4 / 28
深淵を覗く時、深淵もまた……
しおりを挟む
さて、待機させていた『フラワーエデン』の攻略対象ヒロインズが、いよいよ我慢しきれなくなってきたようです。
ーーーーーーーーーーー
すっかり日も沈んだこの時間、多くの女生徒たちは一日の疲れを取るべく入浴を始める。
このマンジュリカ女学院の寮には、広々とした大浴場が存在する。さすが、お嬢様ばかりが通う環境なだけあって、寮の設備が素晴らしい。
ボクはといえば、大浴場に隣接する物置部屋で、アイリスとともに息を潜めていた。
何故そんなことをしているのかって?そんなの決まっているよね。もちろんお嬢様たちの入浴を鑑賞するためである。
設備そのものは素晴らしいこの寮だが、一方で、建造されてからの歴史も長い。祖母の代からこの寮で青春を送っていた、なんて話も耳にするほどだ。
そのため、何度も補修されているものの、ところどころに補修しきれていない箇所がある。
大浴場と物置部屋を隔てる壁にできている、細い隙間もそのひとつだ。
「こんなこと言うのもあれだけどさ、シランは女なんだから普通に浴場に入ればいいんじゃねえの?」
「それじゃ、意味がない。アイリスは、何にも分かってない」
「えぇ……」
アイリスが声を潜めながら呟いた疑問に対し、ボクは呆れたようにため息をつく。本当に何も分かっていない。このボクがそこに気づかないわけがないじゃないか。
実際、寮に入った初日に大浴場の存在を知ったボクは、待ってましたと言わんばかりに大浴場へ突撃した。それはもう、このジト目が興奮で煌めくほどに意気揚々と。
けれど、その直後ボクは真理を理解することになる。
「入浴姿は、バレないように覗くからこそ、ドキドキする。スリルと浪漫、それが大切」
「えぇぇえ……」
そう。普通に女として浴場へ入っても、不思議とそれほど興奮しないのだ。寧ろ、なんというか普通に入浴しているだけ、って感覚に陥ってしまった。
いつも通りに入浴し、そこに日常感を感じてしまえば、それはもうただの当たり前になってしまう。そういうことなんだろう。
あのときの経験は、ボクから元男として大切な何かを失わせたが、一方で大切な心理に気づかせてくれた。
そんなことをしみじみと考えながら、満を持して壁の隙間を覗こうとしたタイミングで……ボクはおかしな気配を感じた。
「……アイリス。たぶん、何かいる」
「そりゃあ入浴時間なんだから、誰かしらいるんじゃねえの?」
「そうじゃない。ボクたちに向けて、視線を送ってる……気がする」
「マジかよ?! あたしは何も感じないんだけどなぁ……」
何でもない振りをしながら、目だけで静かに物置部屋内を見渡す。
そして……ボクは部屋の扉が僅かに開いていることに気がつく。
「そこ、誰かいるのは、分かっている」
「おい! 大人しく姿を見せろ!」
ボクが扉に向かって声を掛けると、慌ててアイリスも声を荒げる。
その瞬間、ドスンと尻もちをついた音がする。続けて、恐る恐ると扉が開く。
「あっ……うう……ひぃいっ……」
そこにいたのは、ひとりの女生徒だった。シランとして出会った記憶はない。だけど、ボクは彼女を知っている。
「これは、違うんです……あぁ……ごめんなさいぃぃぃぃいい」
「な、なんでアネモネが……」
アイリスの睨みにびくびくと怯えながら、涙を流して謝罪している彼女は、『フラワーエデン』の攻略対象ヒロイン、アネモネお嬢様だった。
まさか、どうしてアネモネがここに? お淑やかなヒロインだったはずのアネモネが、まさか覗き魔にでもジョブチェンジしたのだろうか。
いやまあ、ボクなんか大浴場を観察しようとした覗き魔なわけで、人のことを言えた立場ではないけども。
「違うんです……ただ、いつもみたいにシラン様の姿を眺めていたら、お二人で物置部屋に入っていったから……どうしても気になってしまって」
なるほど、それならば仕方がない。たしかに、こんな時間に二人で物置部屋へ入っていく姿を目にしたら、怪しくて気になってしまうのも当然だと思う。不覚だったなぁ。
…………ちょっと待った。今、「いつもみたいにシラン様の姿を眺めていたら」なんて言葉が聞こえたような。
いつも……ボクを!?!?
