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第三章『愛を込めて花束を編』

第53話「ゴーレムと妖精」

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「そして今に至るというわけさ」

 そんな言葉を締めくくりに、妖精騎士(フェアリーナイト)リフィーアとやらの姿を借りた近藤琢磨が語りを終えた。
 話の内容自体には納得している。しかし、なんだ。
 語り手は10代半ばほどの美少女、が、中身は40を超えたオッサンである。
 脳が軽くパニックを起こしている。

 それと結局のところ。

「……要するにお前が知らん婆さんの家に転がり込んだって話じゃないか」
「まぁ、そうなるね」

 近藤琢磨はあっけらかん、というよりいっそ爽やかに答えた。
 聞くところによるとチートボックスによって人格も変わっているらしいので、これは近藤琢磨ではなくモチーフとなったリフィーアとやらの反応なのだろう。
 無駄に美少女な分、なんかムカつくな……

 ――などと思っていたら、突然ゴーレムが近藤琢磨にラリアットをかました。
 不可避の速攻である。

「フンっ!!!」

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  リフィーアに 134 のダメージ!
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「ぐへぇっ!?」

 リフィーアが女の子にあるまじき悲鳴(まぁ実際には女の子ではないのかもしれないがそこは置いておいて)をあげて、吹っ飛んだ。
 そりゃあもう格ゲーよろしく、全身をエビみたいに仰け反らせてごろごろと転がり、そしてちょうどでんぐり返しに失敗したかのような体勢で落ち着く。
 下着が丸見えで、なんだかとてもアンニュイな気持ちになる。

「い、いきなりなにさ……」
「とぼけおって! 飛んで火にいる夏の虫! ここで会ったが百年目! ――よくもまぁワシの前に顔を出せたものじゃな!」

 ゴーレムの水晶体がいつの間にか真っ赤に変色している。すでに臨戦状態だ。
 ……あぁ、そういえばゴーレムには以前近藤琢磨にボコボコにされ、あまつさえ故郷を消し飛ばされた恨みがあったな。

「はっ、誰かと思えばあの時のポンコツゴーレムじゃないか、まだスクラップにされてなかったのかい」
「あ? 誰がポンコツじゃ、誰が? キョースケの拳骨でもまだそのひねくれた根性が直っていないと見える。どうじゃ? ワシの拳骨で叩き直してやろうか?」
「ははは、君の方こそ相当ガタがきてるみたいだし、なんならボクが叩き直してあげるよ……古いテレビみたいにさ!」
「上等じゃコラァ!!」

 あーあーあーあ。
 とうとう喧嘩が始まっちゃったよ……
 もっとも、あの二人が拳を交えればそれは喧嘩というよりはもはや天災なので、止めることなんてできないんだけども。

「恭介君、あの人は?」

 今まで置いてけぼりを食らっていた飯酒盃が、そんな風に問いかけてくる。
 そうか、琢磨と飯酒盃は初対面か。

「近藤琢磨、今はあんなナリをしてるけど中身はおっさんだよ。アルヴィーの集落に行く前、こっちの世界に来てから初めて会った転生者で――友達かな」
「友達ですか、なるほどぉ」

 飯酒盃は納得したように盃を煽る。
 息を吐くように酒を飲むんじゃない。

「恭介君は友達が多いですねえ」

 今まさに一人減りそうだけど。
 おいちょっと、そろそろ殴り合うのをやめろ。
 琢磨、鼻血出てるぞ。

「……喧嘩するほど仲が良いとは言うけどさ」

「「仲良くない!」」

 ゴーレムと琢磨が取っ組み合いながら、声を揃えて言った。
 ……お前ら実は息ぴったりだろ。

「いや、ボクはこんなことをしている場合じゃないんだ!」

 おもむろに何かを思い出したかのように琢磨が言った。
 こんなこと、とは言いつつもゴーレムとの鍔迫り合いの手は緩めていない。

「恭介クン! ボクは君に折り入ってお願いがあるんだ!」

 隙あり! とゴーレムが琢磨の顔面に拳をぶち込んだ。

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  リフィーアに 173 のダメージ!
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 琢磨はぐべぇっ、とやはり女の子にあるまじき悲鳴(まぁ実際には以下略)をあげて吹っ飛ぶ。
 おい、絶対今そのタイミングじゃなかっただろ。
 ゴーレム、空気を読め。ガッツポーズを作って勝利の雄たけびをあげるな。

