公爵様、どうか僕を忘れてください

まんまる

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15.フィンセント・バウアー公爵の悔恨~明かされていく真実~

『⋯⋯ア、⋯ディア、ルディア、聞こえる?』


『誰⋯?』
 

『ルディア、辛かったね。ねえ、君がいなくなった後の公爵家がどうなるか見てごらん。そしてもう一度、自分で選ぶんだ』


『何を選ぶの⋯?』


僕は湖に沈んだはずなのに、誰かが僕に話し掛ける声が聞こえる。
初めて聞く声なのに、どこか懐かしくて、流れるはずのない涙が込み上げてきた。


『ごめん、ルディア、僕は、のために力を取っておかなくちゃいけないんだ。だから、もう╌╌╌。╌╌ア、君は、愛さ╌╌╌』


もっと声を聞いていたい⋯
僕を一人にしないで⋯


『あっ!待って!』


僕は心の限りに叫んだ。


その瞬間、僕はバウアー公爵家の屋敷にいた。






◇◇◇◇◇

「閣下、伴侶様を馬車でお運びされるのなら、こちらでご用意いたしましょうか?公爵家の馬車のような立派なものはご用意できませんが⋯」

老医師は申し訳なさそうに下を向いた。

「⋯いや、いい、私が抱いて帰る。すまないが、毛布を借りてもいいか?後で礼は持ってくる」
「と、とんでもないです、閣下。毛布はそちらで処分していただいて構いません。ですが⋯、亡くなった方を抱いて馬に乗るのは危険です。⋯馬は敏感な生き物ですから」




今日の夕刻、もう日も暮れた頃、私が一人で執務をしていると、執務室の扉を叩く音がして、執事が入ってきた。

夕食の準備が整ったのかと思ったら、何やらいふかしげな顔をしている。

「何か問題でも起きたのか?」
「旦那様、テラが屋敷の前で暴れております」
「テラが⋯?何故こんな時間にうまやから出ているのだ?」
「それが⋯、厩番に尋ねてみましたが、誰一人、分からないそうでして⋯。それに、誰かが近づこうとすると、暴れて言う事を聞かないそうなんです」
「ありえん⋯」

テラはとても頭がいい。
人間の言葉を、いや心までも理解しているように感じる時さえあった程だ。

「⋯私が行ってみよう」
「ですが、旦那様が怪我をなさると大変です」
「どうにもできないから、私のところまで話がきたのだろう?」

もじもじと煮え切らない態度の執事に、少し語気を強めた。

「申し訳⋯ありません」

執事はバツが悪そうに頭を下げた。


テラはエントランスから出た所にいて、話に聞いていた通り暴れていたが、私には、わざと人を遠ざけるために、そうしているように見えた。

「テラ!」

テラは私の声を聞いた途端、元の精悍な顔つきに戻り、すぐに私の前まで駆けてきた。

「テラ、何があっ⋯」

テラは私の言葉を遮るように、私の背中を鼻で押して、背中に乗るように促した。

何かあったのか⋯?

嫌な予感がして、急に息苦しさを感じた。
全身に、得体の知れない黒い霧のようなものが、もやもやと広がっていく感覚がした。

私は着の身着のまま、テラに飛び乗った。





「閣下、お気を付けて」
「ああ、世話になった。落ち着いたら、改めて礼を言わせてくれ」

老医師は眉根を下げ、ゆっくりと顔を横に振ると、馬上の私に深々と頭を下げた。


私は冷たくなったルディアを毛布でくるんで抱き締めながら、テラを走らせた。

あの場所までルディアを連れて行ったのは、おそらくテラだろう。
だが、物理的にはそうだとしても、本当の意味でルディアをあの場所に立たせたのは、間違いなく私だ。

ルディアは、大人を抱いているとは思えない程、軽かった。

「ルディア⋯、くぅっ⋯、すま⋯なかっ⋯た⋯。腹の子を、最後まで守ってくれたのだろう⋯?」

私がルディアから目を背け続けていた時、君はどれほど苦しんでいたというのか⋯。

私には、涙を流す資格もない。
私には、やらなければならない事がある。




テラは指示を出さなくても、真っ直ぐに屋敷へと向かった。

「ルディア、着いたよ。ここはルディアにとって安らげる場所ではないだろうが、しばらく我慢してくれ。テラにも、世話を掛けたな」

私がテラの背中を撫でながら顔を覗き込むと、テラは何故か上を向いて、鼻息を荒くしている。
テラはルディアの最期を見届けて悲しんでいるはずなのに、その表情かおはどこか嬉しそうだった。