アネモネ = シャルディーニは、正真正銘『フラワーエデン』の攻略対象であるヒロインのひとりだ。
彼女はゲーム内で誰にも心を開かない孤独な少女として登場するが、アネモネルートでは主人公の積極的なアタックにより、徐々に心を開いていく。
孤独な少女が主人公にのみ心を開き、甘えた姿を見せる。そんなギャップが多くのプレイヤーを魅了し、作品の人気投票でも上位に食い込むほどのキャラクターだった。
ボク、さすがにこれはショックなんだけど……
立ち直れずに呆然としているボクと、ひくひくと身体を揺らしながら謝罪するアネモネ。
その間で、アイリスがどうしていいのか分からず声を漏らす。
「何この状況……」
そういえば、似たような衝撃を入学直後にも経験したな、と思い出し、ボクは思考を放棄した。
うん、今日はもう寝るべきだな。そう結論を出したボクは、覗き魔……アネモネを放置して、ふらふらと歩き始める。
もう大浴場を覗くのはやめよう。覗いていいのは覗かれる覚悟がある人間だけなんだよ、きっと。
はぁ……
◇
「ジト目のまま浴場に欲情しているシランちゃんも、ショックを受けて呆然としているシランちゃんも……あぁもう! 可愛すぎるって」
物置部屋の荷物に紛れ、じっとシランを眺めていた存在がもうひとり。
シランを愛してやまないリリー = ミシュレは、今日も彼女を観察していた。
「それにしても、私のシランちゃんをストーキングしている女の子がいたなんて……たしか、同級生だったかしら。少し警戒した方が良さそうね」
この場の誰にも気づかれないほどのストーキング能力を身につけているリリーは、自分のことをすっかり棚に上げて呟いた。
ーーーーーーーーーーー
キャメリア「なぜでしょう、胃がキリキリいたしますわ……」
お気に入り登録やコメントなんかをいただけると大変喜びます。
ーーーーーーーーーーー
すっかり日も沈んだこの時間、多くの女生徒たちは一日の疲れを取るべく入浴を始める。
このマンジュリカ女学院の寮には、広々とした大浴場が存在する。さすが、お嬢様ばかりが通う環境なだけあって、寮の設備が素晴らしい。
ボクはといえば、大浴場に隣接する物置部屋で、アイリスとともに息を潜めていた。
何故そんなことをしているのかって?そんなの決まっているよね。もちろんお嬢様たちの入浴を鑑賞するためである。
設備そのものは素晴らしいこの寮だが、一方で、建造されてからの歴史も長い。祖母の代からこの寮で青春を送っていた、なんて話も耳にするほどだ。
そのため、何度も補修されているものの、ところどころに補修しきれていない箇所がある。
大浴場と物置部屋を隔てる壁にできている、細い隙間もそのひとつだ。
「こんなこと言うのもあれだけどさ、シランは女なんだから普通に浴場に入ればいいんじゃねえの?」
「それじゃ、意味がない。アイリスは、何にも分かってない」
「えぇ……」
アイリスが声を潜めながら呟いた疑問に対し、ボクは呆れたようにため息をつく。本当に何も分かっていない。このボクがそこに気づかないわけがないじゃないか。
実際、寮に入った初日に大浴場の存在を知ったボクは、待ってましたと言わんばかりに大浴場へ突撃した。それはもう、このジト目が興奮で煌めくほどに意気揚々と。
けれど、その直後ボクは真理を理解することになる。
「入浴姿は、バレないように覗くからこそ、ドキドキする。スリルと浪漫、それが大切」
「えぇぇえ……」
そう。普通に女として浴場へ入っても、不思議とそれほど興奮しないのだ。寧ろ、なんというか普通に入浴しているだけ、って感覚に陥ってしまった。
いつも通りに入浴し、そこに日常感を感じてしまえば、それはもうただの当たり前になってしまう。そういうことなんだろう。
あのときの経験は、ボクから元男として大切な何かを失わせたが、一方で大切な心理に気づかせてくれた。
そんなことをしみじみと考えながら、満を持して壁の隙間を覗こうとしたタイミングで……ボクはおかしな気配を感じた。
「……アイリス。たぶん、何かいる」
「そりゃあ入浴時間なんだから、誰かしらいるんじゃねえの?」
「そうじゃない。ボクたちに向けて、視線を送ってる……気がする」
「マジかよ?! あたしは何も感じないんだけどなぁ……」
何でもない振りをしながら、目だけで静かに物置部屋内を見渡す。
そして……ボクは部屋の扉が僅かに開いていることに気がつく。
「そこ、誰かいるのは、分かっている」
「おい! 大人しく姿を見せろ!」
ボクが扉に向かって声を掛けると、慌ててアイリスも声を荒げる。
その瞬間、ドスンと尻もちをついた音がする。続けて、恐る恐ると扉が開く。
「あっ……うう……ひぃいっ……」
そこにいたのは、ひとりの女生徒だった。シランとして出会った記憶はない。だけど、ボクは彼女を知っている。
「これは、違うんです……あぁ……ごめんなさいぃぃぃぃいい」
「な、なんでアネモネが……」
アイリスの睨みにびくびくと怯えながら、涙を流して謝罪している彼女は、『フラワーエデン』の攻略対象ヒロイン、アネモネお嬢様だった。
