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努力と亀裂と覚悟
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黒尽くめの男の襲撃から約三週間が経過した。あれ以来俺は鍛錬と知識を積み重ねていった。何をするにしても情報がなければ話にならない。知識があったところでそれに見合う力がなければあの時と同様に簡単に捻じ伏せられる。
「随分と無駄がなくなってきましたな、タリアお嬢様、賢殿。」
「いいえ、まだまだです。」
「ここで踏ん張らなければ意味がない・・・・・・!」
爺や――本人がそう呼んでくれと言うので、そう呼んでいる――が同時に二人を相手にしている。これがまた凄い。探偵界隈で、武闘の達人とも呼ばれていた賢もそうだが、タリィニャも相当な腕だ。爺やのおかげではあるのだろうが、才能がなければこうはいかないだろう。ほぼ最短距離で一切の緩みのない一突き。敢えて空間を残し、相手がその部分を攻撃するように誘う駆け引き。それらを瞬時に判断し、コンマ秒単位で体に反映させる。二十歳そこらとは思えない動きだ。
「ここまでと致しましょう。」
何より、数時間の相手をしておきながら息一つ乱さない爺やに恐れをなす。確かに動きは最小限に留められているが、息を乱さないほど動いていないわけではない。無駄があるとはいえ、現役学生、しかも運動を普段している二人の方が明らかに息を上げている。温度差がありすぎやしないか。
「いやはや。お二方共に、成長が目まぐるしいですな。この老骨も感服致します。」
「冗談はよしてください。あの男には到底届いておりません。」
「全くよ。これだけ努力しても追いつけないなんて・・・・・・。もうほぼ一ヶ月よ!?」
賢よ。言いたいことは分かる。だが、現実はそう甘くない。能力を使わずとも負けてしまうのであるならば、能力を使えても勝てる可能性は低い。三人の知恵と実践を積んで俺が導き出した答えの一つだ。そもそものポテンシャルがあるやつは相応の能力が与えられ、逆にそもそものポテンシャルが低いやつはやはり相応の弱い能力が与えられる。これを必然と捉えるか、理不尽と捉えるかは大きな違いにもなってくるだろう。現に、弱い能力でも実力者は存在するし、強い能力でも底辺にいる者も存在する。これが努力の違いかというとそうでもない。努力した強い能力持ちに、努力した弱い能力持ちが勝てる道理など存在しない。現実は努力をしたかそうでないかは些細な問題でしかない。結局は強い能力を持った者が上に立つ。
――まあ、どんな能力も使い手次第だよなぁ・・・・・・。
「あの男がどんな能力を持っているのか、私目にも分かりませぬ。ですので、今はできる限りの準備をするべきかと。『都市ジャック』イベントで何か仕掛けてくるやもしれません。」
「分かっています。ですが、今回、参加者は選ばれた者のみしか参加できません。参加してしまえば、逆にペナルティが課されます。」
「分かっていますとも。それ故に、彼に手合わせをした方がいいと随分と声を掛けたのですが、我々を見ているだけで、参加する様子も見られません。これで良いのかと不安になるくらいあります。」
都市ジャック。ゲーム始まって以来の超大型イベント。何でも東京二三区を全てジャックするらしい。その間、ノンプレイヤー並びに選出されなかったプレイヤーは一切立ち入ることができなくなる。加えて参加者が一度敷地に入るとイベント終了までの間、外部への連絡、接触は勿論のこと、外部へ出ることさえも禁じられている。監禁状態だ。そして、あの男の思惑通り俺は選ばれてしまった。参加者一覧を見るに、ほとんどが新規プレイヤーで、ベテランは指で数えるほどしかいないと言う。
「やっぱり分からん!」
俺は声を上げて嘆く。
「何が分からないの? この名探偵賢様が謎を解き明かして見せましょう!」
「却下。」
「即答!?」
息を落ち着かせた賢が声を掛けてくれたのだが、勿論断る。迷探偵に惑わされたとあっちゃたまったもんじゃない。余計に訳が分からなくなって、また一から考え直すことになるのが関の山だ。
「その目は、賢を馬鹿にしている目だ。」
こういうところだけ無駄に鋭いから同業種は面倒だ。しかし、実のところを言うと、もう一つ理由がある。
