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第二章『地上に舞い降りた天使たち編』

第25話「明けの明星」

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 アマゾネスに戦乙女(ワルキューレ)、あとは美人女騎士団長?
 まぁ細かいことは置いておくとして、ファンタジー世界の戦う女は、たいてい強い。
 RPGでいうと中盤以降の敵として出てくるのが定番ではないだろうか?
 まぁうろ覚えなので、正確なところは知らないが。
 ……少なくとも、俺はそういう認識でいたのだが。

「えい」

 と、軽く力を込めて、彼女の手から槍を奪い取る。
 こう言っちゃあなんだが、近所のやんちゃ坊主からおもちゃを取り上げるよりも簡単であった。

「ああっ! き、貴様っ!」

 ターニャが武器を奪い返そうと必死に跳ねる。
 しかし俺がひらりひらりと躱すのでそれは叶わない。
 とてもじゃないが、これがレトラの口から語られた「アルヴィー族で最も腕っぷしの強い長の姿」とは、到底思えなかった。
 レベル7の俺なんかよりずっと非力だし、とろいし、顔真っ赤だし。

「……お前本当に、アルヴィー族で一番強いのか?」

 とうとう我慢できずに口に出してしまった。
 ターニャは、少し跳ねまわっただけだというのに、すでにぜえはあと息を切らしている。
 彼女が息を整えるのを待っていると、彼女は息も絶え絶えに言う。

「ハァ……調子にのるなよ人間……私がいつも通りの状態なら、ハァ、お前なんか……」
「いつも通り?」

 まるで何かしらの不調でも抱えているかのような言いぐさだ。
 いたって健康体に見えるが……

「……ええ、これは私たちアルヴィー族を襲った奇病の仕業なのです」
「レトラ! お前……!」

 ターニャがレトラの言葉を慌てて遮ろうとするが、もう遅い。

「なんじゃ、この女の有様はその奇病とやらによるものじゃというのか?」

 ゴーレムが聞き返す。
 もはやターニャも諦めたようだ。レトラの言葉を遮ろうとはしなかった。

「……数週間ほど前、それは突然に起こりました。私たちの内数人が同時に高熱を出して、寝込んだのです」
「初めこそ性質の悪い流行風邪かなにかと思い、私たちは細心の注意を払いましたが、床に伏したアルヴィー族の女たちは、翌日にはけろりとしていたのです」
「もちろん、大事にならなかったことを喜びました。しかしこの奇病が真価を発揮したのはその後です」

 長、ステータスの開示をお願いします。
 レトラが言うと、ターニャは驚きに目を剥く。

「な、なにをいうレトラ! 何故、私がこんなやつらにステータスを……」
「……長、本当は気付いているんでしょう。キョウスケ様は、私たちに敵意なんて微塵もないと。彼らが本当に私たちの知っている転生者だとすれば、今頃アルヴィー族は全滅してますよ」

 やっぱりジェノサイド路線なのか……
 本当、安易に弩拳骨しなくてよかった。

「でもキョウスケ様はそうはしませんでした。……これでも信用には値しませんか?」
「し、しかし……」
「どのみち、このまま放っておけばアルヴィー族は全滅です」
「くっ……」

 ターニャが、俺と、ユートピアゴーレムと、そしてレトラを交互に見る。
 そしてしばらくすると、観念したように――

「……ステータス」

 ターニャの宣言により一枚のウインドウが浮かび上がる。
 そして俺たちはその数値に注目して同時に、んん? と声をあげた。

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 ターニャ・エヴァン Lv1

 アルヴィー族の戦士

 HP 11/11
 MP 8/8

 こうげき  9
 ぼうぎょ  6
 すばやさ  10
 めいちゅう 13
 かしこさ  20
----------------------------------------------------------------

「レベル1?」

 俺とゴーレムは口を揃えて言った。
 途端、ターニャの顔がかあああっ、と紅潮する。

「ううう、うるさい! 口に出すな! 無礼者! 見るな! もう見るな!」

 ターニャが慌ててウインドウの前に立ちふさがってくる。
 レトラが続けて言う。

「――そう、この病に侵されたアルヴィー族の女たちは得てして、レベルが1に戻ってしまうのです」

 レベルを、1に戻す奇病?
 俺は眉をひそめた。
 なんだそりゃ、流行風邪やインフルエンザや、それに麻疹ぐらいならさすがに学のない俺でも知っているが、これは、なんというか次元が違う。
 そもそも俺がいた世界じゃレベルという概念自体が存在しなかったのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

