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第二章 風を抱いて
第23話 朝焼けは、まだ遠く
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夜、薄暗い部屋の中。静まり返った空間に、SNSの通知音だけが虚しく響いていた。
晃は、画面に映る罵声の数々をただ見つめていた。
討論会での完敗。
それは単なる敗北ではなかった。
言葉を詰まらせた瞬間を切り取られ、編集され、拡散された動画が燃え広がる。
「#売国奴」「#感情論の極み」「#結局なにも言えない奴」
頬の傷が、じくじくと疼いた。
あのとき殴られた場所。
まるで言葉が、また拳となって彼を叩いているようだった。
──燃やされるのは、過去の失敗ではなく、いまの存在そのもの。
『甲斐総理に論破される少年』、そんなタイトルがつけられた切り抜き動画は、数時間で何十万再生を超えていた。
「……」
画面を閉じても、まぶたの裏にまで突き刺さる言葉の残滓。
そのとき、端末が震えた。灰翼の暗号通信アプリ〈Whisperline〉が、シゲルからのメッセージを表示する。
《突入は……失敗。阿久津さんが……戦死した。タイミングが、向こうに読まれてたみたいだ》
一瞬、理解が追いつかなかった。
現実のほうが、先に進んでしまっていた。
呼吸が浅くなる。何かを言わなければと思ったが、喉が動かない。
目の前の空間が、音もなく崩れていくようだった。
同じ部屋にいた沙耶が、晃の様子に気づき、顔を上げた。
「……どうしたの、お兄ちゃん」
声の調子が、いつもと違った。恐れと、確かめたい気持ちがにじんでいた。
晃は、端末を伏せ、ようやく声を絞り出した。
「阿久津さんが……死んだ」
その言葉を聞いた沙耶は、一瞬だけ硬直した。
手を口元に当て、そのまま目を見開いたまま、動けなくなる。
やがて、大粒の涙が、静かに頬を伝った。
声もなく、ただ震えるように肩が上下していた。
晃は何も言えなかった。その痛みを、沈黙のまま共有するしかなかった。
そのとき、晃の端末が再び震えた。
《全部話す。通信つなぐ》
シゲルからの続報だった。
晃は深く息を吐き、沙耶の方をそっと見やった。
沙耶は、黙ってうなずいた。
──画面の先に現れるのは、闇に揺れる記憶。
阿久津の、最後の戦いだった。
***
――13時間前。
灰色に煙る夜明け前の街──ここは南市の外縁、特別管理区域に指定された無人地帯。
現在も「南市」として存在してはいるが、この区域は地図からも削除され、立ち入りが禁じられている。
その一角、高架道路の下にひっそりと佇む旧貨物ヤード跡地。
鉄柵をかいくぐった先には、錆びついた搬送用トンネルが地下へと続いている。
ここが、矯正センターから搬送センターへと子どもたちが移送されるルートのひとつだと、椎名の情報は示していた。
矯正センターとは、国家の更生政策の名のもとに一般人を「問題個体」として収容・矯正する施設であり、その中でも見込みのない者や特定の条件を満たした者は、臓器移植や国外養子縁組といった名目で別施設──搬送センターへと移される。今回の作戦は、その搬送の最中を狙ったものである。
彼らがいま立っているのは、旧南市インフラ網の名残──かつての貨物ヤードをくぐる高架下の空洞部だった。
上部には、補修されることのなかった旧式の排気口があり、通気ダクトが内部構造に組み込まれている。
「……排気口はこの真上。旧通風ダクト。構造上、爆破すれば、天井が抜ける可能性がある」
低くそう言ったのは柿沼だった。顔を覆うマスク越しでも、その声には緊張がにじんでいた。
柿沼が差し出した古びた構造図に、阿久津は目を落とす。
「築三十年以上か……鉄骨梁は厚いが、継ぎ目と排気口周辺ならいける」
短く言って、手元の時計を確かめる。「準備。爆破は予定通り、四時三十分」
シゲルともう一人のメンバーが、慎重に排気口の周囲に装薬を仕込んでいく。天井の真上に位置する排気口の外側──つまり高架橋の下から突入する作戦だった。
この通気ダクトは、かつて南市の避難経路の一部と接続しており、今も微弱ながら空気の流れが残っている。上部には搬送用の車両が通過する専用レーンがあり、タイミングが合えば、爆破によって直接車両を狙える位置に出られる。
