夜をまとうもの

風見鳥

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夜をまとうもの

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 次の文書は、1867年に、カリフォルニア在住の怪奇小説家、ミセス・ジェーン・オークレイの元に届いた、実弟のジニー・オークレイ氏による数通の手紙と、その解釈において重要な役割を持つ、ベン・ダビッドソン連邦警察官(当時)の伝書の記録である。




1867年7月19日 ジェーン姉さんへ

 左薬指の重さにも慣れた頃でしょうか。僕が姉さんたちの住んでいるカリフォルニアの豊かな土地をはなれて、ワイオミングのはずれにある、ここイエローサンド平野に来てから、3年になります。ウィリアム義兄さんとの暮らしは順調ですか。姉さんなら心配いらないと思うけれど、念のため。
 
 道連れのライナスと始めた牧場も、良い流れに乗っているよ。イエローサンドの西にある小高いバートンズヒルの南側に僕らの牧場があるわけだけれど、G&R(ジニー ライナス)牧場といったら、このあたりの界隈では知られた名なんだよ。イエローサンドの町オーガスタシティから、よくお客が来てジャーキーやベーコンを買っていくんだ。
 今度、ウィルと一緒に遊びにおいでよ。彼にもライナスのことを紹介したいんだ。北部で一番硬いハットを被るのは、北部で一番の石頭、うちのライナス・レッドウイングしかいないってね。
 それと最近、このあたりで少し不思議なことが起こっているんだ。多分、姉さんはそういったことにご執心だろうから、教えておいてあげるよ。新聞屋が汚い手垢をつける前にね。
 6日の朝、バートンズヒルを挟んでイエローサンドの反対に広がる、不毛のサイレンスベル平野に住む、離れ者のスコット・ロンドクーパーがオーガスタシティへ馬を走らせたんだ。常駐保安官のアルバース・ブレイク保安官が話を聞くと、彼はこう言ったそうだ。
「月も眠りこむような真夜中にバカ騒ぎをして、俺の眠りを妨げる恥知らずなヤンキーを探しだして、ぶちころしてくれ!」
 曰く、地平に陽が沈んでサイレンスベルが真っ暗になる頃、何処かから何か物を叩いているような音が響いてくるんだとか。彼は変わり者ではあるけれど、白痴ではないんだ。にもかかわらず、その後も4回に渡って保安官事務所の扉を蹴り開けたんだ。もちろん、音のクレームのためにね。
 多忙なブレイク保安官は取り合わなかったけれど、スコットは相当参っているようだったよ。ミルクを買いに牧場へ来る度、そのことに悪態をついていくんだ。でも地元の人間はまずサイレンスベルには近寄らないし、一番近くの農園までは8㎞もあるんだ。それに僕らの牧場も彼の家に近いと言えるけれど、夜は動物のために早めに眠るし、彼が言うような大きな音なんて聞いていない。
 彼はいったい何の音を聞いているんだろうね。何か進展があったら、また連絡するよ。

    誠実な弟 ジニーより



8月10日 ジェーン姉さんへ

 姉さん、事態が少し笑えない方向に進んでいるよ。単純なようで複雑なのかもしれないし、その逆かもしれない。僕自身、この手紙を書いているときでさえ、僕の想像と事実の関連性について、応とも否とも立場をとれないでいるんだよ。
 とにかく、僕らもスコットとおなじ音を聞いたんだ。最初に聞いたのは前の手紙を書いてすぐ、先月の21日夜のことだ。それは突然、何の前触れもなく聞こえてきた。
 いつもと同じ時間に、いつもと同じように動物たちを小屋に戻し終わって、ライナスと一服していたときに、ダァン、ダァン、という音が聞こえてきたんだ。明白な質量のある衝突音で、天球を這いまわってくるような、不快な響きかたで鼓膜を揺らすんだ。最初は数分で聞こえなくなったけれど、それからは夜になると、ときどき聞こえるようになった。
 ライナスもこれを聞いていて、スコットにも伝えたんだ。僕ら3人で騒音の犯人を見つけ出して、忠告なり脅迫なりして、それでもやっこさんが聞く耳を持たなかったなら、ブレイク保安官に引き渡そうということで意見が一致して、28日の夜、牧場に集まった。