「この奇病は、あっという間に集落全体へ広がりました。幼い子どもですら例外ではありません。集落で唯一この病に侵されていないのは、とうとう私だけです」

 そうか。
 ようやくあの時のレトラの行動に合点がいった。
 俺たちがレトラと初めて出会った時、彼女は一人で集落の外へ出て薬草を摘んでいた。
 あの時は特に何も思っていなかったが、冷静に考えればモンスターなどという危険な存在がそのへんを闊歩しているこの世界、単独で外を出歩くなんて正気の沙汰ではない。
 しかし今なら分かる、アルヴィー族にはもはやレトラ以外の戦力がなかったのだ。
 だからこそレトラは単身、この奇病から仲間たちを救うために薬草を摘みに行った、というわけか。

「……本当は反対だったのだ。レトラを一人集落の外へ出すなんて、そんな危険なことは」
「でも、そのおかげで私は神様を見つけられたのです」

 レトラがこちらに向き直って、にこりと微笑みを投げた。

「だから何度も言っているだろう、レトラお前は甘すぎる……! こんなどこの馬の骨ともしれぬ奴らに、一体なにが出来ると……」
「――ちょっと待ってくれ」

 俺はターニャの言葉を遮った。

「つまりなんだ? お前ら全員レベル1で、それでも得体のしれない転生者に勝負を挑んだのか? 皆殺しにされるのかもしれないのに?」
「……っ、ああそうだ、笑いたければ笑うといい、さぞや滑稽だろう」

 ターニャがそういって自嘲する。
 対して俺は、愕然とした。

 無謀にもほどがある。レベル1とチート持ちの転生者、勝負にすらならない。
 逃げるべきだ。たとえみっともなくとも、尻尾を巻いて逃げるべきだ。
 でも、彼女らはそれをしなかった。
 守るべき仲間のため、家族のため、誇りのため、勇猛果敢に転生者へと立ち向かった。

 正直に言うとそういう話には――めっぽう弱いのだ

「お前らスゲエいい奴なんだな……」

 俺は年甲斐もなくぼろぼろと泣いてしまった。
 ターニャが信じられないものを見るような目でこちらを見ているのだが、しょうがないだろ! 
 青春ものとか、家族ものとか、そういう安直なものが俺のツボなんだ!
 現世でも、ドラマでそういうシーンがあるたびに一人ぐしゃぐしゃに泣いていたんだ。

「あー、ダメじゃ……ワシもこういうの弱い、ゴーレムじゃなかったら号泣しておるぞ……」

 ゴーレムだって、涙こそ流さないものの涙声で俺と同じ感想を述べる。
 ティッシュが欲しい。

「な、なんだいきなり、私たちは貴様らを殺そうとしたのだぞ」
「ずびっ……でもそれだって仲間を守るためだろ……うう、ダメだもう……ゴーレムなんか拭くもの持ってない?」
「たわしならあるぞ」
「俺の顔面をどうするつもりだよ、というかまだそれ持ってたのかよ」

 てっきり理想郷とともに散ったと思っていたのに。
 そして、そんな馬鹿なやり取りをしていると、レトラはにっこりと微笑んで言うのだ。

「ほら、こんなに素直に人のために泣ける人たちが悪い人たちに見えますか?」
「……」

 ターニャは、もはや何も言わなかった。
 ただ、戸惑ったような、考え込むような、そんな複雑な表情で口を閉ざすばかりだ。

 こっちはこっちでそれどころではない。
 俺もゴーレムも、両方感極まってしまって嗚咽をもらしている。
 ちなみに涙はツナギの袖で拭うことで事なきを得た。

「キョウスケ様! ゴーレム様! 改めてお願いします! どうか、どうか私たちをお救いください!」

 レトラが深々と頭を下げてくる。
 ――その時であった。

 突如、ざざざざざ、と、草原を何か巨大なものの這いずるような音が、どこからともなく聞こえてきた。
 レトラとターニャが、はっとして振り返る。
 それと同時に、向こうの小高い丘からひとつの影が飛び出した。

 ソレを端的に言い表すとすればトカゲ――いや、ヤモリだな。
 全身に爬虫類特有の鱗が張っており、琥珀色の目がぎらりと光って、ぱっと開いた指には鋭い爪が生えている。
 懐かしいなぁ、ヤモリ。
 実家の周りにはいくらでもいたから、小さい頃はそれを捕まえて遊んでたっけか。
 まぁ、記憶の中のヤモリと比べると、視線の先のソレは、ちとでかすぎるが。

「“這う者”だ!」

 ターニャが叫んだ。
 そしてその名前通り、巨大ヤモリは四つの足を器用に動かして、草原を這うように、しかし極めて高速に移動してくる。

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  這う者が あらわれた!
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 這う者は、舌をちろちろさせながら、一直線にこちらへ向かってくる。
 縦に開いた瞳孔はいっそう大きくなり、そこからは明確な敵意、いや、狩人のソレを感じた。
 敵とすら見ていない。食物連鎖の頂点に立つ者だけが持つ、強者の余裕。
 ただ、息をするのと同じように――俺たちを狩るつもりなのだ。

