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第4章:嘘と演出

1.もう一人の結月

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夜更けのタイムラインは、熱狂の残骸で満たされていた。結月の名前を冠した投稿はすでに十万件を超え、トレンド欄には派生タグがいくつも並んでいた。「#本物の結月」「#結月は誰?」「#結月観察日誌」。それぞれが断片的な事実と推測と妄想を絡め、まるで“結月という存在”そのものが、都市伝説のように肥大化していた。

その夜、真広のもとに一通のDMが届いた。送り主のアカウント名は「yuzuki_real」。アイコンはピンぼけした校舎の写真、プロフィール欄には一文だけ。「本物の私が話します」。

一瞬、心臓が止まりそうになった。だが真広は、慎重に指を動かし、DMを開いた。中には短いメッセージとリンクが添えられていた。

〈ごめんなさい。混乱させてしまって。私が本物の結月です。全部、終わらせたくて。〉

丁寧な文体。句読点の打ち方。言葉の温度。それらは、これまで真広が目にしてきた“結月”の文章とは微妙に異なっていた。あの初めてのDMにあった、かすかな緊張や、語尾ににじむためらい。そうしたものが、どこにも感じられなかった。まるで、誰かが“彼女らしい言葉”を模倣しているような、そんな感触。

そしてもう一つの違和感――このアカウントの作成日はわずか数時間前だった。しかも、フォローはゼロ。フォロワーは、既に五千を超えていた。つまり、誰かが「これが本物だ」と言わんばかりに“拡散”していた。それは自然発生的なものではなく、何らかの“意図的な操作”の存在を匂わせていた。

リンクを開くと、そこには動画があった。薄暗い部屋で、一人の少女がこちらを見つめている。顔はマスクで隠されていたが、制服は結月のものに酷似していた。動画は一分間、終始無言のまま進み、最後に手書きの文字が表示された。

〈ごめんなさい。さようなら〉

演出された光、やたら高解像度な映像、計算された構図。真広の胸にざらつくものが広がっていく。これは誰かが作った“偽物”だ――そう確信するだけの理由が、いくつもあった。

しかし、ネットの住人たちは違った。「本物だ!」「感動した」「ついに現れた!」。感情の起伏を欲する観客たちは、この映像を“クライマックスの幕開け”として歓迎し、さらなる考察と拡散に躍起になっていた。誰もが“納得できる物語”を探していた。だからこそ、この映像の“わかりやすさ”に飛びついた。結月とはこういう少女で、こういう風に苦しみ、こうして去っていく――という“シナリオ”が求められていた。

真広の頭の中には、混乱が渦巻いていた。もし、この映像が本当に彼女の“遺言”だとしたら。もし、このアカウントが本人によって運営されているのだとしたら。けれど、なぜ今までとは文体が違うのか。なぜわざわざ別アカウントなのか。そして、なぜ誰にも“わからせる努力”をしないのか。

“本物”とは何か。“結月”とは誰か。

その問いは、ますます深く、真広の胸を掘り下げていく。SNSの海に浮かぶ数えきれないアカウント。そこに“彼女”を名乗る存在が複数いる現実。真広が知っていた彼女の輪郭が、どんどん希薄になっていく感覚。

次の朝、学校の門をくぐった瞬間にも違和感は続いていた。下駄箱の横で、数人の生徒がスマホの画面を突き合わせていた。「これ、本人らしいよ」「マジで?顔見せてないのに?」「声が違う気もするけど」――そこには、結月が“ネットで盛り上がる素材”でしかなくなった現実があった。

教室に入っても、彼女の机はそのまま残されていた。誰かが花でも置くかと思ったが、そこにあるのは昨日のままの古びたノートだけ。それが、“彼女が本当に存在していた”という唯一の物証のように見えた。

授業が始まっても、真広はノートを開くことができなかった。思考が絡まり、ペンを持つ手が動かなかった。先生の声が遠くに感じられ、教室の空気がガラス越しに薄く隔てられているように思えた。みんなは、今日も普通に日常を過ごしている。結月がいないことに、誰も驚いていない。まるで、最初から“いなかった”かのように。

帰り道、真広は歩きながら考えた。なぜ、誰も疑問を抱かないのか。なぜ、こんなにも簡単に“別アカウント”を信じてしまうのか。なぜ、“本物らしさ”を演出すれば、それが真実になるのか。

ふと、思い出したのは、かつてクラスメイトが言っていた何気ない一言だった。「結月って誰だっけ?」。あの無邪気な問いが、今は真広の中で冷たい現実となって突き刺さる。誰も彼女を“知らなかった”のだ。記憶が曖昧で、関心が薄くて、それでも“拡散”だけはしたがる。だから、“本物”かどうかなんて、誰にとっても大した問題ではなかったのだ。

SNSの中では“演出された結月”が生きている。けれど、その存在が増えるほどに、真広の知っている“あの彼女”は消えていく。名を騙るアカウントが増えるたびに、“本物の彼女”の記憶が上書きされていくようだった。

結月は、今もどこかにいるのかもしれない。あるいは、もうこの世界にいないのかもしれない。だが、真広は決めた。自分だけは、どれが“本物”かを見極める。それは正義感ではなく、ただの意地だった。あの時のDM、あの時の声、そしてあの目の奥に潜んでいたかすかな違和感。それを覚えている自分だけが、彼女を“ただの物語”にしないでいられる。

もう一人の結月――その影が濃くなるほど、真広は“たったひとりの彼女”を思い出すしかなかった。声も小さく、気配も薄く、それでも確かに教室にいたあの少女のことを。拡散では届かない、“静かな証明”を手繰り寄せるように。
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