 日付が変わる頃だったと思うけれど、あの音が響いてきて、スコットがノイローゼ気味に顔をしかめた。僕らは、ざわつく動物たちを宥(なだ)めながら耳を澄ませて、音の響いてくる方向を何とか確かめようとした。これは地道に神経を使う作業でね、何しろ反響の仕方が普通でないから、距離感はおろか、前後左右のどこからなのかすら一向に把握できないまま、10分ぐらいその場でじっと静止していたんだ。
 するうち、ライナスが呟いた。
「カーペットロックの方向だ……」
 バートンズヒルの北方、イエローサンドとサイレンスベルの平坦で走り辛い境をまっすぐ行った先に、カーペットロックと呼ばれる大きな一枚岩が横たわっていて、近くのバクスランド農園の目印になっているんだ。
 バクスランドの主であり、4代前からこのあたりに住んでいるエドワード・バークス氏は立派な人格者でね、20人もいる使用人や、黒くて労働者を真夜中まで騒がせるような人じゃないんだよ。とはいえ、たった1人聞き定めたライナスに素直に従わないことには何も始まらないのは理解していたから、僕らは灯したランタンをサドルに掛けて、北に向けて馬の腹を蹴った。
 数分後、僕らは茶黒いカーペットロックの中心に立っていた。まず分かったのは、音がこの周辺から聞こえるわけではないこと。次に分かったのは、今度ははっきりと南から音が聞こえるということだった。
 僕らは言葉も交わさず、馬の鼻をバートンズヒルに向けた。姉さん、これは誓って本当のことなんだけれど、このときに僕ら全員の馬が、――あんなに落ち着いたやつを選んだにも関わらず――馬が明らかに嫌がったんだ。
 怯えて身をよじって、僕らは3人とも振り落とされそうになった。大げさではないんだ。3頭ともオレゴンまでのキャトルドライブを経験した古株で、僕ら自慢の韋駄天なんだ。
 今から思えば、これも何かの予兆だったのかもしれない。僕らは時間をかけて馬を落ち着かせて、バートンズヒルを目指して走り出した。このとき、僕とライナスとスコットはきっと、同じことを思い出していたに違いないよ。
 バートンズヒルの北東の斜面、イエローサンドと接するところに、今では誰もその存在すら囁かない、気怠く老朽と崩壊を享受する屋敷があって、半世紀以上も無人の状態でイエローサンドを眺め下ろしているんだ。僕が屋敷のことを喋ると、ライナスとスコットもそこが怪しいと賛成してくれた。
 東の空が白む頃、バートンズヒルの傾斜にへばりつく屋敷を認めたけれど、そのときには件の音は止んでいて、そこにはただ、静かな荒野の曙をねめつける、悪趣味な赤紫色の屋根をかぶった古ぶるしい建物があるだけだった。
 
 姉さん、この後のことについては、少し休んでから、整然とした心持ちで読んでほしい。すべてのタイミングが、単なる偶然であるかもしれないし、もしくは不可視の歯車が僕の知らないところで組み合わさって、時針のように回っているのかもしれないんだ。
 いいかい、まず、僕らのこの疾走を境に、例の音が聞こえなくなったんだ。最初、僕はどこか他所から来た盗人の類が、貴族めいた廃墟で高級品を探していて、目的を成したか諦めたかして、屋敷が再び沈黙を取り戻したと思ったんだ。今でもそう思いたい。
 次に、僕ら3人が馬を走らせた日の数日後、オーガスタシティへ出かける用があってね、住人から話を聞くことができた。先月13日ぐらいに、何人かの住人が、スコットが言っていたような音を耳にしたそうなんだ。
薬屋のロビンソン・アードラスヘルム氏は、はっきりと西から音が響いてきたと話したそうだ。彼はライナスの恋人の父親だから、これは信頼できる話で、僕は音の出どころがあの屋敷だと確信した。そして騒音さわぎも幕引きだと信じている。
 でも、こんな話も聞いたんだ。サイレンスベル北方のブルーハープ牧場で、川のような血を残して羊が消えたそうだ。血痕からして、銃撃や斬撃で噴出した血液ではなくて、雑巾を絞るように滲み出たような跡だったらしい。血の川は数mしてぷつっと途絶えていて、それ以外の痕跡は一切なかったとか。牧場主のジュリー・バーティ氏の話によれば、事件の前日までは確かにその羊は小屋で生きていて、血痕が見つかったのは、朝日が昇ってすぐだったから、残虐な誘拐が成されたのはその前夜だったんだ。
 そしてその前夜というのが、28日夜。僕とライナスとスコットが集まった、あの夜のことなんだ。
 音が止んで、家畜が消えた……もちろん、僕の考えすぎに違いないよ。でも、嫌な予感がするんだ。しばらくは、用心することにする。また近いうちに手紙を書くよ。