 しかし琢磨も琢磨で見上げたガッツだ。
 足元もおぼつかない状態で起き上がって、その先を続けた。

「――婆さんの息子、ヨハンを探してほしい!」

 まだ息があったか! とゴーレムが琢磨へ追撃に向かう。
 今、絶対にいいこと言ってたじゃねえか。どんだけ嫌いなんだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 時間にして一時間弱、俺と飯酒盃は彼らの殴り合いが終わるまで酒を煽りながら待つ羽目になった。
 花見酒ならぬ喧嘩酒。
 最初は随分とハラハラさせられたが、一度割り切ってみれば良い酒の肴だ。
 純粋なパワーで言えばゴーレムの方が上なのだが、チートを使った近藤琢磨は巧みな剣捌きと身のこなしでパワー不足を補い、両者うまい具合に実力が拮抗している。
 それに気付いたのは、三杯目の酒を煽って酔いもそこそこ回ってきた頃のことだ。

「あの二人もよく飽きませんねぇ」

 これは飯酒盃の言。
 ……お前が言うのか。起きている間は息を吸うように酒を飲み続けるお前が。
 そう思ったが、まだ酒が欲しかったので黙っていた。
 沈黙は金。

 そして両者ノックダウンしたのち、俺たちは満身創痍の近藤琢磨に連れられてある場所へと向かった。
 案内された場所は、丘の上に建った、家と呼ぶにはあまりに粗末な造りの掘っ立て小屋である。

「こ、ここだよ恭介クン、ここが婆さんの家だ……」

 ぼこぼこに顔面を腫らした琢磨が、丘の上の小屋を指す。
 もしやとは思ったが、やはりこれなのか。

「これはまた……なんというか、風通しの良さそうな家だな……」

 もちろん、オブラートに包んだ表現だ。
 率直に、本当に率直に言ってしまえば――お化け屋敷という表現の方がしっくりくる。
 もしくはゾンビ映画で主人公たちが命からがら逃げ込んだ納屋、といった感じか。

「はっ……おぬしのおかげで風通しも極まっただろうよ、なんせ天井に大穴を開けたんじゃからな」
「ははっ、もういっぺんボコボコにしないと分からないみたいだねガラクタゴーレム……」
「やめろやめろ」

 二人ともいい加減にしてくれ。
 いいか? と俺はゴーレムに詰め寄る。

「話の通りなら、ここの婆さんは琢磨を自分の息子と勘違いしてんだろ? お前はこの息子代理をボコボコにするつもりか?」

 まぁもうすでにボコボコだけどこの際そこは目を瞑ろう。
 ゴーレムは、「ぐっ」とあからさまに悔しそうな声を漏らす。
 その様子を見て、俺の肩を借りた琢磨が挑発するようにゴーレムのことを笑っていたので、「お前もだよバカ」とデコピンを食らわせてやった。

「この喧嘩は一旦終わり、やりたいなら後で好きなだけやれ、今だけ仲直りだ。ほら握手しろ」

 ゴーレムと琢磨があからさまに顔をしかめる。
 しかしそれでも睨みつけてやると、二人とも渋々と握手を交わした。
 なんだか必要以上に力がこもっているようだし、お互いの間に火花が散っているようにも思えたが……面倒くさいので和解成立ということで。

「じゃあ行くぞ、ほら、琢磨」
「ああ、わかったよ」

 琢磨はこんこんとドアをノックし「はあい」と返事が返ってきたのを確かめると、軋む扉を開いた。
 部屋の内装は――少し埃臭い感じもするが、外見からは想像もできないほどに整っていた。
 天井からは聞いた通りの大穴が開いているが、不格好ながら一応の修繕は為されている。琢磨の仕事だろう。
 納屋なんてとんでもない。ちゃんと人の住む空間である。
 そして例の婆さんはというと、ベッドで横になっていた。

「おやヨハン、友達を連れてきたのかい?」

 婆さんは虚ろな目でこちらを見ると、どこか嬉しそうに言った。
 ああ、なんだかこの感じ、デジャヴである。
 ウチのばあちゃんも決まって家に友達を呼ぶとこういう反応をしていたものだ。
 しかし、一つ引っかかることがあって琢磨に耳打ちをした。

「(なぁ、琢磨、そういえばお前、婆さんはお前がその姿でもヨハンだと思ってるのか?)」

 確か琢磨の話の中では、琢磨は今のリフィーアの姿でなく本来のおっさんの姿で息子と勘違いされていたはずだが。

「(……うん、どういうわけか、婆さんがボクがどんな姿をしていてもヨハンって呼ぶんだ)」
「(見てくれどころか性別も違うじゃねえか、どんなやつなんだよヨハン)」
「(……もしかしたらボケが始まってるかもしれない)」

