1 / 44
1 シュミレーションゴルフしてたら、異世界に呼ばれて無能扱いされた
しおりを挟む仕事帰り、いつものジム。
二十四時間営業で、空気は鉄と汗と、たまにプロテインの甘い香りが混じっていて、季節感がない。外が雨でも風でも、ここはいつも同じ顔をしている。
俺はスーツの上着を脱いで、ハンガーにかける。革靴はスニーカーのような履き心地だ。このままでいい。
「よし、いくか……ん?」
ベンチプレスエリアが、やけに眩しい。
若い男女が、距離近めでトレーニングしている。
いや、近いというか、ほぼ密着だ。補助のはずの手が、補助の範囲を越えている。
「ユウマ、まだいける?」
「いける。アヤ、補助お願い」
彼女が前に回り、彼の胸元に手を伸ばす。
汗でシャツが張り付き、筋肉の輪郭がくっきり浮いている。
「ほら、支えるから。危ないでしょ」
「……アヤ、近い」
声は小さいのに、やたら甘い。
視線が合うたび、二人とも少し照れている。
(……え、ここジムだよな?)
羨ましい。
いや、嫉妬じゃない。事実確認だ。
俺の人生には、
「筋トレ中に名前を呼び合って、距離が縮まるイベント」
が、最初から実装されていないだけ。
風のように通りすぎ、タオルで変な汗を拭くと、呼吸が少し落ち着いた。
(……よし、聖域に行こう)
⸻
ジムの奥、防音ガラスに囲まれた一角。
シミュレーションゴルフ。
ここが、俺の聖域だ。
誰も話しかけてこない。
誰も期待していない。
画面と数字だけが、淡々と結果を返してくれる。
マットの上に立つ。足裏に伝わるのは人工芝の均一な感触。
柔らかすぎず硬すぎず、いつも同じ。安心する。けど、少しだけ寂しい。
「今日も同じ」っていうのは、救いでもあって、鳥かごでもある。
ドライバーを構える。
画面の向こうには、完璧に整えられたフェアウェイ。
芝目は読めない。露もない。風は数字で表示される。
向かい風、3メートル。
傾斜、ほぼなし。
表示は親切だ。正確だ。
「……分かりやすいな」
でも、いつも思う。
(本物の芝、踏みたいな)
自然の中で、
風を肌で感じて、
地面の硬さを足の裏で確かめて、
一打一打、考えながら進む。
風を読む時間、静けさ、遠くの木々の揺れ――ああいうのがゴルフのはずなのに、
俺はずっと四角い箱の中だ。
一度、深く息を吸う。吐く。
肩の力を抜く。指先だけでクラブを支える。
いつも通りに。
カキィン。
乾いた音。
画面の中で白い球が一直線に伸びていく。数字が跳ねる。
231ヤード。
「……まあまあ」
飛ばしすぎない。ミスでもない。再現性は悪くない。
人生みたいな数字だな、と思った、その瞬間。
耳元で、はっきりした声がした。
「スィング、きれい」
「……は?」
振り向いた瞬間、世界がひっくり返った。
⸻
次に目を開けたとき、俺は魔法陣が光る石造りの広間に立っていた。
高い天井。冷たい空気。整列した兵士たち。それに杖を持った魔法使い。
中央には玉座。そこに座るのは威厳のある王。
隣に立つのは淡い色のドレスを着た姫で、金色の髪が光を受けて揺れている。
(あ、これ異世界だ)
姫は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を伏せた。
踏み込みすぎない、距離を測るような仕草。思春期っぽい。
横を見ると、さっきまでジムにいた二人がいる。
距離は――相変わらず近い。
「ユウマ……?」
「アヤ……夢じゃないよな?」
異世界でもイチャイチャは健在らしい。強い。
王が低く、よく通る声で告げる。
「勇者よ、よくぞ来てくれた。
魔族の侵攻から、我がアルヴェイン王国を救ってほしい」
能力判定が始まった。
ユウマが剣を握った瞬間、空気が震えた。
筋トレの成果がそのまま戦闘力になっているみたいで、兵士たちがざわめく。
「勇者の器だ!」
アヤは回復魔法。
柔らかな光が灯り、場の空気が少しだけ緩む。
王道だ。