構造的にも老朽化が進んでおり、わずかでも爆薬の威力と角度が正確なら、破孔を生じさせるには十分だ──それが、阿久津の冷静な判断だった。
***
時刻は四時二十九分。
阿久津の指示で、全員が耳栓とゴーグルを装着する。シゲルがカウントを始め、柿沼が起爆装置に指をかけた。
「……3、2、1──」
地鳴りのような爆音が、闇の静寂を裂いた。
粉塵と破片が舞う中、破孔から内部への突入が開始される。
爆破で崩れた高架の床から、灰翼の突入班──六人──が、静かに搬送車両のルートへと滑り降りた。高架橋の下、道路の側面に突き出た排気口の真上が狙いだった。
施設の一部が見える位置に、白い無窓の車両が一台、沈黙の中に佇んでいた。
「警備はいない……?」
そう思った瞬間だった。
「来たぞ! 二時方向、車両の陰だ!」
銃声。
シゲルが叫び、阿久津が即座に遮蔽物の裏へ部隊を誘導する。
──待ち伏せだった。
車両周辺に潜んでいた武装兵が姿を現し、一斉に火線を浴びせてくる。柿沼がすかさず反撃に回るが、応戦に徹せざるを得ない。
「情報が漏れてた……? 椎名の……」
シゲルが顔をしかめるが、それを考える暇もない。
「優先は子どもたちの確保! 車両を確認しろ!」
阿久津の声に、シゲルともう一人が突進し、搬送車の扉をこじ開ける。中には数名の少女と少年──まだ小学生ほどの年齢の子どもたちが縮こまっていた。
「大丈夫、今すぐ助ける!」
声をかけ、一人ずつ抱きかかえて外に運び出す。
しかし、次の瞬間──
「狙撃手! 高架の上段、車両の真上からだ!」
柿沼の警告とともに、仲間の一人が肩を撃ち抜かれ、地面に倒れる。
敵の配置は予想を遥かに超えていた。
阿久津は瞬時に退路の確保に移る。破孔から撤退用のロープを展開し、シゲルに叫ぶ。
「子どもを優先しろ! お前らは先に行け!」
「でも、阿久津さん──」
「命令だ!」
野田と柿沼が子どもたちと負傷者を次々とロープで下へ送る。その背中を覆うように、阿久津が銃を構え、時間を稼ぎ続ける。
そして最後、すべての仲間と子どもたちを送り出した阿久津は、銃声が交錯する高架の上段へと身を翻した。
「……ここまでだな」
小さく、誰にも聞こえないように呟くようにして。
左手には、起爆装置のついた簡易爆薬。右手には、まだ弾の残る拳銃。
野田が振り返ったときには、阿久津はもう──敵の集まる排気口付近へと駆け出していた。
狙撃手が再び姿を現した刹那、閃光が炸裂した。
爆風が吹き抜けた高架の縁で、野田は目を閉じた。音が遠ざかっていく。銃声も、叫びも、すべてが静まり返る。
──その後、無線は沈黙したままだった。
***
長い話を終えたシゲルが、大きくため息をつくのが端末越しに聞こえた。
『突入は……失敗だった。椎名の情報をもとに準備して、最初は順調だった。でも、途中から待ち伏せされた。……子どもは数人、救えた。でも……阿久津さんが、最後に……』
言葉が詰まる。
晃も、沈黙のままその言葉を受け止めるしかなかった。
『椎名さんが裏切ったとは……思えない。でも、一応、これを見てくれ。あとで送る。……柿沼が現場で拾ってきた、廃棄された監視カメラのログ。搬送ルートの近くだ』
晃は、じっと前を見つめたまま、眉をひそめたが、その場ではそれ以上言葉を返さなかった。
「……それで、これからどうするつもりだ?」
一拍の間を置いて、野田が答える。
『まずは、沙織さんと協力して、救出した子どもたちを保護する。それが最優先だ。……それから先は…どうするか…組織も動揺してるし…攻撃手段も…』
『あのSSDの解析は?』
『…進んでるが、肝心な部分がまだ抜けない。カナン語の暗号、クセ強すぎて……こっちの解読ツールが通用しない…マジで詰みか』
晃は頷きながらも、ふと脳裏に別の名前が浮かんだ。
「……そういえば、奏さん。あの人も……裏切ってるかもしれない」
『……くそっ。どいつもこいつも……』
言葉の最後は、呻くようだった。
通話が切れ、端末の画面が再び暗転する。
晃は、重い気持ちのままソファにもたれかかる。
信じたかった。
椎名も、奏も、そしてこの国のどこかにあるはずの『希望』も。
だが、現実はどこまでも容赦がなかった。
迷いと疑念が胸を締めつける。そのとき──
