腐れ剣客、異世界奇行

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第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参

地下に秘されし悪行御殿、腐れ剣客再びの

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 変装した鴎垓たちを追い掛け、地下の空間へと足を踏み入れたレベッカたち。
 暗く、冷たい印象を感じさせる石造りのそこには、既に先に行ってしまったのか犯罪者たちの姿はなく。
 かわりにあるのは――幾つもの牢屋。

 どうしてこんなものがと疑問の思う一行。
 一人が興味本意で中を覗き、悲鳴をあげて尻餅をつく。

「うわぁあああ!!!」

 実戦を重ね、修羅場の幾つかを潜ってきたはずのその男。
 しかし、その胆力が通用しないような光景が牢屋の中に存在していたからこその悲鳴。

「どうした」

 男が見た牢屋に近づき、自身もその中へと視線を向けるレベッカ。

「これは……」

 そこには壁に鎖で繋がれ、首と手を拘束されている薄汚い人たちの姿があった。
 だが、それだけならば男が声をあげることも、レベッカが驚くこともない。
 拐われた人たちはここに監禁されていた、そう考えるだけで。
 だからこそ、それ以上。
 最悪の光景がここにはあった。

「全員死んでいるな……」

 レベッカの後から各々牢屋の惨状を目にし、息を飲む者たち。
 牢屋の中で拘束された人々。
 その体は皆一様に極度の飢餓に襲われたかのように細くなり、皮と骨だけとなってしまっている。
 まるでミイラ。
 遠目からではあるが生気を微塵も感じられない。
 確実に死んでいるだろう。

 服装から元の体格を推測すると下は十代、上は四十代といったところだろうか。
 性別はどれも男。
 食事を与えられず、餓死したのだろうかと死因を想像する取り巻きの男たち。悲惨な光景に言葉も出ない。
 
「……死者への対処は、今は後回しだ。
 今は奥に逃げていったであろう放火犯と、全ての原因である支店長を探すのが先決だ」

「……ああ、分かってる。
 分かってるけどよ……」

 レベッカの言葉に頷きながらも、目の前の光景を受け入れきれない男たち。
 これが【墜神フォールズ】の仕業であれば、その怒りを爆発させその存在へと存分に感情を叩きつけることもできよう。
 しかし、このようなことをしたのは自分たちと同じ人間なのだ。
 どうすればこんな残酷なことができるのか。
 実行した者たちの異常な精神に対する怖れのようなものを感じざるを得ない。
 今までの戦いとは異なる恐怖の感情。
 それに戸惑い、次の行動のための一歩がどうしても踏み出せない。

「心残りがあっただろうな」

 そんな彼らに、静かに語り始めるレベッカ。
 男たちは黙ったまま、彼女の言葉に耳を傾ける。

「この人たちだって、こんな風に死にたかったわけがない。
 もっとやりたいことがあったはずだ、望んだ明日があったはずだ。
 それをあいつらは、自分たちの都合で壊したんだ。
 そんなことを許していいはずがない」

 彼女が語るのはそう大仰なことではない。
 こんな世界に生きていれば当たり前のようにあることだ。
 いつもの日常はある日簡単に壊され、あったはずの希望や夢、明日はなくなってしまう。
 それでも戦うしかない。
 どれだけ理不尽だとしても、生きるとはそういうことだからだ。
 
 だがその理不尽がもし、誰かの思惑のせいだとするのなら。
 許せるだろうか。
 いや、許せるわけがない。
 決して許してなるものか。

「私たちは灯士トーチだ。
 世界を脅かす存在と命懸けで戦う戦士だ。
 この街の平穏を脅かすという意味で、やつらは【墜神フォールズ】と何ら代わりはしない。
 ならば人だろうが何だろうが、私たちのすべきことは一つ。
 これ以上この街を――連中の好きにさせてはいけないということだ」

