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第二章『地上に舞い降りた天使たち編』
第28話「なにそのうらやましすぎるチート」
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「レトラ、お前にも今後そういう機会が増えるだろうから、ついでだ、酒について教えよう」
いいか? 俺は仰向けになってうんうん唸る飯酒盃を指した。
ここは、温泉でぶっ倒れた大馬鹿野郎こと飯酒盃を介抱するために駆け込んだターニャ宅である。
下はおおむね元の状態に片付けられているが、天井には俺の開けたどでかい穴があり、そこから夕焼け空が覗けた。
数人のアルヴィー族の女性が屋根に上り、現在進行形でこれの修繕に当たっている。
少し気まずい。
「わはは、こういうのもなかなか新鮮じゃのう」
ゴーレムも持ち前の巨体を活かして、屋根の修繕を手伝っている。この分ならば日が落ちるまでに肩がつきそうだ。
ちなみにレトラはすでにいつも通りの衣服を身にまとって、真剣な表情で頷いている。
俺と飯酒盃はといえば、親切にもアルヴィー族の女たちが汚れた衣服を洗ってくれているというので、一旦、彼女らの服を借りている。
一体どんな布地を使っているのか、布の複雑に重なり合ったフォルムからは想像もできないほど動きやすくて涼しいのだが、身体のラインがはっきり浮かび上がってしまうのは考えものだ。
そのせいで、床の上で寝そべった飯酒盃の胸やら尻やらが強調されて、寝返りを打つたびに俺は目を背けなければならない。
さて、気を取り直して講義を再開する。
「酒にはアルコールという成分が含まれてる。酒精、ともいうな。これが人を酔っ払わせて阿呆にする」
「私のこと指差しながらアホとか言わないでくださぁい、お酒くださいよお酒ぇ」
「そしてこれは哀れなアルコール中毒患者、ここまでくれば阿呆の極み、知能はもはや猿以下だ」
「やっぱり堕落の象徴じゃないですか……」
レトラは心底恐ろしそうに、酒酒酒とうわごとのように呟く飯酒盃を見下ろした。
「アルコールは血に乗って全身へ運ばれる。これが全身へ行き届くと、いわゆる酔いの回った状態になるわけだ。一方で熱い風呂は血の巡りを良くする。つまり入浴中の飲酒は酔いの回りを急激に早めてしまって危険、ということだな」
「へえ……キョウスケ様は物知りですね……」
物知り、というよりも単純に必要な知識だったのだ。
なんせ、前世では棺桶に片足どころか両手両足突っ込んで、肩まで浸かってるような爺婆どもに囲まれて暮らしていたのだ。
心臓とか血管とか脳味噌とか、椎間板とか、その手の知識は嫌でも身についてしまう。
「まあ、なにも悪いことばかりじゃない。これはあくまで極端な例で、酒は適量なら薬だ、百薬の長だ」
「薬、ですか?」レトラはどうもピンときていない様子である。
「ああ、血の巡りが良くなる、身体が温まる。それになにより、酔っ払うと気分が良くなる。辛いことがあっても、忘れられる。あとは、そうだな、酔っ払うと普段言えないことが言えるようになったりするな」
「!? 本当ですか!?」
「うお!?」
いきなり大声を出すもんだからびっくりしてしまった。
なんだレトラのやつ、ここだけ異様に食いつきがいいぞ。
「あ、ああ……酒の席っていうのは、皆が進んで阿呆になるからな。なんでも言っていいような雰囲気は、ある」
「進んで阿呆に? 何故です?」
「だってよ、真面目に生きてる奴らは素面で言えないことの方が、圧倒的に多いんだぜ。たまには阿呆にでもならなきゃ、やってらんねえよ」
「その通りです、だから私にはお酒が必要なんですぅ」
「真面目に生きてる奴ら、って部分聞こえたか飯酒盃、これ以上阿呆になってどうする」
俺は飯酒盃から盃をかっさらう。
飯酒盃は「ああ!」と声をあげて、濡れた子犬のように潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
そんな目をしても酒はやらん。まったく油断も隙もない。
「そう、ですか……わざと阿呆に……阿呆に……」
レトラは噛みしめるように、一人でなにかぶつぶつと呟いている。
一体、今の話のどこの部分がレトラの琴線に触れたのだろうか……俺もまだ文化の違いへの理解が足りないな。
「レトラにあまり妙なことを教えないでよ」
誰かと思えば、いつの間にか俺の背後にマリンダが立っていた。
先ほどの温泉での一件もあるので、俺はいつもより過敏に反応してしまう。
「よ、ようマリンダ」
「そんなにビクビクしなくてもなにもしやしないわよ、長の気が変われば別だけど」
「もしもターニャが俺を痛めつけろと言ったら?」
「手元が狂った"てい"でうっかり殺すわよ」
当たり前じゃない、と言わんばかりだ。
俺、こいつ苦手。
「そもそも私はテンセイシャなんてカケラだって信じちゃいないのよ、どうせアンタもロクでもない奴に決まってるわ」
「気持ちは察するが決め付けだけで喋るな」
「悔しかったらやり返してみなさいよ」
「やり返す!?」
仕返しに俺も偏見で物を言えと!?
