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番外編【薫視点】俺が恋人を甘やかす理由
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奥様が来てからというもの、唯斗の天真爛漫さに陰りが見え始めた。
彼の生活の中で、彼に悪意を向ける人間はいなかった――ある時期の俺を除いては。それが、急に自分のことを嫌っている人間と暮らすようになって彼はときおり悲しそうな顔を見せるようになった。
「薫、僕ってお母さんに嫌われてるのかな」
「そんなことないよ」
「でも、どうしても仲良くしてもらえないんだ。僕が何かした?」
「唯斗が気にすることは何もないよ」
「薫も……僕のことを嫌いになったりしないよね……?」
「そんなわけないだろ。俺は唯斗のことが好きだよ。誰よりもね」
俺は彼が安心するように力強く言った。すると彼は嬉しそうな顔で答えた。
「僕も薫が大好き。一番好き!」
そしてハッとして付け加えた。
「あ、父さんには内緒にしてね」
「どうして?」
「だって、前は父さんのことが一番好きって言ってたんだ。だから、薫が一番になったって知ったら悲しくなっちゃうかもしれないでしょ」
唯斗は旦那様に愛されていることをこれっぽっちも疑っていない。それだけでも旦那様に大きな存在価値があると俺には思えた。
奥様があんな性格じゃなければ――そして奥様に俺たちの病気のことがバレさえしなければ、唯斗は屋敷で穏やかに暮らせていたのに。
彼女がなんとしても唯斗と俺を陥れようと嗅ぎ回ったお陰で二人の秘密が知られてしまった。
そしてそれを機に俺と唯斗は二人暮らしを始めた。
これまで唯斗は屋敷の堅固さによって外界から守られていた。しかし、内部に不穏分子が紛れたのでは意味がない。やむなく始めた二人暮らしだったが、唯斗は新しい生活に心を躍らせていた。
「僕は身体が弱いから家を出るのは無理だと諦めてたんだ。でも薫のお陰で夢が叶った」
どうやら、大学で一人暮らしをしている学友の話を聞いて密かにマンションでの暮らしに憧れを持っていたらしい。狭い部屋に何もかもが収まっていることにはむしろ便利さを感じてるらしかった。
彼の実家は古い西洋建築の屋敷で、かなり広い。部屋からダイニングへ行くだけでも結構な距離がある。なのでリビングから数歩でダイニングテーブルに座れる距離感に唯斗ははしゃいでいた。
「リビングとダイニングが同じ空間に収まってるなんてすごいよね。誰が考えついたんだろう!」
世間知らずの唯斗は目を輝かせながら一般人が聞いたら眉をひそめるようなことを言った。
しかしそんな楽しい新生活も長くは続かなかった。奥様の嫌がらせは、家を出ても続いたのだ。誹謗中傷の汚い言葉を書き殴った手紙がポストに入っていたり、窓ガラスに石をぶつけられたり、ベランダに虫の死体がばらまかれたりもした。寝室の壁を挟んで隣の部屋から、夜中に壁をドンドン叩かれるようになって引っ越しを決めた。
その後も引越し先でまた奥様からの嫌がらせは続いた。
何度も引っ越しを繰り返し、とうとうただの嫌がらせではない相手が姿を現した。
そいつはフォークで、たまたま俺が店に顔を出した帰り道に発見した。なぜそいつがフォークとわかったかというと、彼が以前店の常連だったからだ。
俺はこの時既に旦那様の指示でフォークの欲望を満たすための施設を任されていた。政府の管理は徹底していて、利用者の利用頻度も全てデータ分析されている。そして、急に店を利用しなくなった人物は犯罪に関わる恐れがある『要注意人物』としてリスト入りするのだ。そのうちの一人が俺と唯斗の住むマンション近くに現れた。
俺は店の表には出ていないからそいつに顔はバレていない。そこで何気なく声を掛けた所、慌てて逃げ出そうとしたので締め上げた。するとそいつはナイフとロープを所持していた。警察に突き出すと脅してやると、ペラペラと雇い主のことを喋った。