 理不尽に抗い、悪意に反旗を翻す。
 それこそが灯士トーチ――世界を照らす一個の光。
 ならばやるべきことは、こんなところで足踏みしていることではない。

「いくぞ、報いを受けさせてやる」

「「「おお……!!!」」」

 そして彼らはまた、レベッカを先頭にして動き出した。
 閉ざされた扉を強引に破り、更に底へ。
 その先にいるだろう、助けを待つ人の元へ。
 諸悪の根元の元へと。








「……行ったか」

 足音荒く駆けていく灯士の背中を暗闇の向こうに見送りながら、鴎垓は張り付いていた天井から音もなく飛び降りた。
 続けて隣にナターシャがすたりと音を鳴らし降りてくる。
 背中には依然、気絶したままの猿面の男。

 レベッカたちがこの牢屋の間に侵入してくる前に光の届かない天井の角に潜んでいた彼ら。
 先に行ったと錯覚させ鍵の掛かった扉を壊させるつもりだったのだが、頼りにしていた男たちが意外にも牢屋の死体に気を取られてしまっていたためどうなることかと思っていたが、レベッカのお陰でどうにかなった。
 ここまでは――

「ふう、一時はどうなるもんかと思ってたけど、いい具合に連中を焚き付けてくれたね。レベッカ姉やるじゃん」

「やるべきことは伝えておいたからのう。それさえわかっとりゃあいつならこれくらいのことはできるじゃろうよ」

 牢屋の光景は経験を積んだ灯士トーチであっても衝撃を受けるようなものであった。
 地下から出てくる際にそのことを知っていた鴎垓は万が一のことを考え、レベッカへとそのことを伝えていたのだ。
 そのお陰で彼女は他の者たちよりも受ける衝撃を少なくすることができ、
 そしてその指示を伝えた方法というのは勿論――彼女の『鏡瞳ミラーゲート』によるによってである。



 様々な理由によって姿を偽る必要にあった鴎垓。
 その理由の一つとして、ハワード商会と近頃の誘拐事件を関連付けるためというものがあった。
 しかしそのままではレベッカと会った際、周りに誰かが居たときにはそいつらに対してどうしても誤解を招いてしまう。
 だがここで発想の転換、誤解はさせたままでいい。
 ただし、周りの連中にだけ。

 ここ暫くの間、ナターシャの捜索や情報を知っていそうな連中への聞き取りやらで忙しくしていたのだが、しかし決してそれだけをしていたわけではない。
 読み取り作業の傍ら、レベッカの読心能力に対する検証もまた行っていたのだ。

 それによって判明したのは”対象と一対一で目を合わせた場合、他の思考が入ってくることはない”ということ。
 鴎垓はこの特性を使い、炎上する店の中で彼女と再会したあの時にこれまで判明したことを踏まえこれからの行動を指示していたのである。
 あーだこーだ喋っていたのは全部適当。
 鴎垓の声を知るレベッカだけが彼の意図に気づき、阿吽の呼吸でそれに応じたのである。



「さてと、そいじゃあお前は先に行け。儂はここでやることがある」

 そうしてまんまと地下の先へと続く扉を開けさせた鴎垓。
 彼は自分が曲がった鉄棒の間から背中の男を牢屋の中に入れ、ナターシャへ行くように指示を出す。

「……大丈夫なんだよね」

 覆面を外した彼女は不安げな表情を鴎垓へと向け、確認するように言葉を発する。

「ふ、心配してくれるのか?」

「当たり前じゃん! じゃなかったらこんなこと……」

「はっはっは、その言葉だけで十分じゃ。安心せぇ、そんな顔するようなことにはならんよ。
 だからお前はお前の大切な者のために成すべきことを成せ」

「……分かったよ」


 ――死なないでね。


 そう言い残し、鞄の中から一本の長剣を取りだし鴎垓へと手渡したナターシャ。
 彼女もまたクレーリアが連れて行かれた地下の底へと向かって行った。
 その姿を微笑ましく見送りながら、さて。

「――いつまで覗き見しとるつもりだ、さっさと出てこい」

 がらりと表情を一変させ、瞳に冷光を宿した鴎垓が自分一人だけになった空間で言葉を発する。
 まるで誰かに対するようなそれ。
 応える者などいないはずだが――



「何だ、分かっていたか」



 ――しかし確かに応えたのは、思った通りの男の声。

 毒蛇の刺客――槍使いのギースが暗闇よりゆらり、狂笑を浮かべ現れたのだった。
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