姫がほっとしたように微笑む。
そして――俺。
何も起きなかった。
「戦闘適性なし」
「魔力反応なし」
「一般人です」
告げた兵士は、無駄のない動きの男だった。
鋭い目。背筋がまっすぐで、足の運びが静かだ。
視線が一瞬、俺の足元から遠くへ走る。
測っている。数えている。何を? 距離を、だ。
「……問題はない」
王は困った顔を一瞬だけ見せたが、すぐに表情を戻す。
「来てくれたことには感謝する。
だが、戦えぬ者を城に置く余裕はない」
ポイッと俺は城の外へ出された。
背後で、王が低く誰かを呼ぶ声が聞こえる。
「ガルドよ」
さっきの兵士の名前だ。
俺が門を出て少し歩いたところで、ガルドが王に近づくのが見えた。
王が言葉を落とすように指示する。距離があるから全部は聞こえない。
ただ、最後の一言だけが風に乗って届いた。
「……不審なら、後はおまえに任せる」
(え? やだ、怖い……)
俺は振り返らなかった。振り返りたくなかった。
⸻
城門の外は簡易的な市になっていた。
武器、防具、食料。
商人たちの声が飛び交う。
俺が立ち止まるより先に、商人たちはユウマとアヤに群がった。
「勇者様!」
「特別価格で!」
「回復役様にはこちらを!」
二人は戸惑いながらも明らかに厚遇されている。
その横で俺は声をかけた。
「すみません、このパン――」
商人は俺を一瞥して鼻を鳴らした。
「金は?」
「……ないです」
「じゃあ見るな」
即答。
別の商人も露骨に手を振る。
「邪魔だ」
「勇者様の通り道だぞ」
(ああ、分かりやすい)
世界が違っても値踏みの目は同じらしい。
ふと、背中が冷える。
振り向かなくても分かる。誰かが、一定の距離でついてきている。
振り返ると、ガルドが少し離れて立っていた。
助け舟は出ない。敵意も見せない。
ただ、まっすぐ俺を見ている。監視だ。
「……俺、逃げたほうがいいですか?」
思わず聞いてしまった。
ガルドは一瞬だけ瞬きをして、短く答えた。
「……逃げるな」
「……怪しく見える」
理屈が現場すぎる。
「じゃあ、普通に歩きます」
「あと……普通にゴルフしたいんですけど?」
ガルドは返事をしない。
でも距離だけは変えない。ぴったり一定だ。やだ、ほんと怖い。
⸻
城を出た瞬間、空気が変わった。
数値じゃない風。
肌に当たる風。
空は広く、雲がゆっくり流れている。
草の匂い。土の湿り気。鳥の声。
「……異世界って綺麗だな、空気うますぎ」
歩く。
歩くだけで心がほどけていく。
会社の資料も上司の顔も株価も、全部どうでもよくなる。
こういうのが欲しかった。
足裏が違和感を拾った。
草が短い。
地面がなだらか。
踏み込んだときの反発が、均一。
俺は立ち止まった。
「……芝だ」
人工じゃない。
自然のままなのに、フェアウェイみたいな場所。
風が芝の先を揺らし、光がその揺れをなぞっていく。
胸の奥が、静かに熱くなる。
(ここ……ラウンドできる)
そのとき、風の香りが変わった。
朝露と若草に、ほんのりミントを混ぜたような匂い。
声は短い。でもはっきりしている。
「芝、げんき」
「ここ、だいじ」
「……誰ですか?」
「わたし? うふふ」
風が、くすぐったそうに笑った。
芝の上で、空気がきらっと光る。
次の瞬間、
小さな女の子みたいなものが、
ふわっと浮いていた。
羽は透けていて、
髪は風みたいに揺れている。
目が合う。可愛い。
にこっと笑った。
「見える?」
そう言って、
その子は、くるっと回った。
「えっと、君は……」
「シルフィ」
「よろしく、シルフィ」
「俺は……ナオキ」
「ナオキ」
「芝、すき」
いきなり核心を突かれた。
「好き」
「芝、好き」
自分で言ってて少し笑える。
異世界で自己紹介の内容が芝の好みって何だ。
足元にちょうどいい長さの木の枝が落ちていた。
乾き具合、しなり、重心。悪くない。
少し先には丸く締まった石。
クラブとボール。
打ちたい!
