ずっと愛していたのに。

ぬこまる

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三章 プリンセスロード編

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「じゃあ、留守番を頼んだよ、ルイーズ」

 祖父はそう言って、道具屋の扉を開け、外に出ていく。
 ひとり残された私は、カウンターに頬杖をついた。

「はぁ……」

 ため息しか出ない。
 いつもなら道具作りをするのだけど、まったくやる気が起きない。
 
「ジャス……」

 思わず、婚約者の名前が口からこぼれる。 
 
 あれは現実だったのだろうか?
 
 昨日、彼から無理やりキスされ、私は泣いてしまった。
 それがいけなかったのか。
 彼は道具屋から出て行ってしまった。そして、私は彼を追いかけ、家に向かうと、噂の聖女がいたのだ。

「あの子とジャスは……浮気を?」

 閉ざされた扉の向こう側、男と女の甘い声が、ずっと耳に残っている。
 あれは、ジャスの声で間違いない。そして相手は、聖女と呼ばれている少女だろう。
 
「はぁ……」

 また、大きなため息が漏れる。
 するとそのとき、ばっーん! と道具屋の扉が開いた。
 
「ルイーズぅ! 同窓会やろー!」

 いつも元気なレミだった。
 彼女は笑顔で、後にいる男性たちを部屋の中に招く。
 
「よぉ、ルイーズ! おれの人形は売れてるか?」

 デビットだ。
 彼は痩せてイケメンになったが、相変わらずえっちな人形を作っては道具屋に持ってくる。政治のことが忙しくないのだろうか。ロイに変わって、トルシェの街を統治する地権者になったというのに。
 
 ロイ……。

 彼は王都フィルワームに行ってしまった。
 
 次期国王になるために。

 ひさしぶりにロイのことを考えたな、と思ったら、どこか懐かしい声がする。

「ルイーズさん……」

 そう言って、ロイが道具屋に入ってきた。
 気まずい空気が流れ、

「ロイ……」

 と私の口から彼の名前だけが漏れる。
 するとレミが間に入ってくれた。

「さぁ、乾杯しよー! お酒もってきたんだー!」

 どんっ、とレミは透明な瓶を机に置いた。その数は5本。
 私、レミ、ロイ、デビット、あとの残りは、ジャスの瓶だろう。

「ジャスはまだ来ないみたいね……先に乾杯しよっか?」

 レミがそう言うと、

「だな」

 とデビットがうなずく。ロイは学生の頃と変わっていない。特に何も話さずに笑顔のままだ。
 
「じゃあ、乾杯っ!」

 可愛らしいレミの合図で、私たちは乾杯して、瓶を口につけた。
 シュワッと口の中で弾ける炭酸のエールが、喉をとおって体を熱くさせる。ふぅ……。
 
「ルイーズさん、あのときは申し訳ありませんでした」

 急に、ロイが私に謝ってきた。
 いやいや、と私は手を振って、ロイの頭を上げさせる。

「もういいよ……それより、ロイに婚約者が決まったって本当?」

 ああ、とロイは答え、笑顔を取り戻した。
 
「婚約者はアディアスの令嬢です」
「それって、やっぱり和平外交のため?」
「はい。アディアスはわが国よりも強い軍事力を持っていますからね……あと、お互いの国が力を合わせない状況になってきました……」
「え? どういうこと?」
「魔物です。最近、その動きが活発になり、並の貴族では敵わなくなっていますから」

 たしかに、と思った。
 私は先日、傷だらけの貴族をポーションで治療したのだから。
 微笑を浮かべるロイは、優しく語りかけてくる。

「ふふっ、ルイーズさんのことが好きでも、ぼくの運命はすでに決められていたようです」
「……」

 私は何も言えず、苦しそうに笑うロイのことを見つめていた。
 そして、ふと思う。もしもジャスではなくて、ロイと婚約したらどうなっていたのだろう?
 しかし結局は、ロイとも婚約破棄されていただろう。
 
 恋ってうまくいかないなぁ……。

 そう思いながら、しみじみとエールを飲んだ。ごくり。
 
「アディアスの令嬢と言ったら、この人形だぞ?」

 唐突に、そうデビットが言って指をさした。
 道具屋の棚にある女性の人形に、みんなの視線が集まる。その芸術品は、まるで妖精のように可憐で美しい。
 するとレミが、わっと歓声をあげる。本当にいつもオーバーリアクションなんだから。

「めっちゃ美人じゃん! ロイ、よかったね~」
「ははは」

 ロイは苦笑い。
 でも、なぜデビットがアディアスの人形を作っていたのだろう。しかも数年も前から製作し、巷で評判な人形になっている。どうも計画的な匂いがする。私は質問した。

「ねえ、この人形って誰から依頼されたもの?」

 デビットは、目を上に向けてから答えた。

「えっと……たしかフィルワームの大臣だ」
「それって、ヴィルハイムのこと?」
「そうそう」

 なるほど、と私は思った。
 ロイが結婚する相手であるアディアスの令嬢。彼女がフィルワームにやってくる前から人気にさせておく、そういう計画なのだろう。 
 
 ヴィルハイム……。
 
 いったい何を考えているのだろうか?

 私は、窓の外から見える鐘楼を眺めた。
 するとそのとき、ぎぃぃ、と道具屋の扉が開かれる。
 ジャスが立っていた。
 彼の眼光は鋭く、私だけを見つめていた。

「あ、よくきたね~ジャスー!」

 そう言ったレミの顔が明るくなった。
 しかしジャスの後ろに女性がいて、私たちは目をむいて驚いた。

「だれ?」

 とレミが聞くと、

「ケイトだ……俺のパーティに所属している」

 そうジャスは答えながら、つかつかと道具屋に入ってきた。
 彼の視線は私から逸らすことはない。そしてカウンターの前まで来ると、信じられない言葉を吐いた。

「ルイーズ、俺との婚約は破棄してくれ」

 三年間、ずっと愛していたのに……。

 なぜ浮気を?

 私は道具屋のカウンターから、婚約破棄を告げた彼の黒い瞳を見つめる。だけど、その答えはみつからない。

 ああ、頭がくらくらする。

 いつも嗅いでいる爽やかなポーションの香りと、甘ったるい香水の匂いが混じって鼻につく。
 そう、いま婚約者に抱きついている女性が浮気相手なのは明白。だけど、あまりにも胸が痛くて何も言えずにいた。

「…………」

 婚約者のジャスは、いや、もう元婚約者のジャスか。
 彼はピンク髪の可愛らしい女性と見つめ合う。まるで、自分たちが世界の中心かのように。
 一方、道具屋の店内にいるみんなは、ただ呆然として、事態をうまく飲み込めずにいた。
 私もまだ声を出せないまま、これはすべて夢なんじゃないか? と心の中で期待してしまう。
 しかし、これは現実。なぜなら、涙で目が霞んでしまうから……。

「じゃあな、ルイーズ……」

 まっしろになった頭に、男らしい低い声が響く。
 ジャスが女を連れて店から出て行こうとしていた。
 そこで、はっ! と気がつき涙をぬぐう。
 渡したい物があった。いつもジャスにあげていた手作りポーション。青くて綺麗なボトルに入った回復薬。これで会うのが最後かもしれない。私がしてあげられる最後のプレゼント。ジャスにポーションを受け取ってほしくて、腕を伸ばす。
 だけど、彼は安ぽく笑うと、首を横に振った。

「ルイーズ……もういらない」
「え?」
「俺にはこいつ、聖女ケイトの回復魔法があるから」
「……!?」 

 ケイトっていうクソ女が目を合わせてきた。
 そして彼女は、薔薇のように赤い潤んだ唇を開く。

「ざまぁ……」

 な、なにこの女!? 
 うぅ、さぞ痛快だろう。私のような魔法が使えない、平凡で地味な女から将来有望な婚約者を奪ったのだから。

 ああ、私の婚約者だったジャス……。

 魔法学校を卒業して三年、ジャスはAランク冒険者になって、学生の頃には予想もしてないような大金持ちになっている。
 そう、彼は今や私たちが住む街トルシェだけでなく、王都フィルワームを守る英雄なのだ。
 いつも戦っているであろう日焼けした肌、堀の深い顔に黒い髪、漆黒に艶めく瞳、全体的にがっしりとして筋肉隆々で、やっぱりいつ見ても男らしくてかっこいい。

 だけど、もう私の婚約者ではない。

 人は変わってしまう生き物だ。
 どんなに心が綺麗でも、一度でも金や権力のため悪に手を染まると、なかなか元には戻れない。

 ぽたり、と黒い墨が清い水に落ちて、混ざり、闇に染まるように。

 私はよく、こういう人間を知っている。
 父や姉、学校の生徒たちなど貴族たち……。
 ジャスもまた、このような人間になってしまったのだろう。大金を手に入れ、妖艶な女を抱いて、私を捨てて、店から出ていく。
 
「…………」

 誰も何も言わない。静寂が支配する道具屋の店内。
 しかし、しばらくするとまた扉は開かれた。
 そして入ってきた男女の二人組に、みんなは驚愕する。なぜならその女性が、先ほど話していたアディアス令嬢の人形にそっくりだったから。神秘的な紫色の髪、宝石のようなブルーの瞳、まるで妖精だ。ん?

 二人は家族なのだろうか。兄妹?

 男性と女性の容姿が似ていた。

「ポーションください!」

 すると男性のほうが注文してきた。

「……」

 しかし私は声が出せない。
 ジャスから婚約破棄されたショックのためだろうか。喉が詰まり、まったく話せないまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。
 
「……?」

 男性の美しいブルーの瞳が、不思議そうに私をとらえていた。
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