    ジニーより



9月2日 ジェーン姉さんへ

 嫌な予感が当たった。もしかしたら、新聞に載って、カリフォルニアにまで届いているかもね。イエローサンドはちょっとしたパニックだ。
 終わりではなかったんだよ。最初はブルーハープの羊、次にハローウィンド農場の豚、カーター一家のヤギ、ピーターポール牧場の豚と馬……次々消えるんだ。うちの牧場も鶏と羊をやられた。僕らは用心していたんだ、確かに。
 州の中心の町ならともかく、郊外で夜の警備をするには、明かりの量が明らかに足りないんだ。万遍なく見張っているつもりだった。ほんの数分だよ、あいつらの傍を離れたのは。
 静かだった……何事もなく牧場の柵全体を周回して戻って、ランタンで家畜の小屋を照らしたんだ。すると扉の下に赤黒い帯状のものが見えて、背筋を冷たいものが這い上がった。馬から飛び降りて扉を開けると、まるで最初からそうであったかのように、半端な引きずられた跡の源に、噂に聞く血痕があったんだ。瞬時に理解したよ。一切の明かりが用意されていない、まったくの暗闇に僕らの動物は消えたんだ。
 ほかの被害も同様だった。明かりのない、正真正銘の宵闇の中、悲鳴も物音もなしに、逃げる術を持たない動物が連れていかれる。手口は完璧だ。
 オーガスタシティのブレイク保安官も捜査を始めている。住人が怖がっているのさ。無理もない。得体の知れない何者かが、夜毎動物たちを連れ去っているんだから。住人に実害はなくても、怖いものは怖いはずだ。
 直感というべきか、精神の根底にある原初の理性が反応するというべきか、残酷な誘拐の現場に残る異様な感じは、言い表しようのない感じなのだけれど、林檎が赤いのと同じぐらい確かに普通ではないと感じるんだ。人間の生活の遥かな圏外にその端を発する、冒涜的な所業だ。
 姉さん。これはライナスにも話していないことだけれど、イエローサンド周辺で被害を受けた場所は、関連性がないようで実はあるんだ。恐らく、僕だけが気づいていることだよ。ただ、これを僕の胸の外に漏らしたが最後、僕らがとるべき行動は、否応なく不快で危険なものに定められてしまうんだ。僕としては、そうなる事態は避けたい。
だからもう少しだけ、勇気のない僕が躊躇するのを許してくれ。

    ジニーより



追記 9月3日

 今朝、新しい犠牲が出た。誰もが恐れていたことが起こったと伝えられた。イエローサンドはもう安全な場所じゃないんだよ。だけれど安心してくれ姉さん、僕とライナスは大丈夫だ。暗闇に紛れて何が襲ってこようとも、二度と僕らの牧場に手は出させやしない。
 ついに人間の犠牲者が出たんだ。