「……これはまた大物じゃのう」

 ゴーレムがこちらに迫ってくる巨大ヤモリを眺めて、極めて呑気に呟いた。
 そしてレトラが相手の持つ“気”にあてられて、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっている一方、さすがレベル1とはいえアルヴィー族の長である。
 ターニャの対応は早かった。

「――逃げるぞ! レトラ! 貴様らもだ!」

 これによってレトラはようやく我に返り、俺の手をぐいと引っ張る。

「キョウスケ様っ!! 早く逃げましょう! とてもじゃありませんが、私たちの手に負える相手じゃありません!」

 ざかざかざか、巨大ヤモリはめちゃくちゃに素早い。
 這う、というより滑るように、緑のカーペットを滑走する。
 あとしばらくしない内に、ヤツは俺たちの下へ到達するであろう。
 それを踏まえた上で――俺は逆にレトラの手を振り払い、向かってくる巨大ヤモリめがけて走り出した。

「なにっ!?」
「キョウスケ様!?」

 背後からレトラとターニャの驚愕の声があがる。
 悪いな。
 いつもなら、こんなモンスターあえて対峙せずとも、逃げるという選択肢を選んだことであろう。
 しかし、しかしだ! アルヴィー族の心意気に心揺さぶられた身として、あの場から逃げ出すことがどうしてできるか!
 男ならば、人間ならば、立ち向かうべきである! 己の信念のため、圧倒的な脅威と、対峙すべきである!
 まぁそんなわけで、影響されやすい俺は、安直にもヤツの前に立ちはだかったのだ。

 あっという間に、俺と巨大ヤモリが向かい合う形となる。
 見上げんばかりの巨大ヤモリが、きしぃぃぃぃ、と甲高い咆哮をあげた。
 いただきます、のつもりだろうか。
 ぱっくりあいた口は、俺はおろか、ゴーレムでさえ一口に呑み込んでしまえそうだ。

「む、無茶だ! 転生者が箱も使わずに這う者を倒せるわけが……!」
「キョウスケ様――!!」

 遥か後方でレトラが俺の名を叫んだのと、巨大ヤモリが前足の鋭い爪を振りかざしたのはほとんど同時だ。
 俺は思う。まだレトラが喋っている途中だったろうが、と。
 空気の読めない無粋なヤモリには、戒めの鉄槌、すなわち拳骨が必要である。
 普通の拳骨ではない、ド、が付くほどの拳骨。

 ――怒りの鉄槌、弩拳骨1000t。

 構えた拳が煌めいた。
 それはさながら、地に落ちた明けの明星。
 光速で放たれた拳骨は、巨大ヤモリの反り返った胸部へ突き刺さる。

 その瞬間であった。
 爆弾でも落ちたかのような強烈な音と衝撃が、一瞬遅れて発散された。
 衝撃は轟音とともに地を這い、あたり一帯の草花を地面ごと、ばりばりとめくりあげる。

「伏せるのじゃ!!」

 背後からゴーレムの声が聞こえる。
 察するに、弩拳骨の衝撃は、遥か後方のレトラやターニャの元まで届いたのだ。

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  這う者に 9996921 のダメージ!
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  クワガワキョウスケは 這う者を たおした!
   ・174の経験値を獲得
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  クワガワキョウスケの レベルが 8 にあがった!
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 巻き上がった土くれが、頭上からぱらぱらと降り注ぐ。
 そして濃い土煙が晴れたのち、そこには、文字通りなにもなくなっていた。
 巨大トカゲは、鱗の一片、骨のひとかけらも残さず、その血肉でさえも強烈な衝撃の前で蒸発してしまった。
 あるのは、剥き出しになった土肌に残る、俺を起点として放射状に広がった跡。

 俺はゆっくりと振り返る。
 衝撃は、小高い丘をのぼり、ちょうどレトラやターニャたちがいたあたりにまで届いていた。

 しかしさすがゴーレム、
 彼が咄嗟に二人を丘の向こう側へ引き寄せてくれたおかげだ。
 彼女らは土埃で顔こそ汚せど、ほとんど無傷の状態で、丘の向こう側からおそるおそる顔を出してこちらを覗き、そして言葉を失った。

「相変わらず馬鹿げた拳骨じゃのう、魔法でだってこれほどにはなるまいて」

 ゴーレムが丘の上に肘をついて、呆れたように呟いた。
 さて。俺はレトラとターニャへ向き直り、宣言する。

「――俺がアルヴィー族を救ってやる! どこまでできるか分からんが、やれるところまでやってやるさ!」

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