公爵様、どうか僕を忘れてください

まんまる

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11.明けない暗闇

「オディーヌ様、もうそのくらいで、お╌╌。旦那様が╌╌までは、生かして╌╌。きっと、計画╌╌いき╌╌」
「分かってるわ!あなたも甘い汁╌╌だから、口を出さ╌╌!私はフィンセント様さえ手に╌╌ればいい╌╌ら!」

オディーヌ様と、侍女長⋯?
何を話しているんだろう⋯?

僕は痛みに耐えきれず、テラに体を預けながら、ずるずると地べたに崩れ落ちた。
崩れ落ちながら、2人の不穏な会話が耳に入ってきたけど、意識が遠くなっていた僕には、会話の内容までは聞き取れなかった。





◇◇◇◇◇

「つっ⋯」

背中の痛みで目が覚めた。

「僕、あのまま⋯、ん?何だろう、温かい⋯」

僕はオディーヌ様から鞭で打たれ、あまりの痛みで、そのまま気を失ってしまっていた。

ゆっくりと体を起こすと、僕を包み込むように、テラがそっと寄り添っていてくれているのが分かった。

「テラ、ありがとう、つうっ」

少しでも動くと背中に激痛が走る。
僕はテラのお腹に頭を付けて、うずくまった。

ブルル

するとテラが鼻先で僕をつんつんとつつき、その仕草はまるで、僕にテラの背中に乗るように促しているようだった。

「テラ⋯、こう?」

僕がどうにかテラの背中にしがみつくと、テラはゆっくり立ち上がって歩き出した。

「テラ、つっ、どこに、くっ、行く、の⋯?」

テラは僕を振り落とさないように、ゆっくりとひずめを進め、僕をどこかに運んでくれているようだった。

パカラ

「テラ⋯?あっ、ここは⋯」

テラがゆっくりと止まり、どうにか顔を上げて前を見ると、そこは昨日ジルが連れてきてくれた小屋の前だった。
テラは僕を乗せたまま、すっと前足を折り、姿勢を低くすると僕を背中から下ろしてくれた。

「テラ、ありがとう。テラは本当に頭がいいね。僕はもう何度テラに助けてもらっただろう」

僕は震える腕をどうにか伸ばして、テラの首筋に手の平を滑らせた。

ブルル

テラは僕に早く中に入るようにと、鼻で僕のお腹を優しく押してくれた。

「テラ、ぐすっ、テラがいてくれて本当によかった。テラがいなかったら、僕、うぅっ⋯」

僕は泣きながら何度も後ろを振り返り、テラの存在を確かめながら小屋の中に入った。

ふわっ

すると、小屋の中には微かに美味しそうな甘い香りが漂っていて、暗闇にどうにか目をこらして見てみると、古びたテーブルの上にパンとスープが置いてあった。

「もしかして、ジルが⋯」

よろよろとテーブルまで辿り着いて確かめると、小さな紙切れが食事と一緒に置いてあった。


『神様にお供えします。神様が何を食べるのか分からなかったので、僕と同じ物を持って来ました。どうぞ召し上がってください』


「ジル、なんていい子なの。ぐすっ、ジル、ありがとう」

ジルはもしかして、僕がフィンセント様の伴侶だと気がついているのかもしれない。
ジルは頭がいい子だ。
僕が、こんな目に遭っても誰にも助けを求めない意味を理解して、影で助けてくれているのだろうと思った。

これ以上、優しいジルを、僕に関わらせてはいけない。
でも、頭ではそう分かっていても、今の僕がジルを失ってしまえば、フィンセント様が帰られるまで命を繋ぐのは難しいかもしれない。
それは単に身体的な意味だけではなく、精神的な意味合いの方が大きい。

僕はジルの優しさに救われているんだ。

その日の食事は、今まで食べてきたどの食事よりも美味しかった。

「ジル、ありがとう、ぐすっ」

でも少しだけ、しょっぱい味がした。





◇◇◇◇◇

もうどのくらい経ったのだろう。

オディーヌ様の僕への理不尽な仕打ちは、ずっと続けられていた。
体の傷が塞がる前にオディーヌ様はやって来て、機嫌次第で、僕に鞭を打ち据える。

罵倒されながら折檻を受け続ける事は、僕に耐え難い苦痛を与えた。
領民を守る為に、僕が心を壊す訳にはいかない、その一心で僕は仕打ちに耐えた。

でも、いつも僕が気を失うまで続けられる折檻は、僕から徐々に抗う気力を奪っていった。

そんな時だった。

「ルディア様、明日の朝、フィンセント様がお帰りになります。お帰りになられたら、ルディア様にすぐに会われる予定ですので、今夜は身を清めていただきます。ご案内致しますので、私についてきてください」
「えっ⋯?フィンセント様が、お帰りに⋯?」

