話ができるレベルにあることを分からせ、俺は別の話に舵を切った。
「趣味……まあたまにはそういう話をしてみてもいいかしら」
するとルイザも先程の話である程度満足したようで、やや仕方なくといった様子を見せつつ俺の話題に乗ってくれた。
「そうね……私が勉強以外にすることといえば、こうして喫茶店で過ごしたり……
あとは―――フランス映画を観るのも好きよ」
「フ、フランス映画……」
ここにきて俺の提案が仇となった。
またもや全く見識のない分野に、俺は冷や汗を垂らす。
「あら、時生は映画は観ないの?」
「いや、たまに観るけど……」
「だったらフランス映画の一つや二つくらい観たことあるでしょ?」
正直、ない。
俺が観たことある映画なんて、有名なSFや話題になったアニメ映画、それにアメコミのヒーローモノといった類いの映画ばかりだ。
いや、一つだけあったな。
確かあれはタクシードライバーが、改造しまくったタクシーを乗り回して滅茶苦茶やらかすコメディ映画だった。
あれはフランス映画のはずだが、これの話題を持ち出したところで、高根の趣味に合うとは到底思えない。
しかし映画の好みは人それぞれだし、ここは正直に言おう。そう思いかけたところで―――
「まさか―――東大に満点合格したあなたがフランス映画の一つも観ずに、わけ分かんないSFだとか、幼稚なアニメ映画だとか、くだらない子供だましのヒーロー映画なんか観てないわよね?」
まるっきり図星を突かれ、俺は言葉を飲み込んだ。
別にいいじゃないか映画くらい何を観たって。
映画の趣味に入試の点数なんて関係あるかっ!
本当はそう言いたくて仕方がなかった。
だが既に疑惑と軽蔑の目を向けるルイザの顔を見ていると、先程まであれだけ見栄を張った俺に言えるわけもなかった。
OK、分かった。
そこまで言うなら観てきてやるよ。
フランス映画だろうがインドムービーだろうが、お望みの映画を観てきてやる!
俺もかなりムキになっていた。
合わない人間ならば、付き合いなどやめればいい。
だが始終人を見下すような態度についムキになり、意地を張る気持ちが出てしまった。
その理由は目の前にいるのが、絶世の美女であり有名人である高根ルイザであることに他ならないだろう。
この女を認めさせたい、見下されたくないという気持ちが、どうしても沸き起こってしまう。
そして気付けば再び時間を巻き戻し、昼休みの食堂に戻っていた。
チート能力を持つというのは、かくも恐ろしい。
傍から見れば愚かな男だと思われるだろう。
だが実際になんでもできるとなると、なんでもやろうとしてしまうのだ。
やらないのは、単にできないことを分かっているからやらないだけなのだ。
できると分かっていれば、多少自尊心を傷付けられたり、見栄が出ただけでも、つい行動に移してしまう。
俺は先程と同じく友人達の輪を抜け出し、急いで校外へと走る。
探したのはビデオボックス、またはインターネットカフェだ。
おぼろげながら記憶にある看板を探し出し、程なくビデオボックスを見つけた。
すぐさま入店し、洋画コーナーを探し回る。そして幾つか見つけたフランス映画のDVDを見繕い、カウンターに出す。
それから俺は再び時間のコピーを繰り返して、フランス映画を観まくった。
「―――あのラストでのブノワがマドレーヌに別れを告げるシーンは、流石に感涙を禁じ得なかったよ」
「ええそうね。流石はカンヌ受賞経験もあるカスティーユ監督の演出が光っていたわ」
そうして今度はフランス映画の感想について、ルイザと花を咲かせた。
よし、いい感じに会話が盛り上がっているぞ。
俺は次の話題でもルイザを満足させられたことに、この上ない達成感を得ていた。
いくら途中途中に休憩を挟んで、タイムリープを繰り返しているとはいえ、精神的な疲労が溜まりまくっている。
元々興味ないものをひたすら覚え、話題作りのためだけに記憶しているのだから当然だった。しかしここで更に―――
「―――そういえばあの作品は選曲もすごくよかったと思うわ。
私クラシック音楽が好きなのだけれど、最近の映画は低俗な音楽ばかり使っていて、嫌になるわ。
時生はクラシックには興味ある?」
ク、クラシック……
すぐさま次の課題を与えられ、俺は泣きそうになりながらタイムリープ&学習の沼にハマっていった―――
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