公爵様、どうか僕を忘れてください

まんまる

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4.悲しい別れ

「テラ、少し休もう」

もう何度声を掛けただろう。

バウアー公爵様が貸してくださった愛馬テラは、王城を発って三日三晩、一度も休まずに走り続けている。
最初の二日は、僕もどうにか起きていたが、いつの間にか気絶するように眠っていた。

揺り籠のような心地よい揺れで目が覚めた時は、テラは僕を振り落とさないように、ゆっくりとひずめを進めていた。

「テラっ!?ご、ごめんっ!僕、眠ってた!」

テラは慌てて謝る僕に、気にするなと言わんばかりに、首を上下に動かして、僕が掴んでいる手綱をつんつんと引っ張った。

「テラって本当に頭がいいね。僕、感動しちゃった。って、テラ、どうしたの?」

どれだけ止めても一度も脚を止めようとしなかったテラが、前を真っ直ぐ見て、ゆっくりとその歩みを止めた。

「うちの領地⋯、すごい、もう着いたんだ」

テラの視線の先に目を遣ると、早くても1週間かかってしまう領地が、もう目の前に迫っていた。

「テラ、ありがとう!テラのお陰で、予定より早くお祖父様に会えるよ!」

僕がテラの首筋を何度も撫でると、テラは嬉しそうに、ブルル、と返事をしてくれた。



「ルディ┄、ルディア┄、ルディア!おーい!ルディアー!!」

「アイク⋯?」

初めは空耳だと思っていた僕の名前を呼ぶ声は、風に乗りながら徐々に形を成し、僕の耳にはっきりと届いた。

アイクの慌てる様子を目にした瞬間、僕の心臓は凍りついたように冷たくなり、どくっどくっと、嫌な鼓動を繰り返した。

「はぁはぁ、ルディア、予定より随分早かったが、何かあったのか?それに、この馬は⋯?ブリーズはどうした?って、そんな事は後でいい!ルディア、急いで屋敷に戻れ!」
「アイク⋯、何?何があったの?」
「いいから、急ぐんだ!」
「お祖父様に何かあったの⋯?」
「大旦那様は⋯」

嫌⋯嫌っ!アイクの言葉を聞きたくない!

僕は目をぎゅっときつく閉じ、嫌な予感を振り払うように、顔を右、左と何度も振った。

「⋯ルディア、気をしっかり持て。大旦那様は、いや、大旦那様だけじゃない、大奥様も、無理な看病がたたって、風邪がこじれて肺炎になってしまったんだ。もう、何日持つか分から⋯、おいっ!ルディア!」

僕はアイクの言葉を最後まで聞かずに、テラの腹を強く蹴った。

嘘だ!嘘だ!お祖父様とお祖母様が神に召されるなんて、嘘だ!!

「テラ、ここにいて、後でお水を持ってくるね」

僕はテラをうまやに繋ぎに行く時間さえも惜しくて、テラを屋敷の前に放したまま、屋敷に駆け込んだ。


どくっどくっ


お祖父様とお祖母様の、寝室の扉の取っ手に手を掛けた。

お願い、2人共、無事でいて。

僕は神に祈りながら、取っ手をぐっと押した。


「⋯っ!お祖父⋯様、お祖母⋯様、ただいま帰りました。ううっ、お祖父様、お祖母様、僕です、王都から帰って来ました。お祖父様あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!お祖母様あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」


ベッドに横たわる2人からは、ほんの10日前に、僕を笑って王都に送り出してくれた時の面影は消え去り、頬はこけ、顔色は青白く、紫色の唇は固く閉じられていた。
辛うじて上下する胸からは、ぜぇ、ぜぇと、苦しい呼吸が漏れ出ていた。

「ルディア⋯」

僕を追い掛けて来たアイクが部屋に入ってきた。

「どうして!どうしてこんな事に!頼んだのに!アイクに2人をよろしくって、頼んだのに!!」

僕はどこにぶつけていいか分からない、怒りに似た悲しみをアイクにぶつけた。
アイクは唇を噛み締め、僕の腕を引き寄せて、胸の中に閉じ込めた。
アイクは悪くないと頭では分かっているのに、僕はアイクの胸を理不尽に何度も叩いて、涙を流し続けた。