9月6日 ジェーン姉さんへ

 恐ろしすぎる出来事の余波が、まだイエローサンドにわだかまっている。犠牲者が2人ともニガー、要は黒人だったのが不幸中の幸いだった。
 場所はバクスランドだ。主人のバークス氏は自分の労働者を分別して使っているんだ。屋内使用人、屋外使用人、肉体労働者だ。今回、普通でない出来事を体験したのは、最も人数の多い肉体労働者のうち、バークス家の屋敷から最も離れた奴隷小屋で寝起きしていた、2人の労働者だ。
 9月3日朝、バクスランドのコーン畑の脇にある溝で、巷を賑わせる事件でよく残されるような、おびただしい量の血の跡が見つかったんだ。バクスランドでは家畜は飼っていないから、バークス氏は自分の農園は被害に遭わないと高をくくっていたらしい。報せを聞いてそれは驚いたそうだけれど、すぐに取り直して、血痕が肉体労働者のものかもしれない事実を冷静に捉えたんだ。
 次に彼は、現場から最も近い労働者の小屋に向かったんだ。彼の労働者は2人1組で寝起きして、農園から逃げ出したやつとペアを組んでいた者は、連帯責任で鞭打ちされるんだ。自分のペアが妙な素振りを見せたら、罰を恐れる片割れが密告する仕組みさ。バークス氏は、片割れが姿を消した労働者を探して、話を聞こうと考えたんだ。
バークス氏が粗末な小屋に向かうと、小屋の入り口に足を向けて、うつ伏せに倒れていた1人の労働者を見つけたらしい。遠目に見て、彼は不快な死臭と微動だにしないそいつに、ある程度のことを悟った。
 でも死んでいる労働者に近づくと、彼は妙なことに気がついた。一連の事件に関して、死体が残っているのは初めてだし、小屋は話に聞く暗闇とは違い、灯ったままのランタンがあったそうだ。
 そしてそんな些細な違和感は、その後に目にした惨状にかき消された。バークス氏は顔を確認しようと、手に持っていたウインチェスターの銃床でそいつの痩せた体を反転させたんだ。と同時に、後に本人が恥じながら認めざるを得ない、大の男が発さないような絶叫をあげ、腰を抜かした。
 何故かって、生をうしなった生物の顔面に浮かぶ、青白く淑やかな冥府の仮面をかぶっているべきその労働者が、まったくもって違うものをその面に刻んでいたからだ。この有様は僕も後に見せてもらったから、その面妖なこと、異質そのものである様子について、ある程度正確に伝えられるよ。
 彼がライフルでひっくり返した黒い男は、良く言っても、煉獄に焼かれる悪魔とすら比較にならない、甚だしい苦悶と絶叫を織り交ぜた感情を宿して絶命していた。僕らの経験する範疇で、これと同じか、似通っているような感情を探すことはとても不可能であって、恐怖などという言葉すら無意味、なにか言い得ない、圧倒的な絶望と郷愁と負の混流に翻弄される、憐れな贄の表情としか、僕には分からない。
 限界まで開かれた口が無音で叫びつづけ、顔全体の筋肉が痛ましいほど引きつっていた。よだれ、鼻水、汗にかまう余裕もなかったのか、肌に濡れた跡が幾筋も残っていて、この憐れな労働者が生の最後に経験した出来事の凄惨さをほのめかしていた。
 なによりもバークス氏の気を病ませたものは、目だった。正確には、落ちくぼんだ目があるべき場所の、あまりにも明瞭すぎる、ある状態によって精神に大きなダメージをこうむったんだ。
 労働者の眼球がそっくり抉り取られ、眼球が収まっているはずの双眸から、文字通りに血の涙を噴出させていた。2つの赤黒い穴が、見えない視線でもって阿鼻叫喚の出来事の証拠を厳然と示しつけてくる様は、偉大なるフロンティア・スピリットの持ち主たるエドワード・バークスをして、悲鳴を上げる自我を正常な人間的神経に収めることを、容易く許すものではなかったんだ。
 郊外に隠居するジム・カーター医師の検死によって慄然たる事実が示されると、居合わせた野次馬全員が、模糊とした禍々しさの矛先を思って、混乱の日々の幕開けを感じ取ったに違いないよ。
死んだ労働者は、自らの手で自分の眼球を抉ったんだ。潰すでも刺すでもなく、スプーンでもあれば上手にやれただろうに、自身の手で両目を抉りぬいたんだよ。
 そして現場で、この両目が見つかることは遂になかった。また小屋の前にあった、故人のものと思しき足跡から、こいつが生前、小屋まで駆けてきたことが判った。
「バークスさん」
 野次馬が見つめる中、検死を終えたカーター医師が口を開いた。彼があんな無責任な発表をしなければよかったのにと、何度も思うよ。興味本位で、あんな現場に立ち会うべきではなかったとも。
「これは私の単なる想像に過ぎないのですがね、あなたの奴隷は、何かから逃げてきて、この小屋にたどり着き、振り返ったところ……なんと申し上げようか……つまり、振り返った瞬間、たしかなことが起こって、それで命を落としたようです。
「何しろ夜の農園はまったくの暗闇ですからな。ここへ来るまでは、その何かの姿を認識できなかったのでしょう。小屋の張り出しに吊られたランタンの明かりのもと、初めてその姿を認めたに違いありません。でなければ、ここまで走ってくることすらできなかったでしょうから。
「と申し上げますのは、こいつの目の状況と、死そのものの関連性につきましては、そういった筋書きを経ないことには説明がつかないからです。
「こいつの死因は、眼窩部(がんかぶ)からの出血多量による失血死ではありません。死因は動脈硬化及び心臓麻痺であると考えられます。
「振り返ったとき目に映ったものの視覚的印象の邪悪さ、あるいは恐ろしさ、異質さ、グロテスクさの余り、こいつは自らの視覚を排除し、一瞬見ただけのその姿の記憶によって、ショック死したものと私は考えます。そして恐らくですが……
「その何かは、こいつの眼球を持ち去っています」
 更に医師の分析によると、小屋の惨劇の前に、コーン畑での誘拐が行われたというんだ。2人の労働者が共に小屋へ向かっている途中、家畜と同様に残虐な連行が発生し、難を逃れたかに見えた一方の犠牲者が照明の元へと逃走して、致死の対面が起こったというのが、医師の見解さ。
 検死を見聞きしていた野次馬の胸の内は、わざわざ述べるまでもないだろう。もちろん、僕とライナス、スコットやブレイク保安官も聞いていたよ。一連の家畜の消失事件が、思いもしない方向に転んだものだから、誰もが不安と怯えでおかしくなりそうだった。