「何を根拠に言っているのかは知らんが、俺が悩んでいるのは、何故二三区なのか。ということだ。」
「都市ジャックだから当たり前じゃないですか。」
「それだから不名誉な有名人になるんだよ。」
「な、なんですと!?」
今にも殴りそうな勢いで近づいてくるが、確かに、というタリィニャの声に賢は足を止めてしまう。
「わざわざ日本で行う必要がありませんもんね。世界各国に都市はあるわけですし。」
なるほど。タリィニャも頭は切れる方らしい。しかし、残念ながらその疑問点で躓いているわけではない。単純に準備の手間がいらないからだろう。参加者の多くが日本のプレイヤーなのは言わずもがな、大企業が崩れ、最も国民の反発が強かった日本では、今尚、そちらの対応に追われ、法整備どころではなくなっているのだ。加えて他国にも謝罪や早期解決に尽力しているため、人口が増えた日本でも官公庁は人手不足に陥っている。となれば、日本が選ばれるのは言うまでもない。まあ、決定的な証拠はイベント告知が海外プレイヤーにはされなかったことにあるのだが。ゲームマスターも余程頭の切れる奴なのだろう。
「交通費とか人件費とか?」
「それはないでしょう。そもそも相手が人間であるという保証はどこにもありません、賢殿。」
「ぐぬぬ・・・・・・。」
本当に何で賢が探偵と呼ばれているのか、疑問しかない。そして金に目が行くのはどうにかした方がいい。それはさておいたとしても、重要なのはただ一つ。
「問題なのは、東京都庁がある新宿でも、数ある官公庁が建設されてある千代田でもなく、何故二三区なのか。わざわざそこまで広域にする必要はないはずだ。参加人数も丁度一〇〇人。新宿や千代田で尚更いいはずなんだ。一〇〇人で何かをするには広すぎる。」
三人は何故か黙っている。それどころか顔を見合わせ、何故疑問に思う必要があると言いたげなのは気のせいだろうか。
「何を言っているのですか。東京二三区は、日本の砦ではないですか。そこに疑問を抱くのは可笑しいのではありませんか?」
少し嘲笑うかのような笑みを浮かべるタリィニャ。やはり気のせいではなかったらしい。だが、同時にタリィニャの意見もあながち間違ってはいない。ただ、その通りだと言うには決定打に欠ける。例え東京二三区が滅んだとしても、多くの人民は避難しているし、何なら他の都市でカバーすることは容易い。やはり、東京二三区を選ぶ理由にはならない。
「お宝が隠れているとか!」
「そういう理由なら苦労しない。」
「何で賢にだけ厳しい!?」
お花畑かと言ってやりたいが、流石にそこまで言うのは気が引けた。
「悩み始めてから一週間。あなたほどの腕のある探偵が分からないのでしたら、これ以上考えても先へは進まないのではないでしょうか。少し体を動かしてみてはいかがでしょう、夜月殿。」
「そうだな。でも、爺やさんは大丈夫ですか?」
「何のこれしき。夜月殿を相手するくらいの力は残しております故。」
というわけで、俺は考えるのをやめ、一週間ぶりに爺やと手合わせをした。いつになく本気の爺やと手合わせをするとは思ってもみなかったが。
「相変わらず珍妙な動きをなさいますね。」
珍妙とは失礼な。これでも独学で頑張ってきた方なのだ。色々な格闘技を自分が扱いやすいように改良したのは認めるが、決して変ではない。変ではない、はずだ。
「何と言うか、気持ち悪い動き。」
「賢さん。それは思っても口にしてはいけませんよ。彼は本気なのですから。」
哀れむような目で見ないでくれ。自信がなくなってくる。
「隙あり!」
右から人ならざる速度で首を狙って真っ直ぐに指先が飛んでくる。この速度であるならば手を動かしたとしても防ぐ前に当たる。ただ一つ間違いがある。俺は戦闘中であることを忘れていないし、隙があるように見せただけで隙を作ったつもりはない。唯一、尋常ではないこの速度が想定外だ。容赦なく急所を狙ってくる。普通に怖いぞ。
「てぇやっ!」
体を横に向け、受け流すように爺やを背中に乗せそのまま回転させる。柔道の背負い投げ風のカウンターだ。もっとも、傍から見ればただ背負い投げをしたようにしか見えないが。
「ほぅうっ・・・・・・!」
やりすぎた。想像以上に爺やが軽く、腕の力だけで回せてしまった。そうなれば当然、余った勢いは地面へ叩き付ける力となる。地面が芝生だったのは幸いだが、それでも罪悪感を覚えてしまう。
「爺や!?」
血相を変えてタリィニャが駆けつける。そして、冷たい目をして一言。
「爺やより強いからって、調子にならないでください。」
黙って爺やに肩を貸そうと近づくと、
「触れないで!」
俺は目を見開き、その場に留まってしまった。タリィニャは爺やを連れ、人気の少ない所で腰を落ち着かせる。どうやら驚いたのは賢も同じらしく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
――あれだな。気まずくなるやつだな、これ。
俺は心の中でそう思い、カウリングで時間を確認する。一五時八分。後七分でイベント行きのバスが到着する。そう考えると、気まずいのが一瞬だという安心感を覚えると同時に、この数週間がどこか懐かしく思えてきた。始めは敵同士だった者が、一戦交えて仲良くしていた。つもりだった。どうも、彼女は違ったらしい。表向きは仲良くしていても警戒心が一切を切らしていない、ということだったのだろう。であるならば、感謝の意を込めて少しばかりのお節介だけさせてもらおう。上から目線の考えで大変申し訳ないが、それは譲歩してほしい。罪悪感や申し訳なさといった感情が残っているだけましなのだから。
「爺やさん。年齢は?」
「話しかけないで!」
「この老骨、イベント開始日で喜寿を迎えます。」
「答えなくていいのよ!」
あの柔らかな雰囲気はどこへやら。ツンデレのツンや猫のような警戒心なんて、可愛らしいものかもしれない。憎悪と嫌悪に支配されているような、花の咲かない薔薇のような、棘しかない。何をどうしても爆発させてしまう気がする。
「そっか。喜寿には紫がいいと聞くし、これあげます。ある依頼主からの報酬でもらったものですみません。謝罪と感謝、これから訪れる困難をこれで超える意を込めて。」
「あなたの声なんて聞きたくありません!」
「これは・・・・・・!?」
タリィニャは相も変わらず殺意を向けるような目で睨むが、俺は動じない。家族を目の前で殺されるほど怖いものはない。そう思うから。おっと、俺としたことが一つ言い忘れた。
「それ、鑑定士に見てもらったら、本物らしいので、お金に換えたければ換えてください。今までお世話になりました。それと、タリア。人間としても、執事としても優秀過ぎる爺さんを大事にしろよ。それこそ、死なせないように。」
「あなたにだけは言われたくありませんし、言われなくてもします! 私の家族はこの人だけなのです!」
殺気は感じるが、俺は二人に振り返ることはなく、バス停へと向かう。少し遠くから眺めていた賢が近づいてきて、俺の顔を覗き込みながら言う。
「本当によかったの? あの宝石、両親の形見で、両親の誕生石でしょ?」
本当に同業はこれだから嫌になる。何故、プライバシー侵害とも取れる情報を持っているのか。何なら、あの宝石は俺が探偵と呼ばれるようになる前に両親に贈ったものだ。同業恐るべし。
「それはそうと、お前はどうする、賢。」
「会った時と何も変わりません。あなたを敵にしたくありません。イベントが終わるまでは元立川市で身を潜めておきます。終わり次第連絡ください。神奈川県横浜市にて合流しましょう。少し集めたい情報もありますので。」
「分かった。」
何がと隣居た賢とは連絡先一つ交換していなかったが、ここに来てようやく連絡先を交換した。これまで同業と一切連絡を取ろうとしなかった俺が、この時、何故連絡先を持っておいた方がいいと思ったかは分からない。
「じゃあ、また連絡する。」
突如笑い出す賢に不快感を覚える。
「いえ、失礼。何というか恋人」
「断固として否定する。」
『恋人』が出てきた瞬間に何を言おうとしているか理解し、最後まで言わせなかった。賢は冗談と言っているが、賢の場合、どこまで本気で、どこまで嘘なのか分かり切っていない。それもこれも俺の警戒心がそうさせるのかもしれない。
「死ぬことだけは避けてください。」
「善処する。」
背を向けた俺に少しだけ真剣に言葉を発した賢に可能な限りの返事をする。やって来たバスを見て逡巡する。しかし、乗らなければ、生きることはできない。背中を賢に押され、俺はそれを激励と受け取る。意を決し、バスに乗る。音もたてることもせず閉まるドアに緊張感は一気に高まる。ゲームマスターの発言とイベント内容の一部の矛盾と黒尽くめの男の出場者を知っている風な口ぶりに疑問を抱えながらもバスは進み始める。命を掛ける戦地へと。