端末にひとつのファイルが届いた。
先ほど野口が言っていた、監視カメラのログだろう。
晃が端末を手に取り、映像を再生しようとしたそのとき。
「私も、一緒に見てもいい?」
少し意外に思いながら、沙耶の声に、晃は軽くうなずいた。
映像が始まる。
画質は粗く、夜明け前の薄暗い時間帯。搬送ルート付近の高架橋の側道。
画面の隅に、椎名の姿が映っていた。
椎名は今回の突入作戦には参加していないはずだ。
だが、映像のタイムスタンプは──襲撃の前日。
「下見か…」
椎名は、突入ルートの選定を支援する立場だった。
だから、下見に来ている自体はおかしいことではない。
晃が黙って画面を見つめていると、沙耶がぽつりと言った。
「……動き方が、変じゃない?」
「え?」
「普通、下見って……もっと慎重に、周囲を確認しながら動くと思うんだけど……。椎名さん、まっすぐ来て、何か確認して、そのまま通信機に触れて……」
沙耶は、迷いながらも言葉を選んでいた。
「なんだろう……『確認』というより、『合図』に見えたの。誰かに……何かを伝えるみたいな」
晃は目を細め、もう一度そのシーンを見直す。
確かに、椎名は人気のない高架下に現れ、数秒間だけ静止し、通信機に手を当てていた。 それは『記録』というより、『連絡』の動きに近かった。
「……そうか。言われてみれば、確かに……」
沙耶の声は以前より落ち着いていた。 だが、その目には明確な『疑い』が宿っていた。
晃は、ふと胸の内に微かなざらつきを覚える。
椎名──あのとき討論会で会った人好きのする男。だがそれも演技だとしたら。
「……もう一度、最初から見よう」
画面が暗転し、再生が始まる。
「あっ…ここ」
沙耶が声を上げ、晃が画面を停止する。
ざらついた画面の中、椎名は高架の柱の陰に入り、周囲を見回しながら通信機に手を伸ばしていた。そして──柱の向こう、視界の外に、わずかに警備兵の影が覗いていた。
椎名の視線がその方向へ向いていたのは、偶然ではない。
――裏切りの証拠。
部屋には再び沈黙が満ちていった。
そのとき──
端末にメッセージが届いた。
差出人は……阿久津だった。
※この作品はライト文芸大賞にエントリー中です。
もし何か感じるものがあったら、「❤」や「お気に入り」で応援していただけたら嬉しいです。
5月末に完結予定で、毎日更新します。
晃は、画面に映る罵声の数々をただ見つめていた。
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それは単なる敗北ではなかった。
言葉を詰まらせた瞬間を切り取られ、編集され、拡散された動画が燃え広がる。
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頬の傷が、じくじくと疼いた。
あのとき殴られた場所。
まるで言葉が、また拳となって彼を叩いているようだった。
──燃やされるのは、過去の失敗ではなく、いまの存在そのもの。
『甲斐総理に論破される少年』、そんなタイトルがつけられた切り抜き動画は、数時間で何十万再生を超えていた。
「……」
画面を閉じても、まぶたの裏にまで突き刺さる言葉の残滓。
そのとき、端末が震えた。灰翼の暗号通信アプリ〈Whisperline〉が、シゲルからのメッセージを表示する。
《突入は……失敗。阿久津さんが……戦死した。タイミングが、向こうに読まれてたみたいだ》
一瞬、理解が追いつかなかった。
現実のほうが、先に進んでしまっていた。
呼吸が浅くなる。何かを言わなければと思ったが、喉が動かない。
目の前の空間が、音もなく崩れていくようだった。
同じ部屋にいた沙耶が、晃の様子に気づき、顔を上げた。
「……どうしたの、お兄ちゃん」
声の調子が、いつもと違った。恐れと、確かめたい気持ちがにじんでいた。
晃は、端末を伏せ、ようやく声を絞り出した。
「阿久津さんが……死んだ」
その言葉を聞いた沙耶は、一瞬だけ硬直した。
手を口元に当て、そのまま目を見開いたまま、動けなくなる。
やがて、大粒の涙が、静かに頬を伝った。
声もなく、ただ震えるように肩が上下していた。
晃は何も言えなかった。その痛みを、沈黙のまま共有するしかなかった。
そのとき、晃の端末が再び震えた。
《全部話す。通信つなぐ》
