魔法を奇跡とかたる魔女の物語

アイボリー

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第七話

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 早速、ヘラは次の休日、司教がシルベスターに与えたという王都の外れにある屋敷を訪れた。静かな地区で、屋敷の周りには他に民家もなく、ポツリと屋敷と高い塀が現れた。

 ただの勤め人であるヘラが馬を持てるはずがなく、途中まで路線馬車に乗り、降りてからはずっと歩いてきた。日差しを遮るつばの広い帽子を傾けて、ヘラは目の前にある屋敷を見上げた。赤レンガの外壁に青々とした葉を広げる蔦植物に覆い、年代を感じさせた。この辺りは昔、貴族が競って別荘を建てたが、半世紀も経たないうちに流行は去り、ほとんど手放されたり、放置されたりして、空き家や廃墟が立ち並ぶ地区だった。あるのは空き家と廃墟だけなので、人が寄り付くことはほとんどなかった。

 ヘラが古い扉に取り付けられた真新しいドアノッカーを叩くと、すぐに中から中年の女性が顔を出した。いつかヘラがアシュリーに会うときにめかしてくれた三人の女性の内の一人だった。

「あら、ヘラさん」

「こんにちは」

 ヘラは軽くスカートをつまんで、腰を落とす。

「シルベスター様はいらっしゃいますか?」

「もちろん、さ、どうぞ中へ」

 快く中に招き入れられ、ヘラは慎ましやかな足取りで屋敷に足を踏み入れた。屋敷の外見はすごいものだったが、中は隅々まで掃除され、貴族の別荘として建てられた時代をそのままに残していた。

「それにしても久しぶりですね。元気でいらっしゃいましたか?」

「はい。あの時はありがとうございました。今はマイルジーク殿下の下で働いています。あ、そうだ。あの時一緒にいた二人はどうですか?」

「二人とも元気にしていますよ。今は三人でこの屋敷の管理をしながら、シルベスター様のお世話をしているんです」

「そうだったんですか? 大変ですね」

「そうでもありませんよ。女一人で、三人の子どもを育てる方が大変でしたから」

「え?」

 詳しく事情を聞いてみると、彼女もあの時一緒にいた二人も、子どもが幼い内に夫を亡くし、困り果てていたところを司教に助けられたという。子どもが成人した今も、当時の恩を返すためにこうして司教に仕えているのだそうだ。

「でも私なんてまだ恵まれた方ですよ。司教様が手を差し伸べてくれたのですからね。そうでなかったら今頃子どもと一緒に星海をさまよっていることでしょうね」

 彼女は明るく声を転がした。

 また、だ。司教が良い人のように思えた。

 そうして、屋敷の一階、奥のほうにある書斎の前に着いた。

「シルベスター様、ヘラさんがいらっしゃいましたよ」

「ああ、分かった」

「それでは、お茶をお持ちしますね」

 女性はにこやかな笑顔を浮かべたまま、炊事場へと向かった。

「シルベスターさん、こんにちは。研究のほうはどうですか?」

「ぼちぼちといったところですね。司教様のご協力で魔法に関する書を集めて貰っていますが、御伽噺や伝説の類ばかりで、有益なものは少ないです」

 それも仕方ないことだった。イェスウェン王国は海に囲まれた一つの大陸で、魔法の本場はその海の向こうの大陸の東の果て。遠すぎて情報が少ないのだ。だからこそ、ヘラの生まれ故郷は悲劇に見舞われたといえるし、魔法を奇跡と信じさせることができるのだ。

「やはりヘラさんに魔法を見せてもらうほうが早いようです」

「それじゃあ室内ではできるものが限られてくるので、庭に出ますか?」

「そうですね。裏庭に回りましょう」

 この屋敷は高い塀に囲まれていたが、鉄柵の正門はさび付いて使い物にならないために、常に開け放たれているそうだ。だが、屋敷の裏にあるそこそこ広い庭は屋敷と塀に囲まれ、外から様子をうかがいにくい造りになっていた。