 その気持ちは僕も同様だ。けれども、それだけであるはずがない。
 医師によれば、犯人は如何に悪辣な存在であれ、確実に実体のあるもので、幽霊や怪奇現象ではないんだ。そのことが、最近、僕の胸中に根を張っていたある想像に、とどめの肥しを与えたんだ。
 実体のあるものは、多かれ少なかれ、理屈の通った行動をするはずだ。たとえ、それがどんなに些細な因果であっても。
 前に話した、屋敷の怪音を覚えているね。あれこそ封印を打ち破ろうとする音だったんだ。質量のある衝突音――なぜ僕がそんな印象の捉え方をしたのか、今わかった。質量を持つ実体が外へ出ようと、壁か扉か、自らを阻むものを破壊しようとする激突音だったんだ。
 その音が止んだ。何故もっと早く気づかなかったんだろう。その実体が、脱出を果たしたんだ。僕とライナスとスコットが走った、あの日に。
そして何の目的か、完璧な拉致を開始したんだ。怪異はとうの昔からイエローサンドに棲みついていたんだ。証拠に、地図上で見る、多数の被害地のほぼ中央に、バートンズヒルの北東斜面が位置しているんだよ。
この推理を僕が話したがらなかったのを、姉さんは不思議には思わないはずだ。この推理から考えられる確固とした結論、それは実体の出どころと思しき、バートンズヒルの緩い北東の傾斜に立ちすくむ、幽寂な屋敷への突入だからだ。
 いや、僕はそんなことはしたくない。良くないことが起こるに決まっているからね。けれど、この出来事の全容を微かながらも把握しているのは、目下のところこのジニー・オークレイただ1人である上、事件の犯人がよこしまな悪党でも、説明できない超常現象でもないのだから、積極的な決断と油断ない予防策によって、安らかな夜を奪還しなければならないということは、よく分かっている。
 差しあたっては、オーガスタシティで結成される夜警隊に参加しようと思うんだ。ブレイク保安官が、周辺のカウボーイや牧場経営者に呼び掛けて、間断ない警備を行うために組織するらしい。うちから馬を何頭か貸すつもりだ。そして僕も警備に参加し、牧場の夜警はライナスに任せる。いつまで続けられるかは分からないけれど、然るべきタイミングで屋敷のことを話してみるよ。
 それと姉さん、貴女に謝っておこうと思う。こんな惨い出来事の記録なんか、読みたくないのかもしれない。最初は確かに、結婚生活は安泰で少し退屈なものかもしれないと思って、面白半分に教えてあげたに過ぎなかったけれど、ここまで読んだ姉さんの優しい心を、僕は心配させているかもしれない。
 でもきっと大丈夫。警備隊は50人規模になるらしいし、銃だって80丁近い用意があるんだ。次の手紙では、きっと事件の犯人の確保劇を伝えられるよ。
         
    ジニーより



9月20日 ジェーン姉さんへ

 不可解な現象の曖昧な全容が、霧のように漂い始めているよ。その様子は窺えるのに、実際にそれを触ることはできない。
 ああ、この平和であった土地に、一刻も早く安寧が立ち戻るのを願わずにいられない。
 オーガスタシティの酒場で話すと、スコットが言っていた音と大量失踪を関連付ける人も多くて、今からでも音の出どころをはっきりと確かめるべきだと言う人もいたんだ。大規模な警備隊の甲斐もなく、被害が一向に止まらない焦りもあって、積極的な対応を求める声が大きくなっていた。
 僕は副保安官のザマハに、屋敷のことを話したんだ。彼は愚直な男で、世論がどうであっても関係なく、情報をそのまま上司に伝えることが期待されたから、その通りになってブレイク保安官と話せたときは、さすがに希望を持てたよ。
 ブレイク保安官は僕の推測と、その裏付けになる諸々の事柄を熱心に聞いてくれた。彼も事件の解決を望んでいたから、巨大で不気味な屋敷へ突入することに前向きな姿勢を示してくれたんだ。
 17日の正午、僕とブレイク保安官、それと靴屋のアイザック・ロドリゲス、放浪する賞金稼ぎのチャールズ・チョイス氏と、雑貨屋を経営しているロバート・テイラー氏の5人で、荒野に盛りあがるバートンズヒルへと向かった。僕の想像が当たっているとしても、その正体は既にいない可能性が高かった。でも手がかりが得られることを信じて、とにかく僕らは馬を走らせたんだ。
 明るいうちに、エジプトの巨大な墓標よろしく地平線に鎮座するバートンズヒルと、傾きの緩いその傾斜に在って荒野を見はるかし、陰鬱さを建材としたような2階建ての屋敷が目に入った。
 僕らは近づける限界まで行ってから、適当な木に馬を繋いで屋敷まで歩いた。アイザックとテイラー氏は体力があまりなかったけれど、チョイス氏はタフで銃の腕も立った。浮浪者やちょっとしたヤンキーが相手ならまったく問題がないぐらいにね。少人数で、半ば突発的な訪問だったけれど、一連の事件に関する、有益か無益かの情報が得られるのは、決して希望的観測ではなかった。
 屋敷の具体的な予備情報は皆無で、無人になってどれぐらい経つのか、誰が暮らしていたのか、何故こんな丘の斜面で耐え忍ぶように在るのか、そんなことは何一つ、誰一人わからなかった。
 廃墟とはいえ、保存状態のよい屋敷にたどり着いたとき、言い得ない禍々しさに背筋をなぜられたことをここに告白しておくよ。僕は小心者かもしれないけれど、屋敷は確かにおかしなところがあって、どこの誰であろうと、あの屋敷を建てたり住んだりしていた人物の精神状態を疑うね。