 俺は思わず口をつぐむ。

 しかしそれも一瞬のことだ。
 俺は多少わざとらしく琢磨と肩を組むポーズを取り、にっかりと笑った。

「はじめましてお婆さん、俺は桑川恭介って言って、こいつの友達です」

 続いて、飯酒盃が間延びした声で自己紹介を。
 そして入り口を通れないので、家のすぐ外で待機させているゴーレムが、渋々と自己紹介をする。

「私はぁ、飯酒盃祭と言いまぁす」
「……ユートピア・ゴーレムじゃ」
「ああ、そうかいそうかい、良かったねえヨハン、友達が出来たみたいで」

 婆さんが優しげに微笑むので、琢磨もまた「あはは」とぎこちなく笑った。

「そ、そうだよ。職場の友達。ああ、それでさ。ちょっと家に上げてもいいかな、皆疲れてるみたいで」
「ええ、ええ、どうぞどうぞ、汚いところで悪いけどね。ああそうだ、スープがあるんだよ、今温めるからそこで待ってなさい」

 婆さんがベッドから立ち上がろうとする。
 やはり盲人ということもあるのだろう、その動作はどこかおぼつかない。
 すかさず琢磨がこれに駆け寄って、婆さんの腰を支えた。

「ほらもう、危ないよ」
「すまないねヨハン、大丈夫だから、大丈夫だからね」

 婆さんはそう言いながら、琢磨に導かれるがまま調理場の方へと歩いて行った。
 俺はそんな婆さんの様子を見て、ある予感が確信へと変わる。

「みんな、ゆっくりしていくんだよ。ヨハンが友達を連れてきたのなんて何十年ぶりだろうねえ」
「はは……恥ずかしいからやめてよ、ボクだって友達ぐらいいるさ」
「そうだよねえ、ヨハンは優しい子だったからねえ。それと今日はヨハンの好きだったクロイモのスープだよ」
「大好物だよ、嬉しいなあ」

 俺と飯酒盃は、スープをかき混ぜる二人の後ろ姿を遠目に見つめている。
 見ると、あの飯酒盃が一向に酒を飲む気配を見せない。
 彼女もまたそのことに感づいたようであった。

「……恭介君、あの」
「婆さんを頼めるか、飯酒盃」

 飯酒盃はしばらくの間があったのち、こくりと頷く。

「なぁ、ヨハン」

 俺は婆さんに倣い、その名前で彼を呼ぶ。
 琢磨は婆さんを支える片手間、こちらを振り返った。

「なんだい恭介君」
「ちょっとトイレに行きたいんだが、ついてきてくれないか?」
「……分かった、ボクもちょうど行きたかったんだ」

 その言葉を合図に飯酒盃がやってきて、流れるように琢磨と入れ替わり、婆さんを支えた。

「お婆ちゃん、手伝いますよぉ」
「あら悪いねえ、こんな若い子に手伝ってもらえるなんて」
「そんなに若くないですよぉ」

 飯酒盃は相変わらずマイペースな調子で婆さんと会話を合わせている。
 その間に、俺は出入り口から出て、琢磨もまたそれに続く。
 出入り口付近にはゴーレムが三角座りをしていたが、こちらを見ても何も言わなかった。
 彼もまた、知っているのだろうか。

 外へ出ると、見晴らしのいい丘の上からは素晴らしい風景が臨めた。
 まぁ、家はボロだけど、これはこれでいい風景じゃないか。

「……良い婆さんだな」

 ドアが閉まったのを確認し、俺は琢磨の表情を窺う。
 何かを覚悟しているかのような、神妙な面持ちだった。
 なら、俺は言わなきゃならない。

「――あの婆さん、あと数日の内に死ぬぞ」

 知ってるよ。
 そう言って琢磨は、若草色の髪の毛を風に揺らしながら、ぎこちなく微笑んで見せた。

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みんなの感想(67件)

ice
2019.04.15 ice

一気読みしました!!!

めっちゃめちゃ面白かったです!!

続きがミタイナー ……… チラッ[壁]_-)

頑張って下さい!!!

13歳、JT(JC)より。

《…………このコメントを見てくれて 、 》
《採用してくれたらとっても嬉しいです!》

解除
ice
2019.04.10 ice

続き待ってます!

頑張ってください!

解除
マンやミーや

おもしろいです。
つづきまってます。

解除

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