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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
悪戯だって使い手次第、そして鬼さん火の鳴る方へ
しおりを挟む以前フィーゴが洞窟から脱出する際に使っていた進路を書き留める道具があったが、あれは神の力を模して人の手によって作られた特殊な道具であった。
灯具と呼ばれるこれらの特殊道具。
ナターシャの持つ腕輪もその一つ。
”悪戯妖精の腕輪”――その能力は単純明快で『生物以外の物体を小さくする』というもの。
その縮小できる限界は物にもよるが、およそ人差し指の第一関節くらいにまで小さくでき、能力が働いている間は決して壊れることがない。
そしていつでも好きな時に元の大きさに戻すことができ、小さく出来る個数に制限こそあるものの箱などに一纏めにしてしまえばその限りではないという破格の性能。
しかもこれを骨董市で格安で見つけたというのだから開いた口が塞がらない。これを売りに出していた奴はよほどの節穴だったのだろうか。
もしくは家族のため、必死になって戦う彼女だからこそ腕輪の真の力を発揮できたのか。
腕輪の『生物以外』という条件がありながら、ナターシャは限定的にだがその能力を自身に使うことが出来、それによってこれまで様々な場面を切り抜けてこられたのだ。
前に鴎垓の前から消えたのもこの能力を使用したからに他ならず、誰にも察知されることなく店の中に侵入できたのもそのお陰なのだ。
というのが牢屋からここまで来る間に明かされた内容である。
そして今現在、彼女はその力を存分に使って鴎垓の放火活動の手伝いをしていた。
もしこのことがクレーリアに知られれば何てことをしているのだと叱られることだろうが、緊急時につきお目こぼし願おう。
とにかく教えられた鴎垓の計画通りにことを運ぶため、情け容赦など忘れてこの建物を火の海に変えるのだ。
「せぇい!!」
ナターシャがそんなことを考えている間にも鴎垓が何度目かの雄叫びをあげ、迫り来る警備の男をガラス張りの窓目掛けて蹴り飛ばす。
相手はかなり大柄で、二人の体格差などを考えるとそこまで飛ぶか?と首を捻りたくなるほどに思いきりぶっ飛んでいっている。
二階から墜落し、どすんという衝突音が外から聞こえる。
そして誰かしら大勢の叫び声。
ナターシャは壊れた窓から外を見ると、遠巻きに店を囲う人だかりが。
どうやら店の異常事態に付近の住民が集まりだしているようだった。
「お兄さん、かなり人が集まって来てるよ!」
「おおそうか、それなら奴らももう少しのはずじゃな――っと」
また現れた警備の連中を適当に相手をしながらそう返す鴎垓。
複数相手でも余裕であり、流れるような動きで次々と店の外へと蹴り飛ばしていく。
もはやこの程度の敵、片手間で十分。
そのようにして店側の抵抗が徐々になくなっていった時、そいつは現れた。
「――っほ」
「――っち……!?」
振り向き様に蹴りを放ち、火炎に紛れ密かに迫っていた襲撃者を牽制する鴎垓。気配など掴ませない隠行が容易くバレていたことに驚きつつ空中での回避を決めたその男はバックステップで距離を取り鴎垓へと退治する。
「よう、そろそろ誰ぞ来る頃だと思っとったが、やっぱり生きておったかお前」
鴎垓たちの前に現れたその襲撃者――それは孤児院からクレーリアを拐う際に集団の指揮をしていた、猿の仮面で素顔を隠していたあの男であった。
ギースによって馬車が転倒した時にどうなったか不明であったが、どうやらどっこい生きていたらしい。
「その声……あの時の奴か……! 牢屋に入れられているはずのお前がどうして出てきている!?」
「まあそこはちょちょっと力づくでな、抜け出してきてやったわい。
しかしこいつは重畳、ちょいとお前には用があったでな、探す手間が省けてありがたいわい」
「戯けたことを、先程の屈辱忘れたとは言わせん……!