「うっ、ううっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」

「すまない、悪かった、俺のせいだ。俺がついていながら、2人に無理をさせた」

「あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!!」

アイクは泣きじゃくる僕が落ち着くまで、ずっと胸の中に包み込んでくれた。




「ごめん、アイク。アイクは少しも悪くないのに。僕が王都に行ってる間、いろいろ手配してくれたんだよね?お医者様とか、領地の事も。ありがとう」
「⋯俺は何もできなかった。大旦那様と大奥様が日に日に弱っていくのを、ただ見ている事しかできなかった。ルディアに報せを送ろうと思ったんだ。だが、行き違いになると思って、出さなかった。すまん」

アイクは眉間に皺を寄せ、涙をこらえながら、僕に深く頭を下げた。

「アイク、やめてっ!アイクを責めるなんて、いくら動揺していても、やってはいけなかったんだ。僕こそごめん⋯、アイク」




僕が落ち着くのを待って、改めてお医者様に来てもらった。
お祖父様は、最初はほんの軽い風邪だった。でも、悪い菌が肺に入ってしまい、年老いた体では抵抗する事ができず、肺炎になってしまった。
お祖母様は、ずっとお祖父様の看病をしていて、アイクが代わると言っても、笑って大丈夫だと答えていたらしい。それで疲れた体に風邪の菌が入り込み、みるみる弱っていってしまった。

「お2人共、持って3日、おそらく今日が峠となるでしょう。覚悟をなさってください」

とめどなく涙があふれ出た。

「ううっ、分かり⋯ました」

「ルディア、俺もついてるから」

しっかり立っていなくてはと思っても、足がガタガタと震えて、膝から崩れ落ちそうだった。
でも、いつも飄々といているアイクの震える声を聞いた時、僕の心は少し冷静さを取り戻した。

「うん、アイク、ありがとう。ちゃんと見送れるか自信はないけど、お祖父様とお祖母様が安らかに逝けるように、おそばにいて祈りたい」
「ああ、でも、ルディアは長旅で疲れているだろう?無理はするなよ」
「分かった」




僕はまんじりともせず、お祖父様とお祖母様に付き添った。
夜の闇が僕の心を飲み込もうとする度、隣にいてくれるアイクが手を握ってくれた。

ぜぇぜぇ ぜぇぜぇ

薄暗いランプが照らす部屋には、お祖父様とお祖母様の苦しそうな息遣いが重く響き続けた。

こらえていた涙が、頬を伝ってこぼれた。

「お祖父様、お祖母様、ごめんなさい。僕が留守にしてしまったから⋯。ううっ、ごめん、ごめんなさい」

僕がお祖父様とお祖母様の手をそっと握った時、今まで固く閉じていた2人のまぶたが、ふっと震えながら持ち上がった。

「お祖父様!お祖母様!僕です!ルディアです!分かりますか!」

「ル⋯ディア、無事、だったか?」
「はいっ!お祖父様、僕、一人で舞踏会に行けました!」
「そう⋯か、うん、うん、立派に⋯なったな」
「ぐすっ、お祖父様、でも、僕まだたくさん教えてもらいたい事があります。たから⋯、ううん、お祖父様、僕、もう一人でも大丈夫です。だから、お祖父様は、僕を見守っていてください」
「ああ、分か⋯た」

「お祖母様、僕料理も頑張って作ります。だから、うっ、くっ⋯、お祖母様に美味しい物を食べさせて上げますね」
「まあ、楽しみ⋯だわ。ルディア、可愛い私のルディア。ごめん⋯なさ⋯い」

握っている2人の手から、一瞬で力が抜けたのが分かった。

「お祖父⋯様?お祖母⋯様?お祖父様!!お祖母様!!嫌⋯嫌だ⋯、嫌ああ゛あ゛あ゛あ゛!!!逝っては駄目です!!!逝かないでええぇ!!」

「ルディア!!」

2人にしがみついて泣きじゃくる僕の背中に、アイクの温かな手の平が触れていたお陰で、僕はどうにか正気を保っていられた。

    
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