「テラ⋯、何かあるのか?」

私もテラの視線の先に目を遣ったが、真っ暗な暗闇があるだけだった。



『テラ、僕が見えるの?』

ブルル

『僕、魂だけここに戻ってきたみたいなんだ』

ブルル



「テラ、疲れているんだろう、もう休め」

『フィンセント様⋯、抱えているのは⋯、僕⋯?テラが知らせてくれたのかな。フィンセント様、僕を見てどう思っただろう⋯。少しは悲しんでくれたかな⋯。なんて、そんな事、思っちゃ駄目だよね⋯』



私が変わり果てたルディアを抱えて屋敷に入ると、エントランスに集まっていた使用人達が騒然となった。
その中に、ルディアの護衛を命じていた男を見つけた。

「ジェイ、話がある」

ジェイは少し無鉄砲な所があるが、剣の腕の立つ元騎士だ。
ジェイは恐る恐る私に近づいてきた。

「何をやっていた?」
「えっ?」
「今まで何をやっていたと聞いているんだっ!!お前にはっ!お前には、ルディアの護衛を命じていたばずだっ!!」
「⋯っ!も、申し訳ありません!!」
「謝罪はいらない!事実だけを報告しろ!!」

ジェイの顔から、滝のような汗が流れている。

「お、俺の、俺の心を見透かされて、俺、俺⋯」
「分かるように説明しろ」
「俺、最初はきちんと、ルディア様の護衛をやってたんです。でも⋯、ルディア様が旦那様の元へ通われるのを、毎晩見ていたら、その⋯」

ジェイは頭から水をかぶったように、顔を流れた汗があごから滴り落ちている。

「⋯ルディア様があまりにも美しくて、俺、触れそうになるのを、いつも我慢してたんです」
「⋯っ!」
「そんな時、言われたんです。ルディア様と離れに2人きりでいて、一線を越えない自信はあるのかと。屋敷の者は皆俺の気持ちに気づいている、何もなくとも、ただ2人でいるだけで、ルディア様もそのような目で見られるのではないかと」
「誰がそんな事を⋯」
「申し訳ありませんっ!」
「誰が言ったんだ!」

「じ、侍女長です」

「侍女長⋯だと?」
「はい、ルディア様は、フィンセント様の元に渡られる以外は、離れから出る事はないから、自分一人で充分だと⋯。俺、自分の気持ちが後ろめたくて、侍女長の言う通りにしてしまったんです。勝手をして、申し訳ありませんでしたっ!命をもって償わせてください!」


『そんな事があったの⋯?全然気づかなかった。それに、フィンセントは護衛じゃなくて、僕に見張りをつけているんだと思ってた⋯』


「いつからだ⋯、お前はいつからルディアを見ていない?」
「は、半年前です」
「⋯っ!まさか、私が陛下の外遊に同行したあの時から、一切見ていないと言うのか!?」
「は、はい、気になってはいましたが⋯、侍女長の、あの、人を見透かすような目を見ると、離れに行くのが怖くなってしまい⋯」
「何故、私に言わなかった」
「言える訳ありません!俺が、俺なんかが、旦那様の伴侶様を、そういう目で見ているなんてバレたら、俺を拾ってくださった旦那様に顔向けできません!」


私の知りえぬところで、何かが起こっているのは間違いない。
それはおそらく半年前、いや、もしかしたら、ルディアが私の元に来た時から、既に起こり始めていたのかもしれない。

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