「これならちょっとした魔法が使えますね」

 ほとんど人がいないとはいえ、おいそれと外で魔法は使いたくない。だが、裏庭を見渡して、ヘラは大丈夫だと考えた。

「それではええっと。書物によると魔法は元素に干渉するものだと書いてあったのですが」

「そんな感じです」

 ヘラは難しい言葉は分からなかったが、シルベスターの言うことに間違いはないと思った。

 魔法とは言うが、結局は世界の理の一部なのである。物を空中で手放せば下に落ちるし、太陽は朝に昇って夕方に沈む。それらと同じようなものだった。

「今まで奇跡で火を使ったことは?」

「ありません」

 ヘラは即答した。

 魔法で火を自在にすることもできる。でも、ヘラは火を扱いたくなかった。火はすべてを燃やし、灰にしてしまう。火は本能的に恐怖を感じるから、と司教も奇跡には取り入れない方針を出していた。

「そうですね。フローリアの印象からもふさわしくありません。やはり今まで通り植物や水などを扱うべきでしょう」

 ヘラはホッとしつつ、頷いた。

「植物を扱うのは得意なのですか?」

「別に得意ってわけではありません。ただ奇跡に扱うのが植物が多いってだけです」

 この国は土が痩せていて、緑が少ない。だから植物を扱う奇跡は人々の心に残りやすいと判断したのだ。

「御伽噺の中に魔法で傷を癒す、というものがありましたが、ヘラさんはできますか?」

「そんな難しいのはとても……」

 それは資質の問題だった。ヘラは元素に干渉するのは簡単だったが、生物を魔法でどうこうしようとなると、途端に難しくなるのだ。それでも、植物はとても楽なので、不思議なものである。

 まるで植物や大地そのものがそうして欲しいと望んでいるかのようだった。

 シルベスターからの問いにヘラは丁寧に答えていく。そして、いくつか魔法を実際に見せ、シルベスターは魔法とはどういうものか、ある程度掴んだようだった。

 屋敷の新たな使用人となった中年の女性が裏庭にお茶と茶菓子を持ってきてくれて、二人は小休憩を取ることにした。

 ヘラはポツリと本音を零した。

「この計画、うまく行くでしょうか」

 この本音、不安は計画が始まってからずっと抱えているものだった。そして、その不安には多くの人を騙しているという罪悪感も手伝って、なかなか消えてくれないものだった。

「行くでしょう」

 シルベスターは簡単に言った。

「誰しも救いを常に求めていますからね」

「でもフローリアを聖女かどうか認めるのは総本山の審問官でしょう?」

「そうですよ。でも世界には山のように聖人や聖女がいるのですよ。それだけ人が救いを求めたからで、今もなお求め続けています。すでに認定された聖女の中には、これまでフローリアがやってきたこととは比べ物にならないくらいつまらないことで認定されている者もいるのです。フローリアが認定される可能性は高いといえます。フローリアは実際に人を救っていますからね」

「でも、認められちゃったら私、どうなるんでしょうか?」

 まさか総本山に行くことになるのだろうか? それだけは絶対に嫌だ。

「大丈夫ですよ。何度か総本山に行くことになるでしょうけれど、望めばここで暮らせるはずです。それに、お忘れですか? 大事なのは認められてからですよ」

 そうだった。ヘラはすっかりその事を忘れていた。聖女として認められることだけを目指していたので、その先があるのを思い出して気が滅入る。

「そうでしたね。でも、楽園の叡智……」

 司教はあると断言したが、ヘラの中では相変わらず雲を掴むような話だった。楽園そのものが星海の果てにあって、実在するかどうかも怪しいと考えているからかもしれない。

「シルベスターさんも楽園の叡智が欲しいのですか?」

「もちろんです。命と引き換えに、と言われても構いません」

「そんなに?」

 さすがのヘラも、司教やシルベスターが心から人々のために楽園を叡智を求めているとは思っていなかった。以前アシュリーに言っていたように、大多数を救う道がたまたま個人の願望と合致しただけなのだ。きっと個人の願望の方がずっと強いのだろう。

 ヘラは死んだら楽園に向かって旅立つと説いている聖職者が、生きたまま楽園の叡智を求めるなんてずいぶんおかしな話だな、と思った。
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