シゲルからの続報だった。
晃は深く息を吐き、沙耶の方をそっと見やった。
沙耶は、黙ってうなずいた。
──画面の先に現れるのは、闇に揺れる記憶。
阿久津の、最後の戦いだった。
***
――13時間前。
灰色に煙る夜明け前の街──ここは南市の外縁、特別管理区域に指定された無人地帯。
現在も「南市」として存在してはいるが、この区域は地図からも削除され、立ち入りが禁じられている。
その一角、高架道路の下にひっそりと佇む旧貨物ヤード跡地。
鉄柵をかいくぐった先には、錆びついた搬送用トンネルが地下へと続いている。
ここが、矯正センターから搬送センターへと子どもたちが移送されるルートのひとつだと、椎名の情報は示していた。
矯正センターとは、国家の更生政策の名のもとに一般人を「問題個体」として収容・矯正する施設であり、その中でも見込みのない者や特定の条件を満たした者は、臓器移植や国外養子縁組といった名目で別施設──搬送センターへと移される。今回の作戦は、その搬送の最中を狙ったものである。
彼らがいま立っているのは、旧南市インフラ網の名残──かつての貨物ヤードをくぐる高架下の空洞部だった。
上部には、補修されることのなかった旧式の排気口があり、通気ダクトが内部構造に組み込まれている。
「……排気口はこの真上。旧通風ダクト。構造上、爆破すれば、天井が抜ける可能性がある」
低くそう言ったのは柿沼だった。顔を覆うマスク越しでも、その声には緊張がにじんでいた。
柿沼が差し出した古びた構造図に、阿久津は目を落とす。
「築三十年以上か……鉄骨梁は厚いが、継ぎ目と排気口周辺ならいける」
短く言って、手元の時計を確かめる。「準備。爆破は予定通り、四時三十分」
シゲルともう一人のメンバーが、慎重に排気口の周囲に装薬を仕込んでいく。天井の真上に位置する排気口の外側──つまり高架橋の下から突入する作戦だった。
この通気ダクトは、かつて南市の避難経路の一部と接続しており、今も微弱ながら空気の流れが残っている。上部には搬送用の車両が通過する専用レーンがあり、タイミングが合えば、爆破によって直接車両を狙える位置に出られる。
構造的にも老朽化が進んでおり、わずかでも爆薬の威力と角度が正確なら、破孔を生じさせるには十分だ──それが、阿久津の冷静な判断だった。
***
時刻は四時二十九分。
阿久津の指示で、全員が耳栓とゴーグルを装着する。シゲルがカウントを始め、柿沼が起爆装置に指をかけた。
「……3、2、1──」
地鳴りのような爆音が、闇の静寂を裂いた。
粉塵と破片が舞う中、破孔から内部への突入が開始される。
爆破で崩れた高架の床から、灰翼の突入班──六人──が、静かに搬送車両のルートへと滑り降りた。高架橋の下、道路の側面に突き出た排気口の真上が狙いだった。
施設の一部が見える位置に、白い無窓の車両が一台、沈黙の中に佇んでいた。
「警備はいない……?」
そう思った瞬間だった。
「来たぞ! 二時方向、車両の陰だ!」
銃声。
シゲルが叫び、阿久津が即座に遮蔽物の裏へ部隊を誘導する。
──待ち伏せだった。
車両周辺に潜んでいた武装兵が姿を現し、一斉に火線を浴びせてくる。柿沼がすかさず反撃に回るが、応戦に徹せざるを得ない。
「情報が漏れてた……? 椎名の……」
シゲルが顔をしかめるが、それを考える暇もない。
「優先は子どもたちの確保! 車両を確認しろ!」
阿久津の声に、シゲルともう一人が突進し、搬送車の扉をこじ開ける。中には数名の少女と少年──まだ小学生ほどの年齢の子どもたちが縮こまっていた。
「大丈夫、今すぐ助ける!」
声をかけ、一人ずつ抱きかかえて外に運び出す。
しかし、次の瞬間──
「狙撃手! 高架の上段、車両の真上からだ!」
柿沼の警告とともに、仲間の一人が肩を撃ち抜かれ、地面に倒れる。
敵の配置は予想を遥かに超えていた。
阿久津は瞬時に退路の確保に移る。破孔から撤退用のロープを展開し、シゲルに叫ぶ。
「子どもを優先しろ! お前らは先に行け!」
「でも、阿久津さん──」
「命令だ!」
野田と柿沼が子どもたちと負傷者を次々とロープで下へ送る。その背中を覆うように、阿久津が銃を構え、時間を稼ぎ続ける。
そして最後、すべての仲間と子どもたちを送り出した阿久津は、銃声が交錯する高架の上段へと身を翻した。