更には我らが拠点でこのような狼藉、今度こそ殺してやる……!!」
「おいおい、そっちから仕掛けてきといて勝手な物言いではないか。
こっちはやり返さしただけよ、まあちょいと過激になっておるのは否定はせんがな」
「ほざくな!! その減らず口二度と叩けんようにしてやる!!!」
激昂する猿面の男は室内ということもあってかリーチが短く扱いやすい短剣を逆手に構え、鴎垓へと突進していく。
荷馬車の上での苦い敗北。
生き残った幸運もこの時のため、雪辱は必ず晴らす……!
決めた覚悟に身を任せ、通路のそこかしこで燃え盛る炎を物ともせず俊敏な動きで迫り、得物の軽さを活かした連撃を繰り出す。
しかし両手を火炎瓶で塞がれながらも体捌きだけで刃の強襲を的確に避け、逆に懐に入り込む鴎垓。
「はっ――!!」
突き出された短剣の一撃を紙一重で避け反転、相手に背を向ける形となった鴎垓は伸ばされた腕を肩と首で挟み込みそのまま体重移動。
そして腰を接着させると――まるで手品のように男の体が宙を舞う。
「がはっ……!?」
一回転。
床に叩きつけられ一瞬息が止まるが休む暇などないとばかりに鴎垓が踏みつけを放ち、これを間一髪横に転がることで避ける猿面。
しかし摺り足によって素早く体勢を変え放った鴎垓の蹴りは避けきれず、鋭い衝撃が横腹に深く突き刺さる。
「ぬぐぁっ!!」
痛みに漏れる呻き声。
おかしい。
この男の実力はあの時それなりに把握できていたはず。
あの時は不覚を取ったが、決して対処できない程ではなかった。
不安定な幌の上ではない、しっかりと踏みしめることもできる足場で機動力はその時の比ではないのだから、今度こそ不覚を取ることはない――そう思っていたのに。
しかも今は何のこだわりがあるのか両手を使わずいるというのに、それなのに何故こうも翻弄されている?
「まさか……」
「すまんが――」
俄には信じられないが、しかしそうとしか言いようがない。
この男、こっちの動きを――
「――お主一人にそこまで時間を掛けてやれんのだ」
――全て、見切っている。
胸の内に浮かんだその思考、しかしそれが言葉になることはなく、猿面の男は顎を蹴り飛ばされ、再び暗闇の中へと意識を奪われていくことになるのだった。
「ふぅ……っと、こんなもんか」
「いや、そんな簡単に倒せる相手じゃなかったよね?
なんでそんな余裕そうなの?」
自分を置いて勝手に始まった一騎討ちが瞬く間に終わってしまい、その鮮やかすぎる手並みに内心引きつつもこの人こんなに強かったのかとやっぱり引く。
「ああ? そんなもん儂の方が強いからに決まっておろうが。
と、言いたいところなんじゃが実はそれだけではなくてのう。おっ、あったあった」
「流れるような動きで追い剥ぎすな」
鴎垓はそれに対しそこまで気にしていないというか、それよりも男の服の中を探るのに夢中で真面目に答える気がない。
ナターシャからつっこまれつつも目当てのものを見つけた鴎垓。
素早くそれを回収し懐に納める。
「しゃあないじゃろう、儂にはこれが必要になるんじゃから」
そして二人がそんな風に話をしていると、階下で何かの音がする。
炎によって建物が崩壊するとかそういう感じの音ではなく、どちらかと言えば人のもの。
すわまた増援かと思った鴎垓たちであったがしかし、その考えはいい意味で裏切られる。
入り口を破って現れたその人物は開口一番。
店内に響き渡るような大声で叫ぶ。
「――まだ中にいる者はいるか!
我々はギルドから来た救援だ、助けに来たぞ!
そして誘拐及び施設放火の極悪人め、大人しくに縛につけ!!!」
後ろに幾人もの人間を伴い。
紅蓮に包まれる建物の中に颯爽現れたその人物。
それは誰かと言うと――
「このレベッカ・ハウゼンの前でこれ以上の蛮行、決してさせるものか!!!」
――何か、凄いノリノリのレベッカだった。
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