 ブレイク保安官が先頭になって、ポーチの薄汚れた白い階段を上り、開きっぱなしの玄関を通った。内装は、ありがちな英国式のものに付け足された様式があって、どことなくアジア的だった。小さい頃に父さんに連れていってもらった、中国人労働者の家で見覚えのある様式を見たようにも思う。けれどそれだけでもなくて、想像だにしない秘められたアジアの奥地、龍の住まうという霧深い山々の神を崇拝するかのような、未知の魂が揺れ動いていた。そしてそれら地球上の見知らないところの様式の更なる深奥、ぎらつく双眸が覗き込むが如く、僕らに漠然とした敵意を向ける様式があることをも認められたとき、涼やかな風が僕の首筋を舐めていったんだ。
 あの悍ましい景色に一瞬、あまりにも明瞭な懐かしさを感じたことは、僕の人生においてまたとない恐怖の記憶となるだろうね。なぜ一瞬でも、あんな場所に懐かしみを見出してしまったのか分からないけれど、たしかに言えることは、その「更なる様式」の印象は漠然としたもので、世に知られる文明がこれを生み出したとはとても思えない、不可解な輪郭と可塑性を蓄えたデザインをもって、深海から触腕を伸ばすクラーケンのようにこちらをつけ狙っている感じがしたんだ。
「ここに長くいるのはまずい……」
 ブレイク保安官も同じようなイメージを受け取ったのか、そう呟いて銃を握りなおした。
 エントランスは伝統的スタイルをとっていて、広間の正面に階段があり、ある程度登って左右へと分かれて2階へ続いていた。広間左右には1つずつ部屋があり、正面に向かって左側奥、小さな通路が奥へ伸びていた。
豪邸の面子を保っている外装に比べ、内部の荒廃は著しいものだった。元々の様式のグロテスクさに加えて、破れてめくれ上がったインドの絨毯や虫食いまみれの調度品、いつ落下するとも知れないシャンデリアなど、正常な人間なら誰もが嫌悪感を抱くような退廃の気配に満ちていたんだ。
 手分けして内部を調べていると、この場所が人の足音を忘れて数十年どころではないことが分かってきた。およそ1世紀半は人の生活した痕跡がないんだよ。怪音を発していた者――それが命あるものだとして――の活動の跡もない。1階にあった調理室と物置、使用人の寝室と思しき部屋からは何も判明せず、奥が深そうな小さな通路を残して、僕らは2階へ上がった。
 2階部分も1階に劣らない凄まじく不快なデザインで、朦朧とする蜘蛛たちの支配下に置かれて久しいことは明白だった。蜘蛛の巣を払いながら行った探索は成果なし。彼らが自在に宙を歩いている時点で、ここに何者も立ち入っていないことは明白だったわけだしね。手がかりが姿を現さないことで、テイラー氏の血圧が上がっているのが見受けられたので、僕らは一旦休んで、1階の怪しい奥まった通路を調べることにした。
 腹にベーコンや豆を入れたことで元気を幾分か取り戻した僕らは、ブレイク保安官とチョイス氏を先頭にして2列に並び、あの忌々しい通路に踏み入った。通路は様式の人間性が徐々に失われてゆくようで、このままサタンの玉座まで続くかに思えた。空気はカビ臭いものから湿っぽい腐敗臭じみたものに変わり、外界からの距離を実感させられる。
 正体不明の違和感が僕らを取り巻いて、僕とアイザックとテイラー氏の緊張はピークを極めつつあった。ここにあって眼光を鋭くさせてゆくのは、ブレイク保安官とチョイス氏だけだ。2人は銃をリラックスして構えていて、生き残ってきた地獄の数と、ありがたい頼もしさを表してくれていた。
 通路は一定の広さを保って真っ直ぐに続く。僕は突如、ある重大なことに気づいて、それとなく呟いた。
「長すぎる……」
 先頭を行くブレイク保安官が、同意を示すように小さく頷くのが見えた。さっきから付きまとっている違和感の正体だ。僕らの感覚では、通路の長さは外から見たときの屋敷の奥行きをとうに越えているんだ。
「丘の内部につづいているようだな」
 チョイス氏が言うと、アイザックが生唾を飲む音が聞こえた。この頃には、通路が屋敷から伸びていると思い出させるような装飾はなくなり、僕とテイラー氏が持って青銅色の岩壁を淡く照らす松明と、マーストン氏がくわえる巻煙草の火種だけが、闇の先に歩を進める僕らを励ます光になっていた。
 するうち、僕らの前方に、明らかに今までの風景と異なるものが現れた。
 それを見たとき、僕の喉から情けない呻きが漏れた。人間の感知せし印象のことごとく罪深いことを実感するとともに、それをまた適切な処理情報として扱う人間の能力を、これほど厭わしく思うことがあろうとは。瞬間に、僕は理解した。理解できてしまったんだ。
 まず僕らはドーム状の大部屋に出た。一般的なサルーン程度の広さのね。左右に獣めいた石像が3つずつ並んで――それらが具体的に何なのかは詳しく調べる気にならなかった――頭上には、あの様式を想起させる、難解な幾何学模様が乱舞している。