背後でガルドが言った。
「……百五十歩」
「え、何がですか」
「……百五十歩の距離に魔族がいる」
は? 遠すぎて見えない。
丘の向こうは草と岩で視界が切れている。
影が動いているような、いないような。
正直、よく分からない距離だ。
「……見えませんけど」
ガルドは即答した。
「俺は目が良い」
「すごいですね」
「……弓でも槍でも届かない距離に魔族がいる」
短いが迷いがない。
この人は数字で世界で生きている。
俺は枝を握り直した。
「……打ってみよっかな」
シルフィが鼻をくん、と鳴らす。
「風、そろう」
「今じゃない」
「……まだ」
「え、まだ?」
「待つ」
「芝、息する」
訳が分からないのに、なぜか従える。
不思議だ。
風が一瞬、止まる。
芝の揺れが揃う。
その“間”が、なぜか分かった。
「今!」
シルフィが言う。
俺は構える。
肩の力を抜く。
枝のしなりだけを信じる。
打つ。
カキィン。
少し低い弾道で石が飛んだ。
空を裂く音は小さいのに、妙に鋭い。
遠くで、何かが壊れる音がした。
シルフィが、嬉しそうに跳ねる。
「すごい!」
ガルドが目を細めた。
「……まさか、当たっている!」
シルフィが満足そうに言った。
「ナイスショット!」
俺は芝を踏みしめた。
(……俺、いま異世界で何してんだろ)
でも答えは簡単だ。
――俺はただ、普通にゴルフしてるだけ。
32
あなたにおすすめの小説
TS転移勇者、隣国で冒険者として生きていく~召喚されて早々、ニセ勇者と罵られ王国に処分されそうになった俺。実は最強のチートスキル持ちだった~
夏芽空
ファンタジー
しがないサラリーマンをしていたユウリは、勇者として異世界に召喚された。
そんなユウリに対し、召喚元の国王はこう言ったのだ――『ニセ勇者』と。
召喚された勇者は通常、大いなる力を持つとされている。
だが、ユウリが所持していたスキルは初級魔法である【ファイアボール】、そして、【勇者覚醒】という効果の分からないスキルのみだった。
多大な準備を費やして召喚した勇者が役立たずだったことに大きく憤慨した国王は、ユウリを殺処分しようとする。
それを知ったユウリは逃亡。
しかし、追手に見つかり殺されそうになってしまう。
そのとき、【勇者覚醒】の効果が発動した。
【勇者覚醒】の効果は、全てのステータスを極限レベルまで引き上げるという、とんでもないチートスキルだった。
チートスキルによって追手を処理したユウリは、他国へ潜伏。
その地で、冒険者として生きていくことを決めたのだった。
※TS要素があります(主人公)
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】
普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます)
【まじめなあらすじ】
主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、
「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」
転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。
魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。
友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、
「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」
「「「違う、そうじゃない!!」」」
これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。
※他サイトにも投稿中
※旧タイトル
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」
チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。
だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。
魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。
だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。
追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。
訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。
そして助けた少女は、実は王国の姫!?
「もう面倒ごとはごめんだ」
そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる