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第三章 平民の実習期間
44 乙女の秘密
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私の周囲に鏡はなかった。
窓も曇っていて、夜は闇が支配するような場所では反射する光もない。
私は自分の容姿を、認識できていなかった。
――違う。
ふと、思い当たって髪を引っ張る。するりと、ベールが肩に落ちる。教会の服は分厚く、私の体を隠し、ベールが重なれば正体がわからない。顔も、髪ですら短く全てを隠す。端に僅かに出る髪色は、灰色が混じっている。
誰にも、私の変化は知られなかったのか。
それも違う。
マーガレットおばさま、ドリムイさん、総司祭様この三人は知っていただろう。そして、ヨーイ君たちも知っていたはずだ。だって素顔で接していたから。でも何も言わなかった。私を嫌っているだろうあの三人が――睨みつけるように見ていたあの子達が?
「隠して、いただいたのですか?」
長く取られたヴェール、接触が限定された人たち、鏡のない部屋。
守ってくれてたの?
気遣ってくれてたの?
心配、してくれてたの?
不意打ちの予想は、確信に変わる。嬉しさとも、喜びとも形容の付かない感情が、じんわりと胸に広がって、鼓動と一緒に体全体に広まった。それは暖かくて、チクチクと痛みをともなうものだった。
私の父親よりも年齢を重ねただろう総司祭様は、小娘の私に頭を下げたままだ。
その顔をあげてほしい。
「どう貴女に伝えるべきか、悩んだ結果先送りしていたに過ぎません。
貴女が前向きだからこそ、この状況を受け入れられたのです。――すべての人がそうあるわけではない」
頭を下げる勢いの、後悔の色をにじませたその様子に、お礼も言えず、体は固まるばかりだ。
「私……私は」
「貴女の容姿は、日によって変化しました。今の貴女の目の色は灰色にも見えますね。まだ定着していないようですが、聖堂にいた時の色はよく育った杉のような、深みのある緑でした。髪は――これも深みのある茶色です。日に当たると、赤みがかって見える。そうですね、夕日に当たった麦の穂に似た色でしょうか」
あらお父様。御免遊ばせお父様。その色ってお父様。
だ、と背中に汗が滲む。もくもくもくもく、色んな可能性が思い浮かぶ。
シリアスムード一転、思い浮かんだ容姿が筋骨隆々の頑固親父が、私の妄想を加速させる。やばい、あの強面になったらどうしよう。
思えばつり目がちだったそれが、くりっとした目に変わっているような。眉毛も少し太め? あらお父様?
体のラインは見えないし、そもそもたっぷりめの修道服に隠れた部分はゲキ細のガリガリで肋も浮くかも危険信号だけど、これからはもしかしたら、お父様の影響がでるのでしょうか。ヒゲとか生えたりするのかなこわい。腹筋割れるのかな怖い――いや、腹筋は許そう。ムッキーンも許そう……許せるかな。
「これから、どうなるのでしょう……」
思わずつぶやいてしまった私を、責めないで欲しい。
結果私は、下町の貧乏エリアで育ち、外の世界を知らないままに祖母にあたる人が亡くなって教会に身を寄せた、という設定が出来上がった。
一週間の内に、細い体ながらつつが無く運動できるようになり、物は試しとスプーンを力いっぱい曲げてみたら、折れそうになって真っ青になって元に戻したなんてそんなそんな。もしかしたらと部屋の中で逆立ち懸垂したら案外できちゃうみたいな展開を経験しただなんて、誰にも言えない乙女の秘密だぞ★
元々小柄だったのもあり、ひょろひょろした体と幼い顔立ちは十四、五歳に見えないこともない、ということで年齢詐称してズッコケ修道士三人組に引っついて教会で暮らすことになった。
窓も曇っていて、夜は闇が支配するような場所では反射する光もない。
私は自分の容姿を、認識できていなかった。
――違う。
ふと、思い当たって髪を引っ張る。するりと、ベールが肩に落ちる。教会の服は分厚く、私の体を隠し、ベールが重なれば正体がわからない。顔も、髪ですら短く全てを隠す。端に僅かに出る髪色は、灰色が混じっている。
誰にも、私の変化は知られなかったのか。
それも違う。
マーガレットおばさま、ドリムイさん、総司祭様この三人は知っていただろう。そして、ヨーイ君たちも知っていたはずだ。だって素顔で接していたから。でも何も言わなかった。私を嫌っているだろうあの三人が――睨みつけるように見ていたあの子達が?
「隠して、いただいたのですか?」
長く取られたヴェール、接触が限定された人たち、鏡のない部屋。
守ってくれてたの?
気遣ってくれてたの?
心配、してくれてたの?
不意打ちの予想は、確信に変わる。嬉しさとも、喜びとも形容の付かない感情が、じんわりと胸に広がって、鼓動と一緒に体全体に広まった。それは暖かくて、チクチクと痛みをともなうものだった。
私の父親よりも年齢を重ねただろう総司祭様は、小娘の私に頭を下げたままだ。
その顔をあげてほしい。
「どう貴女に伝えるべきか、悩んだ結果先送りしていたに過ぎません。
貴女が前向きだからこそ、この状況を受け入れられたのです。――すべての人がそうあるわけではない」
頭を下げる勢いの、後悔の色をにじませたその様子に、お礼も言えず、体は固まるばかりだ。
「私……私は」
「貴女の容姿は、日によって変化しました。今の貴女の目の色は灰色にも見えますね。まだ定着していないようですが、聖堂にいた時の色はよく育った杉のような、深みのある緑でした。髪は――これも深みのある茶色です。日に当たると、赤みがかって見える。そうですね、夕日に当たった麦の穂に似た色でしょうか」
あらお父様。御免遊ばせお父様。その色ってお父様。
だ、と背中に汗が滲む。もくもくもくもく、色んな可能性が思い浮かぶ。
シリアスムード一転、思い浮かんだ容姿が筋骨隆々の頑固親父が、私の妄想を加速させる。やばい、あの強面になったらどうしよう。
思えばつり目がちだったそれが、くりっとした目に変わっているような。眉毛も少し太め? あらお父様?
体のラインは見えないし、そもそもたっぷりめの修道服に隠れた部分はゲキ細のガリガリで肋も浮くかも危険信号だけど、これからはもしかしたら、お父様の影響がでるのでしょうか。ヒゲとか生えたりするのかなこわい。腹筋割れるのかな怖い――いや、腹筋は許そう。ムッキーンも許そう……許せるかな。
「これから、どうなるのでしょう……」
思わずつぶやいてしまった私を、責めないで欲しい。
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