「随分と無駄がなくなってきましたな、タリアお嬢様、賢殿。」
「いいえ、まだまだです。」
「ここで踏ん張らなければ意味がない・・・・・・!」
爺や――本人がそう呼んでくれと言うので、そう呼んでいる――が同時に二人を相手にしている。これがまた凄い。探偵界隈で、武闘の達人とも呼ばれていた賢もそうだが、タリィニャも相当な腕だ。爺やのおかげではあるのだろうが、才能がなければこうはいかないだろう。ほぼ最短距離で一切の緩みのない一突き。敢えて空間を残し、相手がその部分を攻撃するように誘う駆け引き。それらを瞬時に判断し、コンマ秒単位で体に反映させる。二十歳そこらとは思えない動きだ。
「ここまでと致しましょう。」
何より、数時間の相手をしておきながら息一つ乱さない爺やに恐れをなす。確かに動きは最小限に留められているが、息を乱さないほど動いていないわけではない。無駄があるとはいえ、現役学生、しかも運動を普段している二人の方が明らかに息を上げている。温度差がありすぎやしないか。
「いやはや。お二方共に、成長が目まぐるしいですな。この老骨も感服致します。」
「冗談はよしてください。あの男には到底届いておりません。」
「全くよ。これだけ努力しても追いつけないなんて・・・・・・。もうほぼ一ヶ月よ!?」
賢よ。言いたいことは分かる。だが、現実はそう甘くない。能力を使わずとも負けてしまうのであるならば、能力を使えても勝てる可能性は低い。三人の知恵と実践を積んで俺が導き出した答えの一つだ。そもそものポテンシャルがあるやつは相応の能力が与えられ、逆にそもそものポテンシャルが低いやつはやはり相応の弱い能力が与えられる。これを必然と捉えるか、理不尽と捉えるかは大きな違いにもなってくるだろう。現に、弱い能力でも実力者は存在するし、強い能力でも底辺にいる者も存在する。これが努力の違いかというとそうでもない。努力した強い能力持ちに、努力した弱い能力持ちが勝てる道理など存在しない。現実は努力をしたかそうでないかは些細な問題でしかない。結局は強い能力を持った者が上に立つ。
――まあ、どんな能力も使い手次第だよなぁ・・・・・・。
「あの男がどんな能力を持っているのか、私目にも分かりませぬ。ですので、今はできる限りの準備をするべきかと。『都市ジャック』イベントで何か仕掛けてくるやもしれません。」
「分かっています。ですが、今回、参加者は選ばれた者のみしか参加できません。参加してしまえば、逆にペナルティが課されます。」
「分かっていますとも。それ故に、彼に手合わせをした方がいいと随分と声を掛けたのですが、我々を見ているだけで、参加する様子も見られません。これで良いのかと不安になるくらいあります。」
都市ジャック。ゲーム始まって以来の超大型イベント。何でも東京二三区を全てジャックするらしい。その間、ノンプレイヤー並びに選出されなかったプレイヤーは一切立ち入ることができなくなる。加えて参加者が一度敷地に入るとイベント終了までの間、外部への連絡、接触は勿論のこと、外部へ出ることさえも禁じられている。監禁状態だ。そして、あの男の思惑通り俺は選ばれてしまった。参加者一覧を見るに、ほとんどが新規プレイヤーで、ベテランは指で数えるほどしかいないと言う。
「やっぱり分からん!」
俺は声を上げて嘆く。
「何が分からないの? この名探偵賢様が謎を解き明かして見せましょう!」
「却下。」
「即答!?」
息を落ち着かせた賢が声を掛けてくれたのだが、勿論断る。迷探偵に惑わされたとあっちゃたまったもんじゃない。余計に訳が分からなくなって、また一から考え直すことになるのが関の山だ。
「その目は、賢を馬鹿にしている目だ。」
こういうところだけ無駄に鋭いから同業種は面倒だ。しかし、実のところを言うと、もう一つ理由がある。
「何を根拠に言っているのかは知らんが、俺が悩んでいるのは、何故二三区なのか。ということだ。」
「都市ジャックだから当たり前じゃないですか。」
「それだから不名誉な有名人になるんだよ。」
「な、なんですと!?」
