彼氏の家族がヤバいですわ!

ぬこまる

文字の大きさ
3 / 19

しおりを挟む

 車窓からの眺めは、都会では見られない青く澄んだ空と鬱蒼と生い茂る草木ばかり。
 そして、耳にするのは悲しい旋律だ。
 幼少期に聞き飽きたクラシックが、アリスの鼓膜に響く。
 運転席でハンドルを握るケイトは、ピアノでも奏でるように指を弾いた。

「ドライブはいつもショパンですの?」
「お、さすがもと悪役令嬢、この曲を知っているのかい?」
「幻想ポロネーズ っていうか悪役令嬢って言い方は失礼ですわね」
「あはは、すまない、アリスの瞳はクールだからさ」
「それ褒めてるのかしら?」

 ああ、とケイトはうなずく。
 返す言葉が見当たらず、アリスはまた車窓を眺めた。

「緑、青、緑、青……」

 本当に山と森しかない。
 都会から離れれば、離れるほど、心細くなる。
 何が悲しくてクラシック音楽を?
 ドライブは楽しい音楽を聴きたい。
 彼氏とのミュージックセンスは、どうも相性が悪そうだ。
 アリスは手荷物ポーチから、そっとイヤホンケースを出す。ノイズキャンセリング機能つきのワイヤレス。雑音を解消するには丁度良い。

「おい、まさかイヤホンするつもりか?」
「ええ、まだ1時間はかかる、とおっしゃったから仮眠しようと……それにクラシックは昔を思い出してしまうから……」
「そうか、それはすまない。音楽を変えるよ……何がいい?」
「そうね、邦楽を流してくださる」
「わかった」

 JPOPを流して、とケイトは声でオーディオを操作する。
 軽快で何も考えなくていい音楽が流れ出す。
 こうでなくちゃ。
 アリスはイヤホンケースをポケットにしまい、リズムに乗って首を振った。
 まったく、敵わないな、とケイトは苦笑している。
 信号のない車道が、どこまでも伸びていた。
 他に走る車は、一台も見かけない。
 虚しいほどの孤独。ここは完全に人里を離れた、田舎だ。

 ブブブブブッ

 まだ携帯の電波はあるようだ。
 アリスの手荷物ポーチの中で、スマホが踊っている。画面には、『クソ上司』とあった。

「げ……」
「出なくていいのか?」

 ケイトにうながされ、通話ボタンを押す。

「もしもし、ですわ」

 電話の向こうは、わんわん騒がしいペットショップ。
 ハサミをちょきちょき、トリマーをしているアリスの上司ヒロが、「ですわ、じゃねぇよぉ!」と声を張り上げる。

「お嬢っ! 柴犬ちゃんの餌どこにやった?」
「あら……あの餌ならまとめて保管庫に置きましたわ」
「バカヤロウ! 柴犬ちゃんの餌は匂いが強いから俺が用意した箱にしまえって言っただろうが!」
「すみませんわ」
「ったく……おお~あったあった、だがまぁ、ちゃんとジップロックしてあるじゃねぇか、やるなぁ、お嬢」

 おーほほほ、とアリスは笑う。
 なんちゅう通話をしとるんだ、とケイトは苦笑していた。

「で、いつ帰る? まさか本当に二連休するつもりじゃねぇだろうな、あ?」
「それパワハラですわ。部下のプライベートに口出ししないでください」
「はっ、どうせ彼氏と旅行だろう?」
「……な、なぜ分かるのですか?」
「わははは、イケメンだったらやめておけよ! どうせ騙されるのがオチだ。彼氏にするなら俺みたいなブサイクにしておけ。お嬢は綺麗だからプラマイゼロになる」
「無理ですわ」
「ところでブラジャーは新しいのを買ったか? お嬢のデカデカおっぱいは、すぐに下着をダメにするだろうからな」
「それはセクハラですわ。本社に訴えますわよ?」
「おお、訴えてくれ! トリマーショップを開業するきっかけになる」
「し、信じられませんわ……ヒロさんのようなクソ野郎が開業なんて……」
「うるせぇ、とにかく今すぐ帰ってこい! 彼氏の玉しゃぶってないでよぉ、わははは」
「……」

 ペットショップで、「わははは」と笑いまくるヒロ。
 通話はもう切れているのに、まだ話しを続けていた。ただのスケベおやじである。

「お嬢のフェラはうまそうだな、こんど俺のもやって……て、こいつ切りやがった、クソっ」

 わんわん、と犬たちが吠えまくっていた。
 可愛い柴犬が、くーん『餌をくれ』と鳴いている。

「ほんっと、クソ上司ですわ」

 通話を切っていたアリスは、ふぅ、とため息をつく。
 隣でハンドルを握るケイトは、クスッと笑った。
 整った顔が、くしゃっと笑顔になる。
 絵に描いたようなイケメンだ。
 私が騙される?
 まさか、それはない、とアリスは首を振った。
 だって、こんなに優しい瞳で私を見つめてくれるから……。

 ギィィィ!!

 突然の急ブレーキ。
 鹿だ。立派なツノの生えた野生の鹿が、車の前に現れた。
 鹿は微動だにせず。黒目がちな両目が、じっとアリスを見つめていた。
 吸い込まれる……。
 何かを訴えているような鹿の瞳に目を奪われたまま、ごくりと息を飲む。
 ケイトは、ほっと安堵した。事故らなくてよかった、と。

「アリス、大丈夫か?」
「ええ、でもびっくりしたわ……」

 自然は危険と隣り合わせ。
 しばらくすると、ぴょんと鹿は森の中に消えていった。
 ゆっくりと車は走り出す。
 鹿のつぶらな瞳。
 漆黒の視線が、アリスの脳裏に焼きついていた。
 心臓が破裂しそうなほど、ドキドキしている。
 
「危なかったな~」
「本当ですわ~」
「あはははは」
「おーほほほ」

 このドキドキは、恋に落ちた心境と似ている。
 予期せぬアクシデントによって、二人の距離が親密になっているような、そんな感覚がアリスにはあった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...