灰の翼は自由を知らない

悠・A・ロッサ

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第三章 還る場所

第34話 カウントはゼロから

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「ゼロタイム・プロトコル」──それが作戦の名だった。

ターゲットは、正式名称は「南市保健医療センター」、通称『白の裂界』。

表向きは市民向けの医療施設だが、
実際は国家の監視と管理のために作られた複合拠点だ。

この施設には、三つの主要ブロックがある。
医療棟、矯正棟、そして保管区画だ。
それぞれに異なる役割とセキュリティが設けられている。

これらの三つの棟は地下の通路でつながれ、外部とは完全に遮断されている。

ブリーフィングルームの中央には、
旧施設の構造図を拡張表示した薄型のプロジェクタースクリーン。
所々に手書きのメモが貼られ、情報が整理されている。

「突入時間は午後十六時だ」
「そんな明るい時間に……?」
と誰かが思わず声を漏らす。

晃がうなずいて続けた。
「この時間は、スタッフと患者が出入りして、監視の目が散る。
 搬送や出入りも増えて、警備が一時的に手薄になるタイミングだ。
 この隙に、俺たちは患者やスタッフに紛れて施設内部に入る」

「目的は明確だ。
 『白の裂界』で何が起きているのか──その実態を、映像で世界に伝える。
 言葉じゃなく、『目撃させる』んだ。世論を揺らすには、それしかない」

野田シゲルがうなずきながら、端末でスライドを切り替える。
「中継は三系統。
 メインは衛星経由で分散、予備もあるから一本潰れても即アウトにはならない。
 発信元には仮想ルーターをかませるから、追跡されない──まあ、たぶん」

シゲルの表情が少しだけ引き締まる。
「……逆に、向こうからすれば真っ先に潰したいターゲットでもある。
 中継機材がバレたら、速攻で排除対象だ」

少し間をおいて、さらに続ける。
「つまり、中継班は特に……命懸けになる可能性が高い」

一瞬、会議室の空気が張り詰める。

晃が前に出て、みんなの視線を受け止めながら言った。
「それでも、加工された映像じゃ『今』は伝わらない。
 ゼロタイムで、目の前で起きていることとして見せなきゃ
 ……誰の心も動かせない」

仁科の眉がわずかに動く。
「……ゼロタイム」

晃が力強く頷く。
「──そういうこと。だから今回の作戦名は、ゼロタイム・プロトコル。
 ただ『今、この瞬間』を、真実そのまま届ける。それがこの作戦の中核」
「そう、そもそも、この『ゼロタイム』って言葉、
 元ネタはアニメ『ヴァルキュリア・クロニクル』に出てくる戦術概念で──」
「シゲル、ストップ」

晃が遮ると、シゲルは少し拗ねたように肩をすくめた。

「せっかく語ろうと思ったのに……」

晃は少し笑ってから、再び全員を見渡す。

「何があっても、中継を止めないこと。
 施設の実態を、言葉じゃなく、映像で示す。それが俺たちの役目だ」

晃の声は静かだったが、その目は燃えていた。
次に、モニターに映る施設図を指し示す。

「医療棟には、目立った異常はない。
 矯正棟が問題だ。
 実際に何が行われているか、明確な映像が必要になる。
 だから──二つのルートでそこに近づく」

「仁科と柿沼は同じ班だ。
 患者のふりして、医療棟から裏ルートを経てモニター室に向かう。
 沙織さんと沙耶は、医療スタッフとして潜入し、内部の実態を現場から映す。」
「シゲルと俺は中継室に回って、全体の映像と通信を管理する」

沙織が一歩前に出て、地図の一点を指差す。

「このあたり──薬品保管室の隣。
 そこ、私が勤めてた頃は誰もいない時間があった。
 もし今も同じなら、中継拠点に使えるかもしれない。
 視線も死角に入りやすいし、機材を置くスペースもある」

晃が頷く。
「助かる。確認してみよう」
「突入後の持ち時間は?」
「EMPの効果が切れるまで、最大で二十。十五分を目処に動け」

会議室に緊張が走る。

誰もが、それがどれだけ綱渡りの作戦か理解していた。

***

晃が、柿沼、仁科、シゲルの三人を別室に集めたのは、作戦会議が終わってすぐのことだった。

部屋の扉が閉まる音を確認してから、晃はジャケットの内ポケットに手を入れ、一枚のカードを取り出す。薄い金属製のIDカード。光沢を抑えた表面に、見慣れない識別コードが刻まれている。

「これを使えば、『白の裂界』の最奥部──保管区画に入れる」

柿沼が眉をひそめる。
「……あそこに、何がある?」
「選別の記録。被収容者の診断ログ、臓器の適合リスト。
 あと……施設外への搬出ルートの情報もあるかもしれない」

仁科が息を呑む。
「それが公になれば、さすがに世論も動くな」

晃はうなずく。
「中継が切れた時点でこの作戦は失敗だ。だから保険をかけたい。
 俺が最奥まで行き、データを抜く」

「一人で?」
と仁科。

「ああ、IDカードは1枚しかない」

シゲルがIDカードを覗き込む。
「これ、マジで運用できんの?
 つーか出雲、信用できるユニットなん?
 ここ、クエスト失敗即死案件なんだけど?」

晃は少しだけ目を伏せ、それから顔を上げて静かに言った。
「……できる」

それだけだった。
柿沼がわずかに目を細め、仁科が黙ってうなずいた。

「了解した」
と柿沼。

「ルート上の監視カメラとセンサーは、こっちで処理する。
 が、時間は限られる。十七分が限界だ」

「十分だ。……頼む」

晃はカードを胸ポケットに戻し、深く息を吐いた。
立ち去ろうとしたとき、シゲルが声をかけた。

「……あ、その前にさ」
シゲルがポケットから小さな端末を取り出した。

「例のやつ。椎名の携帯。今朝やっとロック突破できた」
晃の足が止まる。

「『黒江』の名前が出てきた。通話ログと、──『YAK-001』の発令履歴。
 多分、本物だ」
「……三千人の殺処分命令、か」

晃の背中に、ひやりとした重みが落ちた。

『黒江』

──かつて、晃がベンチャー企業に勤めていた頃の直属の上司だった男の名前だ。

当時の黒江は、軽口と冗談を飛ばしながら、成果だけを冷徹に追い求めるタイプだった。飄々とした態度の裏で、部下の心情には一切頓着せず、数字と命令だけを信じて動く人間だった。

その後、南市中央医療センター。通称『白の裂界』に移り、今は完全に『向こう側』にいる。

その男が、今──三千人の命を奪う指令を下している。
しかも、それを止めようとしている者たちを、排除する立場として。

あまりにも静かに、あまりにも当然のように。
敵の中枢は、ずっと隣にいた。

何気ない沈黙の奥に、数千の命を切り捨てる冷たさが潜んでいた。

「ありがとう。これで確信が持てた」
晃は静かに言い、荷物を背負い直す。

(……椎名。これが、お前の最後の仕事か)

※この作品はライト文芸大賞にエントリー中です。

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5月末に完結予定で、毎日更新します。
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