「女に頼まれたんだ。ケーキを襲ってこいって、そしたら金をくれるって言うから――頼むよ、こんなのバレたら死刑だ。なんでもするから警察に行くのだけは勘弁してくれ」
女の特徴を聞くと、それはまさに奥様の見た目そのものだった。こんな人間に直接会って依頼するとは彼女はあまり賢くないようだ。実際その後も同じように襲ってくるフォークは全てリスト入りした人間だった。フォークがどれだけ事細かに管理されているのか彼女は知らないのだ。
俺は要注意人物のリストを入手していた。そして旦那様に頼んで、リスト上の人物の行動を監視してもらうことにした。例えばナイフやロープを購入したり、意味もなく俺たちの住居近くをうろつくフォークがいればすぐにわかるように手配したのだ。
自分たちが犯罪予備軍として疎まれていることを知っているフォークは、大体が目立つような行動を避けて真面目に生きている。少しでもおかしな行動をすればたちまち石を投げられるのがわかっているからだ。なので不審な行動を取る者はさほど多くない。そんな状況で、怪しい人物を捕まえるのは容易かった。
一人目の男は情報だけ吐かせて生きたまま逃した。しかし旦那様にこの件を報告したところ、次からは間違いなく始末するようにと言われた。
俺はそれを聞いてもなんの感情も湧かなかった。ただ、唯斗の安全のために旦那様の言うことを聞くだけだ。
フォークの亡骸を見つからないように処理することも旦那様の力があれば可能だった。しかし、彼は奥様への見せしめのため隠す必要は無いとおっしゃった。自分の手配したフォークが返り討ちにあったと知れば、すぐにこの意味のない行為をやめるだろうと旦那様は考えていたのだ。
しかし、奥様は想像以上に思慮に欠けていた。連続殺人事件としてワイドショーを賑わせるようになるまで、フォークを送るのをやめなかったのだ。
さすがにこれ以上話題になるのは避けようと旦那様から指示があった。遺体はその場に残さずに処理することになった。
しかしまずいことが起きた。よりによって唯斗に見られてしまったのだ。誰にも知られること無く闇に葬り去られるはずだった男と俺が対峙しているところを……。
彼の生活の中で、彼に悪意を向ける人間はいなかった――ある時期の俺を除いては。それが、急に自分のことを嫌っている人間と暮らすようになって彼はときおり悲しそうな顔を見せるようになった。
「薫、僕ってお母さんに嫌われてるのかな」
「そんなことないよ」
「でも、どうしても仲良くしてもらえないんだ。僕が何かした?」
「唯斗が気にすることは何もないよ」
「薫も……僕のことを嫌いになったりしないよね……?」
「そんなわけないだろ。俺は唯斗のことが好きだよ。誰よりもね」
俺は彼が安心するように力強く言った。すると彼は嬉しそうな顔で答えた。
「僕も薫が大好き。一番好き!」
そしてハッとして付け加えた。
「あ、父さんには内緒にしてね」
「どうして?」
「だって、前は父さんのことが一番好きって言ってたんだ。だから、薫が一番になったって知ったら悲しくなっちゃうかもしれないでしょ」
唯斗は旦那様に愛されていることをこれっぽっちも疑っていない。それだけでも旦那様に大きな存在価値があると俺には思えた。
奥様があんな性格じゃなければ――そして奥様に俺たちの病気のことがバレさえしなければ、唯斗は屋敷で穏やかに暮らせていたのに。
彼女がなんとしても唯斗と俺を陥れようと嗅ぎ回ったお陰で二人の秘密が知られてしまった。
そしてそれを機に俺と唯斗は二人暮らしを始めた。
これまで唯斗は屋敷の堅固さによって外界から守られていた。しかし、内部に不穏分子が紛れたのでは意味がない。やむなく始めた二人暮らしだったが、唯斗は新しい生活に心を躍らせていた。
「僕は身体が弱いから家を出るのは無理だと諦めてたんだ。でも薫のお陰で夢が叶った」
