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5 ウェッジという名前の道具
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城下町の外れは、今日も騒がしかった。
朝の光が斜めに差し込み、瓦礫の影が長く伸びている。
風は弱いが、埃を含んでいて、鼻の奥が少しだけ痛い。
昨日までとは、空気の張りが違った。
魔族の小部隊が散開し、岩陰と崩れた壁を使いながら町へ近づいている。
正面からは来ない。
一直線にも来ない。
間合いを測り、角度を変え、こちらの射線を避けている。
「……なんか学習してきたな」
芝域の後方で、俺はそう呟いた。
警鐘が鳴った。
低く、長い音が城下町を走る。
芝域の向こう、城下町側で人の流れが一気に変わった。
「魔族だ!」
「数が出てる!」
「前線、行けるやつは来い!」
兵士たちが、一斉に走り出す。
剣を抜き、盾を構え、魔法使いが詠唱を始める。
迷いはない。
それが、彼らの仕事だからだ。
「前に出るぞ!」
「盾、続け!」
「後ろは気にするな!」
声が飛び交う中、俺は芝域の端で足を止めていた。
(……この地形)
芝があるところまでは判断できる。
だが、城下町側は瓦礫と土、入り組んだ路地。
踏み込むたびに感触が変わる。
判断しにくい。
ガルドは、俺の半歩後ろに立っていた。
剣には触れない。
視線だけが、前線のさらに奥を追っている。
「……三方向」
「右が早い」
俺が聞き返す前に、兵士の一人が振り返った。
「おい、ガルド!」
兜をかぶった剣士だった。
鎧は傷だらけで、息も荒い。
「何を見てる!」
「行かないのか!」
ガルドは、視線を前に向けたまま答える。
「……今じゃない」
「は?」
剣士が声を荒げる。
「今が一番だろ!」
「近づかれたら終わりだ!」
周囲の冒険者たちも足を止める。
「距離を測ってるだけか?」
「後ろにいて、臆病風に吹かれたか?」
誰かが、吐き捨てるように言った。
「前に立たないやつに、戦場の何が分かる」
その言葉に、胸がひりついた。
(……違う)
言い返そうとした瞬間、
ガルドが、静かに口を開いた。
「……今、突っ込めば」
「左の路地から、挟まれる」
「そんなの、行ってみなきゃ分からん!」
剣士が叫ぶ。
ガルドは、ようやく彼を見る。
「……分かる」
「距離が、揃っている」
「何の距離だ!」
「逃げ道と、射線」
一瞬、沈黙が落ちた。
だが、前線の緊張は待ってくれない。
「ぐずぐずするな!」
「俺たちは行く!」
兵士たちは、再び走り出した。
その背中に向かって、誰かが言った。
「後ろで測ってろよ、臆病者!」
ガルドは、何も言わない。
ただ、ほんの一瞬だけ目を閉じて、
次の瞬間、低く言った。
「……三、二、一」
ドン。
左の路地から、魔族が飛び出した。
兵士たちの側面だ。
「なっ――!」
混乱が走る。
「挟まれるぞ!」
「下がれ!」
冒険者たちが慌てて体勢を立て直す。
ガルドは、もう剣士を見ていなかった。
視線は、さらに奥。
「……今だ」
「前線、持つ」
俺は、その言葉を聞いて、
ようやく理解した。
この人は、前に立たない。
だが、前線を潰させない位置にいる。
臆病者じゃない。
一番、全体を見ている。
だが、その役割は、
前に立つ人間ほど、理解しない。
ガルドは、変わらず後ろに立っていた。
距離を測る、その場所で。
さらに前線では、戦士と魔法使い、そして弓使いが応戦している。
弓使いは高台に立ち、姿勢を崩さず、一定のリズムで矢を放っていた。
ヒュッ、ヒュッ。
乾いた音が空を切る。
矢は正確だ。
距離も十分にある。
この世界で、弓は間違いなく“最強格の遠距離手段”だ。
だが――。
「……当たらない!」
弓使いが歯噛みする。
盾持ちの魔族が岩陰に隠れ、矢を弾いている。
角度を変えても、移動される。
射線が通らない。
「射程は足りてる! だが……角度がない!」
それでも弓使いは撃ち続ける。
一射ごとに、呼吸を整え、姿勢を修正し、また放つ。
この町を守るために。
(……すごいよな)
背後で、低い声がした。
「……矢の届く距離だ」
ガルドだ。
今日も半歩後ろ。
視線は遠く、魔族の動きだけを追っている。
まばたきが少ない。
「でも、止めきれない」
俺が言うと、ガルドは短く頷いた。
「……そうだ」
「数と位置が悪い」
芝の端で、妖精がふわりと降りた。
「石、もうだめ」
「芝、いたい」
足元を見ると、芝に小さな傷が増えている。
石が跳ねた跡。
弾かれた痕。
浅いが、確実に増えている。
「……限界か」
俺は木の枝を握り直した。
軽い。ぶれる。
毎回、感触が違う。
「この距離……」
俺は独り言のように言った。
「木の枝じゃ、再現性が出ないな」
同じ力で振っても、同じ距離にならない。
ゴルフで言えば、致命的だ。
妖精が、俺を見上げる。
「それなら」
少し間を置いて、
「ウェッジ」
「……ウェッジ?」
妖精はうなずいた。
「高く上げて」
「やわらかく、落とす」
「距離、調整する道具」
俺は思わず笑った。
「それ、完全にゴルフクラブだよ」
「うん」
妖精は誇らしげに言う。
「芝が教えてくれた」
(この子、どこまでゴルフ雑誌が詳しいんだ?)
