公爵様、どうか僕を忘れてください

まんまる

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16.フィンセント・バウアー公爵の悔恨~最後の手紙~

「侍女長は、今どこにいる?」

私が、エントランスに集まっている使用人全員を見渡して尋ねると、皆互いに顔を見合わせて、こそこそと話し始めた。

「どうした!誰も知らないのか!」

私が語気を強めると、一人の年若の侍女がおずおずと申し訳なさそうに、手を挙げた。

「君は、侍女のアリーだな」
「は、はい、はわっ」
「どうした?」
「あっ、失礼しました!旦那様が、私のような者の名前まで覚えてらっしゃったので、驚いてしまって⋯」
「使用人の名前を覚えるのは、主として当然だろう?それより侍女長の事、何か知ってるのか?」
「あっ、はい。侍女長は、多分、離れにいらっしゃると思います」

おかしな事を言う、とその時は思った。
離れの主人はもういないというのに、仕える侍女長だけいて、何になるのか。
後じまいにしては早すぎる。なぜなら、ルディアがこんな目に遭った事は、今、目の前にいる使用人しか知らないはずだ。

それになぜ侍女長は、ルディアがいなくなった事を私に報せなかったのか⋯?

「アリー、なぜ侍女長が離れにいると思うのだ?知っている事を全て話してくれ」

アリーの目からはもう、躊躇ためらいの色はなくなっていた。

「はい。侍女長はこの半年程、朝から私達にその日の指示を出すと、すぐに離れに行ってました。何か用がない限り、本邸には戻って来なくて、多分⋯、週に一度の休暇も取ってないと思います。とにかく、侍女長はずっと離れにいました」

アリーの話を聞いて、他の侍女数名が、大きく頷いている。

「侍女長に休んでもらおうと思って、一度、ルディア様のお世話を変わりましょうかって、尋ねたんですけど、そのぉ⋯」
「いいから、アリーが聞いた事実だけを教えてくれ」
「は、はい。ルディア様はとても気難しくて、自分以外の侍女ではとても務まらない、ルディア様の機嫌を損ねると大変だから、代わる訳にはいかない、と。それに⋯」
「何だ?」
「言いづらいのですが⋯」
「構わん」
「⋯ルディア様は、湯水のようにお金を遣って、毎晩のように、お酒を飲んで男娼と戯れられる。そんな場面を若い私達に見せる訳にはいかない、と」
「⋯っ!」
「だから、離れには決して近づかない方がいい、と」

侍女達が、申し訳なさそうに頷いている。
アリーの話は嘘ではないようだ。
客観的に聞くと、馬鹿らしい作り話だとすぐに分かるはずだが、なぜか皆、侍女長の話を信じてしまった。

私もその中の一人だ。

今更悔やんでも、ルディアは戻ってこない。
ルディアがそんな事をするはずがないと、冷静に考えればすぐに分かるはずなのに。

私は愚か者だ⋯。



『僕、そんな事してない⋯。どうして⋯、どうして、侍女長は、そんなひどい事を言ったの⋯?』



間違いない。
裏で画策していたのは、侍女長だ。

私は離れに行く前に、ルディアをゆっくりさせたくて、腕の中のルディアをぎゅっと抱き締めて、自室に向かおうとした。

ヒヒーン

すると、馬のいななきが聞こえ、厩番が申し訳なさそうに、入り口から顔を出した。

「あのぉ、旦那様、テラが動かなくて」
「テラが⋯?まだ休んでなかったのか。分かった、すぐ行く」

私はルディアを抱いたまま、すぐに外に出た。

「テラ、どうした?」

ブルル ブルル

テラは何度も顔を後ろに向け、何か言いたげだった。

「テラ、何が言いたいのだ?ん⋯?」

テラの背中に手を滑らせた時、小さな紙が鞍にくくりつけてあるのが目に入った。
私は鞍から紙を抜いて、テラに見せた。

「テラ、これか?これを私に渡したかったんだな?」

ブルル



『あっ!僕の手紙!さっき、僕がテラに話し掛けたから、フィンセント様に渡し忘れたんだね。ごめんね、テラ』

ブルル



これはおそらく、ルディアから私に宛てた手紙だろう。

ルディアの

私はルディアを抱き締め、あふれそうになる涙をぐっと飲み込んだ。



私がルディアを抱いて自室に向かうと、後ろから、ジェイが神妙な顔でついてきた。

自室に着き、手の塞がっている私の代わりに、ジェイが扉の取っ手に手を掛けた。
その手に力が込められ、取っ手がガタガタと震えている。

「旦那様、今度こそ俺に、ルディア様を守らせてください。本当は、旦那様と一緒に離れに行かないといけないのかもしれませんが、ルディア様の護衛として、私がこの扉の前に立つのをお許しください」

ジェイも後悔しているのだろう。
ジェイの気持ちは痛い程分かる。
私も⋯同じだ。

「⋯分かった」


ルディアをそっとベッドに寝かせ、布団を掛けた。
やつれた顔、骨が浮いて見えるほど細くなった体、一体どれだけ苦しめば、こんな変わり果てた姿になるというのか。

「ルディア⋯、何もしてやれず、すまなかった。ルディアが苦しんでいる間、私は当たり前のように息をしていた。うぅっ、ルディアは必死に私に助けを求めていたというのに。信じてくれ、と何度も懇願されなのに⋯。くっ、くぅっ、すまな、かった、ルディア」


『フィンセント様⋯』


私は覚悟を決め、ルディアの手紙を開いた。



~フィンセント・バウアー公爵様

どんなに僕を憎んでいようとも、ザカリー領民に罪はありません。どうか僕がいなくなった後も、恩情をもって領地をお守りください

そしてどうか、僕の事は忘れて、愛するオディーヌ様と幸せになってください

ルディア・バウアー~



もう、流れる涙を止める事はできなかった。

「ルディアあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!私は、ルディアを憎んでなどいない!私は、私は、ルディアを⋯あ、あ、い、し、あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁ!」

私はルディアにしがみついて哀哭あいこくした。



『泣かないで。僕はもう、フィンセント様の涙を拭ってあげられないから』



離れに行けば、全てがつまびらかになるだろう。
そこに全ての悪が揃っているはずだ。


私は、ルディアの顔に掛かっている銀色の髪を搔き上げ、もう色を失ってしまった唇に、涙で濡れた自分の唇を重ねた。

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