草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~

猿渡風見

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第二章『地上に舞い降りた天使たち編』

第21話「女だらけのほにゃららら」

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 大の大人をおぶる、という経験。
 実は俺にとってさほど珍しいシチュエーションでもない。

 というのも俺が住んでいた村では、酔って潰れて寝そべって、自力で帰れなくなるヤツなんてほとんど毎日のように出ていたからだ。 
 コンビニひとつないような田舎での娯楽なんてせいぜい飲み会ぐらいのもの、だからこそ彼らは飲み会に命をかけるのだ。
 ことあるごとに酒とつまみを持ち寄って、必要以上に騒ぎ、羽目を外し、阿呆みたく酒を煽る。
 結果、集まった人間の半数がぐでんぐでんの茹でダコとなるのが常だ。

 ではスマートにタクシーでも呼んでお暇してもらおう、なんてことは絶対に起こらない。
 もとよりジオラマじみた狭い村の中での出来事だ。
 隣町からタクシーを呼びつけるよりも、歩いて帰った方がはるかに早い。
 しかしそんな事情も手伝ってか、彼らは限界ギリギリまで酒を煽るので、歩いて帰るどころかちょっとやそっと呼びかけたくらいじゃ決して目を覚ましてくれない。
 そんな時こそ、俺の出番だ。

 村で一番若くて体力がある、なんてのは都合の良い方便で、実質ただのパシリ。
 飲み会がお開きになると、俺は当たり前のごとく酔いつぶれたおっさんどもをおぶって家まで送り届けることを命じられる。
 潰れた人間が複数人いれば、もちろん俺も複数回、村中を往復する羽目になる。

 俺自身だってべろべろに酔っ払っているのに、なんというむごい仕打ちだろうか。
 あと4回に1回ぐらいの割合で、肩におっさんのゲロをぶちまけられる。
 Tシャツの襟口にゲロを流し込まれた時は思わずおっさんを田んぼへぶん投げてしまった。

 ……話が脱線しすぎた。
 結局何が言いたいのかというと、要するに、こういったシチュエーションには慣れているということだ。

 ただし、同年代の女性をおぶるなんてのは、初めての経験だったが。

「集落まではまだ遠いのか」
「もう少しで見えてきますよ、キョウスケ様」

 先陣を切るレトラが俺の問いに答える。
 早く着いてくれ、と切に願う。

 俺の背中には、すっかり酔い潰れて幸せそうな寝顔を晒す飯酒盃祭が身体を預けていた。
 端的に言って、この状況はあまりよろしくない。

 背中に押し付けられた二つの暴力的なふくらみが俺に未知の感触を与えていることもさることながら、彼女の吐息が断続的に左の頬をくすぐっている。
 これがおっさんの場合、
 「生暖かくて気持ち悪い」
 「酒臭い」
 「何故俺がこんなことをしなければならないんだ」
 「金払え」
 などと矢継ぎ早に不満ばかり浮かんでくるのだが、不思議なものだ。
 初対面の女にあまりこういうこと言いたくないんだが、その、エロい。

 今まで周りにいた異性といえば、自らが女であることすらとうの昔に忘れ果てた婆さんが大半である。
 それよりも若いとなればもう所帯じみたおばさんか、かなり飛んで小学生女児ぐらいのものだ。
 高校は共学だったが、どうも俺は男に好かれる性質らしく、バカな男友達とバカやっていたらいつの間にか卒業していた。正真正銘のバカである。
 要するに、俺は“年ごろの女性”というものにまるで耐性がないのだ。

 そんなところへいきなりこれは少々刺激が強すぎる。
 俺にできることと言えば、せいぜい全身に感じる感触について極力考えないようにすること、そして努めて右を向かないようにすることである。
 いや近い近い近い近い近い。

「ゴーレム、代わってくれないか」
「キョースケがこの鉄の塊を運ぶというなら代わってやってもよいぞ~」

 俺の後ろを歩くゴーレムは、天高く掲げたパゼロをわざとらしく見せびらかしながら、嫌味たっぷりに答える。
 くそ、まさかパゼロがこんなところで俺の首を絞めるとは……
 飼い犬に手を噛まれたような気分である。

「まぁキョースケも男じゃし? 良かったではないか、ラッキースケベ」

 全然ラッキーじゃない。
 そんな風なやり取りをしながら歩いていると

「――見えました! あれが私たちの集落です!」

 小高い丘を越えたのち、レトラは前方を指して高らかに言う。
 見ると、丘を下ってすぐのところにそれらしきものが確認できた。

 草原のど真ん中に簡素な木造建築が十前後密集しており、畑や家畜らしき動物の姿もある。
 そして集落の外周は木でできた柵でぐるりと囲まれていた。
 RPGで言うならいかにも「はじまりの村」といった感じのいでたちである。今にも牧歌的なBGMが聞こえてきそうだ。

「なかなかのどかそうなところじゃのう」
「そこはかとない親近感を感じるよ」

 実際、俺の実家と大差ない。

「ではキョウスケ様! 私が先に行って長老様に伝えてきます!」

 言うが早いか、レトラは一気に丘を駆け下りて、あっという間に柵の内側へと姿を消してしまった。
 くれぐれも俺が神様だということは――実際に神様ではないが――他言無用で、仲間には「道に迷った哀れな三人組」として伝えてくれるよう念押しをしてはいるが……
 俺は彼女の後姿を見送ったのち、はぁ、と深い溜息を吐く。

「面倒なことになったな」
「まぁ、よいではないか、我らが旅路の記念すべき最初の1ページじゃ」
「神の名を騙った不届き者として捕らわれるのが最初の1ページなんて御免だぞ俺は、だって見てみろよ、俺に至っては泥だらけ、お前に至ってはどう見ても古代の殺戮兵器だ」
「失礼な、どう低く見積もってもマスコットキャラじゃろう」