どうやら、大学で一人暮らしをしている学友の話を聞いて密かにマンションでの暮らしに憧れを持っていたらしい。狭い部屋に何もかもが収まっていることにはむしろ便利さを感じてるらしかった。
彼の実家は古い西洋建築の屋敷で、かなり広い。部屋からダイニングへ行くだけでも結構な距離がある。なのでリビングから数歩でダイニングテーブルに座れる距離感に唯斗ははしゃいでいた。
「リビングとダイニングが同じ空間に収まってるなんてすごいよね。誰が考えついたんだろう!」
世間知らずの唯斗は目を輝かせながら一般人が聞いたら眉をひそめるようなことを言った。
しかしそんな楽しい新生活も長くは続かなかった。奥様の嫌がらせは、家を出ても続いたのだ。誹謗中傷の汚い言葉を書き殴った手紙がポストに入っていたり、窓ガラスに石をぶつけられたり、ベランダに虫の死体がばらまかれたりもした。寝室の壁を挟んで隣の部屋から、夜中に壁をドンドン叩かれるようになって引っ越しを決めた。
その後も引越し先でまた奥様からの嫌がらせは続いた。
何度も引っ越しを繰り返し、とうとうただの嫌がらせではない相手が姿を現した。
そいつはフォークで、たまたま俺が店に顔を出した帰り道に発見した。なぜそいつがフォークとわかったかというと、彼が以前店の常連だったからだ。
俺はこの時既に旦那様の指示でフォークの欲望を満たすための施設を任されていた。政府の管理は徹底していて、利用者の利用頻度も全てデータ分析されている。そして、急に店を利用しなくなった人物は犯罪に関わる恐れがある『要注意人物』としてリスト入りするのだ。そのうちの一人が俺と唯斗の住むマンション近くに現れた。
俺は店の表には出ていないからそいつに顔はバレていない。そこで何気なく声を掛けた所、慌てて逃げ出そうとしたので締め上げた。するとそいつはナイフとロープを所持していた。警察に突き出すと脅してやると、ペラペラと雇い主のことを喋った。
「女に頼まれたんだ。ケーキを襲ってこいって、そしたら金をくれるって言うから――頼むよ、こんなのバレたら死刑だ。なんでもするから警察に行くのだけは勘弁してくれ」
女の特徴を聞くと、それはまさに奥様の見た目そのものだった。こんな人間に直接会って依頼するとは彼女はあまり賢くないようだ。実際その後も同じように襲ってくるフォークは全てリスト入りした人間だった。フォークがどれだけ事細かに管理されているのか彼女は知らないのだ。
俺は要注意人物のリストを入手していた。そして旦那様に頼んで、リスト上の人物の行動を監視してもらうことにした。例えばナイフやロープを購入したり、意味もなく俺たちの住居近くをうろつくフォークがいればすぐにわかるように手配したのだ。
自分たちが犯罪予備軍として疎まれていることを知っているフォークは、大体が目立つような行動を避けて真面目に生きている。少しでもおかしな行動をすればたちまち石を投げられるのがわかっているからだ。なので不審な行動を取る者はさほど多くない。そんな状況で、怪しい人物を捕まえるのは容易かった。
一人目の男は情報だけ吐かせて生きたまま逃した。しかし旦那様にこの件を報告したところ、次からは間違いなく始末するようにと言われた。
俺はそれを聞いてもなんの感情も湧かなかった。ただ、唯斗の安全のために旦那様の言うことを聞くだけだ。
フォークの亡骸を見つからないように処理することも旦那様の力があれば可能だった。しかし、彼は奥様への見せしめのため隠す必要は無いとおっしゃった。自分の手配したフォークが返り討ちにあったと知れば、すぐにこの意味のない行為をやめるだろうと旦那様は考えていたのだ。
しかし、奥様は想像以上に思慮に欠けていた。連続殺人事件としてワイドショーを賑わせるようになるまで、フォークを送るのをやめなかったのだ。
さすがにこれ以上話題になるのは避けようと旦那様から指示があった。遺体はその場に残さずに処理することになった。
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