 中央に棺を思わせる祭壇が置かれていて、革で装丁された書物らしきものがいくつか置かれていた。そしてその後ろには、一見すると何だか判別できない、立てかけられたように傾く金属質の巨大なプレートがあったんだ。僕には判った。
「行き止まり、か……」
ブレイク保安官の声が遠く聞こえる。
「まて……風の流れがあるな……」
そう言うとチョイス氏は慎重に進み始めた。後ろからアイザックに背中を押され、僕はつんのめってドームの部屋に入った。そして足が止まった。
「ジニー、どうした?」
 ブレイク保安官が振り返って僕に話しかける。額の汗が松明の明かりを反射して滑り落ちた。
「保安官……扉です」
 やっと僕が絞り出した言葉に、彼も合点がいったのか目を見開いて祭壇の後ろへ回り込んだ。
 そして遅れて5人全員が覗きこんだのは、ほぼ垂直に地底の暗黒へと落ち込む大きな穴と、乱暴に叩き壊され、上側へとこじ開けられた金属質の落とし戸だった。厚みのあるプレートのような戸の内側が尋常でなく削れ、殴打され、歪み、ひび割れて跳ね上がっている有様は、これを突き開けた存在の煮えたぎる敵意をほのめかすに充分すぎるほどだった。なにより僕らを震撼させたのは、傷跡に風化や摩耗した様子が見られず、どう見ても最近つけられたものだという事実だった。
 僕らが目を凝らした深淵は、直径4mほどの歪な円形の口を開けて、バートンズヒルの内奥、その更なる深部、外気に触れることが絶えて久しい地下への通り道を示していた。松明でできうる限り照らしたところでは、穴の側壁は人為的な研磨の跡をうかがわせる鈍い光沢に覆われて、するんと闇へ流れゆくようで、微妙な傾斜が、なお丘の中心方向へ向かってゆくのが確認できた。もがき出ようとする闇と、虫の羽音を思わせる空洞音が、縦穴の長大さ、地下深くのどん底にひらけるであろう広大な空間の存在を主張して、僕らを威嚇するかのようだった。
 誰も言葉を発さなかった。この暗澹たる空洞を落下したら、という尋常でない想像と、逆にここから這い出たもののことを考えて思考がまとまらなかったんだ。
「だれか、ロープは?」
ブレイク保安官が震える声で訊ねた。勇敢にも、この場所で調査隊がとるべき、恐ろしく危険な行動を自ら買って出たんだ。けれど、僕は携えていたロープを隠すようにしゃがみこんで、その言葉を無視した。彼は僕の行動に気づいたけれど、僕と数秒目を合わせて、何も言わなかった。
「休憩した場所に忘れてきたんだろう」
 チョイス氏が言いながら、弾帯の銃弾を一つつまみ、外した薬莢に火を点けた煙草を巻き付け、深い穴へ落とした。僕らは沈黙して、火種の赤色を目で追ったけれど、10m程度落下した辺りで傾く側壁に沿い見えなくなった。そして期待していた薬莢の落下音が、こちらまで反射してくることはなかった。
 結果的には、判明したのはそれだけだった。馬の元へ戻るときも、オーガスタシティの保安官事務所で論議するときも、僕らは何が判ったのかを共有するのを躊躇っていたんだ。
 なぜ屋敷が、ゴルゴダのメシアのようにあんな丘に立っているのか。
 扉なんだ。
バートンズヒルの地下には、モグラやミミズが知るのみの巨大な空間が存在していて、屋敷はその場所と外界の出入り口なんだよ。何者が住んでいたのか、誰が建てたのか、いつからあるのか、空間と関係性があるのか、空間は何なのか――。
 そしてあの落とし戸。明白な凶悪さを備えた存在の解放を示す、開かれた扉。僕とライナス、スコットやオーガスタシティの人々が聞いたのは、戸を破壊しようとする実体の音だったんだよ。
 ブレイク保安官も遂に州警察への応援要請を視野に入れたようだよ。あの屋敷と、地底へ導く縦穴の正体が何であれ、この界隈で解決できる範疇を越えると考えたんだ。実際、その見解が正しいように僕は思う。
何と呼べばいいのかな――名状し難い実体が、イエローサンドの命あるものを蹂躙しているんだ。バートンズヒルの地下に幽閉されていたものが、封印の落とし戸を破壊し、漆黒の夜をまとって残虐極まりない拉致を行っているんだよ。
 僕はどうすればいいのか分からない。あの穴の底に、犠牲になったおびただしい数の動物がいるのか、それとももう実体が捕食したのか、あの絶望的に滑らかな穴ぐらを、実体はどうやって登り詰め、頑強な扉を壊せたのか、穴はどんな場所まで続いているのか。そのすべてを州警察が明らかにするのを、待つしかないのだろうか。
 姉さん、また嫌な予感がする。時間がなさそうな感じだ。何によってかは分からないけれど、僕は急かされているし、急がなければならない気がする。
いったい僕はどうすべきなんだろう。