お前もなかなかおかしなこと言ってるぞ!?
ううむ、俺はマリンダを観察する。
他のアルヴィー族の例に漏れず、髪の色は白っぽく、ショートヘアーで、癖っ毛なのか毛先が軽く外側に跳ねている。
やはり顔立ちは整っているのだが、目つきの鋭さが玉に瑕、いかにも気が強そうだ。
さて身体の方は、どちらかといえば引き締まった、逆にいえば、女性らしい曲線には乏しい、そんな体型である。
ああ、そうだ、陸上やってる女子っぽい。
そう思ったが、こんなこと言っても伝わらないだろうし、どうしたものか……あぁ、そうだ。
「朝弱そうだな」
「弱いけど、だからなに?」
「料理下手そう」
「に、肉ぐらいなら焼けるわよ」
「あと生理重そ……っぶね!?」
俺はマリンダの飛び膝蹴りを咄嗟にかわした。
ちょうど隣で迎え酒を決めようとしていた飯酒盃の頰に、マリンダの膝が突き刺さって、飯酒盃は「ぶぇ」と声をもらす。
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イサハイマツリに 5 のダメージ!
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飯酒盃がダウンした。ざまあみろ。
「ま、マリンダさん! 客人になんてことを!」
「こいつ! こいつが悪いのよ!」
マリンダがこちらを指してくる。一方で飯酒盃は天を仰いで、ぐるぐると目を回していた。
「ああ、もう! なんで長はこんな奴らを受け入れたのかしら……!」
「というかお前、なにしにきたんだよ」
「……ちっ、アンタにこれを渡しにきたのよ!」
今舌打ちしたな。普通に傷つくからやめてほしい。
というのはともかく、マリンダはあるものを、ぶっきらぼうにこちらへ手渡してくる。
ひとつは俺がツナギのポケットに入れたままだったタバコ、もうひとつは"天上天下唯一無双俺俺俺"のチートボックスである。
「アンタのあの小汚い服を洗おうとしたら出てきたんだってさ」
「あれ? チートボックスはアルヴィー族が預かるって話じゃ?」
「私もそう思ったんだけど、長が宴の前に皆の前で受け渡してもらうことにしたから、一度アンタに返せって言うのよ、全く、あの人も律儀すぎるわ」
マリンダは、はぁ、と深い溜息を吐く。
……なるほど、衆目の中で俺がアルヴィー族の長であるターニャへチートボックスを渡すことで、俺はアルヴィー族の女たちから信頼を得る、そういう算段か。
別に勝手に持って行ってもらっても構わなかったのに、確かに律儀だ。その心遣いは正直ありがたい。
俺はマリンダからチートボックスと、そしてタバコを受け取る。
「くれぐれも変な気は起こすんじゃないわよ」
「分かってるよ」
「キョウスケ様、それはなんですか?」
レトラがタバコの箱を指した。
そうか、俺にとってはなんの変哲も無いものだが、彼女らにとってはこれも物珍しいのか。
俺は湿気って使い物にならなくなってしまったタバコを一本取り出して、彼女らに見せびらかす。
「タバコだよ、別に危ないものじゃない。この先端に火をつけ、中の乾燥させた葉っぱを燃やして、そこから出た煙を吸うんだ。言っちゃえば嗜好品だな」
「あぁ、パシンね」
「パシンですね」
レトラとマリンダが、声を揃えて「パシン」といい、いささか拍子抜けしたような表情になる。
パシン?
「私たちの集落にも似たようなものがあるんです。主に儀式の際、神様と交信するために」
「神様への供物としても使われるわ、アンタみたいに嗜好品としては使わないけど」
「へええ、なんか意外だな、タバコが神様への供物なんて……」
……待てよ。ということは、この集落にはタバコがあるということか?
理想郷へ飛ばされた際、見事に湿気ってしまって、それ以来全く吸えていないタバコが、ここに?
そう考えると、脳みそが熱烈にニコチンを求め始めた。
異世界でタバコなど吸えるわけがないとすっかり諦めてしまっていたのだが、この分なら、頼めばもしや……
「な、なあレトラ、もしかしてパシンって、その、余ってたり……」
「――あ、いけません! そういえば私も宴の準備を手伝うように言われていたのでした!」
「ああ、そうそう、私もレトラを呼ぶように言いつけられてたのよ、ほら、行きましょう」
「はい! ではキョウスケ様! また後で!」
二人は、俺と飯酒盃を残して、さっさと出て行ってしまった。
ああ、パシン……
俺はがっくりと項垂れる。
「――ふぅ、全く散々でしたねぇ」
見ると、飯酒盃がいつの間にか立ち直っていて、枕元に置いてあった例の馬鹿でかいヒョウタンを傾げて、もう片方の手に持った赤い盃へ手酌をしている。
こいつ、また……
「ほらほら、キョウスケ君も是非、ぐぐいーっと」
「だからいらねえって」
「ほら、そんなこと言わずに、私の酒が飲めないって言うんですかぁ」
ぐいぐい、と盃を押し付けてくる。
ああもう、ウザい!
「分かったよ! 一杯だけだからな!」
俺は飯酒盃から盃を奪い取り、盃の中身を覗き込む。
盃自体が赤いので初め気付かなかったのだが、よく見ると酒自体もほんのりと赤みがかかっている。
なんだ、日本酒だと思ったんだが、この香りは果実酒、それも洋酒か?
ヒョウタンと盃に洋酒なんて趣味が悪いぞ飯酒盃。
俺は内心毒づいて、盃を傾ける。
――その時、革命が起きた。
まず、芳醇な果実の香りが鼻から抜ける。そして酒が口へ入った瞬間、凝縮された旨味が口内で爆発した。
あまりの衝撃に、俺の舌がびりびりと痺れたほどだ。
そしてその赤い果実酒は、喉を通り、胃に落ちても、変わらずその存在感を主張し続けた。
堪えきれず全て飲み干してしまった後に、ほうと息を吐けば、再び果実の香りが鼻から抜けた。
――うまい。美味すぎる。
しかし、そんなのは序の口だった。
感動の余韻に浸って、言葉を失っていると、メッセージウインドウが眼前に浮き上がったのだ。
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クワガワキョウスケの HPが 999999 回復した!
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はっ?
突然の事態に、俺は思考が停止してしまった。
一方で、飯酒盃は自らもこの酒を煽って、ぷはぁと、幸せそうに息を吐いた。
「いやぁ、やっぱり美味しいですよねぇ、このお酒、酔いの覚めてしまうのはいただけませんが」
「い、飯酒盃? なんだこの酒?」
「ソーマですよ、ソーマ。インド神話に登場する、神の酒です。ソーマ草の絞り汁から作られた興奮飲料で、厳密にはお酒じゃないらしいですが、美味しければなんでもいいですよねぇ」
「ちょ、ちょっと待てよ、神の酒?」
「あ、もしかして日本酒の方が好きでした? でしたら八塩折酒とかはどうです? 日本神話にてスサノオはヤマタノオロチに8つの樽に満ちた強い酒を呑ませ、酩酊したところを討ったとされていますが、その時に使われたお酒です。酒精がとても強いので、すぐに倒れてしまうかもしれませんが」
「はっ?」
「個人的にはギリシャ神話のネクタルもオススメですけどねぇ、あ、でもシンプルにビールでも……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!! 飯酒盃、お前そのヒョウタンなんだ!?」
はたと思いついて、俺は観察眼を発動する。
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アクティブスキル 観察眼(初級) が発動しました
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そして飯酒盃のヒョウタンへ注目すると、メッセージウインドウが立ち上がる。
絶句した。
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ほろ酔い横丁 チートボックス
酒と定義されるものならどんなものでも無限に湧き出す魔法のヒョウタン。今日は朝まで飲み明かそう。肝臓に注意。
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なに、そのうらやましすぎるチート……
いいか? 俺は仰向けになってうんうん唸る飯酒盃を指した。
ここは、温泉でぶっ倒れた大馬鹿野郎こと飯酒盃を介抱するために駆け込んだターニャ宅である。
下はおおむね元の状態に片付けられているが、天井には俺の開けたどでかい穴があり、そこから夕焼け空が覗けた。
数人のアルヴィー族の女性が屋根に上り、現在進行形でこれの修繕に当たっている。
少し気まずい。
「わはは、こういうのもなかなか新鮮じゃのう」
ゴーレムも持ち前の巨体を活かして、屋根の修繕を手伝っている。この分ならば日が落ちるまでに肩がつきそうだ。
ちなみにレトラはすでにいつも通りの衣服を身にまとって、真剣な表情で頷いている。
俺と飯酒盃はといえば、親切にもアルヴィー族の女たちが汚れた衣服を洗ってくれているというので、一旦、彼女らの服を借りている。
一体どんな布地を使っているのか、布の複雑に重なり合ったフォルムからは想像もできないほど動きやすくて涼しいのだが、身体のラインがはっきり浮かび上がってしまうのは考えものだ。
そのせいで、床の上で寝そべった飯酒盃の胸やら尻やらが強調されて、寝返りを打つたびに俺は目を背けなければならない。
さて、気を取り直して講義を再開する。
「酒にはアルコールという成分が含まれてる。酒精、ともいうな。これが人を酔っ払わせて阿呆にする」
「私のこと指差しながらアホとか言わないでくださぁい、お酒くださいよお酒ぇ」
「そしてこれは哀れなアルコール中毒患者、ここまでくれば阿呆の極み、知能はもはや猿以下だ」
「やっぱり堕落の象徴じゃないですか……」
レトラは心底恐ろしそうに、酒酒酒とうわごとのように呟く飯酒盃を見下ろした。
「アルコールは血に乗って全身へ運ばれる。これが全身へ行き届くと、いわゆる酔いの回った状態になるわけだ。一方で熱い風呂は血の巡りを良くする。つまり入浴中の飲酒は酔いの回りを急激に早めてしまって危険、ということだな」
「へえ……キョウスケ様は物知りですね……」
物知り、というよりも単純に必要な知識だったのだ。
なんせ、前世では棺桶に片足どころか両手両足突っ込んで、肩まで浸かってるような爺婆どもに囲まれて暮らしていたのだ。
心臓とか血管とか脳味噌とか、椎間板とか、その手の知識は嫌でも身についてしまう。
「まあ、なにも悪いことばかりじゃない。これはあくまで極端な例で、酒は適量なら薬だ、百薬の長だ」
「薬、ですか?」レトラはどうもピンときていない様子である。
「ああ、血の巡りが良くなる、身体が温まる。それになにより、酔っ払うと気分が良くなる。辛いことがあっても、忘れられる。あとは、そうだな、酔っ払うと普段言えないことが言えるようになったりするな」
「!? 本当ですか!?」
「うお!?」
いきなり大声を出すもんだからびっくりしてしまった。
なんだレトラのやつ、ここだけ異様に食いつきがいいぞ。
「あ、ああ……酒の席っていうのは、皆が進んで阿呆になるからな。なんでも言っていいような雰囲気は、ある」
「進んで阿呆に? 何故です?」
「だってよ、真面目に生きてる奴らは素面で言えないことの方が、圧倒的に多いんだぜ。たまには阿呆にでもならなきゃ、やってらんねえよ」
「その通りです、だから私にはお酒が必要なんですぅ」
「真面目に生きてる奴ら、って部分聞こえたか飯酒盃、これ以上阿呆になってどうする」
俺は飯酒盃から盃をかっさらう。
飯酒盃は「ああ!」と声をあげて、濡れた子犬のように潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
そんな目をしても酒はやらん。まったく油断も隙もない。
「そう、ですか……わざと阿呆に……阿呆に……」
レトラは噛みしめるように、一人でなにかぶつぶつと呟いている。
一体、今の話のどこの部分がレトラの琴線に触れたのだろうか……俺もまだ文化の違いへの理解が足りないな。
「レトラにあまり妙なことを教えないでよ」
誰かと思えば、いつの間にか俺の背後にマリンダが立っていた。
先ほどの温泉での一件もあるので、俺はいつもより過敏に反応してしまう。
「よ、ようマリンダ」
「そんなにビクビクしなくてもなにもしやしないわよ、長の気が変われば別だけど」
「もしもターニャが俺を痛めつけろと言ったら?」
「手元が狂った"てい"でうっかり殺すわよ」
当たり前じゃない、と言わんばかりだ。
俺、こいつ苦手。
「そもそも私はテンセイシャなんてカケラだって信じちゃいないのよ、どうせアンタもロクでもない奴に決まってるわ」
「気持ちは察するが決め付けだけで喋るな」
「悔しかったらやり返してみなさいよ」
「やり返す!?」
仕返しに俺も偏見で物を言えと!?
お前もなかなかおかしなこと言ってるぞ!?
ううむ、俺はマリンダを観察する。
他のアルヴィー族の例に漏れず、髪の色は白っぽく、ショートヘアーで、癖っ毛なのか毛先が軽く外側に跳ねている。
やはり顔立ちは整っているのだが、目つきの鋭さが玉に瑕、いかにも気が強そうだ。
さて身体の方は、どちらかといえば引き締まった、逆にいえば、女性らしい曲線には乏しい、そんな体型である。
ああ、そうだ、陸上やってる女子っぽい。
そう思ったが、こんなこと言っても伝わらないだろうし、どうしたものか……あぁ、そうだ。
「朝弱そうだな」
「弱いけど、だからなに?」
「料理下手そう」
「に、肉ぐらいなら焼けるわよ」
「あと生理重そ……っぶね!?」
俺はマリンダの飛び膝蹴りを咄嗟にかわした。
ちょうど隣で迎え酒を決めようとしていた飯酒盃の頰に、マリンダの膝が突き刺さって、飯酒盃は「ぶぇ」と声をもらす。
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イサハイマツリに 5 のダメージ!
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飯酒盃がダウンした。ざまあみろ。
「ま、マリンダさん! 客人になんてことを!」
「こいつ! こいつが悪いのよ!」
マリンダがこちらを指してくる。一方で飯酒盃は天を仰いで、ぐるぐると目を回していた。
「ああ、もう! なんで長はこんな奴らを受け入れたのかしら……!」
「というかお前、なにしにきたんだよ」
「……ちっ、アンタにこれを渡しにきたのよ!」
今舌打ちしたな。普通に傷つくからやめてほしい。
というのはともかく、マリンダはあるものを、ぶっきらぼうにこちらへ手渡してくる。
ひとつは俺がツナギのポケットに入れたままだったタバコ、もうひとつは"天上天下唯一無双俺俺俺"のチートボックスである。
「アンタのあの小汚い服を洗おうとしたら出てきたんだってさ」
「あれ? チートボックスはアルヴィー族が預かるって話じゃ?」
「私もそう思ったんだけど、長が宴の前に皆の前で受け渡してもらうことにしたから、一度アンタに返せって言うのよ、全く、あの人も律儀すぎるわ」
マリンダは、はぁ、と深い溜息を吐く。
……なるほど、衆目の中で俺がアルヴィー族の長であるターニャへチートボックスを渡すことで、俺はアルヴィー族の女たちから信頼を得る、そういう算段か。
別に勝手に持って行ってもらっても構わなかったのに、確かに律儀だ。その心遣いは正直ありがたい。
俺はマリンダからチートボックスと、そしてタバコを受け取る。
「くれぐれも変な気は起こすんじゃないわよ」
「分かってるよ」
「キョウスケ様、それはなんですか?」
レトラがタバコの箱を指した。
そうか、俺にとってはなんの変哲も無いものだが、彼女らにとってはこれも物珍しいのか。
俺は湿気って使い物にならなくなってしまったタバコを一本取り出して、彼女らに見せびらかす。
「タバコだよ、別に危ないものじゃない。この先端に火をつけ、中の乾燥させた葉っぱを燃やして、そこから出た煙を吸うんだ。言っちゃえば嗜好品だな」
「あぁ、パシンね」
「パシンですね」
レトラとマリンダが、声を揃えて「パシン」といい、いささか拍子抜けしたような表情になる。
パシン?
「私たちの集落にも似たようなものがあるんです。主に儀式の際、神様と交信するために」
「神様への供物としても使われるわ、アンタみたいに嗜好品としては使わないけど」
「へええ、なんか意外だな、タバコが神様への供物なんて……」
……待てよ。ということは、この集落にはタバコがあるということか?
理想郷へ飛ばされた際、見事に湿気ってしまって、それ以来全く吸えていないタバコが、ここに?
そう考えると、脳みそが熱烈にニコチンを求め始めた。
異世界でタバコなど吸えるわけがないとすっかり諦めてしまっていたのだが、この分なら、頼めばもしや……
「な、なあレトラ、もしかしてパシンって、その、余ってたり……」
「――あ、いけません! そういえば私も宴の準備を手伝うように言われていたのでした!」
「ああ、そうそう、私もレトラを呼ぶように言いつけられてたのよ、ほら、行きましょう」
「はい! ではキョウスケ様! また後で!」
二人は、俺と飯酒盃を残して、さっさと出て行ってしまった。
ああ、パシン……
俺はがっくりと項垂れる。
「――ふぅ、全く散々でしたねぇ」
見ると、飯酒盃がいつの間にか立ち直っていて、枕元に置いてあった例の馬鹿でかいヒョウタンを傾げて、もう片方の手に持った赤い盃へ手酌をしている。
こいつ、また……
「ほらほら、キョウスケ君も是非、ぐぐいーっと」
「だからいらねえって」
「ほら、そんなこと言わずに、私の酒が飲めないって言うんですかぁ」
ぐいぐい、と盃を押し付けてくる。
ああもう、ウザい!
「分かったよ! 一杯だけだからな!」
俺は飯酒盃から盃を奪い取り、盃の中身を覗き込む。
盃自体が赤いので初め気付かなかったのだが、よく見ると酒自体もほんのりと赤みがかかっている。
なんだ、日本酒だと思ったんだが、この香りは果実酒、それも洋酒か?
ヒョウタンと盃に洋酒なんて趣味が悪いぞ飯酒盃。
俺は内心毒づいて、盃を傾ける。
――その時、革命が起きた。
まず、芳醇な果実の香りが鼻から抜ける。そして酒が口へ入った瞬間、凝縮された旨味が口内で爆発した。
あまりの衝撃に、俺の舌がびりびりと痺れたほどだ。
そしてその赤い果実酒は、喉を通り、胃に落ちても、変わらずその存在感を主張し続けた。
堪えきれず全て飲み干してしまった後に、ほうと息を吐けば、再び果実の香りが鼻から抜けた。
――うまい。美味すぎる。
しかし、そんなのは序の口だった。
感動の余韻に浸って、言葉を失っていると、メッセージウインドウが眼前に浮き上がったのだ。
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クワガワキョウスケの HPが 999999 回復した!
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はっ?
突然の事態に、俺は思考が停止してしまった。
一方で、飯酒盃は自らもこの酒を煽って、ぷはぁと、幸せそうに息を吐いた。
「いやぁ、やっぱり美味しいですよねぇ、このお酒、酔いの覚めてしまうのはいただけませんが」
「い、飯酒盃? なんだこの酒?」
「ソーマですよ、ソーマ。インド神話に登場する、神の酒です。ソーマ草の絞り汁から作られた興奮飲料で、厳密にはお酒じゃないらしいですが、美味しければなんでもいいですよねぇ」
「ちょ、ちょっと待てよ、神の酒?」
「あ、もしかして日本酒の方が好きでした? でしたら八塩折酒とかはどうです? 日本神話にてスサノオはヤマタノオロチに8つの樽に満ちた強い酒を呑ませ、酩酊したところを討ったとされていますが、その時に使われたお酒です。酒精がとても強いので、すぐに倒れてしまうかもしれませんが」
「はっ?」
「個人的にはギリシャ神話のネクタルもオススメですけどねぇ、あ、でもシンプルにビールでも……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!! 飯酒盃、お前そのヒョウタンなんだ!?」
はたと思いついて、俺は観察眼を発動する。
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アクティブスキル 観察眼(初級) が発動しました
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そして飯酒盃のヒョウタンへ注目すると、メッセージウインドウが立ち上がる。
絶句した。
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ほろ酔い横丁 チートボックス
酒と定義されるものならどんなものでも無限に湧き出す魔法のヒョウタン。今日は朝まで飲み明かそう。肝臓に注意。
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