異世界で魔族が全滅してるらしいが、俺は普通にゴルフしてるだけ ~無能扱いされた男が 、距離だけで世界を変える話~

ぬこまる

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1 シュミレーションゴルフしてたら、異世界に呼ばれて無能扱いされた

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仕事帰り、いつものジム。
二十四時間営業で、空気は鉄と汗と、たまにプロテインの甘い香りが混じっていて、季節感がない。外が雨でも風でも、ここはいつも同じ顔をしている。

俺はスーツの上着を脱いで、ハンガーにかける。革靴はスニーカーのような履き心地だ。このままでいい。

「よし、いくか……ん?」

ベンチプレスエリアが、やけに眩しい。

若い男女が、距離近めでトレーニングしている。
いや、近いというか、ほぼ密着だ。補助のはずの手が、補助の範囲を越えている。

「ユウマ、まだいける?」
「いける。アヤ、補助お願い」

彼女が前に回り、彼の胸元に手を伸ばす。
汗でシャツが張り付き、筋肉の輪郭がくっきり浮いている。

「ほら、支えるから。危ないでしょ」
「……アヤ、近い」

声は小さいのに、やたら甘い。
視線が合うたび、二人とも少し照れている。

(……え、ここジムだよな?)

羨ましい。
いや、嫉妬じゃない。事実確認だ。

俺の人生には、
「筋トレ中に名前を呼び合って、距離が縮まるイベント」
が、最初から実装されていないだけ。

風のように通りすぎ、タオルで変な汗を拭くと、呼吸が少し落ち着いた。

(……よし、聖域に行こう)



ジムの奥、防音ガラスに囲まれた一角。
シミュレーションゴルフ。

ここが、俺の聖域だ。

誰も話しかけてこない。
誰も期待していない。
画面と数字だけが、淡々と結果を返してくれる。

マットの上に立つ。足裏に伝わるのは人工芝の均一な感触。
柔らかすぎず硬すぎず、いつも同じ。安心する。けど、少しだけ寂しい。
「今日も同じ」っていうのは、救いでもあって、鳥かごでもある。

ドライバーを構える。
画面の向こうには、完璧に整えられたフェアウェイ。
芝目は読めない。露もない。風は数字で表示される。

向かい風、3メートル。
傾斜、ほぼなし。
表示は親切だ。正確だ。

「……分かりやすいな」

でも、いつも思う。

(本物の芝、踏みたいな)

自然の中で、
風を肌で感じて、
地面の硬さを足の裏で確かめて、
一打一打、考えながら進む。
風を読む時間、静けさ、遠くの木々の揺れ――ああいうのがゴルフのはずなのに、
俺はずっと四角い箱の中だ。

一度、深く息を吸う。吐く。
肩の力を抜く。指先だけでクラブを支える。
いつも通りに。

カキィン。

乾いた音。
画面の中で白い球が一直線に伸びていく。数字が跳ねる。

231ヤード。

「……まあまあ」

飛ばしすぎない。ミスでもない。再現性は悪くない。
人生みたいな数字だな、と思った、その瞬間。

耳元で、はっきりした声がした。

「スィング、きれい」

「……は?」

振り向いた瞬間、世界がひっくり返った。



次に目を開けたとき、俺は魔法陣が光る石造りの広間に立っていた。

高い天井。冷たい空気。整列した兵士たち。それに杖を持った魔法使い。
中央には玉座。そこに座るのは威厳のある王。
隣に立つのは淡い色のドレスを着た姫で、金色の髪が光を受けて揺れている。

(あ、これ異世界だ)

姫は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を伏せた。
踏み込みすぎない、距離を測るような仕草。思春期っぽい。

横を見ると、さっきまでジムにいた二人がいる。
距離は――相変わらず近い。

「ユウマ……?」
「アヤ……夢じゃないよな?」

異世界でもイチャイチャは健在らしい。強い。

王が低く、よく通る声で告げる。

「勇者よ、よくぞ来てくれた。
魔族の侵攻から、我がアルヴェイン王国を救ってほしい」

能力判定が始まった。

ユウマが剣を握った瞬間、空気が震えた。
筋トレの成果がそのまま戦闘力になっているみたいで、兵士たちがざわめく。

「勇者の器だ!」

アヤは回復魔法。
柔らかな光が灯り、場の空気が少しだけ緩む。
王道だ。

姫がほっとしたように微笑む。

そして――俺。

何も起きなかった。

「戦闘適性なし」
「魔力反応なし」
「一般人です」

告げた兵士は、無駄のない動きの男だった。
鋭い目。背筋がまっすぐで、足の運びが静かだ。
視線が一瞬、俺の足元から遠くへ走る。
測っている。数えている。何を? 距離を、だ。

「……問題はない」

王は困った顔を一瞬だけ見せたが、すぐに表情を戻す。

「来てくれたことには感謝する。
だが、戦えぬ者を城に置く余裕はない」

ポイッと俺は城の外へ出された。

背後で、王が低く誰かを呼ぶ声が聞こえる。

「ガルドよ」

さっきの兵士の名前だ。

俺が門を出て少し歩いたところで、ガルドが王に近づくのが見えた。
王が言葉を落とすように指示する。距離があるから全部は聞こえない。
ただ、最後の一言だけが風に乗って届いた。

「……不審なら、後はおまえに任せる」

(え? やだ、怖い……)

俺は振り返らなかった。振り返りたくなかった。



城門の外は簡易的な市になっていた。

武器、防具、食料。
商人たちの声が飛び交う。
俺が立ち止まるより先に、商人たちはユウマとアヤに群がった。

「勇者様!」
「特別価格で!」
「回復役様にはこちらを!」

二人は戸惑いながらも明らかに厚遇されている。

その横で俺は声をかけた。

「すみません、このパン――」

商人は俺を一瞥して鼻を鳴らした。

「金は?」
「……ないです」
「じゃあ見るな」

即答。
別の商人も露骨に手を振る。

「邪魔だ」
「勇者様の通り道だぞ」

(ああ、分かりやすい)

世界が違っても値踏みの目は同じらしい。

ふと、背中が冷える。
振り向かなくても分かる。誰かが、一定の距離でついてきている。

振り返ると、ガルドが少し離れて立っていた。
助け舟は出ない。敵意も見せない。
ただ、まっすぐ俺を見ている。監視だ。

「……俺、逃げたほうがいいですか?」

思わず聞いてしまった。

ガルドは一瞬だけ瞬きをして、短く答えた。

「……逃げるな」
「……怪しく見える」

理屈が現場すぎる。

「じゃあ、普通に歩きます」
「あと……普通にゴルフしたいんですけど?」

ガルドは返事をしない。
でも距離だけは変えない。ぴったり一定だ。やだ、ほんと怖い。



城を出た瞬間、空気が変わった。

数値じゃない風。
肌に当たる風。
空は広く、雲がゆっくり流れている。
草の匂い。土の湿り気。鳥の声。

「……異世界って綺麗だな、空気うますぎ」

歩く。
歩くだけで心がほどけていく。
会社の資料も上司の顔も株価も、全部どうでもよくなる。
こういうのが欲しかった。

足裏が違和感を拾った。

草が短い。
地面がなだらか。
踏み込んだときの反発が、均一。

俺は立ち止まった。

「……芝だ」

人工じゃない。
自然のままなのに、フェアウェイみたいな場所。
風が芝の先を揺らし、光がその揺れをなぞっていく。

胸の奥が、静かに熱くなる。

(ここ……ラウンドできる)

そのとき、風の香りが変わった。

朝露と若草に、ほんのりミントを混ぜたような匂い。
声は短い。でもはっきりしている。

「芝、げんき」
「ここ、だいじ」

「……誰ですか?」

「わたし? うふふ」

風が、くすぐったそうに笑った。

芝の上で、空気がきらっと光る。

次の瞬間、
小さな女の子みたいなものが、
ふわっと浮いていた。

羽は透けていて、
髪は風みたいに揺れている。

目が合う。可愛い。

にこっと笑った。

「見える?」

そう言って、
その子は、くるっと回った。

「えっと、君は……」

「シルフィ」

「よろしく、シルフィ」
「俺は……ナオキ」

「ナオキ」
「芝、すき」

いきなり核心を突かれた。

「好き」
「芝、好き」

自分で言ってて少し笑える。
異世界で自己紹介の内容が芝の好みって何だ。

足元にちょうどいい長さの木の枝が落ちていた。
乾き具合、しなり、重心。悪くない。
少し先には丸く締まった石。

クラブとボール。

打ちたい!

背後でガルドが言った。

「……百五十歩」

「え、何がですか」

「……百五十歩の距離に魔族がいる」

は? 遠すぎて見えない。
丘の向こうは草と岩で視界が切れている。
影が動いているような、いないような。
正直、よく分からない距離だ。

「……見えませんけど」

ガルドは即答した。

「俺は目が良い」

「すごいですね」

「……弓でも槍でも届かない距離に魔族がいる」

短いが迷いがない。
この人は数字で世界で生きている。

俺は枝を握り直した。

「……打ってみよっかな」

シルフィが鼻をくん、と鳴らす。

「風、そろう」
「今じゃない」
「……まだ」

「え、まだ?」

「待つ」
「芝、息する」

訳が分からないのに、なぜか従える。
不思議だ。

風が一瞬、止まる。
芝の揺れが揃う。
その“間”が、なぜか分かった。

「今!」

シルフィが言う。

俺は構える。
肩の力を抜く。
枝のしなりだけを信じる。

打つ。

カキィン。

少し低い弾道で石が飛んだ。
空を裂く音は小さいのに、妙に鋭い。

遠くで、何かが壊れる音がした。

シルフィが、嬉しそうに跳ねる。

「すごい!」

ガルドが目を細めた。

「……まさか、当たっている!」

シルフィが満足そうに言った。

「ナイスショット!」

俺は芝を踏みしめた。

(……俺、いま異世界で何してんだろ)

でも答えは簡単だ。

――俺はただ、普通にゴルフしてるだけ。
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