    ジニーより



10月26日 ジェーン姉さんへ

 ブレイク保安官が消えた。彼を皮切りに、次々と消えてゆく……。夜が来るたび、あいつが来るんだ。明かりを灯していても壊されるんだ。逃げても、夜のあるところならどこにでも現れるんだ。
 イェレーナ・ブラウン、ミゲル・マーティン、ロペス・ホール、ジル・パーカー、トマス・リー……ほかにも犠牲者は10人以上だ。そして死の恐怖が他人事でなくなって、人々は発狂寸前さ。今晩、突然自分が連れ去られるかもしれないんだよ。誰もがそうさ。けれどまさか、唯一無二の親友がその標的になるなんて……。
ライナスがいなくなったんだ。
 夜の警備から帰ったら、馬屋にあれがあった。あの血。そして見慣れた硬いハット。探しても探しても、彼が見つからなくて、恋人のクララのところに行ったのだと思って次の夕方まで待ったけれど、帰ってこない。クララのところには確認に行けなかった。だって、何と説明すればよかったんだ。君の恋人が血の跡だけ残して消えたのだけれど、来ていないかなって訊けばよかったのか。
 きっと僕のせいなんだ。僕が屋敷へ踏み込むことを提案したから、実体が反応したんだ。根倉に付いた人間の匂いを覚えたのかもしれない。
 地獄だよ。イエローサンドはお終いだ。あいつが、きっと今夜も来るんだ。あの穴から這い出てきて。僕らが根城を嗅ぎ付けたから、皆殺しにするんだ。そうに決まっている。人間じゃない。猛獣でもない。怪物、モンスター、ああ何でもいい。とにかくあいつに触れてはいけなかったんだ。
 夜をまとうものが、次の獲物を探しに来るだろう。僕はそいつに一矢報いてやる。ライナスの仇を討ってやるのさ。この手紙を出してから、あの屋敷へ行って、扉の前で待ち伏せるんだ。生きては帰れないだろうね。その必要もないんだ。油を撒いて火をつけ、あいつが穴へ帰って来るのを待つんだよ。隠れるとしたら、あそこしかないだろうからね。そこで刺し違えてやるんだ。
 ライナスやブレイク保安官の魂が、僕に味方してくれるはずだよ。必ず殺してやる。

 姉さん、貴女の弟は犬死をするのではありません。男の誇りを胸に抱いて、アメリカ西部の自由の荒野に、華の如く散るのです。僕の死を伝える報せが走るでしょう。けれど貴女の愛するジニーは、貴女の胸の中に眠るのです。父さんと母さんの隣に、小さな墓を作ってください。僕らが見守り、ウィルと支えあって、姉さんの一生が豊かでありますように。

    誠実な弟 ジニーより



1867年11月12日
     
拝啓 ジェーン・オークレイへ 
    連邦警察 ベン・ダビッドソンより

 11月1日、ワイオミング州イエローサンドにて発見されたご遺体が、貴女の肉親であることが判明したので、これをお伝えする次第であります。
 氏名はジニー・オークレイ。推定年齢29歳、男。
 ご遺体は、イエローサンド北西部に位置する丘(地元ではバートンズヒルと呼称)にて、武装した状態で死亡しているのを発見されました。廃墟の入り口で発見され、大量の油を所持していました。放火未遂の疑いもありますが現在調査中です。
 死因は心臓麻痺。死亡した時刻の推定は、10月25日夜から同月27日昼までの時間帯だと考えられます。自ら両目をえぐり抜いた痕跡が認められる以外の外傷、衣服の乱れ、毒物摂取の痕跡はありません。両目の状態がいささか不可解でありますが、死亡時の状況については目撃情報もなく、仔細なことは調査中です。
 8月未明からイエローサンドで多発している連続行方不明との関連も疑われ、そちらについても調査が続いています。心当たりがございましたら、連邦警察までご一報ください。
 ご遺体はイエローサンド南東の小さな町、オーガスタシティにて埋葬されたようです。ご希望であれば、連邦警察の権限でもって、貴女のご住所までご遺体を送り届けることも可能です。また氏が権限を持っていた牧場につきましては、現在、連邦警察が差し押さえておりますので、正当な手続きを施行していただいた後に、貴女に返還いたしたく存じます。
以上、お伝えいたしました。

           敬意をこめて



 なお挙げたジニー・オークレイ氏の手紙で書かれている丘の廃屋敷の通路については、翌年3月に州警察が行った、屋敷への立ち入り調査にて、土砂で塞がれていることが確認された。地質調査では、数十年前には塞がれていたとされ、同氏の手紙の内容と矛盾する。
 同氏の両眼球はその後、発見には至っていない。
 イエローサンドの大量失踪及び不審死事件は、オークレイ氏の死後もしばらくのあいだ続き、翌1868年1月2日のアイザック・ロドリゲス氏の行方不明をもって被害は消滅した。



〈了〉
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