「……ここまでだな」
小さく、誰にも聞こえないように呟くようにして。
左手には、起爆装置のついた簡易爆薬。右手には、まだ弾の残る拳銃。
野田が振り返ったときには、阿久津はもう──敵の集まる排気口付近へと駆け出していた。
狙撃手が再び姿を現した刹那、閃光が炸裂した。
爆風が吹き抜けた高架の縁で、野田は目を閉じた。音が遠ざかっていく。銃声も、叫びも、すべてが静まり返る。
──その後、無線は沈黙したままだった。
***
長い話を終えたシゲルが、大きくため息をつくのが端末越しに聞こえた。
『突入は……失敗だった。椎名の情報をもとに準備して、最初は順調だった。でも、途中から待ち伏せされた。……子どもは数人、救えた。でも……阿久津さんが、最後に……』
言葉が詰まる。
晃も、沈黙のままその言葉を受け止めるしかなかった。
『椎名さんが裏切ったとは……思えない。でも、一応、これを見てくれ。あとで送る。……柿沼が現場で拾ってきた、廃棄された監視カメラのログ。搬送ルートの近くだ』
晃は、じっと前を見つめたまま、眉をひそめたが、その場ではそれ以上言葉を返さなかった。
「……それで、これからどうするつもりだ?」
一拍の間を置いて、野田が答える。
『まずは、沙織さんと協力して、救出した子どもたちを保護する。それが最優先だ。……それから先は…どうするか…組織も動揺してるし…攻撃手段も…』
『あのSSDの解析は?』
『…進んでるが、肝心な部分がまだ抜けない。カナン語の暗号、クセ強すぎて……こっちの解読ツールが通用しない…マジで詰みか』
晃は頷きながらも、ふと脳裏に別の名前が浮かんだ。
「……そういえば、奏さん。あの人も……裏切ってるかもしれない」
『……くそっ。どいつもこいつも……』
言葉の最後は、呻くようだった。
通話が切れ、端末の画面が再び暗転する。
晃は、重い気持ちのままソファにもたれかかる。
信じたかった。
椎名も、奏も、そしてこの国のどこかにあるはずの『希望』も。
だが、現実はどこまでも容赦がなかった。
迷いと疑念が胸を締めつける。そのとき──
端末にひとつのファイルが届いた。
先ほど野口が言っていた、監視カメラのログだろう。
晃が端末を手に取り、映像を再生しようとしたそのとき。
「私も、一緒に見てもいい?」
少し意外に思いながら、沙耶の声に、晃は軽くうなずいた。
映像が始まる。
画質は粗く、夜明け前の薄暗い時間帯。搬送ルート付近の高架橋の側道。
画面の隅に、椎名の姿が映っていた。
椎名は今回の突入作戦には参加していないはずだ。
だが、映像のタイムスタンプは──襲撃の前日。
「下見か…」
椎名は、突入ルートの選定を支援する立場だった。
だから、下見に来ている自体はおかしいことではない。
晃が黙って画面を見つめていると、沙耶がぽつりと言った。
「……動き方が、変じゃない?」
「え?」
「普通、下見って……もっと慎重に、周囲を確認しながら動くと思うんだけど……。椎名さん、まっすぐ来て、何か確認して、そのまま通信機に触れて……」
沙耶は、迷いながらも言葉を選んでいた。
「なんだろう……『確認』というより、『合図』に見えたの。誰かに……何かを伝えるみたいな」
晃は目を細め、もう一度そのシーンを見直す。
確かに、椎名は人気のない高架下に現れ、数秒間だけ静止し、通信機に手を当てていた。 それは『記録』というより、『連絡』の動きに近かった。
「……そうか。言われてみれば、確かに……」
沙耶の声は以前より落ち着いていた。 だが、その目には明確な『疑い』が宿っていた。
晃は、ふと胸の内に微かなざらつきを覚える。
椎名──あのとき討論会で会った人好きのする男。だがそれも演技だとしたら。
「……もう一度、最初から見よう」
画面が暗転し、再生が始まる。
「あっ…ここ」
沙耶が声を上げ、晃が画面を停止する。
ざらついた画面の中、椎名は高架の柱の陰に入り、周囲を見回しながら通信機に手を伸ばしていた。そして──柱の向こう、視界の外に、わずかに警備兵の影が覗いていた。
椎名の視線がその方向へ向いていたのは、偶然ではない。
――裏切りの証拠。
部屋には再び沈黙が満ちていった。
そのとき──
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