オディーヌ様の折檻を受けて、地面に倒れている僕に声を掛けてきたのは侍女長だった。
侍女長は、僕を汚い物でも見るような目つきで見下ろし、言う事だけ言うと、さっさときびすを返して歩き出した。

「あっ、ま、待って、ぐぅっ、つっ」

侍女長は、僕が怪我をして動けないのを知っていながら、まるで僕の存在などないかように、少しも歩みを止めることはなかった。

「はぁはぁ、くっ、ふっ、明日はフィンセント様に会えるんだ。やっと、やっと会える」

そう口に出すと、不思議と力が湧いてくるようだった。

僕はぐっと踏ん張り立ち上がると、小さくなってしまった侍女長の背中を追いかけた。



侍女長に連れてこられたのは、今はもう使っている気配がない、古い部屋だった。
広さから考えるに、おそらく前は使用人が使っていた部屋だったのだろう。

「湯は溜めてあります。ベッドの上に、寝着と明日の着替えが置いてあります。私が迎えに来るまでは、こちらで大人しくしていてください」
「⋯分かった」

侍女長が部屋から出ていくのを確かめて、僕はそっと湯船のお湯に手を入れてみた。

「熱っ!」

あの侍女長が僕に親切にするはずがないと思っていたけど、まさか熱湯を用意するとは思わなかった。どの道、背中の怪我があるから、湯船には浸かれないと思っていたけど、湯加減を確かめてよかった。
僕は湯船の縁に掛けてあった、古くて硬いタオルをお湯にくぐらせ、しばらく冷ましてから体を拭いた。

「ジルと獣医の先生に感謝しなきゃ」

実はジルから傷に効く軟膏をもらって、ズボンのポケットに忍ばせていた。
僕はそっと背中に手を回し、軟膏を塗って寝着を着て布団に入った。




「起きてください」

吐き捨てるような声がして、僕は思わず飛び起きた。

「つっ⋯」

僕の痛がる顔を見ても、侍女長は眉一つ動かさず、水の入った洗面器をテーブルの上に乱暴に置いた。

僕は背中をかばいながらベッドから這い出ると、水で顔を洗って用意されていた服を着た。

僕の準備が済んだのを確認すると、侍女長は僕を部屋から出るように促した。
扉を開けながら、侍女長が部屋の外にいる誰かに目配せしたような気がした。

何だろう⋯?

そう思った瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、このふた月、僕をずっと折檻し続けてきたオディーヌ様だった。

「オ、オディーヌ様⋯」

僕は咄嗟に身構えた。

オディーヌ様は、僕が今からフィンセント様と会うと言うのに、どこか余裕さえあるような表情をしていた。
それが怖くて堪らなかった。

「私が何も知らないとでも思っているの?あなたの周りをうろつく小姓、あなたを随分慕っているようね」

ドクン

心臓が大きく跳ねて、吐き気が込み上げてきた。

「ジルは!ジルは何も関係ありません!」
「黙りなさい!ふふっ、いい事を教えてあげる」

オディーヌ様の気持ち悪いの笑顔を見て、嫌な予感が頭をぎった。
心臓が、今にも飛び出しそうな程暴れ出した。

「あなたみたいな田舎の男爵は知らないでしょうけど、貴族もね、高位になればなる程、汚い仕事もしないといけないのよ」

オディーヌ様はそう言って、茶色の小瓶を取り出した。
僕が乾いて動かない喉に、ごくんと唾を流すと、オディーヌ様はにやりと笑って続けた。

「これをほんの1滴スープに混ぜるだけで、人は簡単に死ぬのよ」
「⋯っ!?」
「ああ、ごめんなさい。と言うのは少し語弊があるわね。これを飲むとね、まずこれに触れた内蔵が腐って、言い難い苦痛が襲うの。それでも心臓と肺は生きてるから簡単には死なない。苦しんで苦しんで、のたうち回って死を迎える、そう言うなの」
「やめてっ!!」
「別にあの小姓のスープに混ぜるなんて言ってないでしょ」

そう言われても、信じられる訳がない。

「ジルは、ジルだけは、お願いします。手を出さないで⋯」

ようやく言葉を絞り出すと、オディーヌ様は、小瓶を僕の顔の前に突き出した。

「そんな事はしないわ。あなたがフィンセント様に、余計な事を言わない限りわね」


フィンセント様が帰ってきたら、苦痛から逃れられる、領民達も守れる、それだけを思って耐えてきた。

その望みが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

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