今にも殴りそうな勢いで近づいてくるが、確かに、というタリィニャの声に賢は足を止めてしまう。
「わざわざ日本で行う必要がありませんもんね。世界各国に都市はあるわけですし。」
なるほど。タリィニャも頭は切れる方らしい。しかし、残念ながらその疑問点で躓いているわけではない。単純に準備の手間がいらないからだろう。参加者の多くが日本のプレイヤーなのは言わずもがな、大企業が崩れ、最も国民の反発が強かった日本では、今尚、そちらの対応に追われ、法整備どころではなくなっているのだ。加えて他国にも謝罪や早期解決に尽力しているため、人口が増えた日本でも官公庁は人手不足に陥っている。となれば、日本が選ばれるのは言うまでもない。まあ、決定的な証拠はイベント告知が海外プレイヤーにはされなかったことにあるのだが。ゲームマスターも余程頭の切れる奴なのだろう。
「交通費とか人件費とか?」
「それはないでしょう。そもそも相手が人間であるという保証はどこにもありません、賢殿。」
「ぐぬぬ・・・・・・。」
本当に何で賢が探偵と呼ばれているのか、疑問しかない。そして金に目が行くのはどうにかした方がいい。それはさておいたとしても、重要なのはただ一つ。
「問題なのは、東京都庁がある新宿でも、数ある官公庁が建設されてある千代田でもなく、何故二三区なのか。わざわざそこまで広域にする必要はないはずだ。参加人数も丁度一〇〇人。新宿や千代田で尚更いいはずなんだ。一〇〇人で何かをするには広すぎる。」
三人は何故か黙っている。それどころか顔を見合わせ、何故疑問に思う必要があると言いたげなのは気のせいだろうか。
「何を言っているのですか。東京二三区は、日本の砦ではないですか。そこに疑問を抱くのは可笑しいのではありませんか?」
少し嘲笑うかのような笑みを浮かべるタリィニャ。やはり気のせいではなかったらしい。だが、同時にタリィニャの意見もあながち間違ってはいない。ただ、その通りだと言うには決定打に欠ける。例え東京二三区が滅んだとしても、多くの人民は避難しているし、何なら他の都市でカバーすることは容易い。やはり、東京二三区を選ぶ理由にはならない。
「お宝が隠れているとか!」
「そういう理由なら苦労しない。」
「何で賢にだけ厳しい!?」
お花畑かと言ってやりたいが、流石にそこまで言うのは気が引けた。
「悩み始めてから一週間。あなたほどの腕のある探偵が分からないのでしたら、これ以上考えても先へは進まないのではないでしょうか。少し体を動かしてみてはいかがでしょう、夜月殿。」
「そうだな。でも、爺やさんは大丈夫ですか?」
「何のこれしき。夜月殿を相手するくらいの力は残しております故。」
というわけで、俺は考えるのをやめ、一週間ぶりに爺やと手合わせをした。いつになく本気の爺やと手合わせをするとは思ってもみなかったが。
「相変わらず珍妙な動きをなさいますね。」
珍妙とは失礼な。これでも独学で頑張ってきた方なのだ。色々な格闘技を自分が扱いやすいように改良したのは認めるが、決して変ではない。変ではない、はずだ。
「何と言うか、気持ち悪い動き。」
「賢さん。それは思っても口にしてはいけませんよ。彼は本気なのですから。」
哀れむような目で見ないでくれ。自信がなくなってくる。
「隙あり!」
右から人ならざる速度で首を狙って真っ直ぐに指先が飛んでくる。この速度であるならば手を動かしたとしても防ぐ前に当たる。ただ一つ間違いがある。俺は戦闘中であることを忘れていないし、隙があるように見せただけで隙を作ったつもりはない。唯一、尋常ではないこの速度が想定外だ。容赦なく急所を狙ってくる。普通に怖いぞ。
「てぇやっ!」
体を横に向け、受け流すように爺やを背中に乗せそのまま回転させる。柔道の背負い投げ風のカウンターだ。もっとも、傍から見ればただ背負い投げをしたようにしか見えないが。
「ほぅうっ・・・・・・!」
やりすぎた。想像以上に爺やが軽く、腕の力だけで回せてしまった。そうなれば当然、余った勢いは地面へ叩き付ける力となる。地面が芝生だったのは幸いだが、それでも罪悪感を覚えてしまう。
「爺や!?」
血相を変えてタリィニャが駆けつける。そして、冷たい目をして一言。
「爺やより強いからって、調子にならないでください。」
黙って爺やに肩を貸そうと近づくと、
「触れないで!」
