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第三章 還る場所
第29話 消えゆく声
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《YAK-001 対象リスト》
それは、矯正施設と『白の裂界』に送られた者たちのうち、「役に立たない」と判断された人間を消すための指示系統。
言い換えれば──殺処分リストだった。
YAK-001 対象リストの説明とともに、リストが添付されて拡散された投稿は、午前3時の静寂を裂くように現れた。
最初に気づいたのは、深夜にスマホを眺めていた一部のユーザーだった。
「悪質なデマだろ」「こういうの、前にもあったし」
そうした声が散見されたのは、ほんの数分間だけだった。
だが、次第にタイムラインがざわめき始める。
「兄貴、南市に住んでるけど、これヤバくない?」
「南市の知り合い、最近連絡つかなくなってるんだよな……」
#死のリスト、#白の裂界というタグとともに、遮断されたはずの都市の名──南市が浮かび上がってくる。南市内でも、禁止されたSNSに代わる裏SNS上で、その現実がじわじわと可視化されていった。
「え、ちょっと待って……これ、うちの母親の名前じゃない?」
「兄貴、最近『教育プログラム』に呼ばれた。まさか……」
「友達の名前、あるんだけど。やばくない?」
実在する人物名や家族関係と一致する名前が、リストにいくつも含まれていた。
SNSは瞬く間に炎上し、
#YAKリスト
#強制移送反対
#思想矯正
といったハッシュタグが立て続けにトレンド入りした。
「これ、本物?」「政府、だんまり?」「投稿者って誰?」
拡散の波と共に、不安と怒りと恐怖が入り混じった声があふれていく。
中には、叫ぶように投稿する者もいた。
「ふざけんなよ……! 妹が、あそこに入れられてるんだよ!!」
投稿の末尾には、小さく《by朱霞》と記されていた。
かつて矯正制度や相互監視を批判し続け、一部では『反体制の代弁者』として注目されていた匿名アカウント。
だが、そのアカウントは朝日を迎えた今、沈黙していた。
最後の投稿から一切更新されておらず、アカウント自体も検索結果から消えていた。
メッセージの受付も閉ざされている。
「削除されたのでは」「消されたのでは」──そんな不吉な憶測が拡がっていく。
誰もが口に出すことを恐れながら、それでも噂は止まらなかった。
『あれが最後の遺言だったんじゃないか』
無数のタイムラインを駆け抜けたその声が、静かに社会を揺らしていた。
沈黙とざわめき。
その境界で、何かが確かに変わり始めていた。
***
──その頃、内閣広報室でも一つの端末を見つめて、苛立ちを隠せない者がいた。
「また『朱霞』……」
姫野京子は、タブレットを乱暴に伏せた。
『朱霞』、いや、『小野寺 奏』──。
かつての教員で、思想的に過激との報告はあるものの、親密な関係を装って近づいた工作に敗れて監視側の情報提供者に寝返った女。
「こんな情けない犬に、ここまで振り回されるとはね」
その横顔には、焦りと怒りが交錯していた。
「処分終了の連絡は南市中央医療センターから入りました。
ですが……スクリーンショットが先に出回っていたようで」
側近の報告に、姫野のいらだちは多少和らいだ。
「……まあ、いいわ。どうせ民衆なんて、愚かで忘れっぽいものよ」
彼女の目は、再び画面に戻ることなく、宙を睨みつけていた。
──そして、その投稿を、晃もまた見ていた。
南市ではSNSの大半が遮断されている。
一般市民の端末からでは、こうした情報にはまずアクセスできない。
だが、晃の手元には、灰翼のネットワークを通じて外部に繋がる特別なルートがあった。
部屋の隅に座り込んだまま、スマホの画面を見つめる。
目の前に広がる言葉の洪水。その中心に、あの名前がある。
「……朱霞」
彼女が動いてくれた。
言葉で、想いで、あの壁の向こうに声を投げてくれた。
それが、たしかに人を動かしている。
世界を、少しだけ揺らしている。
でも──その代償に、またひとり、いなくなったのかもしれない。
晃は、静かに目を伏せる。
拳が、膝の上でかすかに震えた。
(……また、救えなかった)
(あのとき手を伸ばしていれば、何か変わったのか?)
画面の光が、瞳の奥で滲んでいた。
正しさって、なんだろう。
間違っていなければ、それでいいのか?
誰かを救うたびに、誰かを失っている気がする。
──正義は、白や黒ではないのかもしれない。
『灰色の翼』という言葉が、ふと、脳裏をよぎった。
「……そういう意味か」
それでも、止まるわけにはいかなかった。
──そして、誰も気づかぬうちに。
その投稿は、一つの『引き金』を引いていた。
数時間後──灰翼の作戦本部に、沈黙を破る『報告』が届くことになる。
※この作品はライト文芸大賞にエントリー中です。
もし何か感じるものがあったら、「❤」や「お気に入り」で応援していただけたら嬉しいです。
5月末に完結予定で、毎日更新します。
それは、矯正施設と『白の裂界』に送られた者たちのうち、「役に立たない」と判断された人間を消すための指示系統。
言い換えれば──殺処分リストだった。
YAK-001 対象リストの説明とともに、リストが添付されて拡散された投稿は、午前3時の静寂を裂くように現れた。
最初に気づいたのは、深夜にスマホを眺めていた一部のユーザーだった。
「悪質なデマだろ」「こういうの、前にもあったし」
そうした声が散見されたのは、ほんの数分間だけだった。
だが、次第にタイムラインがざわめき始める。
「兄貴、南市に住んでるけど、これヤバくない?」
「南市の知り合い、最近連絡つかなくなってるんだよな……」
#死のリスト、#白の裂界というタグとともに、遮断されたはずの都市の名──南市が浮かび上がってくる。南市内でも、禁止されたSNSに代わる裏SNS上で、その現実がじわじわと可視化されていった。
「え、ちょっと待って……これ、うちの母親の名前じゃない?」
「兄貴、最近『教育プログラム』に呼ばれた。まさか……」
「友達の名前、あるんだけど。やばくない?」
実在する人物名や家族関係と一致する名前が、リストにいくつも含まれていた。
SNSは瞬く間に炎上し、
#YAKリスト
#強制移送反対
#思想矯正
といったハッシュタグが立て続けにトレンド入りした。
「これ、本物?」「政府、だんまり?」「投稿者って誰?」
拡散の波と共に、不安と怒りと恐怖が入り混じった声があふれていく。
中には、叫ぶように投稿する者もいた。
「ふざけんなよ……! 妹が、あそこに入れられてるんだよ!!」
投稿の末尾には、小さく《by朱霞》と記されていた。
かつて矯正制度や相互監視を批判し続け、一部では『反体制の代弁者』として注目されていた匿名アカウント。
だが、そのアカウントは朝日を迎えた今、沈黙していた。
最後の投稿から一切更新されておらず、アカウント自体も検索結果から消えていた。
メッセージの受付も閉ざされている。
「削除されたのでは」「消されたのでは」──そんな不吉な憶測が拡がっていく。
誰もが口に出すことを恐れながら、それでも噂は止まらなかった。
『あれが最後の遺言だったんじゃないか』
無数のタイムラインを駆け抜けたその声が、静かに社会を揺らしていた。
沈黙とざわめき。
その境界で、何かが確かに変わり始めていた。
***
──その頃、内閣広報室でも一つの端末を見つめて、苛立ちを隠せない者がいた。
「また『朱霞』……」
姫野京子は、タブレットを乱暴に伏せた。
『朱霞』、いや、『小野寺 奏』──。
かつての教員で、思想的に過激との報告はあるものの、親密な関係を装って近づいた工作に敗れて監視側の情報提供者に寝返った女。
「こんな情けない犬に、ここまで振り回されるとはね」
その横顔には、焦りと怒りが交錯していた。
「処分終了の連絡は南市中央医療センターから入りました。
ですが……スクリーンショットが先に出回っていたようで」
側近の報告に、姫野のいらだちは多少和らいだ。
「……まあ、いいわ。どうせ民衆なんて、愚かで忘れっぽいものよ」
彼女の目は、再び画面に戻ることなく、宙を睨みつけていた。
──そして、その投稿を、晃もまた見ていた。
南市ではSNSの大半が遮断されている。
一般市民の端末からでは、こうした情報にはまずアクセスできない。
だが、晃の手元には、灰翼のネットワークを通じて外部に繋がる特別なルートがあった。
部屋の隅に座り込んだまま、スマホの画面を見つめる。
目の前に広がる言葉の洪水。その中心に、あの名前がある。
「……朱霞」
彼女が動いてくれた。
言葉で、想いで、あの壁の向こうに声を投げてくれた。
それが、たしかに人を動かしている。
世界を、少しだけ揺らしている。
でも──その代償に、またひとり、いなくなったのかもしれない。
晃は、静かに目を伏せる。
拳が、膝の上でかすかに震えた。
(……また、救えなかった)
(あのとき手を伸ばしていれば、何か変わったのか?)
画面の光が、瞳の奥で滲んでいた。
正しさって、なんだろう。
間違っていなければ、それでいいのか?
誰かを救うたびに、誰かを失っている気がする。
──正義は、白や黒ではないのかもしれない。
『灰色の翼』という言葉が、ふと、脳裏をよぎった。
「……そういう意味か」
それでも、止まるわけにはいかなかった。
──そして、誰も気づかぬうちに。
その投稿は、一つの『引き金』を引いていた。
数時間後──灰翼の作戦本部に、沈黙を破る『報告』が届くことになる。
※この作品はライト文芸大賞にエントリー中です。
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5月末に完結予定で、毎日更新します。
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