まさか、どうしてアネモネがここに? お淑やかなヒロインだったはずのアネモネが、まさか覗き魔にでもジョブチェンジしたのだろうか。
いやまあ、ボクなんか大浴場を観察しようとした覗き魔なわけで、人のことを言えた立場ではないけども。
「違うんです……ただ、いつもみたいにシラン様の姿を眺めていたら、お二人で物置部屋に入っていったから……どうしても気になってしまって」
なるほど、それならば仕方がない。たしかに、こんな時間に二人で物置部屋へ入っていく姿を目にしたら、怪しくて気になってしまうのも当然だと思う。不覚だったなぁ。
…………ちょっと待った。今、「いつもみたいにシラン様の姿を眺めていたら」なんて言葉が聞こえたような。
いつも……ボクを!?!?
アネモネ = シャルディーニは、正真正銘『フラワーエデン』の攻略対象であるヒロインのひとりだ。
彼女はゲーム内で誰にも心を開かない孤独な少女として登場するが、アネモネルートでは主人公の積極的なアタックにより、徐々に心を開いていく。
孤独な少女が主人公にのみ心を開き、甘えた姿を見せる。そんなギャップが多くのプレイヤーを魅了し、作品の人気投票でも上位に食い込むほどのキャラクターだった。
ボク、さすがにこれはショックなんだけど……
立ち直れずに呆然としているボクと、ひくひくと身体を揺らしながら謝罪するアネモネ。
その間で、アイリスがどうしていいのか分からず声を漏らす。
「何この状況……」
そういえば、似たような衝撃を入学直後にも経験したな、と思い出し、ボクは思考を放棄した。
うん、今日はもう寝るべきだな。そう結論を出したボクは、覗き魔……アネモネを放置して、ふらふらと歩き始める。
もう大浴場を覗くのはやめよう。覗いていいのは覗かれる覚悟がある人間だけなんだよ、きっと。
はぁ……
◇
「ジト目のまま浴場に欲情しているシランちゃんも、ショックを受けて呆然としているシランちゃんも……あぁもう! 可愛すぎるって」
物置部屋の荷物に紛れ、じっとシランを眺めていた存在がもうひとり。
シランを愛してやまないリリー = ミシュレは、今日も彼女を観察していた。
「それにしても、私のシランちゃんをストーキングしている女の子がいたなんて……たしか、同級生だったかしら。少し警戒した方が良さそうね」
この場の誰にも気づかれないほどのストーキング能力を身につけているリリーは、自分のことをすっかり棚に上げて呟いた。
ーーーーーーーーーーー
キャメリア「なぜでしょう、胃がキリキリいたしますわ……」
お気に入り登録やコメントなんかをいただけると大変喜びます。
20
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた
歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。
剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。
それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。
そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
「ご命令と解釈しました、シン様」
「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」
次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
義姉をいびり倒してましたが、前世の記憶が戻ったので全力で推します
一路(いちろ)
ファンタジー
アリシアは父の再婚により義姉ができる。義姉・セリーヌは気品と美貌を兼ね備え、家族や使用人たちに愛される存在。嫉妬心と劣等感から、アリシアは義姉に冷たい態度を取り、陰口や嫌がらせを繰り返す。しかし、アリシアが前世の記憶を思い出し……推し活開始します!
俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。
こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。
完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。
この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。
ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。
彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。
※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる