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ウソカマコトカ(5/9)
しおりを挟む例えばの話である。
その日、今世紀最大の大失恋をしたとしよう。
傷心の身を引きずってアパートに辿り着くと、せめてもと残しておいたエクレアが、どこを探しても見つからず冷蔵庫の前で膝をつく。
そうこうしていると、一人暮らしのはずなのに誰かが鍵を開けて部屋に入ってきたので、ぎょっとして寿命を縮める。
部屋に入ってきたのは生意気なイケてる後輩で、そいつが女の子から貰って来たプリンを、そいつと取り合う。鬼のように無駄な時間を過ごす。
そして気がつけば、畳の上で横倒れになったまま、首から下が動かない。
人生でランダムに出現するという厄日イベント。
ああ、今日は地獄のような日だったと伸びをして寝転がったら、そこはまだ地獄の入口一丁目でしたあ、という日が少なからずある。
場合によっては、勢い余ってそのまま人生最終日を突破し、リアルな地獄の底までノンストップ・ザ・ライドということが、考えられなくもない。
目の前で、綺麗な顔をした医学部生の後輩が、あぐらをかいて、こちらを見下ろしていた。
非情なまでの非常事態。
いろいろなパターンを思い描いてはみたが、
ーーどうやら俺は、殺される。らしい。
最終的にそういう結論に至った場合。
こういう場合、取り急ぎ、対処法としての最善な第一手はいったい何なのか。
そんな事は、俺が知りたい。
誰でもいい。
藁にもすがる思いで、もはや相手が藁でも文句は無い。
神様とやらがいるのなら、初対面で肩をぐらんぐらん揺すって心の底から真摯に問う。
どうすれば、いいのでしょうか。
視線を動かすと、先程まで無表情だった顔は、錯覚かと思うほどの微かな笑みを湛えている。
それを見て、俺は痛いほど思い知った。
こいつは自分が思っていたよりも、ずっとずっとヤバい奴だったのだと。
「あの、お前さ……。切り刻むのは、死んだ後って、言ってなかった、っけ……?」
混乱して、自分でもよく分からない確認を口走った。
神代はいつものように眉をひそめ、え?っと笑った。
「先輩、俺に切り刻まれたいんですか? ちょっと、愛が深すぎて……受け止めきれませんけど」
「え……、じゃ、これ……なによ?」
「 ドッキリ?」と聞き終わる前に「あ、それは無いですね」と、かぶせ気味の返事が返ってきた。
「じゃあ、……なに?」
綺麗な形をした口角が不気味に上がる。
ゆっくりと囁くように言う。
「なんだと、思います?」
程なくして、神代の手が俺の顔に、ゆっくりと伸びてきた。
長い指が、俺の前髪を優しく撫で、そのまま頬を伝う。
ひんやりとした人差し指と中指が、ゆっくりと滑り、唇までたどり着く。感触を楽しむように何度もなぞる。
「震えてます? 怖いですか? 俺が」
それから喉の奥で笑い、囁いた。
「かわいい」
その瞬間、俺の中で予想していた、いくつかのパターンが音を立てて崩れ落ちた。
同時に、形のない不気味なあらすじが一つ、ぼんやりと存在感を増した。
ゆっくりと視線を動かす。
その目は、もう俺の知っている後輩の目では無かった。
「いや、いやいやいや……。ちょっと待て。まじで。まじで一回、落ち着こ……!」
喉が引きつって声が上手く出ない。
「落ち着いてますよ? ずっと」
確かに。その声は怖いくらいに落ち着いていて、穏やかだった。
「えっと、あの……すみません。俺七時からバイトなんで、先に帰らせてもらっていいすか……?」
「だめです。先輩今日バイト入ってないです。ってか先輩の家ですここ。落ち着いて下さい」
「じゃあ、ええと……警察に、通報して下さい」
「無理です」
「そこをなんとか」
「する訳ないでしょう」
「じゃあ、後で、脅すからな……。金銭要求してやる……!」
「脅し返します。先輩、脅す材料だらけなんで」
「じゃあ……みんなに言いふらす」
「捕まえて監視します」
「じゃ逃げる」
「やっぱり拘束して監禁かな」
「じゃあ……、泣いちゃう?」
神代は、はははと笑った。
「泣かないで? もっと泣かせたくなっちゃいます」
「んじゃ……色仕掛けとか?」
「大歓迎」
「じゃあ、被害届は?」
「いいですね、手錠プレイ。やりますか?」
神代は爽やかに笑った。
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閲覧ありがとうございます。
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毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
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