そのとき、城門の方から重い足音が響いた。
振り返ると、王が来ていた。
剣は持っていない。
だが、足取りは迷いがない。
「見せてもらった」
王は戦況を一瞥して言った。
「弓も魔法も、よくやっている」
「だが……届かぬな」
弓使いが悔しそうに歯を食いしばる。
王は続けた。
「この戦いは、武器の問題ではない」
「距離だ」
そして、はっきり命じた。
「この国で一番、精度にうるさい工房を呼べ」
「王命だ」
周囲がざわめく。家来が走り出す。
しばらくして、一人の男が現れた。
派手な服ではない。
だが、商人たちが一斉に道を空ける。
芝よりも先に、城下町全体を見回す目。
「……焼かれたら終わりだ」
低い声だった。
「芝の話は後だ」
そして、俺を見る。
「お前が、玉を打ってる異世界人か?」
「あ……はい」
男は短く頷いた。
「俺の名はドラン」
「工房をやってる」
「商人たちの、まとめ役でもある」
(ちゃんと覚えとこう)
ドラン、だ。
ドランは続けた。
「あんたには剣は作らん」
「魔法具も作らん」
「だが――同じ距離を、同じ結果で出す道具なら作る」
妖精が、小さく言った。
「それ、いい」
「アイアン、ウェッジアイアン!」
ガルドが、無言で頷いた。
距離を測る目は、変わらない。
工房で作られたのは、木製のゴルフクラブロだった。
刃はない。
鋭さもない。
だが、形は丸みを帯び、重心が低い。ちゃんとしたウェッジアイアンだ。
そして、玉。
石ではない。
完全な球体の金属だ。
均一な重さ。
均一な形。
俺は作業台の前に立ち、掌に乗せられた金属の球を見つめていた。
重い。
だが、ただの重さじゃない。
「……いいな、これ」
思わず、そう漏れる。
ドランは腕を組んだまま、にやりと笑った。
「ただの鉄じゃねぇぞ」
「中を工夫してある」
「中身は?」
俺が聞くと、ドランは指で球を軽く叩いた。
コツン、と澄んだ音が返る。
「芯だ」
「一番奥に、柔らかい金属を入れてある」
「叩くと潰れて、戻る」
俺は、はっとした。
「……コアか」
「なんだそれ」
「ゴルフボール……いや、玉の中心」
「力を溜めて、一気に返すところ」
ドランは、目を細める。
「ほう」
俺は続けた。
「その外側は、硬すぎると弾くだけ」
「柔らかすぎると、力が逃げる」
「だから、間に“整える層”がいる」
ドランが、ゆっくり頷いた。
「それで、この厚みか」
「そう」
「で、一番外は――」
俺は球を指で撫でた。
「風と話すところ」
「……風と?」
「空気を掴む」
「ツルツルすぎると、逆に落ちる」
ドランは、鼻で笑った。
「意味わからんが……」
「面白い」
炉の前に戻り、ドランは新しい球を一つ取り出した。
「なら、これはどうだ」
さっきの球より、わずかに表面が荒い。
「刻み、増やした」
「深くはないが、数を増やした」
俺は、にやっとした。
「それ、飛ぶ」
「即答かよ」
「飛ぶ」
「しかも、曲がりにくい」
ドランは肩をすくめた。
「……ゴルフってのは」
「壊す遊びじゃねぇな」
「うん」
「整える遊び」
しばらく、二人で球を眺める。
工房の熱と、金属の匂い。
この場所にいると、世界がちゃんと“作られている”気がする。
「なあ、ナオキ」
ドランが、ぽつりと言った。
「これ、魔族に当てるんだろ?」
「当てる」
「でも――」
俺は、球を握りしめた。
「……これなら」
俺が握ると、手に吸い付くようだった。
「高く上げて、真上から落とせる」
「このウェッジで打つ!」
妖精が言う。
「やさしい、良い道具」
俺は芝域に戻った。
魔族は岩陰に隠れ、弓を完全に警戒している。
弓使いが悔しそうに言う。
「……もう一歩届けば……」
ガルドが低く言った。
「……今だ」
「その位置なら、足りる」
俺は構えた。
力は入れない。
飛ばさない。
上げて、落とす。
ゴルフで言えば、
グリーンにふわっと乗せる感覚。
フワッ。
金属球は高く上がり、
風に一瞬だけ抱かれて――
ストン。
岩陰の向こうで、衝撃。
魔族が崩れた。
盾が役に立たない。
岩も意味をなさない。
隊列が乱れ、後退が始まる。
弓使いが呆然と呟く。
「……俺の矢より、遠くて、正確だ」
魔法使いが、膝をついて笑った。
「詠唱が……要らなかった……」
戦士が剣を地面に突く。
「……助かった」
俺は首を振った。
「俺が強いわけじゃない」
「距離を取っただけです」
妖精が、ぱっと表情を明るくした。
「やった」
「芝、守れた」
ガルドが、視線を逸らしながら言う。
「……完璧だ」
(褒めた)
姫が、うっとりとこちらを見ていた。
「……すごいです」
「いえ……」
「距離が」
(距離の話で誤魔化すな)
後ろでは、ユウマとアヤが寄り添ったまま空気になっている。
王は、はっきりとは言わない。
だが、その表情で分かる。
――評価が、一段上がった。
商人たちは、安堵の息を吐きながら、
同時に考え始めている。
(……この人を、どう使うか)
芝は静かだった。
守れた。
町も、芝も。
――俺は、普通にゴルフしているだけなのに。
朝の光が斜めに差し込み、瓦礫の影が長く伸びている。
風は弱いが、埃を含んでいて、鼻の奥が少しだけ痛い。
昨日までとは、空気の張りが違った。
魔族の小部隊が散開し、岩陰と崩れた壁を使いながら町へ近づいている。
正面からは来ない。
一直線にも来ない。
間合いを測り、角度を変え、こちらの射線を避けている。
「……なんか学習してきたな」
芝域の後方で、俺はそう呟いた。
警鐘が鳴った。
低く、長い音が城下町を走る。
芝域の向こう、城下町側で人の流れが一気に変わった。
「魔族だ!」
「数が出てる!」
「前線、行けるやつは来い!」
兵士たちが、一斉に走り出す。
剣を抜き、盾を構え、魔法使いが詠唱を始める。
迷いはない。
それが、彼らの仕事だからだ。
「前に出るぞ!」
「盾、続け!」
「後ろは気にするな!」
声が飛び交う中、俺は芝域の端で足を止めていた。
(……この地形)
芝があるところまでは判断できる。
だが、城下町側は瓦礫と土、入り組んだ路地。
踏み込むたびに感触が変わる。
判断しにくい。
ガルドは、俺の半歩後ろに立っていた。
剣には触れない。
視線だけが、前線のさらに奥を追っている。
「……三方向」
「右が早い」
俺が聞き返す前に、兵士の一人が振り返った。
「おい、ガルド!」
兜をかぶった剣士だった。
鎧は傷だらけで、息も荒い。
「何を見てる!」
「行かないのか!」
ガルドは、視線を前に向けたまま答える。
「……今じゃない」
「は?」
剣士が声を荒げる。
「今が一番だろ!」
「近づかれたら終わりだ!」
周囲の冒険者たちも足を止める。
「距離を測ってるだけか?」
「後ろにいて、臆病風に吹かれたか?」
誰かが、吐き捨てるように言った。
「前に立たないやつに、戦場の何が分かる」
その言葉に、胸がひりついた。
(……違う)
言い返そうとした瞬間、
ガルドが、静かに口を開いた。
「……今、突っ込めば」
「左の路地から、挟まれる」
「そんなの、行ってみなきゃ分からん!」
剣士が叫ぶ。
ガルドは、ようやく彼を見る。
「……分かる」
「距離が、揃っている」
「何の距離だ!」
「逃げ道と、射線」
一瞬、沈黙が落ちた。
だが、前線の緊張は待ってくれない。
「ぐずぐずするな!」
「俺たちは行く!」
兵士たちは、再び走り出した。
その背中に向かって、誰かが言った。
「後ろで測ってろよ、臆病者!」
ガルドは、何も言わない。
ただ、ほんの一瞬だけ目を閉じて、
次の瞬間、低く言った。
「……三、二、一」
ドン。
左の路地から、魔族が飛び出した。
兵士たちの側面だ。
「なっ――!」
混乱が走る。
「挟まれるぞ!」
「下がれ!」
冒険者たちが慌てて体勢を立て直す。
ガルドは、もう剣士を見ていなかった。
視線は、さらに奥。
「……今だ」
「前線、持つ」
俺は、その言葉を聞いて、
ようやく理解した。
この人は、前に立たない。
だが、前線を潰させない位置にいる。
臆病者じゃない。
一番、全体を見ている。
だが、その役割は、
前に立つ人間ほど、理解しない。
ガルドは、変わらず後ろに立っていた。
距離を測る、その場所で。
さらに前線では、戦士と魔法使い、そして弓使いが応戦している。
弓使いは高台に立ち、姿勢を崩さず、一定のリズムで矢を放っていた。
ヒュッ、ヒュッ。
乾いた音が空を切る。
矢は正確だ。
距離も十分にある。
この世界で、弓は間違いなく“最強格の遠距離手段”だ。
だが――。
「……当たらない!」
弓使いが歯噛みする。
盾持ちの魔族が岩陰に隠れ、矢を弾いている。
角度を変えても、移動される。
射線が通らない。
「射程は足りてる! だが……角度がない!」
それでも弓使いは撃ち続ける。
一射ごとに、呼吸を整え、姿勢を修正し、また放つ。
この町を守るために。
(……すごいよな)
背後で、低い声がした。
「……矢の届く距離だ」
ガルドだ。
今日も半歩後ろ。
視線は遠く、魔族の動きだけを追っている。
まばたきが少ない。
「でも、止めきれない」
俺が言うと、ガルドは短く頷いた。
「……そうだ」
「数と位置が悪い」
芝の端で、妖精がふわりと降りた。
「石、もうだめ」
「芝、いたい」
足元を見ると、芝に小さな傷が増えている。
石が跳ねた跡。
弾かれた痕。
浅いが、確実に増えている。
「……限界か」
俺は木の枝を握り直した。
軽い。ぶれる。
毎回、感触が違う。
「この距離……」
俺は独り言のように言った。
「木の枝じゃ、再現性が出ないな」
同じ力で振っても、同じ距離にならない。
ゴルフで言えば、致命的だ。
妖精が、俺を見上げる。
「それなら」
少し間を置いて、
「ウェッジ」
「……ウェッジ?」
妖精はうなずいた。
「高く上げて」
「やわらかく、落とす」
「距離、調整する道具」
俺は思わず笑った。
「それ、完全にゴルフクラブだよ」
「うん」
妖精は誇らしげに言う。
「芝が教えてくれた」
(この子、どこまでゴルフ雑誌が詳しいんだ?)
そのとき、城門の方から重い足音が響いた。
振り返ると、王が来ていた。
剣は持っていない。
だが、足取りは迷いがない。
「見せてもらった」
王は戦況を一瞥して言った。
「弓も魔法も、よくやっている」
「だが……届かぬな」
弓使いが悔しそうに歯を食いしばる。
王は続けた。
「この戦いは、武器の問題ではない」
「距離だ」
そして、はっきり命じた。
「この国で一番、精度にうるさい工房を呼べ」
「王命だ」
周囲がざわめく。家来が走り出す。
しばらくして、一人の男が現れた。
派手な服ではない。
だが、商人たちが一斉に道を空ける。
芝よりも先に、城下町全体を見回す目。
「……焼かれたら終わりだ」
低い声だった。
「芝の話は後だ」
そして、俺を見る。
「お前が、玉を打ってる異世界人か?」
「あ……はい」
男は短く頷いた。
「俺の名はドラン」
「工房をやってる」
「商人たちの、まとめ役でもある」
(ちゃんと覚えとこう)
ドラン、だ。
ドランは続けた。
「あんたには剣は作らん」
「魔法具も作らん」
「だが――同じ距離を、同じ結果で出す道具なら作る」
妖精が、小さく言った。
「それ、いい」
「アイアン、ウェッジアイアン!」
ガルドが、無言で頷いた。
距離を測る目は、変わらない。
工房で作られたのは、木製のゴルフクラブロだった。
刃はない。
鋭さもない。
だが、形は丸みを帯び、重心が低い。ちゃんとしたウェッジアイアンだ。
そして、玉。
石ではない。
完全な球体の金属だ。
均一な重さ。
均一な形。
俺は作業台の前に立ち、掌に乗せられた金属の球を見つめていた。
重い。
だが、ただの重さじゃない。
「……いいな、これ」
思わず、そう漏れる。
ドランは腕を組んだまま、にやりと笑った。
「ただの鉄じゃねぇぞ」
「中を工夫してある」
「中身は?」
俺が聞くと、ドランは指で球を軽く叩いた。
コツン、と澄んだ音が返る。
「芯だ」
「一番奥に、柔らかい金属を入れてある」
「叩くと潰れて、戻る」
俺は、はっとした。
「……コアか」
「なんだそれ」
「ゴルフボール……いや、玉の中心」
「力を溜めて、一気に返すところ」
ドランは、目を細める。
「ほう」
俺は続けた。
「その外側は、硬すぎると弾くだけ」
「柔らかすぎると、力が逃げる」
「だから、間に“整える層”がいる」
ドランが、ゆっくり頷いた。
「それで、この厚みか」
「そう」
「で、一番外は――」
俺は球を指で撫でた。
「風と話すところ」
「……風と?」
「空気を掴む」
「ツルツルすぎると、逆に落ちる」
ドランは、鼻で笑った。
「意味わからんが……」
「面白い」
炉の前に戻り、ドランは新しい球を一つ取り出した。
「なら、これはどうだ」
さっきの球より、わずかに表面が荒い。
「刻み、増やした」
「深くはないが、数を増やした」
俺は、にやっとした。
「それ、飛ぶ」
「即答かよ」
「飛ぶ」
「しかも、曲がりにくい」
ドランは肩をすくめた。
「……ゴルフってのは」
「壊す遊びじゃねぇな」
「うん」
「整える遊び」
しばらく、二人で球を眺める。
工房の熱と、金属の匂い。
この場所にいると、世界がちゃんと“作られている”気がする。
「なあ、ナオキ」
ドランが、ぽつりと言った。
「これ、魔族に当てるんだろ?」
「当てる」
「でも――」
俺は、球を握りしめた。
「……これなら」
俺が握ると、手に吸い付くようだった。
「高く上げて、真上から落とせる」
「このウェッジで打つ!」
妖精が言う。
「やさしい、良い道具」
俺は芝域に戻った。
魔族は岩陰に隠れ、弓を完全に警戒している。
弓使いが悔しそうに言う。
「……もう一歩届けば……」
ガルドが低く言った。
「……今だ」
「その位置なら、足りる」
俺は構えた。
力は入れない。
飛ばさない。
上げて、落とす。
ゴルフで言えば、
グリーンにふわっと乗せる感覚。
フワッ。
金属球は高く上がり、
風に一瞬だけ抱かれて――
ストン。
岩陰の向こうで、衝撃。
魔族が崩れた。
盾が役に立たない。
岩も意味をなさない。
隊列が乱れ、後退が始まる。
弓使いが呆然と呟く。
「……俺の矢より、遠くて、正確だ」
魔法使いが、膝をついて笑った。
「詠唱が……要らなかった……」
戦士が剣を地面に突く。
「……助かった」
俺は首を振った。
「俺が強いわけじゃない」
「距離を取っただけです」
妖精が、ぱっと表情を明るくした。
「やった」
「芝、守れた」
ガルドが、視線を逸らしながら言う。
「……完璧だ」
(褒めた)
姫が、うっとりとこちらを見ていた。
「……すごいです」
「いえ……」
「距離が」
(距離の話で誤魔化すな)
後ろでは、ユウマとアヤが寄り添ったまま空気になっている。
王は、はっきりとは言わない。
だが、その表情で分かる。
――評価が、一段上がった。
商人たちは、安堵の息を吐きながら、
同時に考え始めている。
(……この人を、どう使うか)
芝は静かだった。
守れた。
町も、芝も。
――俺は、普通にゴルフしているだけなのに。
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個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
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村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
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そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
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