俺は目を見開き、その場に留まってしまった。タリィニャは爺やを連れ、人気の少ない所で腰を落ち着かせる。どうやら驚いたのは賢も同じらしく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
――あれだな。気まずくなるやつだな、これ。
俺は心の中でそう思い、カウリングで時間を確認する。一五時八分。後七分でイベント行きのバスが到着する。そう考えると、気まずいのが一瞬だという安心感を覚えると同時に、この数週間がどこか懐かしく思えてきた。始めは敵同士だった者が、一戦交えて仲良くしていた。つもりだった。どうも、彼女は違ったらしい。表向きは仲良くしていても警戒心が一切を切らしていない、ということだったのだろう。であるならば、感謝の意を込めて少しばかりのお節介だけさせてもらおう。上から目線の考えで大変申し訳ないが、それは譲歩してほしい。罪悪感や申し訳なさといった感情が残っているだけましなのだから。
「爺やさん。年齢は?」
「話しかけないで!」
「この老骨、イベント開始日で喜寿を迎えます。」
「答えなくていいのよ!」
あの柔らかな雰囲気はどこへやら。ツンデレのツンや猫のような警戒心なんて、可愛らしいものかもしれない。憎悪と嫌悪に支配されているような、花の咲かない薔薇のような、棘しかない。何をどうしても爆発させてしまう気がする。
「そっか。喜寿には紫がいいと聞くし、これあげます。ある依頼主からの報酬でもらったものですみません。謝罪と感謝、これから訪れる困難をこれで超える意を込めて。」
「あなたの声なんて聞きたくありません!」
「これは・・・・・・!?」
タリィニャは相も変わらず殺意を向けるような目で睨むが、俺は動じない。家族を目の前で殺されるほど怖いものはない。そう思うから。おっと、俺としたことが一つ言い忘れた。
「それ、鑑定士に見てもらったら、本物らしいので、お金に換えたければ換えてください。今までお世話になりました。それと、タリア。人間としても、執事としても優秀過ぎる爺さんを大事にしろよ。それこそ、死なせないように。」
「あなたにだけは言われたくありませんし、言われなくてもします! 私の家族はこの人だけなのです!」
殺気は感じるが、俺は二人に振り返ることはなく、バス停へと向かう。少し遠くから眺めていた賢が近づいてきて、俺の顔を覗き込みながら言う。
「本当によかったの? あの宝石、両親の形見で、両親の誕生石でしょ?」
本当に同業はこれだから嫌になる。何故、プライバシー侵害とも取れる情報を持っているのか。何なら、あの宝石は俺が探偵と呼ばれるようになる前に両親に贈ったものだ。同業恐るべし。
「それはそうと、お前はどうする、賢。」
「会った時と何も変わりません。あなたを敵にしたくありません。イベントが終わるまでは元立川市で身を潜めておきます。終わり次第連絡ください。神奈川県横浜市にて合流しましょう。少し集めたい情報もありますので。」
「分かった。」
何がと隣居た賢とは連絡先一つ交換していなかったが、ここに来てようやく連絡先を交換した。これまで同業と一切連絡を取ろうとしなかった俺が、この時、何故連絡先を持っておいた方がいいと思ったかは分からない。
「じゃあ、また連絡する。」
突如笑い出す賢に不快感を覚える。
「いえ、失礼。何というか恋人」
「断固として否定する。」
『恋人』が出てきた瞬間に何を言おうとしているか理解し、最後まで言わせなかった。賢は冗談と言っているが、賢の場合、どこまで本気で、どこまで嘘なのか分かり切っていない。それもこれも俺の警戒心がそうさせるのかもしれない。
「死ぬことだけは避けてください。」
「善処する。」
背を向けた俺に少しだけ真剣に言葉を発した賢に可能な限りの返事をする。やって来たバスを見て逡巡する。しかし、乗らなければ、生きることはできない。背中を賢に押され、俺はそれを激励と受け取る。意を決し、バスに乗る。音もたてることもせず閉まるドアに緊張感は一気に高まる。ゲームマスターの発言とイベント内容の一部の矛盾と黒尽くめの男の出場者を知っている風な口ぶりに疑問を抱えながらもバスは進み始める。命を掛ける戦地へと。
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