 こんな装甲騎兵じみたマスコットキャラがいてたまるか。

「少し斜に構えすぎではないか、案外温かく受け容れてもらえるやもしれんぞ」
「……お前田舎の人間が皆優しいと思ってるクチか?」
「違うのか?」

 違う。こればかりは声を大にして言わせてもらおう。
 あんなにも排他的な空間は他にない、温かいというのは余所者に対してではなく、あくまでもあの狭いコミュニティ内だけでの話だ。

「まぁ何事も挑戦じゃ、挑戦」

 わはは、とゴーレムは俺を追い越して、大地を踏み鳴らしながら坂を駆け下りてゆく。
 いやにテンションが高いので何かと思えば、そうだ、ゴーレムは全てが初めてなのだ、ということに気付く。
 彼は生まれてから一度もあの理想郷から外へ出たことはなく、錆が全身を覆いつくすほどの長い間一人だった。
 知識としてあれども、外での出来事は全て初めての経験なのだ。ならばはしゃぐのも仕方なく思える。

「しょうがねえな」

 かくして、俺は飯酒盃祭をおぶり直して、ゴーレムの後を追う。
 なるべく早く、俺が妙な性癖に目覚めない内に。

 さて、集落へたどり着いた俺たちを待ち構えていたのは、予想の斜め上の光景だった。

「客人よ、ようこそおいでなすった」

 そう言って俺たちを出迎えたのは、絶世の美女であった。
 いや、ほんとに、しばらく呼吸を忘れるくらいの美女であった。
 まるで絵画の世界から飛び出てきたようだ、と柄にもない例えが自然と頭に浮かんでくるほどの美女であった。
 目鼻立ちは整って眉目秀麗、テレビで見たモデルよりもすらりとしており、レトラ同様、小麦色の肌に布を巻きつけたかのようなファッションなのだが――目に毒だ。直視できない。

「私がこの集落の長、ターニャ・エヴァンだ」
「あ、はい、どうも……」

 彼女は握手を求めてくる。
 俺はせめて失礼にあたらないよう彼女の顔を正面から見据えつつ手を握り返したのだが、恥ずかしい話、彼女の宝石のような瞳を見つめていると、すぐに耐え切れなくなって視線を逸らしてしまった。

 しかし彼女から目を逸らしたところで、目のやり場など他になかった。
 なぜならば彼女は、いや彼女らは一族総出で、実に手厚く俺たちを出迎えたためだ。

 さすがにターニャレベルとまではいかないが、それでも現実離れした異国の美女集団である。
 右にも左にも美女。
 ターニャの隣で誇らしげに胸を張るレトラでさえ、改めて見ると相当な美人だ。

 そこには男はおろか、年寄りの姿さえただの一つもなく、俺は激しく視線の置き所に困った。
 最終的には幼い子供が何人か固まっているのを見つけて、そこに視線を落ち着ける。
 目の保養、目に薬。

「なんじゃ、見事に女ばかりじゃのう、男は奥に引っ込んでおるのか」

 これを言ったのは、もちろんゴーレムだ。
 美女軍団は、一瞬ゴーレムのビジュアルに気圧されていたようだったが、ターニャがこれに答えた。

「いや、私たちアルヴィー族に男はいない、男児が産まれないのだ」
「それはまた興味深いのう」

 女だけの一族、ファンタジーでありがちな“アマゾネス”のようなものか?
 ゴーレムに目があったとしたら、きっときらきらと輝いているのだろう。
 上ずった声の調子からですら分かるのだから、相当に興味津々といった様子である。

 気を取り直して、俺は一つ咳払いをする。

「ええと、まずは、すまなかった。俺らみたいな余所者をこんなに歓迎してもらっちゃって、ああ、自己紹介がまだだったな、俺は桑川恭介」
「ワシはユートピア・ゴーレムじゃ」
「そして私はぁ~~飯酒盃祭です~~~」
「うわ!? お前起きてたのかよ!」

 俺は思わず背中におぶった彼女を取り落としてしまう。
 彼女は尻から着地して「痛いじゃないですかぁ」などと間延びした声で言いながら腰をさすっている。
 「君たちは楽しそうだな」ターニャが微笑を浮かべた。

「そんなにかしこまる必要はない。事情は大方レトラから聞いているのでな、しかし私たちのしきたりで、余所から来た者はまず私の家へ通すことになっている」
「ああ、それぐらいは構わない」
「助かる、ではついてきてくれ」

 ターニャがくるりと踵を返し、それを合図に美女軍団が左右に割れて、俺たちの進むべき道を示した。
 ここまで歓迎されると、やはり気恥ずかしい……

 そして躊躇する俺のことなどお構いなしに、ゴーレムと、飯酒盃がターニャの後ろへついてゆく。
 あいつらほどの太い神経があればなあ、などと思っていると、一人、俺の下へ駆け寄ってくる者がいた。レトラである。

「どうですかキョウスケ様! 私、きちんと伝えました!」

 彼女はふんすと鼻を鳴らし、豊満な胸を張っていかにも自慢げだ。
 わざとやっているのか、と俺は彼女の二つのふくらみから目を逸らす。

「さあキョウスケ様も早く行きましょう、さあさあ!」
「分かった、分かったから揺らすな」
「? 私、キョウスケ様に触れていませんよ?」

 無自覚とは恐ろしい。
 ともかく、これ以上ここでぐだぐだとやっていても始まるまい。
 というわけで俺は彼女に手を引かれるがまま、長の家へと向かったのだ。
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